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  • 四季の風景 冬 - *写真を撮らなくても良かった。* *その心地良い風景の、冷たくも柔和な風に触れるだけでも良かった。* *そんな至福の思いが、いつも沸々と湧き起こってくる低山徘徊の魅力。* *心地良い風景が誘(いざな)う得難い浄化効果は、それを求めて止まない者の心に穏やかに沁み込んできて、ほんの少しばかりの**安寧を保...
    1 日前

2010年4月14日水曜日

欲望('66)   ミケランジェロ・アントニオーニ


<関係の不毛という地平にまで絶望的な稜線を伸ばしてきて>



1  「広場の孤独」の世界に置き去りにされて



この知的刺激に充ちた本篇において最も枢要な映像構成点は、堀田善衞の小説(「広場の孤独」)の主人公のように、その人格像は決して誠実とは言えなかったが、「事件」(「殺人事件」による公園の「薮の中」に横たわる死体)後の主人公の脱出不能な心象風景の絶望的な空洞感と、不条理的な孤独感を、そこに一片の抒情を交えることなく描き切ったところにあると思われる。

本作における不条理性とは、形而下の世界での不合理性、非論理性、非科学性というよりも、もっと実存主義的状況下での哲学的意味の観念である。

それは、他者と共通言語を保持し得る関係を構築できない、限りなく絶望的な不調和感であると言っていい。

「殺人事件」による、公園の薮の中に横たわる死体を視認したと信じる男の、その心象風景の絶望的な空洞感こそ、本作の基幹の主題であるだろう。

高度に発達した物質文明社会が作り出した虚構の中で、虚実のボーダーすら曖昧と化している現実を痛烈に批判する作り手が描いた世界の決定力は、少しずつ引いていくカメラが俯瞰するロングショットで映し出された、広々とした公園の一角で、一人置き去りにされる鮮烈なラストシーンにあった。

多分にサスペンス性に充ちた筆致で描いた本作だが、実のところ、主人公が視認した信じる死体の有無などどうでもいいのだ。

実際、公園内で殺人事件が出来したか否か、観る者もまた、本作の主人公と同様に、「薮の中」の世界で立ち竦んでしまうのである。

そこに横たわっていた死体は、誰かに処理されたのかも知れないし、或いは、初めから処理されるべき何ものも存在しなかったかも知れないのだ。

ミケランジェロ・アントニオーニ監督①
作り手は、この不条理に満ちた虚実の解釈を、観る者に投げかけているようにも見えるものの、積極的な探偵ゲームを要請しているようにも見えないのだ。

後者を象徴する典型的なシークエンスが、本作の中にあった。

殺人事件の出来で動揺する、売れっ子のカメラマンである主人公が、彼のモデルを懇願して主人公を付け回す二人の美女をヌードにして、スタジオ内で所狭しと燥(はしゃ)ぎ回る場面がそれである。

主人公は、肝心な事態についてすっかり忘れ果てているのだ。

そこでは、「物語」が成立し得る、「起承転結」という黙契のラインが崩されているのである。

と言うより、「物語」自体どうでもいいのだろう。

作り手が描きたいのは、ただ一点。

事件の真実を占有すると信じる主人公が、その「真実を語るべき対象人格」を探せないことによって、「現代人の絶望と孤独」を通奏低音にする「関係の不毛」を描きたいのだ。

苦労の末に、「真実を語るべき対象人格」を探し当てた友人のエージェント(編集者?)に、「死体を見てくれ。写真を撮る」と語っても、語られた当人は、「関係ない・・・困ったな・・・何を見た?」などと反応するだけで、麻薬漬けで文脈の咀嚼(そしゃく)すらできないのである。

或いは、アーティストの愛人を持つ別居中の妻(?)に、事件について語っても、カメラマンである主人公が大伸ばしした証拠写真を見せられた彼女から返ってきた言葉は、「彼(愛人)のアートのよう」だとか、脈絡なく、「助けて。悩みがあるのよ」などという反応でしかなく、真剣に取り合ってくれないのだ。

事態が日常性の規範から逸脱してしまう途端に、ごく身近な者との、共通言語を保持し得る関係を構築できない心象風景の絶望的な空洞感の一端が、そこにある。

件の友人の居場所を探し回る中で、コンサート会場に立ち寄った主人公が、そこで経験した小さな出来事。

それは、ライブ演奏中のロックミュージシャンがブレークダウンした機械に怒って、自分のギターネックを壊す描写があったが、その破片を巡るモッブ化したファンたちの狂乱を招来した挙句、巡り巡って主人公がそれを手に入れたものの、呆気なく路上に捨ててしまうシーンが意味するのは、高度に分業化して発達した物質文明社会の本質が、「廃棄」する行為を前提にした非循環型の社会である狭隘さであった。

