2011年2月20日日曜日

レスラー('08)      ダーレン・アロノフスキー


<「何者か」であり続けることを捨てられない男の究極の選択肢>



序  シンプルな情感ラインで描き切った、武骨な男の孤独の悲哀



全てを失った男が、自分の「墓場」と決めた場所で昇天する。

そこに至るまでのプロセスに、人生の哀感が存分に詰まっていて、それが観る者の心を痛々しく、切ないまでに騒がせるのだ。

そんな映画があっていい。

そう思わせる本作の訴求力の高さを保証したのは、武骨な男の孤独の悲哀(画像)を、シンプルな情感ラインで描き切った映像構成力の達成点に因っていると言っていい。


激越なようで寡黙であり、狂騒なようで静謐であり、炸裂しているようで柔和であり、無秩序なようで節度があった。


観る者の中枢を揺さぶって止まない決定力に止めを刺したのは、ひとえにミッキー・ロークの圧倒的な表現力に尽きるだろう。

低予算で、これだけの映像を構築するアメリカ映画の底力を見せつけられたら、全ての邦画関係者は白旗を揚げるしかないのか。



1  「甘美で、蜜が芳醇で幻想的なリング」と切れた男の孤独



「俺は一世を風靡した栄光のプロレスラーだ」

このような「肯定的自己像」を抱懐する男がいる。

それから20年、男はその自己像を未だ捨てられない。

映像の冒頭で映し出された、「栄光の80年代」の絶頂期に象徴される「肯定的自己像」によって、継続的に分娩した物語の稜線が無秩序に伸び切っていて、そこで被浴する快楽シャワーの記憶の束が、男の自我に粘液質のように張り付いているからだ。



しかし、時には老眼鏡をかけ、職業病とは言え、左耳に補聴器をつけているほどの難聴に象徴される「老い」の現実が、男の「肯定的自己像」の継続力を確実に奪っていって、今では、外人のレスラーの殆どがそうであるように、死亡率の異常な高さというハイリスクを認知しつつも、大量のステロイドを投入しなければ、まともに場末のリングにすら上がれないのだ。


ニュージャージー周辺の体育館を利用しての、どさ回りの興行のリングに上がる前にも、心優しいヒールである対戦相手と、念入りにフィニッシュ・ホールド(決め技)の打ち合わせをして、現役のプロレスラーである、ネクロ・ブッチャーにホチキスを打ち込まれる凄まじい描写などに象徴されるように、ギミック(流血用にカミソリを仕込んだ小道具)を仕込み、万全のケーフェイ(ショーとしてのプロレスの約束事)を確認するが故に、総合格闘技におけるバーリ・トゥード(何でもあり)を超えることがない。


そんな「老い」を顕在化させた男の名は、ランディ・ロビンソン。


アメリカ合衆国の伝説的なプロレスラーとして名高い、ハルク・ホーガン、スタン・ハンセンという、錚々(そうそう)たる個性派レスラーが活躍していた時代の話で、“ザ・ラム” という愛称で知られる人気プロレスラーだった。

ニューヨーク市のマディソン・スクエア・ガーデンでメーンイベントを務めた過去を持つ、そんな「栄光のプロレスラー」であったランディが、何とか、「甘美で、蜜が芳醇で幻想的なリング」に復元すると信じるチャンスを得て、彼はそこで、最高級のパフォーマンスを披歴した。

しかし、ステロイドの副作用が影響したのか、確実に劣化していた男の心臓が炸裂し、遂にバイパス手術を受けるという危機に立たされ、担当医に、「プロレスラーはもうできない」と宣告されるに至った。

退院後、トレーラーハウスに戻ったランディは、かつて味わったことのない精神的危機に襲われ、男の自我を存分に舐め尽くし、未来に向かう安定的時間の余力すらも削り取っていく。

否応なく、自堕落を極めた孤独な男の人格総体に、その凄惨な現実を思い知らせていくのだ。


ランディは、馴染みの中年ストリッパーであるキャシディを呼び出し、その孤独を癒そうとする。

ランディは彼女に、心臓発作の話を正直に吐露した。

「今、気分はどう?」とキャシディ。
「ヘラクレスとは遠い」とランディ。
「なぜ発作を?」
「控室を歩いていて、急にだ。あとでそう聞いた。バタっと倒れたらしい。覚えていないが。で、医者に言われた。もう、プロレスは無理だと」
「どうするの?」
「先のことを考える気分じゃない。それで、君と話したくなった。独りは辛くて」
「必要なのは家族よ。娘さんがいるでしょう?どこ?」
「娘には嫌われている」
「いいえ。誰でも父親は大事だし、こういう時こそ、絆が深まる」

