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2010年1月7日木曜日

フェリーニのアマルコルド('74)  フェデリコ・フェリーニ


<「相対経験」の固有の相貌と色彩感を放って>



1  総合芸術としての映像表現技法の独壇場  ストーリーライン①



風花のように綿毛が空を舞って、北部イタリアの小さな港町を白で覆い尽くす季節が、今年もやってきた。春の訪れを告げる綿毛の舞である。

冬を象徴する魔女の人形に火をつけ、それを燃やし、爆竹を鳴らす祭りに、町中の熱気が集合するのだ。

「ローマ人とケルト人の血が混じり、この町の住民は皆、雄弁で高潔で頑固なのです」

これは、「第四の壁」を突き抜けて、観る者に語るナビゲーター役の登場人物の説明。

時代背景は、第二次エチオピア戦争が勃発した1935年頃のこと。ファシスト党率いるムッソリーニの独裁体制が、猛威を振るっていた時代である。

「冬が死んでいく祭り」の中に、叔父夫婦を含めて、祖父、両親、弟、そして物語の主人公である15歳のティッタの7人も参加し、思い切り騒いでいた。

そんな血族同居の家族の中で、父親の威厳だけは形式的に保持されていた。

「一日中、働いて帰って来れば、出迎えるのは鬱陶しい顔ばかり」

祭りも終わり、忙(せわ)しない夕餉(ゆうげ)での父親の愚痴は、他人の頭に小便をかけた息子の不良行為が司教からの電話によって知らされたとき、途端に怒号に変わった。

「学校を中退させる。小遣いもやらん。働かせるんだ。こいつが自分の息子とはな」

そんな父親の荒れ狂う態度に呆れる母もまた、夫の激昂が乗り移っていた。

「あんたたち、皆、殺してやる。スープに毒を盛ってやる。こうなったら、私が死んでやる」

それを聞いた父は、「ふざけるな!俺が死んでやる」と言った後、自分の口を両手で開いて、死ぬ真似をしてみせたのだ。

一人、我関せずという態度で、いつもの騒々しい空気の中にいた祖父は、別室に行くや否や、「1、2、3」と声を出して、放屁するという飄々(ひょうひょう)さ。

これが、この血族同居の家族の普通の風景であるのだ。

映像序盤から、フェリーニ・ワールド全開のシークエンスが続くが、血族同居の家族の風景が登場し、頑固親父に追い駆け回される少年の反抗が描かれることで、物語の中枢に15歳の少年がいて、その思春期特有の逸脱性の様態をフォローしていく流れが、本作のテーマ性になっていることが把握されるだろう。

そのティッタ少年の思春期遊泳は、聖アントニオ(ポルトガルの守護聖人で、各地で祭りが開催)の日に、仲間たちと連れ立って、町の女たちのお尻を見に行く程度の悪戯ぶりになお留まっていた。

陽春の4.21は、ローマ誕生の祝祭日。

ムッソリーニ(イメージ画像・ウィキ)
歴史に名高い「黒シャツ隊」を発展的に継承したファシスト党の行進が、ムッソリーニの大きな顔の看板の戯画化に象徴されれるように、思い切り揶揄されるように描き出された映像展開が、突如、蓄音機で「インターナショナル」の曲を流した者たちを必死に捜索する、ファシスト党支部の暴力性の描写に暗転していく。

そして、「ムッソリーニが前進しようと知るものか」と放言したことを理由に、ティッタの父が拘束され、無理やり、特有の臭気を持つ下剤であるヒマシ油を飲まされ、拷問される描写が痛々しかった。

夕餉の際に喧嘩が絶えない一家だが、拘束された夫を路上で待ち続け、這う這うの体(ほうほうのてい)の夫を抱きかかえ、自宅に連れて行って、優しく介抱する母がそこにいた。

