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2008年10月28日火曜日

真昼の決闘('52)        フレッド・ジンネマン


<男が覚悟を括るとき>



序  「迫りくる状況での生き方」を問う映画



数ある名画の中に、決意すること、覚悟することの重さが、観る者にひしひしと伝わってくるような映像が稀にある。

その中で私に最も鮮烈な印象を残した映像の一つが、1951年にフレッド・ジンネマン監督によって作られた「真昼の決闘」である。

これは西部劇という名で語られた、極限状況に於ける一人の人間の、その魂の苦闘の記録である。

その原因が特定できていて、それ故にこそ内側が自制できずに暴れて、心が些か辛いとき、私にはこの映画しかない。

ケーン保安官しかいないのだ。

私よりも、ある意味でもっと辛い状況に置かれた人物がそこにいて、苦吟の表情を隠す余裕すらなく激しく揺れている。括り切れないで揺れている。

その映画は、人の弱い心への残酷なまでの肉薄が、映像を圧倒的リアリズムで固めあげていた。

その辺の描写が、私を惹きつけて止まないのだ。

それを観ることによって何某かの安寧が手に入れられるように思えたとき、私の心はそこに流れていく。だからそれは、舐められるようにして観られてきた。

それはもう私の中で、決してなくてはならない何ものかになっているのである。

翌年、「地上(ここ)より永遠に」の発表によって、その声望を決定づけたジンネマン監督にとって、この映画は入魂の一作だった。主演は当時、やや落ち目と見られながらも俳優の円熟期に入っていたゲーリー・クーパー。

この映画は、相当にしたたかなる問題意識を持って臨んだ監督と、「モロッコ」(ジョセフ・フォン・スタンバーグ監督/1930年)以来、ハリウッドを代表すると言われるスター俳優の代表作であると言っていい。

フレッド・ジンネマン監督
最高のスタッフと最大の熱意によって本作が製作された経緯は、「フレッド・ジンネマン自伝」(キネマ旬報社刊)という、この映像を理解する上で極めて興味深い著書に詳しい。

彼は書いている。

「『真昼の決闘』の監督依頼を受けて脚本第一稿を読み、これは傑作以外の何ものでもないと思った。優れていて、エキサイティングで、そのアプローチには新鮮味があった。私はそれに取り組むのが待ち遠しかった。友人は自分たちが単なるありきたりの西部劇と思ったものに対する、私の熱狂振りにまったく困惑していた。(略)これが普通の西部神話でないということがわかってきた。それには時機を得た、そして時間を超越し、今日の生活に直接結びついている何かがあった」

ジンネマンがここで書いているように、これは普通の西部劇の範疇に収まる映画ではなかったのだ。

製作者は、かの有名なスタンリー・クレーマー(注1)、そしてこの脚本を書いたのは、赤狩りの犠牲者の一人であるカール・フォアマン(注2)。

そのフォアマンは、この映画を「誰も守ろうとするガッツがなかったので滅んでいった町」というクレーマーの把握に対して、「マッカーシー時代に政治的告発をされた彼自身の体験に関するたとえ話」であると見ていたのである。フォアマンのそんな強いモチベーションが、最後まで緊張含みのリアルな映像を生み出したと言っていい。

ジンネマン自身はこの映画を、赤狩りに対する異議申し立ての作品であるとは必ずしも説明していないが、しかし彼らの強い熱意によって作られたこの映画が、苛酷な状況に置かれた者の心の動揺と、それを突き抜けていく良心的な魂の流れ方を描いた作品であることは疑いようがないのである。

それは、自ら退路を断った男の壮絶な戦いの映像以外の何ものでもなかったのだ。

「駅馬車」より
一応西部劇の体裁をとったこの映画は、後にヌーヴェルバーグの作家たちの賛辞も手伝って、世界的評価の高い映像作家であり、一貫してエンターテインメントにこだわり、およそ本作とは対極にある作品を世に送ったハワード・ホークス流の娯楽活劇(「リオ・ブラボー」/1959年)でも、たとえ時代的な制約下にあったとは言え、明らかに、この国の建国史の暗部(先住民虐殺)を無視した、ある種、典型的なジョン・フォード流の西部劇(「駅馬車」/1939年)とも異なっている。

或いは、ラルフ・ネルソン流の強烈な異議申し立てをする映画(「ソルジャー・ブルー」/1970年)とも少し違う。大体それは、ハリウッド的な勧善懲悪のスーパーマン映画ではないのだ。

リベンジに生きる元服役囚を悪人と呼ぶなら、確かにこの映画に悪人はいる。犯罪者を獄に送った保安官を善人と呼ぶなら、確かにこの映画に善人はいる。しかしこの作品は、善を勧めて悪を懲らすような安上がりな何ものかではない。

敢えて言えば、些かプライドの高い仕事熱心な普通の保安官が、そのプライドを守るためだけに、旧敵と殺しあうことを余儀なくされた男の物語であって、それ以外ではないのだ。

だから、この映画は西部劇の衣裳を纏(まと)っているものの、全篇に渡って、「迫りくる状況での生き方」について、観る者を巻き込んで厳しく問い詰めていくような、一種ラジカルな作品であると言っていい。