ともあれ、精神的な閉塞を余儀なくされた主人公は、単身、「殺人事件」による公園の「薮の中」に横たわる死体を確認しに行った。

一種の恐怖突入を敢行したのである。

しかし、そこに死体はなかった。

男がそこで見たものは、ファーストシーンに騒々しく登場した、道化の白いドーランを塗り込んだ、パントマイム集団によるテニスゲームであった。

ジープで大仰に公園に乗り入れて来た彼らは、テニスボールもラケットも持つことなく、コートで相互に打ち合って、一時(いっとき)のパントマイム芸を、主人公の前で開陳するのみ。彼もまた、そのゲームにアクセスするものの、気分の昂揚のないまま、ラストシーンの「広場の孤独」の世界に置き去りにされていくのだった。



2  背景となった時代と、そのステージ ―― そこで過剰に華やぐ、けばけばしい文化の彩り



この映画で重要なのは、背景となった時代と、そのステージとして選択された場所、そして、そこで過剰に華やぐ、けばけばしい文化の彩りである。

時は、1960年代半ば。

資本主義の矛盾が一気に露呈したと幻想し、今にも世界革命が勃発せんばかりの沸騰し切った空気に包まれた、動乱の60年代。

そして舞台は、「ビートルズ」、「ミニスカート」に代表される「スウィンギング・ロンドン」と言われた、大衆文化の澎湃(ほうはい)を爆発的に表現したロンドンの街。

長髪族でもあった、ロンドン起源のモッズルックの青年たちのファッションが謳歌した時代のうねりは、高度に発展した産業社会が分娩したもので、当時はその極北を究めた様相を呈していた。

そんな社会にあって、最も華やぐ職業に就く本作の主人公。

前述したように、彼は若くして売れっ子のカメラマン。

その売れっ子カメラマンを求めて、モデル志願の女の子たちに追い駆けられ、引く手数多の日々を送っていた男は、蝟集(いしゅう)して来る美女を相手にせず、プロのモデルたちを撮影するときも、単にカメラによって捕捉されるオブジェとしか見ないのだ。

人間的交流が全くないのだ。

それでも冒頭のシーンにおいて、行動派のカメラマンである主人公は労務者たちの疲弊し切った世界の深部に潜入し、そこに疑似同化する裏技が成就した。

貧民街の無料宿泊所に泊る労務者たちの、その日常的な生活風俗と見紛わない服装をしながら、彼らと同じラインを成して、主人公は歩いて帰って行くのだ。

疲れ切った様子は、どこまでもポーズである。

労務者たちから別れた彼は、人目を忍んで服を着替え、高級な自家用車に乗って、仕事場であるスタジオに戻って来た。

戻って来た彼を待ち受けるモデルを被写体にして、写真を撮り捲った後には、彼女との会話もなく、仕事を終えた疲労感を見せるだけ。

更に、無表情な新進モデルたちを相手に、そのプロ意識の欠如に怒って見せるのだ。

以上の簡単なプロットの流れが、「事件」前の主人公の生活風景であり、心象風景であった。



3  高度に分業化して発展した、産業社会が分娩した「負の文化」



映像の冒頭で、およそ「連帯感」とは無縁な労務者たちの、如何にも生気のない表情が映し出された後、その光景と根柢的に切れたかのような映像が描いて見せたのは、2で言及した、60年代のロンドンの資本主義の「爛れ方」だった。

道行く金持ちから金銭を強請(ゆす)る行為を繰り返す、ジープに乗り込んだパントマイムの道化集団の、「街」そのものをパフォーマスの空間と化したかのような騒ぎ方。

「眠るな!俺に撮られるのが幸せだと思え!」

カメラマンである主人公にそんな悪罵を受けて、やる気が失せたかの如きラインを成す新進モデルたち。

或いは、やる気があっても、自分の肉体をセールスすることで、乱痴気騒ぎに興じるだけのモデル志望の美女たち。

更に、ロックのコンサート会場の異様な狂騒と、ブレークダウンした機械に当たり散らして、高価なエレキギターを平気で壊すミュージシャン。

そして、ギターネックだけが千切れて、既に機能を失った「廃棄物」の欠片を追い駆け回す、モッブ化したファンたちの狂乱。

ビルの一角で、ドラッグシャワーを存分に被浴する若者たち。

加えて、褐色のビル群が林立する、喧騒の街の無機質な光景と対照的に、その裏街で呼吸する、古い歴史を思わせる静寂な空間との不調和。

「スウィンギング・ロンドン」を象徴する、あまりに無秩序で不調和なる街の風景が、映像全体を通して拾われていくのだ。

作り手は、それらが高度に分業化して発展した、産業社会が分娩した「負の文化」であると決めつけるかのように、件の社会の「爛れた文化」を連射させていくことで、機械文明への直截な批判を表現したかったのだろう。

作り手は決して声高ではないが、それらを指弾して止まないのである。

そして、その「爛れ」のロールモデルとして作り手が特定的に選択したのは、全ての被写体をカメラの中に捕捉される、オブジェとしか考えない売れっ子カメラマン。

思えば、この映像には、物を捨てるシーンがあまりに多いのだ。

主人公が関与した「廃棄」のシーンだけでも、以下のように盛り沢山。

反戦団体から押し付けられた、「GO AWAY」という書いてあるプラカード、労務者の古着、不要になった写真、ミュージシャンが執拗に叩き壊したギターの欠片、或いは、公園傍の骨董品屋で折角手に入れたプロペラが運ばれて来ても、もう関心を持つこともないのだ。

