<「絶対美」を永遠の価値とする青年僧の、占有への睦みの愉悦>
序 観念系の濃度の深い純文学との「風景」の違いと切れて
本作は、モデルとなった実際の事件や、それを独自の美学によって、観念系の濃度の深い純文学に結晶させた一人称小説である、完成度の高い原作の「金閣寺」と比較する批評は意味がないと思われる。
米軍の占領下にあって、普遍的価値を喪失した、混乱した時代背景をも包括した原作の観念系の濃度の深い表現宇宙とは些か切れて、三島の創作ノートをベースにしたオリジナル脚本を立ち上げた経緯を介する作品は、親子関係の確執や歪みを拾い上げた映像として独自の表現宇宙のうちに結ばれたのである。
そこで表現された「風景」の違いを無視できないのである。
固有の表現媒体としての映像作品として、それは当然の帰結でもあるだろう。
従って本稿では、純粋に一篇の映像作品として、本作にアプローチしたい。
1 「汚泥した世俗」の現実を無化する自己防衛戦略への潜入
「正義」や「善」が、「不正義」や「悪」の存在によって成立する対立概念であるように、「美」もまた、その対極にある「醜」の概念によって成立する相対的概念である。
ここに、二人の青年がいる。
戸刈(左)と吾市(右) |
もう一人は、件の青年の如き攻撃的な生き方が叶わず、吃音という、「醜」の直接的表現としての「障害者」である自己を差別する、不特定多数の「健常者」に対する屈折した心理を、己が自我のうちに丸ごと囲い込んでいる青年。
前者の名は戸刈、後者の名は溝口吾市。
色々な意味で脆弱な印象を与える吾市に、「吃れ!吃れ!」と煽り続ける戸刈の戦略は、「健常者」が作る社会規範を無化するには、「醜」を前線に晒した自我によって、斜に構えて掬う観念的武装以外にないというものだ。
内在する劣等感を隠し込んだだけの戸刈の存在(注)は、ゲーテの「ファウスト」に出てくる、悪魔の「メフィストフェレス」と言っていい。
(注)戸刈と関係を持つ女に、「片端が二人して、しょうもないことを話しているんが可笑しかったんや」と言われて、激しく狼狽し、いつものクールさを失う戸刈の反応が、その心理を検証するものだった。
煽り続ける「メフィストフェレス」(戸刈)の、ハイリスキーな戦略を遂行する狡猾さと無縁なほどに、人間観察力の脆弱な吾市の、防衛的なまでにピュアな観念系は、「醜」の直接的な身体表現である、吃音者という劣等意識を超越的に浄化するものとして、「絶対美」の存在を仮構し、その「絶対美」のうちに全人格的に投入することで、「汚泥した世俗」の現実を無化する自己防衛戦略に潜入していくものだった。
吾市と父(右) |
その父親の遺書を携えて、吾市が驟閣寺の徒弟として住み込むことになったのは、殆ど必然的な流れだったとも言えるだろう。
吾市にとって、驟閣寺の懐にあって、驟閣寺と睦み合える日々は至福だった。
しかし、吾市の至福の日々は長く続かなかった。
そこから、巷間を騒がせた事件への、屈折した心理の劇的な変容が生まれていく。
2 選択し得る行動を特定した者が辿り着いた厄介な地平
屈折した心理で生きる青年の物語を、具体的に見ていこう。
青年の屈折した心理を見る際に重要なのは、彼が事件を起こす前に自殺を考えていたという事実である。
従って、青年を自殺に追い込む心理的風景の解析こそ、事件のバックボーンにあるものを説明し得るであろう。
小刀とカルモチンを買い、戸苅から3千円を借りて旅に出た直接の契機は明瞭である。
吾市と驟閣寺の道詮老師(右) |
その一件とは、「メフィストフェレス」である戸苅から煽られた吾市が、老師の愛人の写真を郵便物に忍ばせ、それを道詮老師に直接手渡すという行為によって、間髪を容れず、老師から実質的に絶縁告知を言い渡されるという一連の顛末のことである。
その直後の映像は、驟閣寺の自分の徒弟部屋で、吾市が顔を埋めて嗚咽する姿だった。
人間観察力の脆弱な吾市にとって、道詮老師の存在は、一貫して、「絶対美」である驟閣寺を守護するストイックな禅僧以外ではなかった。
この児戯的な幻想が根柢から破綻したのである。
純粋な魂ほど幻想を持ちやすいのだ。
と言うより、「汚泥した世俗」の現実を払拭させるに足る幻想を、彼は切望したのである。
幻想を切望せざるを得ない何かが、彼の自我のうちにべったりと張り付いていた、と言い換えた方が正解だろう。
しかし、この幻想の破綻は、「汚泥した世俗」の現実を改めて見せつけられることになった。
吾市と母(左) |
しかも拠り所のない吾市の母は、今や驟閣寺に居候し、同じ釜の飯を食う状況に置かれていたのである。
この辺りから、仏教系の大学に通う孤独な彼の学校生活に破綻が生じ、驟閣寺の僧侶になるという父の夢を具現するイメージは自壊していくのだ。
自ら戸刈に最近接していったモチーフも、彼の孤独を癒すためだけではなく、戸刈の中に「メフィストフェレス」的な劇薬性を感じ、自分中にない歪んだ攻撃性のうちに部分的に同化することで、無防備な自我を武装しようとしたのであろう。