その骨太のリアリズムが異常なまでの緊張感を運んできて、リアルタイムで進行する映像の仕掛けが、この映画に関わった全スタッフの気迫を伝えてくるのである。


(注1)シナリオ・ライター出身の彼がプロダクションを立ち上げて、ヒット作を世に送り出した後、やがて本作のプロデューサーを手がけることになった経緯はよく知られている。まもなく自らメガホンをとることを意に決し、「手錠のまゝの脱獄」、「ニュールンベルグ裁判」、「愚か者の船」、「招かれざる客」等の傑作を発表するに至った。(筆者注)

(注2)本作の脚本を執筆したカール・フォアマン自身が、非米活動委員会に呼び出されていたのは周知の事実。その後、「戦場にかける橋」、「ナバロンの要塞」などの傑作のシナリオを手がけ、「野生のエルザ」では製作総指揮に当った。(筆者注)



1  様々に自分の巣に隠れ込む算段を工夫する男たち



―― 本作の粗筋を、簡単にフォローしていこう。


戻って来た、ミラーを乗せた列車
灼熱の荒野に、かつて保安官の手によって監獄送りにされたアウトロー、ミラーが戻って来る。リベンジのためだ。

そんな厄介な男を、彼の舎弟たちが駅に迎えに行く。

男たちには、何もかも予定の行動だったのである。

駅に迎えに行く舎弟たちを目撃した町の住民たちは、不吉な予感に駆られていた。

「おい、見たか。今日は大変な日になるぞ」

舎弟たちの一人は、保安官事務所に顔を出そうとしたが、別の者がそれを止めた。

「バカめ、来い!」

彼らは保安官事務所の中で執り行われている結婚式をやり過ごして、駅に向って行った。

駅には監獄送りにされたアウトローが出所して、やがて列車で戻って来る。早速、駅員はその情報を伝えに保安官事務所に向ったのである。

ケーンとエイミー
事務所では、花婿となるケーンと、花嫁となるエイミーが式を終えて、今にも旅立つところだった。

ケーンは自分の後任となる保安官のことが気になるが、町の者は既に平和を確立した町の治安について、何も心配していない様子だった。

そんな華やいだ雰囲気の中に、駅員が最悪の情報を伝えに来たのだ。

それを知って驚く花婿のケリー。

逡巡するケーンは新妻を伴って、背中を押されるようにして町を後にしたのである。

ケーンの心が揺らいでいた。

自分の気持ちを抑制できなくなった彼は、遂に馬車を途中で止めたのである。

「どうしたの?」とエイミー。
「町へ戻ろう」とケーン。
「なぜ?」
「銃一丁もない」
「だから早く」
「いや、敵に後ろを見せたくないのが本音だ」
「どういうこと?」
「今は話せん」
「止めて」
「いや、戻る」

ケーンは馬車を、町に向ってUターンさせる決断をした。

敵前逃亡した自我に煩悶するようなプライドが、ケーンには頑としてあるようだ。

しかし新妻は、夫の内面が全く理解できない。詳細な事情を知らないからである。だから、今すぐにでも新天地に旅立って欲しいのだ。

しかしその表情には、何か不吉な予感を感じとった者の焦燥感が顕著に映し出されていた。既に新妻の輝きがすっかり失せていたのである。

夫もまた、焦燥感に駆られていた。

町への危害も気になって仕方がないのだ。これは、職業的責任感に由来するものだろう。

この煩悶が飽和点に達したとき、ケーンは妻の制止も顧みず、町に引き返して行ったのである。

町に着いたケーンは、エイミーに事情を話した。

「5年前、殺人罪で絞首刑になるはずの男が、終身刑から更に減刑され、釈放だ」
「それで?」
「凶悪な奴だ。暴力沙汰になる」
「もう関係ないわ」
「恨まれている」
「職務だったし、もう辞めたのよ」
「新任が決まるまではいる。私は私なんだから」
「だから、何?」
「奴らは私を狙ってくる」
「なら、逃げて」
「逃げても4人に追われる。荒野の中を・・・どこまで逃げてもダメだ。死ぬまで追われる」
「行方をくらませば?お願い。私と行って」
「ダメだ」
「私のために強がるのは止めて」
「そうではない。勘違いするな。私の町だ。友人も多い。自警団を作れば対抗できる」
「どうかしら?」
「来れば対決する・・・気持ちは分る」
「本当?」
「君の信仰に背くことだからな」
「でもやるのね。私たち、結婚したばかりよ。将来に夢もあるのに」
「時間がない。ホテルで待っててくれ」
「嫌よ、そんなの。妻か未亡人か決まるのを待つなんて。あんまりよ。来ないなら、私は正午の汽車で発つわ」
「私は残る」

夫のその一言に意を決した妻は、優柔なる振舞いを見せることなく、夫から離れて行ったのである。

夫は妻を少し追ったが、引き止めることをしなかった。

彼は未来のプライベートな至福のイメージよりも、「敵前逃亡した保安官」というレッテルを貼られることを何より恐れていたのだ。平和主義者のクェーカー教徒の妻は、そんな夫の煩悶には付き合えないのである。