そして、血族同居の家族に夏がやってきた。

父の弟に当たる42歳のテオ叔父さんを、一家は毎月、入院中の精神病院から馬車で連れ出していたが、この夏に起こったエピソードは、一つの事件と言ってよかった。

男盛りの叔父さんの解放感が破裂したのか、いつの間にか、テオ叔父さんは大木の上に乗って、「女が欲しい!」と叫び続けて止まないのだ。

危険性と恥の意識からか、地上に戻そうとする家族たちに、テオ叔父さんは投石して反抗する始末。

家族たちは馬車で帰る振りをしても、テオ叔父さんの行動は変わらず、結局、病院に連絡して、再び連れ戻されたという笑えないような顛末だった。

その際、小人の看護婦さんが、「降りといで。遊んでやんないよ」と言っただけで、テオ叔父さんはニコニコしながら降りて来たのである。

この興味深い、いかにも通俗性を好むフェリーニらしいエピソードが語るものは、精神を病んだ42歳の中年男の生理と、その心の綾が経験的に理解できている者の在り処を示唆していたと言えるだろう。

そして、この年、北部イタリアの小さな港町に住む人々が、春の訪れを告げる「冬が死んでいく祭り」に次いで、大きく弾ける「祝祭事」があった。


町中で小船を出して、豪華客船を見送りに行くエピソードが、丸ごと個性的な映像に記録されたのである。

「現代が生んだ傑作、レックス号万歳!イタリア万歳!」

巨大なセットによる人工光線を利用した、この大仕掛けこそ、快楽装置としての映像の醍醐味であると言わんばかりの表現技法の極致だったのか。

好みの問題から言えば、筆者自身、特段に魅了されるべき何ものもなかったが、夜空に輝く豪華客船の見送りのシークエンスは、殆ど総合芸術としての映像表現技法の独壇場であると言えるのだろう。

映像展開において重要なのは、このシークエンスをピークアウトにしたかのように、その後の映像が拾いあげたエピソードは、構築力の持つ映像のイメージラインの豊饒感と、それと裏腹に展開するリアリズムのパラレルな流れ方だった。



2  「生と死のリアリティ」の世界に踏み込んでいくとき  ストーリーライン②



季節は冬。

深い濃霧が小さな港町をすっぽり覆って、散策に出た祖父が道に迷ってしまった。

「死とはこんなもんかな。ぞっとする。全て消えて。人間も家も鳥もワインもない世界…」

帰るべき家への道を失って、途方に暮れた祖父は、決して遠くない「死のリアリティ」を感受してしまったのだ。

ところが、祖父が道に迷った場所が自分の家の前であることを知らされて、「死のリアリティ」は観念の世界に押し込められてしまったというオチがつくエピソード。

本作で、このシーンを最も好む私は、このような絵柄を作り出すフェリーニの豊潤なイメージの氾濫に、ただ感嘆するのみである。

その後、映像は、モンテカルロ市街地を爆走するF1のモナコグランプリのように、「第7回1000マイル・レース」と銘打った、市街を走るカーレースを映し出し、港町の若者たちやレーサーに憧れる女たちを活気づけていく。


この季節の夜を彩る祭りの中に溢れた色気が、思春期のティッタ少年を、「性のリアリティ」の世界のとば口に誘(いざな)っていったのである。

いつも内緒でタバコを買う店の巨乳のおばさんに、「私を燃え上がらせて」と言われて、遊ばれるティッタ少年にとって、巨乳を押し付けられるだけの経験は、温もりがありながらも柔らかいボールによる触感は、無機物の圧迫による威圧感でしかなかったのだ。

ティッタ少年にとって、思春期の情動を騒がせる存在は、町一番の美女との呼び声高いグラディスカのみだった。そのことを改めて感じさせる、この「巨乳圧迫経験」だったということか。

そして季節が進んで、画面の色調は、本物の「生と死のリアリティ」の世界に踏み込んでいく。

何日も続いて、小さな港町を大雪が降り頻っていた。

雪明けの迷路の中で、グラディスカを追うティッタが、「性のリアリティ」の世界の扉を無理に抉(こ)じ開けようとするが、全く相手にされずに、今日もまた置き去りにされていく。