しかし、道詮老師に対する吾市の絶望は、「絶対美」としての驟閣寺との睦みを実現し得る、拠って立つ自我の安寧の基盤をも崩す危うさを高めてしまったのである。
それ以外にない居場所を失った青年には、もう選択し得る行動は限定的だった。
中枢を空洞化され、いよいよ自殺に振れていくネガティブな心理が、遂に自殺を目途にした旅路への選択的行為に繋がっていく。
前述したように、小刀とカルモチンを購買した吾市は、戸苅から3千円を借りて旅に出たのである。
日本海に臨む故郷、京都府舞鶴市にある成生岬(なりゅうみさき)の断崖を前に、「汚泥した世俗」が氾濫する中で、居場所を失った青年が立ち竦んでいた。
青年の脳裡には、「汚泥した世俗」の象徴である母に裏切られて、孤独のうちに死んでいった父の苦衷の表情が思い出されるばかり。
結局、吾市は自殺を翻意した。
それは、「自分には未だやり残した使命がある」とでもいうような心理の振れ方だったのか。
ここに、本作で最も重要な会話がある。
自殺を翻意して寺院に戻った吾市と、戸刈との会話である。
吾市に貸した3千円の金銭の取り立て目的で、戸刈が驟閣寺の道詮老師を訪ねた日のことだ。
吾市(左)と戸刈(右) |
「俺は今日、驟閣を初めて見て回ったんだが、聞きしに勝る良いところだった・・・国宝と称せられる建物もあるし、金は集まり放題やし」
吾市は珍しく反駁する。
「いや、違うんや。君には分らへん」
戸刈の反応は、相変わらず毒気含みだ。
「じゃあ、お前には分ってんのか。驟閣はお前の何なんだ!お前はただ、小さくなって和尚に養われている徒弟に過ぎないじゃないか。まあ、あの寺を離れたら、吃りの君などは一日だって生活できないんだから、その意味で、君が驟閣に執着するって言うんなら分るがね」
このときの吾市の反駁には、それを開かざるを得ないマキシマムな感情と、彼なりのピュアな観念系が存分に乗せられていた。
「違うんや。驟閣は誰のものでもないんや。老師のもんとも違う。驟閣は始めからあったんや。始めから奇麗やったんや。皆で金儲けの道具にしようとかかっているんや。せやけど、驟閣は変わらへんで。君は生きているもんは、皆、変わる言うたけど、驟閣は生きているけど変わらへんで。俺が変わらせへん」
「俺が変わらせへん」と言い切った思いこそ、もう選択し得る行動を特定した者が辿り着いた厄介な地平であった。
3 「絶対美」を永遠の価値とする青年僧の、占有への睦みの愉悦
ここで、自殺を翻意した吾市の、殆ど必然的な心理の流れ方を再確認しておこう。
日本海に臨む故郷の断崖から帰還した彼を待ち受けていたのは、「汚泥した世俗」の象徴である母だった。
「不孝もん。恩知らず!キチガイみたいな真似して、それがお母さんへの面当てか。お前なんか産まなんだら良かった!」
母の叫喚が、夜のしじまを裂いていた。
母との亀裂を決定付けた寺院前での吾市の無言の反応こそ、「汚泥した世俗」の象徴と考える母への、訣別の意志を結ぶ身体表現であった。
その母の言葉を跳ね返し、寺内に戻った吾市を道詮老師が呼び出した。
彼の父と共にかつて修行した禅僧が懐かしい思いで彼を受容するが、その禅僧もまた、彼の心の深い闇の世界を全く理解することができなかった。
「平凡な学生に見えますか?」と吾市。
「平凡が何よりじゃ」と禅僧。
「私の本心を見抜いて下さい」と吾市。
それだけの会話だった。
吾市は今、一人の確信犯と化していた。
「誰も分ってくれへんな。俺のすることは、たった一つ残ってるだけや」
驟閣を見ながら呟く男が辿り着いた厄介な地平が開かれるのは、この直後だった。
全焼する驟閣寺が紅蓮の炎の中で、火の粉を巻き上げてモノクロの画面を支配し、崩れゆく前の「絶対美」を誇示しているようだった。
「仏の罰があたったんや」
これは、全焼する驟閣寺を目の当たりにした道詮老師の言葉。
それは、修行する禅僧の世界から完全に遊離し、祇園の娘との間に子まで儲けた男の本音だったのか。
「誰も分ってくれへんな」
この言葉こそ、事件を起こした青年僧の心象風景そのものだった。
自らの心を安寧にし得る唯一の場所を汚されて、もうそこに居場所を失ったアイデンティティクライシスと、「絶対美」を誇る彼の中の思いが一つになったとき、彼はそれ以外にない行動を起こし、そして、それ以外にない流れ方によって「永遠の世界」に旅立ったのである。
その世界に待つであろう、驟閣寺との睦みを愉悦するために。
市川崑監督 |
それは、「絶対美」を永遠の価値とする青年僧の、占有への睦みの愉悦が極まった瞬間だったのであろうか。
―― 部分的に違和感を覚える描写が気になったのは事実だが、それでも、青年僧の心象風景を見事に演じ切った俳優の一代の表現宇宙は、観る者の心を騒がせる余情を置き土産にして、淡々と、そして最後まで声高に叫ぶことなく、静謐な秩序のうちに閉じていった。
忘れ難い秀作である。
(2010年10月)
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