このとき、ケーンには勝算があった。

アウトローグループがどんな無法を企てたところで、町ぐるみで協力すれば充分防御し得ると考えていたからである。

ケーンにはこれまで、自分が町を守ってきたという自負があった。この自負がケーンを支えてきたのだろう。だから町には、友人知己が多くいた。現に、結婚式も町ぐるみで祝ってくれたのである。町に対する感謝の念も当然あったはずだ。彼の責任意識は、ここに根ざしてもいたに違いない。

そんな町に対する幻想が崩れるのは、あまりに早かった。

町を牛耳っていた時代のアウトロー一派への恐怖感を、町の者は忘れていなかったのである。

まず町の裁判官が、ケーンの要請を無視して町から離れて行こうとした。

「なぜ?」とケーン。
「大衆を知らんな。紀元前のアテネで、市民が暴君を追放したが、後年その暴君が兵を率いて戻ると、同じ市民が向い入れ、政府要人を処刑した。同じことが8年前、ある町で起こっている。私はある女の口利きで、死を免れた」
「判事だろ?」
「その判事を今後も続けたいからね。君もバカだな。彼のやり口を忘れたか?“縛り首にはならん。必ず殺しに戻って来る”」

そう言い残して、判事は町を後にしたのである。

あと一時間もすれば、アウトローが戻って来る。しかもケーン保安官への復讐のために。だからそのケーンさえいなければ、或いは、何も起こらないかも知れないのだ。

人はしばしば危難に遭ったとき、自分の足元に洪水が及んでいなければ、まだ自分の身は大丈夫だと考えるところがある。町の人々にも、このような小市民的な防衛意識が支配していたのである。

これが何日間とか、何週間とかの余裕があれば、もっと客観的に、冷静に事態に対処できたかも知れない。

しかし今、この町には僅か一時間しか安全の保証が約束されていないのだ。この決定的な状況のハンディが、明らかに人々を保守化し、卑小な存在にしてしまったのである。

そんな意識が支配する町に、ケーンは舞い戻って来たのだ。

このときケーンは、歓迎されざる何者かであった。

戻って来た英雄志願者を、誰も心から受容しないのである。受容のポーズを示す者はいた。しかし誰もケーンの側に組して、共に銃を取って闘おうとする者の不在を知るや、受容のポーズを示した者は、見え透いた理屈を放って足早に立ち去って行った。

大体、それが普通の人間の、ごく普通の反応の様態であると言っていい。

人間の信念の強さというものは、多くの場合、自分の身の安全を保証した上で測量されるのが常なのである。

ケーンは、明らかに読み間違えたのだ。

人の心の弱さを、町の者の善意に対する自分の信頼度の高さを、そして状況の微妙な影響力の測り知れなさを。

副保安官はバッジを返しに来た。

アウトローを裁いた司法官は、早々と町を去って行った。

皆、四人ものアウトローと闘う気がなく、ケーンの頼みとする友人たちが次々に自分の巣に戻って行ったのだ。居留守を使ったり、ケーンを罵ることで自分の弱気を誤魔化したり、人は実に様々に自分の巣に隠れ込む算段を工夫するものである。

「助っ人が欲しい。多ければ多いほどいい」

このケーンの呼びかけに、誰も反応しないのだ。反応しない理由は、単にアウトローたちが怖いだけなのに、皆、それぞれ合理的な理由付けを考えて、巧みに安全地帯に逃げていくのである。

人々のそんな振舞いの中に、際立って切実なエピソードがあった。

彼の友人の一人が、居留守を使って、妻にケーンを追い返させたシーンがそれである。そのときの夫婦の会話は、あまりに人間的であり過ぎた。

「彼が来る。私は留守だと言え」と夫。
「友だちでしょ?」と妻。
「文句を言うな」
「嘘と分るわ」
「いいから・・・」

ここで、ケーンが扉をノックした。妻が顔を出して、ひとこと言った。

「留守なんです」
「どこへ?大事な用なので・・・」
「きっと・・・教会だと思うわ」
「一人で?」
「私もこれから・・・」

妻はそのとき、一瞬うつむき加減になった。ケーンは全てを理解したのである。

「お邪魔しました」

ケーンを追い返した妻は、部屋に戻って沈み込んでいる。そこに夫が現われた。

「何だ、その顔は。後家さんになりたいのか!」
「いいえ」

それが、映像が映し出した夫婦の会話の全てだった。



2  「神を信じる人々」の拒絶に弾かれて



最後にケーンが立ち寄ったのは、町の教会だった。

そこには大勢の人々がいる。皆、善良で、神を信じる人々である。そこにケーンが入って行く。

「邪魔したくはなかったが・・・」とケーン。
「しています。あなたは日頃、不信心で、結婚式もよそで挙げた。それが今頃、何です」
「助けが要るんです。不信心は反省しますが、妻がクエーカー教なので・・・ここへは助けを求めて来た」
「悪いことを言いました。何なりと」