これはオブジェでしかない、「物」としてのモデルや、モデル志願者へのスタンスに同化した視線で、散々乱痴気騒ぎを蕩尽した挙句、不要になったら彼女らをスタジオから強制的に追い払うだけ。

そして、主人公のカメラマンに象徴される資本主義の「爛れ」は、彼らの内面世界を一応フォローするが、そこに露呈されるのは絶望的なまでの関係性の希薄さである。

主人公だけではない。

この映画に登場する人物の多くが、相互の関係密度の深まりを垣間見せることはないのである。

まるで皆が、自分たちの「島」の中で、それぞれの世界の呼吸を繋ぐという印象を受けるのだ。

濃密な繋がりが見えない、乾燥した風景の薄気味悪さ、荒廃感。

「愛の不毛」をテーマにする作り手は、ここでも高度に分業化して発展した産業社会の懐深くに、いよいよ劣化すると断じる、相互の関係性の救いのなさを拾い上げていたのである。



4  「関係の不毛」という地平にまで、その絶望的な稜線を伸ばしてきて



本作への私の批評の主眼には、二つある。

それを、もう一度確認しておきたい。

その一つ。

本作においても描かれた、「現代人の絶望と孤独」という作り手の問題意識は、サスペンス性への彩りを添えた不条理劇という物語設定の中で、いよいよ深まるばかりの「愛の不毛」という主題が、ここでは「関係の不毛」という地平にまで、その絶望的な稜線を伸ばしてきたということ。

そこではもう、殺人事件の報告すらも満足に伝えられず、一端、日常性の規範から逸脱してしまうと、もう共通言語のコードを構築することが困難になってしまうのである。

二点目。

それは、前述したように、主人公が関与した「廃棄」のシーンの多さ。

私が最も気になった描写だ。

ところで、この「廃棄」という由々しき問題については、続きがある。

それは、主人公には廃棄できないものが存在したという厳然たる事実。

記憶である。

「殺人事件」についての記憶だけが、主人公の自我を搦(から)め捕ってしまったのである。

搦め捕られた主人公の自我が、広々とした公園の一角で置き去りにされるラストシーンのインパクトは、オブジェは廃棄できても、日常性の規範から逸脱したと信じる、自己限定的な体感の文脈だけは廃棄できなかったということだろう。

そして、私たちの自我が拠って立つ、三次元の日常世界から逸脱する虚実の曖昧な、自己限定的な体感の文脈への躙(にじ)り口は、幻想が踊る精神世界に搦め捕られたとき、日常性の規範からの逸脱に充分に対応し得ない、私たちの普通のサイズの自我のブラックアウトを露わにしてしまうということなのだ。

但し、この仮説については、作り手の問題意識の範疇には内包されていないだろう。

ミケランジェロ・アントニオーニ監督が本作で提起したかった点は、高度に分業化して発展した産業社会が生んだ歪みであり、それが表在化した様態が「関係の不毛」という把握であるに違いない。

更に言えば、アントニオーニ監督は本作を発表することで、もう、その先の表現世界の稜線すらも見えない地平にまで昇り詰めてしまったように思えるのだ。

多くの「物」が、高度に発展した産業社会が生んだ文化的産物であるかのように把握する作り手の表現世界に対して、私は「60年代限定の映画作家」という風に把握しているが、それは、21世紀の現在の地平からようやく相対化できた視野が齎(もたら)したもの。

大衆文化の澎湃(ほうはい)した時代下にあって、「進歩的知識人」の多くが「資本主義という妖怪」を厭悪(えんお)し、未知なる「革命ロマン」の物語にそれぞれの思いを繋ぎ止めていたことが想起される、あの「狂騒の時代」である。

本作もまた、切っ先鋭い時代の先端の臭気を嗅ぐ、映像作家の感性の高さが分娩したものと言える。

ミケランジェロ・アントニオーニ監督②
明らかに、マルクス主義者であったと思われる作り手のイデオロギーとは無縁な私だが、だからと言って、その単一なモジュールのみで、作品の質への評価を安直に決める道理がないのだ。

良いものはいい。

本作の完成度の高さを、私は純粋に評価する。

それだけのことだ。

但し、最後にもう一度書いておきたい。

殆ど凡作とも思える一部の作品(所謂、「生の三部作」)で、「ベルリン国際映画祭」を受賞するという「ハプニング」があったにしても、とうてい「奇跡の丘」(1964年製作)、「アポロンの地獄」(1967年製作)といった力量のある作品を超える映像を構築し得なかった、ピエル・パオロ・パゾリーニがそうだったように、その逝去の際に、「魂の映像作家」という最大級の賛辞を受浴した、本作の作り手であるミケランジェロ・アントニオーニもまた、私から言わせれば、どこまでも「60年代限定の映画作家」という「枠組み」に収斂されてしまうのである。

恐らく、この評価だけは変わらないだろう。

(2010年4月)

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