不器用で、武骨な男の孤独の悲哀を印象付ける、切ない会話である。

思えば、ランディの孤独は、手に入ったギャラで自分のトレーラーハウスに戻り、馴染みの子供を呼んでファミコンゲームをするが、あまりに古いゲームなので飽きられて、早々に帰られてしまうエピソードにも拾われていた。

まもなく、キャシディのアドバイスを受け、ランディは、娘であるステファニーの住む家を訪ね、永く疎遠になっていた関係の修復を図ろうとするが、無視して足早に去っていかれる始末。

それは、突然、降って湧いたような父親の訪問に対して、明確な拒絶反応だった。


そのステファニーの後方から、ランディは、それ以外にない言葉を投げ入れた。

「心臓発作を起こしたんだ。お前に話すべきだと思って・・・」

そこに、小さな会話が生まれた。

「ほんとに、最低ね。私にどうして欲しいの?」
「僕は独り者だし、せめて、愛する娘に一目会って・・・」
「嘘よ。頼る気ね!」
「違う」
「面倒は見ないわ。私が頼りたい時に、どこにいた?誕生日だって、毎年、無視!何日かも知らないでしょ。心臓発作だろうと、知らないわよ」

ステファニーは、父の身勝手さを難詰して止まないのだ。

その後、ランディはキャシディとデートし、娘への衣服の買い物に付き合ってもらうが、彼女から9歳の子がいることを知らされ、体よく退散されてしまう。


引退を決意したランディは、クリーンキャップを冠って、ロビンの名札を付けさせられるという違和感を持ちながらも、それまで以上に、スーパーでアルバイトをして餬口(ここう)を凌ぐのだ。

そして、娘へのプレゼントをするために、ランディは再びステファニーを訪ねる。

父の思いを汲み取った娘は、一時(いっとき)の家族ゲームを愉悦する。

娘に思いを吐露する父。

「聞いてくれ。俺は家族に責任があった。安心して暮らせるようにすべきだった。なのに、全然ダメで、お前を置き去りにした。娘のことを忘れようとしてきた。でも無理だ。俺の娘だ。お前は大切な娘なんだ。俺はボロボロのクズで、孤独だ。自業自得なんだが、お前に嫌われたくない・・・」(注)

液状のラインが、男の頬を濡らしていく。


娘に思いが届いた瞬間だった。

ダンスのステップを合わせる父娘。

父と娘の心が、静かに絡み合っていた。


(注)ここに、ランディを演じたミッキー・ロークのインタビューがある。そこには、「自業自得」と放ったランディの破滅的人生に重なるようなロークの言葉が、観る者の中枢を切ないまでに騒がせるのだ。

「オレは14〜5年前に、全てを失ったんだよ。家も、妻も、金も、キャリアも、自尊心も失くして暗闇の中に立っていた。暗闇の中で、鏡の中の自分の姿を見つめて、"こんな自分にしたのは誰だ!?"とね。雷光の中をよろめくように歩いていた晩、稲妻に照らされて、鏡に映った自分の姿をふと見てしまい、赤ん坊のように泣き叫んだ。"こんなにしたのはこのオレ自身だ!"とね」(e-days/cinema /Feature ミッキー・ローク インタビュー)

そこにいたのは、「ナインハーフ」(1985年製作)や「エンゼルハート」(1987年製作)のミッキー・ロークではなく、ボクシングの影響で顔面を変容させたばかりか、ドラッグに溺れて生活の根柢を破綻させた、「レスラー」のミッキー・ロークであった。何より、その肉体と相貌は、プロレスラーそのものの存在感を完璧に表現する凄みに満ちていて、度肝を抜かれた。ニコラス・ケイジの起用を拒んだダーレン・アロノフスキー監督の慧眼に、プロの鋭利な眼力を垣間見た次第である。



2  覚悟を括った男の「死のダイビング」



ストリッパーのキャシディに、「一線は越えない」と言われ、あえなく失恋したランディは、プロレス観戦後に、胸の高まりが抑えられず、行きずりの女とファックして、ストレスを発散するしかなかった。