ケーンは牧師の許可を得て、教会に集まっている人々に対して呼びかけた。

「実は今日、正午の汽車でミラーが帰って来る。ついては副保安官が欲しい」

ケーンの申し出に、人々は騒然とした。事態を初めて知ったのである。その中から、一人の男がケーンの申し出を受け入れた。

「何を渋ってる。行こうじゃないか」

その男の後から、数人の男たちが集まって来た。

今まさに、小さな同志の連盟が結成されようとするその瞬間に、一人の老紳士が言葉をかけた。

「遊びではないんだ。まず事態の確認を。第一、彼はもう保安官ではない。私情の争いではないのか」

そのリアクションで、瞬時に空気が変わった。

教会の男たちは議論を開いていったのである。

そんな時間的余裕などないのに、逃げ道を作るための議論を開いたのだ。皆、威勢のいい話を繋いでいるが、結論を出さないのである。

そんな空気の濁りを攪拌し、浄化する意志を示すかのように、一人の女性が矢庭に立ち上がって、声を荒げた。

「何です!皆どうしたの?女子供が安心して出歩けなかった当時を忘れたの?理屈をこねてばかりで!」

この女性の言葉が、空気を端的に射抜いていた。射抜かれた者たちの言葉の欺瞞性は、次の男の一言に集約されるだろう。

「ミラーが必ず来るとは限らん」

そして極めつけは、牧師の次の言葉に集約されるだろう。

「・・・善悪は明らかでも、殺したり、殺されたりすることは良いと思わない。残念ながら、何とも言えません」

その後、ケーンを評価する男が、多くのことを散々語った後、遂にその本音を吐き出したのである。

「彼のことは勇気ある男、善人だと思ってる。だが町のため、自分のためにも戻るべきではなかった。彼がいなければ、ミラーとも争いにならん。明日、新保安官を任命して後を任せればいい。それが唯一最善の処置だ。まだ間に合う。出て行け。君にも我々にも最善だ」
「礼を言う」

表情を強張(こわば)らせたケーンは、その一言を残して教会を立ち去ったのである。



3  乾いた町の中枢に、一人立った男 ―― 決定的状況の中での決定的孤立



ケーンは孤立した。

決定的状況の中で、ケーンは孤立した。決定的状況だからこそ孤立したのである。

町を彷徨(さまよ)うケーンの焦燥感が、映像に浮かび上がってくる。

ケーンの表情は、決定的状況の深まりの中でいよいよ険しくなり、その不安の旋律があからさまに戦慄感を露わにしてきて、殆ど痛々しい限りである。

正午まで、刻一刻と近づいてきた。ケーンは、この迫りくる状況下で覚悟を括らねばならなかった。

自分は一体、何のために闘うのか。

既に、町を守るための戦いではなくなっていた。

では一体何のためか。自分のため以外ではない。

自分の何を守るためか。生命か。生命なら今から町を離れても遅くない。誇りか。それは無論ある。誇りがなかったら、こんなリスクの高い職業にこだわる必要もなかった。

結局、ケーンは誇り含みの自己像変化に耐えられなかったのである。自分が自分であることを了解し得るイメージの崩れに耐えられなかったのだ。

そして今、ケーンは覚悟の内実をシフトさせねばならなかった。

戦場が開く時間
町ぐるみで闘うことの覚悟から、一人で闘うことの覚悟にまで昇り切らねばならなかった。時間がないのだ。

この覚悟のシフトを果たさない限り、すぐ先に待つ戦場での勝利は覚束ない。

戦場に向かう以上、勝たねばならない。勝つためには今、覚悟のシフトを果たすのだ。

これがケーンに残された僅かな時間の中での、最も重大で、切実で、決定的なテーマになった。

ケーンの覚悟は果たされたか。

人はそれほど器用ではない。

状況の厳しさに切迫されて、自我が現実を抑え切るだけでも、充分に苛酷過ぎる。

眼の前にある前線から離脱しなかった、或いは、離脱できなかったという縛りの中で、更に覚悟を上昇させることは至難であろう。

ほんの少し、人より過ぎた自尊心を持っていたとは言え、それが普通の倫理感覚と人格能力を持つ者の、恐らく、ギリギリの可動ラインであったに違いなかった。

ケーンの覚悟の奥には、死体になることへの括りがあったはずだ。そこまで抜けない限り、自らを最も苛酷な現実に放てる訳がなかったのだ。

ケーンは死を覚悟して、ゴーストタウンと見紛うような乾いた町の中枢に立った。

人々は皆、息を潜めて、そこだけは安全だと信じたい自分の巣に潜り、張り付きながら、灼けつくような白昼の戦場に、ギラギラとした視線を投げ入れていた。



4  映像に仕掛けられた技術的効果



―― 因みにジンネマン監督は、この映画の緊迫した展開にビジュアル・スタイルを発展させるため、そこに三つの独立した要素を使っている。

「一つ・・・脅威 ― 全篇にわたってたれこめている。動きのない鉄道線路はつねに静止している。

二つ・・・犠牲者 ― 助けを求めて、白い空をバックに黒い服を着て常に動き回っている。緊張感は次のことで強められる。

三つ・・・緊急 ― 時間は時計の執拗な描写(脚本に書かれていた通り)に示されるように敵として認識される。時がたつにつれて時計は大きくみえてくる。振り子はだんだんゆっくりと動き、最後には時は静止してしまい、次第に動きが止まってしまった非現実の夢のような、ほとんど催眠的な効果を作り上げていく」(前出「フレッド・ジンネマン自伝」より)

映像に仕掛けられた、以上の技術的効果が物語の緊張感を見事に高め上げて、観る者は主人公の皮膚感覚の中に入り込んで、状況のえも言われぬ乾いた空気感を共有することになる。見事な演出が、見事な映像を決定的に作り出したのである。