思春期彷徨を持て余しつつも、外部世界のみを見続ける少年に、突然、内部世界の「生のリアリティ」が襲いかかってきた。

母の病気入院という、予想だにしない不幸な事態との遭遇である。

その直後だった。

一つの不幸が、もっと大きな不幸を運んできてしまったのである。

再び大雪が舞う中で、グラディスカを交えてのティッタらが雪合戦を愉悦しているとき、伯爵の家の孔雀が、空から舞い降りてきたのだ。

「孔雀の飛翔は不幸の前兆である」という迷信があることを、少年たちは知らなかったようだった。


だからティッタは、孔雀が地上に舞い降りて、大きく美しい羽根を広げて見せたとき、「きれいだ!」と感嘆したのだろう。 (画像は映像とは無縁)

不幸の前兆であった孔雀の飛翔の直後、ティッタの母は不帰の客になった。

あってはならない事態を目の当たりにして、少年は部屋に籠って泣き崩れるばかり。

町中の人々の弔意の中で、葬列のラインが一時(いっとき)、あれほど闊達な空気感に溢れた空間を静寂にさせ、そこに荘厳なBGMの調べが追い駆けていく。

葬儀も終わり、中枢の欠けた家族の静寂さは、映像前半の些か乱痴気ムードの騒々しさとは無縁な、厳しいリアリズムの世界に捕捉されていた。

父が一人、伴侶を喪った家で悄然とする姿を見て、居場所を失ったティッタは海を見に行った。

暫く物思いに耽っていた少年の上空から綿毛が舞い、新しい春の訪れを予兆させていた。

映像のラストシーンは、憲兵と結婚したグラディスカの、野外での婚式のシークエンス。

婚式に出席したティッタを、この映像はミーハー的にフォローしていかないのだ。

小さく点景のように映し出された少年の心の風景を、観る者が理解できない訳がないだろう、という思いが沁みるような印象深いシークエンスだった。

思春期彷徨を繋いでいた時間を回顧する作り手には、踊り、舞い、弾けるカットを連射してきた自負もあって、単に情感的に流されるだけのフラットな感傷に預けたくなかったのだろうか。



3  「絶対経験」と「相対経験」  まとめとして①



フェリーニ映像の全開
経験には「絶対経験」と「相対経験」がある、と私は考えている。

「絶対経験」とは、経験主体の自我に奥深くに張り付いて、その主体のその後の人生に決定的な影響を与えるばかりか、PTSDのような精神状態を恒常化させてしまうほどの内部支配力を持ち得るケースの如き経験である。

それに対して、「相対経験」とは、どんな経験でも、しないよりはした方が良いと思われる類の経験である。

従って、「私はこの経験によって、勉強させてもらった」と後に回顧される経験は、主体の態度を修復させるほどの心地良い経験として自我に記録されていくだろう。

私たちの経験の多くは、その時々の、私たち自身の逢着点から相当の幅を持って評価される相対性にこそ馴染むのである。

経験の多くは、相対的なものであるということだ。

だから「相対経験」には、不必要な経験など決してない。「相対経験」は心に幅を作るトレーニングでもある。

心の幅が人生に構えを作る。

この構えがスキルになって、人の内側を少しずつ豊穣なものに仕上げるのだ。



4  「相対経験」の固有の相貌と色彩感  まとめとして②




「フェリーニのアマルコルド」という極めて個性的な映画を、初老期を迎える年齢になって再見していたら、前述した「相対経験」という概念を想起して、色々考えさせられたものである。

