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    1 日前

2008年11月2日日曜日

名画短感②    北京好日('92)


寧瀛 (二ン・イン)監督



1  老境の日々のアイデンティティ



「老境の日々のアイデンティティ」を、いかに確保するか。

この永遠のテーマを、難解な文脈でカモフラージュしながら、訳知り顔の独善性を厚顔にも晒すという過誤を犯すことなく、普通の老人の等身大の視線によって能弁に語られた印象的な映像がある。

「北京好日」である。

翌年、ベルリン国際映画祭特別栄誉賞を受賞したことで著名になった作品だ。

殆んど音楽を使わず、退職後の老人の日々を淡々と追っていく表現技法の中には、悲愴感を感じさせる何ものもなく、寧ろ、観ていてユーモアが漂う描写に救われたりもするのだ。

演出者寧瀛(ニンイン)の力量の確かさが観る者にひしひしと伝わってきて、中国映画の奥の深さを実感する。



2   生きがいの内実の温度差     



―― 物語は単純である。


関羽を演じる京劇(ウィキ)
退職した老人が、偶然、京劇(注)を愛好する老人グループと知り合って、その仲間に入っていく。

京劇の素養が豊かであった老人は、やがてグループのリーダーとなって辛辣に振舞うが、初公演が不出来であっても頓着しない老人たちと容易に折り合えない。

京劇に対する価値観の差が瞭然としているからだ。

遂に老人は、稽古中に一人の仲間と喧嘩し、グループを去って行く。

しかし素人グループへの京劇指導に、退職後の生きがいを見出していた老人には、グループへの復帰以外に老境の活路を見出す術がなかった。

老人は、公園で京劇を稽古しているグループに、些か恥じらいを含んだ繊細な足取りで、少しずつその距離を縮めながら、静かに近づいていく。


映像はここで閉じるが、このラストはとても感銘深いものがあった。

老人とグループの温度差は。結局、生きがいの内実の差であった。

グループに集う老人たちは京劇を介して仲間と社交し、その中で自分の望むポジションを得られれば充足できてしまうのである。

彼らには、グループという小宇宙での位置づけだけが枢要であり、京劇を、「道修行」の苦難な行程の対象という視座によって捉えられてはいないのだ。

一方、老人の京劇への視座には伝統文化への思いが濃密に含まれているから、技巧の向上が公演などで検証され、芸術的完成の域を目指すものでないと納得できない。

同時に、素人劇団を仕切る快感が多少損なわれても、自らリーダーの役割を確保できる素人劇団とクロスした方がリスクは少ないし、一定のアイデンティティを確保できるのだ。

だから老人は、確信的にグループと離れる訳にはいかないのである。

グループへのアクセスしかないと踏んで復帰を果たす老人と、その復帰を淡々と受容するグループとの心理的折り合いは、またしても緊張含みで推移するだろうが、両者の近接濃度の深化の可能性も充分に考えられる。

稽古に熱気が生まれ、公演での一定の達成を果たしたら、劇団員たちの眼の色が変わることは必至である。

一人の熱情的なる者の参入が、集団の空気を顕著に変貌させるというケースは往々にして起こり得るからだ。

劇団員たちにとって、未知の領域が開いた未知なる時間が、未だ手に入れたことがない快感を運んでくるから、そこに連なる非武装の自我は、より確かな生きがいづくりに向かって駆け昇っていくかも知れないのである。

然るに老人にも又、未知の能力が検証されていく。

集団に変化を起こす能力と、その変化を束ねる能力とは自ずから異なるのだ。

今の所、この老人に、この二つの能力が備わっていることを示す描写は皆無である。

老人は革命を起せないのだ。当然である。

そんな稀有な能力をもつ男の嘘話なら掃いて捨てるほどあるが、映画はそんなハッピートークを初めから蹴飛ばしてる。

この映画は、普通の老人の生きがい探しの話なのだ。だから最後まで切実なのである。

 
この切実感が、映像のリアリティを支えている。その緊張が映像の生命線なのである。そこが面白い。これだけの話を最後まで継続させる底力が、この映画にはあった。

結局、老人は仕切りの快感を削っていくことで、暫くはグループとの折り合いをつけるしかないだろう。

早晩、両者の関係は破綻を生むかも知れない。

少々、偏屈な老人には、今後とも、「生きがいショッピング」の遊泳を不可避とする人生が待ち受けていることが、多いに予測されるのである。



3  〈居がい〉=〈確かなる居場所〉をこそ求めて



最後に、人生論的な感懐を一言。

この映画を観ていて痛感するのは、老境の日々を支えるアイデンティティの本質が、単なる生きがいへの飢渇というより、「そこに居ることで自らの自我の安寧を支え得る」という実感、即ち、〈居がい〉の確保に存するということである。

従って、主人公の老人もまた、幾分目立って尖ったその高飛車な態度とは裏腹に、恐らくそこだけは通底しているだろう、彼とクロスした穏やかなる老人グループの人たちのメンタリティと決定的に乖離することなく、この種の〈居がい〉=〈確かなる居場所〉をこそ求めて街を彷徨した果てに、芸術表現という刺激含みの文化交流を介して、些か過剰な適応を具現してしまったのだ。

確かにそこに、主人公の老人の自我の頑なさと社交の不器用さが窺えるが、それらの形成的な人格を抑制し得る柔軟性の不足をどこかで自己認知していたであろうから、〈居がい〉=〈確かなる居場所〉を手に入れるためには、自らの妥協と譲歩の身体化を不可避とする認識をも持ち得ていたに違いない。

寧瀛 (二ン・イン)監督
そのような精神性の発現が、リアリティ溢れるラストシーンの説得力ある表現に繋がったのである。

本作は、私にそんな想像を置土産にして、切実なテーマを軽快に捌(さば)いた職人技で駆け抜けていった。

1992年の収穫の一つだった。


(注)様々な表現手法(音楽、舞踏、。独特の台詞回しや個性的な衣装、メイク)を融合した総合舞台芸術であり、中国戯曲の代表的演劇だが、日本の歌舞伎に当る伝統音楽劇であると言っていい。1790年が京劇の起源とされるが、現代に入って、「文革」の時代に激しい弾圧を受けた顛末は、「さらば、わが愛 覇王別姫」(監督・陳凱歌=チェン・カイコー)に詳しく描かれていた。1980年代以降、中国の開放政策による西洋芸術の移入の中で京劇の衰退が顕在化したが、今も中高年層の間で根強い人気を保持している。

(2006年6月)

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