映像の中に、最も緊迫した静寂な時間が流れていく。

〈動〉の前に控えていて、そこに近づいていくときの〈静〉なる時間の相対性に対峙する自我は、〈動〉なる時間が決定的な一回性を持ってしまうほど、重々しく、辛く、苛酷な現実に拉致されているのである。



5  転がり込んだり、跳ねたり、潜ったり、蹲ったりして、「戦士」を繋いだ男



四人のアウトローが、じりじりと彼に迫って来た。そして1対4の、殆ど絶望的な戦争がそこに開かれたのである。

一発の銃声が、戦争の合図になった。

それを耳にした花嫁は、列車から降りた。

そして、彼女は町に戻って行った。

その僅か前、花嫁は、町を彷徨う夫と馬車の上で擦れ違っていた。このとき花嫁は、夫に見向きもしなかった。しかし夫は、花嫁をその視線の内に静かに捉えていたのである。

男の孤独がそこに晒された。極めて印象的なシーンだった。

花嫁にすら捨てられた孤独な男が、這い蹲(つくば)って闘っていた。

灼熱の路上に転がり込んだり、跳ねたり、潜ったり、蹲ったりして、男はなお戦士であることを繋いでいたのである。

一人、そしてまた一人、戦士は敵の死体を増やしていった。

花嫁もまた、そこに命を賭けて闘う者しかいない町の中枢に戻っていて、明らかに夫の戦争に加わっていた。この花嫁の機転で、ミラーを含む残りの二つの死体を加えたとき、戦争は終焉した。

花嫁の加担によって真昼の決闘は幕を下ろしたが、この戦争はどこまでもケーンという男の戦争だった。

覚悟を決めた男の、その壮絶な展開を開いた息詰まる戦争であった。そこで何かが守られて、何かが捨てられたのだ。

守られたのは男の軌跡であり、捨てられたのは、闘うべきときに闘う意志を身体化しなかった者たちの軌跡だった。

戦闘が終焉した路上に、人々がどこからともなく姿を現してきた。ケーンはそれに眼もくれず、保安官バッジを路上に捨てて、花嫁と共に町を後にした。

ケーンが捨てた町の未来に、ケーンはもう何の関心も抱かないであろう。

彼は決して避けられなかった一つの仕事を成し遂げて、大いなる危機の中で軌跡を繋いでみせたのである。

男は、男の自我を傷つける訳にはいかなかったのだ。


*       *       *       *



6  「良心に従って決定を下さなくてはならない男の話」



映画は終始、物言わぬ男の内側を映し出していた。

アウトローたちの心理描写は、一切カットされた。そこに物足りなさもあるが、ケーンの内側の緊迫感のみに焦点を当てた映像作りには理由があった。

先述したように、この映画が製作された時代のハリウッドには、周知のようにマッカーシー旋風が吹き荒れていたのである。

その辺の事情を、ジンネマン自身に語ってもらおう。

「その当時、1951年はマッカーシー時代が最高潮の時で、巨大なプレッシャーと不安感が安定を欠くハリウッド社会にもたらされ、反共主義ヒステリーは、人々が考えることをやめ、感情的になり、とてつもなく誇張された噂の餌食となるまでに達していた。人々は疑いの目で互いに見合った。セットではクルー、俳優が敵対するグループに分極された。撮影所は政治家に屈服した。シンパは上院の委員会に出席せねばならず、そこで共産主義者と思う人の名前を告げなくてはならなかった。もし拒否すれば、彼らは非友好的証人とされた。職を失い、彼らの映画はアメリカではどこでも上映されなかった。多くの無実の人々が告発され、破滅させられた」(同上)

ジョセフ・レイモンド・マッカーシー
この映画の脚本家(カール・フォアマン)はマッカーシズムの受難に遭って、撮影途上で上院委員会への出頭を強いられ、遂にイギリス移住を余儀なくされたのである。

ジンネマンはそんな厳しい状況下だからこそ、この一作を撮らねばならなかった。

全ての製作費は75万ドル。しかも28日間で撮り終わらねばならず、スタッフもまた初めから緊張の連続で仕事に向かったのだ。

「私にとって、これは良心に従って決定を下さなくてはならない男の話だった」(同上)

このジンネマンの把握が、映像を作り出すものたちの基本態度を示している。

ハリウッドを激甚にヒットした時代の厳しさを突き抜けるには、ケーン保安官が置かれたような絶対状況が必要だったのである。

自らの自我を傷つけないためには、自分がそのとき何をしたか、何をしなかったかということが、後に明瞭に、きっぱりと語り切れる何かが必要だったのだ。

だからそこには、ケーンという男の生きざま、覚悟の括り方、その戦闘のさまだけが重要だった。誰が敵であり、その敵がどのような思いを描き、その戦場に臨んだかという描写は、恐らく二義的なものだったのである。

これは決定的状況下にあって、その重圧に表情を歪めつつ、しかしギリギリに堪え切っていくに足る、人より少しだけ正義感が強く、誇りを持つに過ぎない普通の男の壮絶な覚悟を描いた映像だった。