つくづく人間が、「少しドキドキして、未知のゾーンに踏み入れた辺りの自分史の発火点」であった頃、即ち、思春期を回顧するとき、そこに懐かしさの感情が湧き起こってきたら、大抵その主体は、自らの欺瞞性へのシビアな認知を回避させる程度において、自分史に関わる物語を上手に軌道修正させながら、現在の自我の内に貴重な棲家となるスペースを作り出していることを確認させられるだろう。

もとより私は、そのような人生スキルを非難している訳でも、或いは、茶化している訳でもない。

それが心理学的なダメージコントロールを弁えた、普通の人間の、普通の生存戦略であると考えているが故に、そのような人生スキルを確保することの大切さは否定するまでもないだろう。

「相対経験」の固有の相貌と色彩感は、経験主体の自己史に関わる物語の構築力によって支配されているということ、そのことを言いたいだけである。

だから大抵、人は自己史を語るとき、己の自我を決定的に傷つけないような配慮を含ませて語っていく。

物語を幾分膨らませたラインの中で、それを語っていくから、多くの場合、無傷では済まされないほどの相応の悲哀を挿入させつつ、それを相対化し得る多様な経験の累積を包含するノスタルジーによって包み込んでしまうのだ。

だからそこでは、ほろ苦い触感と大いなる親和性を持つ、「自分充分」の懐かしさだけが引き摺り出されてしまうのである。

それもまた、全く問題のない人生スキルであるだろう。

葛西善蔵・青森県近代文学館HPより
表現世界の中には、葛西善蔵(注1)や嘉村礒多(注2)等による、殆ど自虐的とも言える「私小説の極北」が散見されるが、既に自虐という偽悪趣味のスタイルの内に、「これだけの醜悪さを晒した自己」という認知によって、読み手の寛容さに甘えるメンタリティが透けて見えていると言ったら言い過ぎか。

また、その自虐性と対極に、人気抜群の「スタンド・バイ・ミー」(1986年製作・ロブ・ライナー監督)のように、過剰なノスタルジーへの自己投入によって、ズブズブのナルシズムを放射して止まない趣味を持つ表現者も跋扈(ばっこ)しているが、困ったことに、映像の作り手自身が、表現の繊細さをセールスする欺瞞性に気付かない愚昧さを露呈するケースもあるのだ。

この心地良き厄介さが、思春期を回顧するときに、その主体自我を蠱惑(こわく)するフェロモンを放射するが故に困ってしまうのである。


(注1)住む場所がなく、我が子を連れて彷徨う生活を描いた、「子をつれて」などの短編で有名な、大正末期から昭和前期の作家。

(注2)葛西善蔵の弟子で、大正末期から昭和前期に活躍。「崖の下」など、厳しい自虐的私小説で有名。



5  ズブズブのナルシズムに浸ることを拭い切った映像の余情  まとめとして③



さて、「フェリーニのアマルコルド」。

この作品でも、思春期の只中を快走する主人公を、当然の如く、無傷のまま物語を閉じることをさせなかったが、ここでもまた、観る者に反吐を吐かせるほどの不快なキャラ設定から解き放たれていたことは否めない。

思春期を扱った多くの映像作品がそうであるように、自己を投影した主人公に相当な無茶をさせながらも、観る者の寛容さの内に受容してもらえるという黙契を、本作でもまたなぞっていった訳だ。


フェデリコ・フェリーニ監督(ウイキ)

しかし、さすがにフェリーニは (画像はフェリーニ監督)、数多の愚昧な作家とは切れていた。

第一に、ズブズブのナルシズムに浸っていなかったこと。

第二に、その個性的な絵柄の創造によって、観る者に豊潤なイメージを喚起させる映像の、その抜きんでた表現力を全開することに成就したこと。

第三に、それらが単なる印象的な絵柄のパッチワークにならず、ストーリー性を希釈化させながらも、季節の変容の中で鮮烈な絵柄を描いて見せた、一つの家族の印象深い物語性の内に充分な映像構築力を持ち得たこと。