しかし、この一件によって、ランディはステファニーとのディナーの約束をすっかり忘れてしまったのだ。

激怒したステファニーは、父に絶縁宣言をするに至った。

一緒に歩くシーンで使用されたニュー・ジャージー州の板敷きの遊歩道・上の画像(ウィキ)
そのときの激情的な会話。

「最低のろくでなし!死んじまえ!」

そう叫んで、ステファニーは物を投げつけた。

「嫌われても仕方ない」

ランディには、もう返す言葉がなかった。

「憎しみも愛しもしない。どうせ変わらないもの。期待した私がバカよ」

それでも、父は娘に誓約する。

「変わる」
「知らない」
「本当だ」
「もう取り返しはつかないわ。お終いよ。永久にね」

嗚咽ながらの、娘の絶縁宣言だった。

「本当にすまない」
「もう二度と会いたくないわ」

結局、その日、父は娘に追い出されることになった。

それは、家族を犠牲にして生きてきた男が、唯一の家族である娘をも失うという、寄る辺のない孤独の〈生〉の悲哀の極点だった。

「俺にとって痛いのは、外の現実の方だ。もう、誰もいない」

孤独を極めたランディは、今やドクターストップを振り切って、一か八かのリングへの「奇跡的復活」以外になかった。


しかし、テヘラン出身のアヤトラとのリターン・マッチのリングへの、「奇跡的復活」のその日、ランディの心臓を心配するキャンディは、先日の一件を詫びながら、リングへの復活を賭ける彼の暴挙を戒め、何とか止めさせようとした。

彼女もまた、男児を持つ母として、日々、裸目当ての男たちの前で肉体を酷使しているのだ。

だから彼女が、人生の〈前線〉で最高のパフォーマンスをする、ランディの心情が理解できない訳がない。

そんなキャンディは、孤独を訴えるランディに柔和な言葉をかける。

「いるわ。私がいる。それでも?」

肯くランディ。

しかし、もう誰もランディを止められない。

リングのアナウンスに反応した彼は、キャンディに、そこだけは明瞭に言い切った。

「ほら、あそこが俺の居場所だ」

まもなく、トレードマークのブロンド・ヘアを柔らかに靡(なび)かせて、「奇跡的復活」のリングに立ったランディの、一世一代のマイクパフォーマンスが開かれた。

リングの中枢を占有したランディは、大勢の観客に向かって叫ぶのだ。

「命を縮めるような真似ばかりして、生き急いできたツケは無論払うしかない。この人生、大切なものを全て失うこともある。体もガタがきている。でも、ここに立っている。俺はまだラムだ。時は過ぎれば、人は言う。“あいつはもうダメだ。お終いだ”だが、いいか。俺に“辞めろ”と言う資格があるのは、ファンだけだ。ここにいる皆が、俺を戦わせてくれる、俺の大切な家族だ」

その本質が、単に一つの「商品価値」として消費しているに過ぎないファンを、「俺の大切な家族」と幻想する以外にない、何かここだけは、迫り来る死の影を感受した男の、孤独だけが際立つようなマイクパフォーマンスだった。



「奇跡的復活」のリングが開かれた後、映像は、既にキャンディが会場を去っていた現実を確認しながら、コーナーのロープの上に仁王立ちしたランディの、「死のダイビング・ヘッドバット」の瞬間を映し出して、ブラックアウトのイメージを置き去りにしたまま閉じていった。

よくぞ、ここで閉じてくれた。

それでいいのだ。

それは、それ以外に自分を生かす場所を持ち得なくなった男の、覚悟を括ったラストカットだったのだ。


風に虚しく殴りかかる 片腕の男を 見たことがあるなら それも俺
あちこちを訪ねて その戸口に立ち 身をすり減らして去る その繰り返し
でも血を流して あんたを満足させた これ以上 他に何を求めるんだ
安らげるものを 俺は遠ざける
この安息の地には 留まれない
信じられるのは この砕けた骨とアザ


エンディングに流れたのは、波乱万丈の人生を生きたミッキー・ロークのために書き下ろした、ブルース・スプリングスティーンの曲だが、些か説明的過ぎなかったか。

ともあれ、ハリウッド文法の基本命題である予定調和のハッピーエンドに流れることなく、奇跡的、且つ、大カタルシスのない、余情を残す決定的なラストカットで閉じた映像の、抜きん出た構成の息を呑む物語に、思わず震えが走り、辛うじて嗚咽を堪えるのが精一杯だった。