同時にそれは、逃げることで失うものの怖さを知る男の物語でもあった。



7  本当の勝者、本当の敗者



シビアな覚悟を持って作られた映像であったが故に、ケーンを演じるゲーリー・クーパーの陰鬱な表情が、映像の進行を通して際立っていく中で、退路を断った男の追い詰められ方が観る者にひしと伝わってきて、胸迫るものがあったのだろう。

しかしそのことは、裏返せばケーンの闘いを、「たった一人の男の闘い」にさせてしまった多くの臆病な男たちの、その偽善やエゴイズムを告発する映画であることを暗示している。

マッカーシズムという赤狩り旋風が、ハリウッドを席捲した中で作られた壮絶なまでにリアルな西部劇、それが「真昼の決闘」だった。

4人のならず者の襲来は赤狩りの旋風であり、保安官ケーンは、査問委員会で仲間の密告を拒んだ一部の良心的映画人になぞらえる。

そして、自分の身を守るためにケーンを見殺しにした町の住人たちは、査問院会で根拠なく仲間の名を次々に挙げることで、時の権力に擦り寄った「敗北的映画人」(と言い切るのは少し可哀想だが)と言えようか

実はこの映画の本当の狙いは、数多出現した「敗北的映画人」たちを告発することにあったと考えられなくもない。だからケーンが弧立していくさまを、必要以上に時間をかけて描写しなければならなかった。

この絶望的な闘いに運良く勝利したケーンが、保安官のバッジを地面に投げ捨てるラストシーンの中にこそ、この映画の最大のメッセージが込められていると言えるだろう。

因みにこのシーンが、反共的かつ、愛国的映画人の逆鱗に触れた有名なエピソードがある。

「『真昼の決闘』の後、カール・フォアマンに関して、ジョン・ウェインの言葉がある。

『私が今まで見た映画の中で、もっとも反アメリカ的なもの』と評し、『クーパーのやつが合衆国の保安官バッジを踏みつける場面』を引き合いに出した。そして、『フォアマンを追い出すのに手を貸したことを、決して後悔しないだろう』と自慢したとされている」(ネットサイト・「白黒名画劇場」『ハリウッドテン』茶絹麻氏より引用)

西部劇の絶対的ヒーローを演じ続けてきたジョン・ウェインには、この描写はとうてい許し難いものであったに違いない。

いずれにせよ多くの映画人が、この国の映像文化を激甚にヒットしてきたマッカーシズム旋風の中で、「共産主義」という名の殆ど幻想の妖怪に対する踏み絵を、有無を言わさず踏まされてしまうような、一種異様で狭隘なる限界状況下に置かれていたということである。

ともあれ、この「真昼の決闘」という曰く付きの映画は、限界状況に呑みこまれた普通の人間が露わにする弱さを、シビアに容赦なく描きつつも、それでも状況から逃げないギリギリの男の意地をリアルに炙り出していくことで、本当の人間の強さが、自らの弱さを認知したあとの自我の覚悟性の内に現れることを訴えているかのようだ。

人は皆、恐らくどこかで少しずつ、認めたくない弱さを持っている。

その弱さへの認知の度合いが不安の大きさを決める。認知が弱いからこそ見えない不安が広がっていく。それを誤魔化そうと、人は大抵自分勝手な物語に逃げ込んでいく。根拠のない自信や誇りが却って人間を駄目にするのである。

人間は厄介な動物なのだ。

自らの弱さへの正しい認知の中からしか、間断なく迫りくる時代の目眩(めくるめ)く澎湃(ほうはい)に耐えていく自我の覚悟は生まれない。一切は、この覚悟の中にこそある。真に覚悟する者が最も強い。弱さの中に強さがある。不安に耐える強さこそ、本物の強さである。そう思うのだ。

「真昼の決闘」の主人公の強さもまた、自らの弱さの認知が生んだ覚悟の中から生まれた。

結果的に彼は勝った。

半分は偶然の勝利で、後の半分は弱き者の決意性の確かさの勝利である。闘いに勝った男の前に、それぞれの自宅に潜んでいたであろう町の住人たちがぞろぞろ集まって来た。ケリーは無言のまま、町を立ち去ったのである。

誰が本当の勝者であるかという以上に、誰が本当の敗者であるかということを、ラストシーンの映像は雄弁に物語っている。

私にとって、最も勇気を与えてくれる一本であった所以である。



8  極限状況下に置かれた人間の、その孤独と不安と覚悟についての物語



本作は心理学的に言えば、極限状況下に置かれた人間の、その孤独と不安と覚悟についての物語である。

今度は、その辺りについて言及していこう。

本作の主人公であるケーン保安官は、もともと「単独者」としての戦いを確信的に選択した訳ではなかった。

彼は、彼を囲繞する状況の中で、共に戦う同士を糾合しつつも、その当然過ぎる期待が裏切られていく現実を目の当りにしたとき、初めて自分が置かれた状況の困難さを思い知ったのである。

本作は、この厳しい状況認知に至る心理的プロセスを通して、そこに生まれた孤独感と不安感、そしてその逆巻くような感情のうねりの中で、特段に強靭ではないが、しかし一廉(ひとかど)の矜持(きょうじ)を抱える人並みの自我の内に、そこに絡みつく様々なイメージの束をギリギリに支配していくに足る、一定の括りに逢着するまでの心理的緊張感というものを、見事なまでに再現した一級の人間ドラマだった。