春から春への季節の流れ。

多くの場合、思春期の1年が、その後の長い人生の1年の何倍もの濃密さを持つように、本作でもまた、季節が一回転しただけの循環ではなかったのだ。

だからこそ、フェリーニはその年の1年を、自分の人生の大いなる記憶の宝庫から取り出してきて、虚構性を多分に加えつつ映像化したのだろう。

春から夏まではまだ、町全体が、そこで呼吸する多くの住民を束ねて動く一つの巨大な有機体となっていた。

その巨大な有機体を構成する生命細胞の中にあって、その家族は騒がしくも、頑固な父親の支配からも逸脱する自在性を転がしていたのである。


「性のリアリティ」に飢える少年の思春期彷徨は、柔らかいボールによる触感でしかなかった「巨乳圧迫経験」によって、無機物の圧迫による威圧感を受け止めただけだったが、それでも少年の心をときめかせる異性の対象人格は特定化されていて、殆ど破裂寸前の情動の氾濫を抑える術がない辺りにまで暴れてしまっていたとき、少年は内部世界の「生のリアリティ」に急襲されてしまったのだ。

その内部世界の「生と死のリアリティ」は、冬になってその相貌を表した。

母の発病と入院、そして病死という、あってはならない現実を目の当たりにして、外部世界のみを見続けていた少年は、「家族」という名の、内部世界の「生のリアリティ」が持つ巨大なパワーに丸ごと吸収され、求心力であった大切な肉親の非在性の決定力を初めて経験したのである。

そして新しい春の確かな足音が聞こえてくる頃、少年は外部世界の中枢にいた異性の対象人格を失うことで、内部・外部世界の決定的な求心力であった存在の芯を削られ、そこに生まれた心の空洞感を埋めるべき術がない内的風景を晒すに至った。

映像は、その辺りの繊細な描写を確信的に回避して、「性のリアリティ」の対象人格であった女の結婚風景を賑やかに映し出すことで、騒がしくも印象深い絵柄の洪水を満載した物語を、漸次、観る者に静音性を意識させる構図の切り取り方によって閉じていったのである。

ラストシーンの結婚風景において、「ティッタはどこへ行った?」という台詞の挿入の持つ表現力は、観る者に、少年の心の痛みを想像させるイメージ喚起力を決定づける映像的効果を保証したのだ。

母に次いで、「憧憬のマドンナ」すらも失った少年の心の痛みを、カメラが捕捉する説明的で、感傷過多な描写の上塗りなど全く不要なのである。 

少年の心象を余分なアップでフォローする、数多の情感系作家による映像感性の貧困と完全に切れた、フェリーニの映像世界の一つの頂点を極めた本作の構築力の素晴らしさに、私はただ息を呑む思いだった。

過剰なノスタルジーへの自己投入によって、ズブズブのナルシズムに浸ることを拭い切った映像の余情は、それ故にこそ、観る者の記憶の深いところに張り付き、なお小さくも消えない情報として生き残されていったのだ。

「少しドキドキして、未知のゾーンに踏み入れた辺りの自分史の発火点」であった思春期が記録した、特別な1年の濃密な時間は、どこまでも「相対経験」の固有の相貌と色彩感を放って、思春期の只中を快走する少年の自我を、「軽傷」の状態で残すことで、リアルな未来への未知の時間を超えていく通過儀礼としてなお延長され、継続力を持ち得たのである。

春から春への季節の流れは、ここでもまた、季節が一回転しただけの循環ではなかったのだ。

春の訪れを告げる綿毛の舞の規則性とは切れて、北部イタリアの小さな港町全体と一体となって行進した少年の濃密な時間は、まもなく独自の軌跡を描きつつ、様々な難所を突き抜けていくイメージを乗せて、単なる循環に帰することのない不規則だが、しかし内的秩序を堅固にした時間を構築していくという、言わば、「人生の絶対肯定のオプチミズム」を進軍していくだろう。

そう思わせる映像の余情が、そこに掬い取れたのである。

(2010年1月)

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