ブルース・スプリングスティーン(ウィキ)
武骨な男の孤独の悲哀を、暗鬱なイメージのみを張り付け、児戯的な感傷に流すことなく、リアルでシンプルな情感ラインで描き切った映像の凄みに、ただ圧倒されるばかりの110分だった。



3  「何者か」であり続けることを捨てられない男の究極の選択肢



人間は、自分が「何者」でもないことに耐えられない生き物であるらしい。

自分が「何者か」であるということを認知された者は、その認知を更に高く固め上げていかないと不安になり、自分が「何者か」であることを未だ充分に認知されていない者は、認知を得るために必要であると信じる何かへの一歩を、既に踏み出している。

この一歩一歩が、認知を求める者の日々の糧となっていて、上昇することを止められない人生を、いよいよ固くガードする。

その一歩一歩が身の丈を超えず、緩慢な徐行を混じえて推移していけば、局面ごとに擬似完結感を手に入れることができようが、性急な上昇志向者の宇宙では、熱源が間断なく臨界ラインに迫っていて、その過剰な滾(たぎ)りが日常性をすっかり被覆してしまっている。

「何者か」でない者が、「何者か」であろうとする行程で消費される熱量はあまりに厖大なため、常に臨界運転を迫られるのである。

それでもある種の人々は、「何者か」であること、「何者か」であらねばならないために動くこと、「何者か」となってそれを固めること、そのために動くこと、動き続けることを簡単に捨てられないようなのである。

「何者か」であろうとするために臨界運転を続けることは、「何者か」に化けていくときの、えも言われぬ快感のシャワーの被浴なしには困難である。

本作の男もまた、自分が「何者か」であった過去への拘泥のみが、己が〈生〉の拠って立つ安寧の基盤になっているが故に、自分が「何者か」でもないことに耐えられない生き物に化けてしまっていて、しかも、それを認知された栄光の時代が、かつて確かに存在してしまったから、「何者か」であること、「何者か」であらねばならないために動くこと、「何者か」となってそれを固めること、そのために動くこと、動き続けることを簡単に捨てられなくなってしまったのだ。

「甘美で、蜜が芳醇で幻想的なリング」に復元することで、未だ捨てられない自己像と睦み合えるような自我アイデンティティを持つ男が、それを困難にする様々な条件の中で、しばしばシビアな現実と妥協せざるを得なくなったとき、男がそのステージを降りるには、限りなく自己像という幻想を壊すことのない軟着点を手に入れる必要があった。

しかし男には、その軟着点が殆ど欠落してしまっていたのだ。

男自身が、それを構築していくための努力を繋いでこなかったからである。

惚れた女への愛は空転し、そこにしか帰るところがない、唯一の肉親である娘から、その男の「変わりにくさ」を指弾され、追い出される始末だった。

「老い」は「生きがい」よりも、「居がい」であり、「居場所」でありながらも、ただ肉体的に劣化していくだけの男の精神もまた、「老い」という現実の中で、確実に奪い取られていくプロセスで生まれた空洞感を埋めるに足る、「居場所」の確保が全く覚束ないのである。

男には、もう降りていく場所すらも確保できないのだ。

だから男は、永遠の幻想でしかない「甘美で、蜜が芳醇で幻想的なリング」に復元するという、最もハイリスクな選択肢のうちにしか流れていけなくなった。

そこに、男の不幸の全てがある。

「自業自得なんだ」


男は、自分がステージに降りられない理由が、まさに自分の人格総体のうちに存在することを認知しているのである。

しかし、男の自己像と矛盾するこの認知は、「甘美で、蜜が芳醇で幻想的なリング」から降りていくことが叶わない現実が、常にブロックしてしまっていて、四角いリングで築き上げたと信じる物語の中枢に自己投入せざるを得なかったのだ。

その内的必然性の中で、「何者か」であり続けることを捨てられない男には、まさにそれを己が肉体によって証明するために、「死のダイビング」という極限的な選択を遂行し切ったのである。

それは、「何者か」であり続けることを捨てられない男の、それ以外にない究極の選択肢だったということだろう。

(〈悼〉 三沢光晴 無念かな脊髄損傷死 享年46歳)

(2011年2月)

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