そんな状況下で、「単独者」として戦う以外にない認知への確信的シフトこそが、本作で描かれた心理描写の最高到達点だったのである。

それは、一つの明瞭な意志を含んだマニュフェストに他ならなかったからだ。しかし、そこに至るまでの心理過程の微妙で、複雑な揺れ方の内に、際立つほどに人間的な内面世界の振幅が集約されていて、蓋(けだ)し圧巻だった。

彼はなぜそんな厳しい状況下で、「単独者」としての闘争を選択し、それを全人格的に引き受けたのであろうか。

彼の中に内在していたであろう厖大な不安感を、その人並みの自我の内にどのように鎮めていったのであろうか。その辺りの言及こそが、本稿でのライトモチーフとなったのは事実である。

そもそも、人はなぜ不安に駆られるのか。

その答えは、こんな風に要約できようか。

失いたくないものを持ち、それを失ったらどうしようというイメージを作りだすことと、本当にそれを失ってしまうのではないかという思いが、一つの自我の内に共存してしまうからである。

この、失いたくないものを失うのではないかという恐れこそ、不安感情の実相である。

それらは生命であり、生活であり、安全であり、或いは、財産とか友情、愛情、または社会的地位や信頼感、更に過去の栄光や秘密のプライバシーなど、人が失うことを恐れるものは限りなく存在するだろう。

そして、それを失う確率が高いほど、失うことを恐れる感情が私たちの自我を縛り、その自在性を奪っていくのである。それが人間のあるがままの姿であり、そこにどのような威勢のいい啖呵を捨てたにしても、それは大抵、人間の防衛戦略による虚勢的なポーズでしかないであろう。

それもまた、とても重要な表現様態なのだが、当然そこには限界がある。その限界点を突破されたとき、人間はその本来的な脆弱さを晒す外ないのである。それは、私たちの人格表現の普通のカテゴリーの内に収まるものなのだ。まず、その心理学的な現実の様態を認知しておこう。

そのような様々な不安と、私たちはしばしば正面から対峙し、時にはそれとの闘いが、外見的には静かだが、しかしその内側では苛烈なまでに揺動する自我が、仮にそこが一過的であっても、少しでも安寧を得られるような軟着点のイメージを必死に弄(まさぐ)っているのである。

実は不安との闘いは、イメージとの闘いなのだ。自我を覆う最悪のイメージとの闘いなのである。

私たちの内側では、常にイメージだけが勝手に動き回っている。しかし事態は全く変わっていない。事態に向うイメージの差異によって、不安の測定値が揺れ動くのだ。イメージを変えるのは、事態から受け取る選択的情報の重量感の落差にある。不安であればあるほどに情報の確実性が低下するから、情報もまた、イメージの束の中に収斂されてしまうのである。

結局、イメージが無秩序に自己増殖してしまうから、不安の連鎖が切れにくくなるのだ。イメージの自己増殖が果たす不安の連鎖によって、いつしか人は、予想だにしない最悪のイメージの世界に持っていかれてしまうのである。最悪のイメージに逢着した自我が、そこで開き直る芸当を見せるのはとても難しく、そこに澱んで、自らを食(は)んでしまう恐怖から、一体誰が生還できると言うのだろうか。

最悪のイメージの定着が、常に自我を苛み、蝕んでいく。

震える自我は孤立し、急速に体温が奪われる。やがて自我は硬直し、闇に囲繞される。イメージの氾濫を自我は抑えられず、指針を与えられぬまま闇を浮遊するのである。

不安の暴走は時間を潰し、繋がりを消していく。

そのとき既に、事態のリアリティは模糊と化し、氾濫したイメージが私たちを最も苦界の果てに連れていく。

失いたくないものに縋ることと、それを守ることに絶望する心が同居してしまうとき、そこにはもう、最悪のイメージに呑まれた私たちの自我が虚空に晒されているのだ。

従って、これだけやったら死んでもいいという括りだけが、その最前線から私たちの思いつめた感情の束を真に解き放つ力になる。

それを信じるしかないという土壇場の覚悟だけが、追い詰められた自我を根柢から救い出すのである。或いは、救い出さないかも知れなくても、そこに向って対峙する強い覚悟なくして、最前線からの精神的解放はとても覚束ないであろう。

守るときは、いつでも攻撃的であらねばならないのだ。

結局、やるだけやったのだから、後は天に任せるという覚悟と、その継続力だけが不安を中和するのである。

覚悟の文言を放ち続ける意志が身体を固めて、意識を後退させる隙間を決して作ららないことだ。それが、非日常をギリギリに生きる疲労の中でも、そこでの状況突破を保証する決定的な力になると信じるしかないのである。

以上の言及で、本作で描かれた保安官の心情世界が了解されるだろう。

では、彼の中で蜷局(とぐろ)を巻いていた不安感とは、一体何であったのか。

勿論、「単独者」として戦うことに随伴する生命の危機感が、その突出した感情であったに違いない。

彼は死ぬつもりで町に戻ったのではなかった。自らの職務上の使命感と、それを誇りにする者のプライドラインが微妙に刺激され、彼は殆んど確信的な思いで、自らの手で守り繋いできた町の治安を固めるために、まさにその町へのリターンを果たしたのである。

夫から去っていく新婦
しかし、彼の希望的観測は悉(ことごと)く破綻し、僅かの時間で、彼は自らを「孤高の戦士」に括り変えていかねばならなかったのだ。

そのとき彼は、一人で闘うことの無意味さを、町の者たちの裏切り的行為という名目によって、一定の認知の転換を果たし、「バカバカしい!」と言い放って敵前逃亡することが可能だったのである。それを身体化しても、誰も彼を咎めないし、残した妻も受容してくれるに違いなかった。しかし彼は、充分に大義名分が通るその方法論を選択しなかったのだ。

なぜなのか。

それに答える前に、彼の中の不安感情の爆発的なうねりについて考えてみたい。

僅かな時間の中で、「孤高の戦士」である以外に対峙し得なかった状況に搦め捕らたとき、「戦死者となる」という最悪のイメージが澎湃してきて、その感情の氾濫による恐怖の中で、彼は明らかにその自我を震撼させ、その身体も殆んど狭隘な状況で固まっていたに違いない。

そのとき町の者たちは、彼の帰還を歓迎していなかった。しかし凡庸な人間たちの卑俗な心は、帰還した彼の意志と行動を明瞭に目撃してしまっていたのだ。そこに既に、「孤高の戦士」を選択した保安官の行動様態が晒されてしまっていたのである。

自分の隠れ家に潜む町の者たちは、恐らく、戦死するであろう彼の戦闘の顛末を、安全地帯から覗き見することができたという訳だ。

即ちケーン保安官は、二重に追い詰められていたのである。

一つは、まもなく町に戻って来るだろうならず者たちの銃丸によって。もう一つは、自分を裏切った町の者たちの、その卑俗なる視線の集中的放射によって。

彼はこのとき、孤独を極めてしまっていたのである。

その究極の孤独感の内に、厖大な不安感情がたっぷりと張り付いていた。

彼はもう、「孤高の戦士」として突き抜けていく以外の選択肢しか持たなかったのだ。

この二重の精神的、身体的圧力は、彼の自我を徹底的に苛み、深々と抉り取っていく絶望の淵の辺りまで追い詰められていたのである。

然るに、この圧力によって、彼が押し出されるように反応していったに過ぎないならば、彼の身体は、その自我の崩壊の前に呆気なく解体されていたであろう。

だが彼は、この二重の圧力によって否応なく前線に押し出されていく振られ方を、その根底に於いて拒んだのである。彼は追い詰められて、追い詰められた果てに、遂に括ったのだ。「孤高の戦士」としての矜持の下に括ったのだ。

そこに、この映画の感動の全てがある。

彼は主体的に「戦場」を選択し、主体的に「戦士」を選択し、主体的に「戦闘」を選択したのである。

彼にそのような選択をさせしめた根柢に、何があったのか。

それを一言で言えば、「絶対状況下に於いて、決して逃げない男」という自己像についての命題が、彼の中で極めて肯定的に存在していたからである。

彼は、敵前逃亡することによって手に入れるであろう、その卑俗なる安全の担保に縋りつくことの否定的自己像を、まさに決定的状況下で選択しなかったということだ。

それまで作り上げてきた自己像についての、比較的心地良いイメージを破壊してしまうことは、決して自我の安定的な継続力を保証しないものであることを、彼自身が最も頑なに認知していたからである。

それだけのことなのだ。それ以外ではないのである。

もう一度書く。

やるだけやったのだから、後は天に任せるという覚悟と、その継続力だけが不安を中和するのである。

覚悟の文言を放ち続ける意志が身体を固めて、意識を後退させる隙間を決して作ららないこと。

ケーン保安官は追い詰められた僅かな時間の中で、そのように自らの全人格を括り切ったのである。

だから、彼は勝負に勝ったのだ。

それは偶然の産物のようにも見えるが、しかしいつでも戦死を覚悟して前線に対峙し、そこに身を預け切る者の気迫が、その状況を少しばかり有利にするという、古典的な決闘についての格言を検証するものであると言っていいのかも知れない。

腹を括った者の気迫に勝るには、それ以上の気迫を持たねばならないということだ。それが、腹を括った者の状況突破力の凄みなのである。

我が身体の解体の危機に直面する現在、私にはケーン保安官の、あの追い詰められた表情こそが、あらゆる映像の中で出会った者たちの表情の中で、最も近しい感情表現だった。

私の「今、このとき」の時間の中で、「覚悟すること」の内面的決定力への思いだけが、私を支えている。私の時間を支えているのである。 



9  生き方とは、自己を規定すること



―― 最後に、「覚悟」について一言。

生き方とは、自己を規定することである。

規定することで失う自由よりも、そこに定めた枠組みを潔くする自由のあり方に、本人にしか感受できない価値を据える一つの人生様式である。

規定することはしばしば心労を伴うが、規範を自在に設定するフリー走行にはとうてい耐えられない。自らを規定する男たちは、迫りくる状況の中で継続的に規定を重ねていくことで、状況の重さに自らを縛り上げるのだ。

この決断はしくじることが許されない。

自己についての物語を、竜頭蛇尾にする訳にはいかないのだ。

こうしてある種の男たちは、しばしば逃げられない時間の中に自らを追い込んでいく。自分の背丈ほどの棺桶を引き摺って。

(2006年10月)

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