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    4 か月前

2009年8月4日火曜日

JSA('00)   パク・チャヌク


<澎湃する想念、或いは、「乾いた森のリアリズム」>



 
 1  澎湃する想念 ―― 立ち上げられた反米のスーパーマン




 「ヒットの理由は、タブーに対する挑戦だったからだと思います。北朝鮮の人々をどう考えるかについては、強要された思考方式と、植え付けられたイメージがあった。そこから抜け出して、彼らも私たちと同じ人間なんだと一度考えて見ると、あまりに当然であったために、一度ひっくり返してみると、当たり前の真実が一目で分ったときに感じる解放感があったのです」」(「NHK『ETV特集・韓流シネマ 抵抗の系譜』2009年6月14日放送)

 以上のインタビュー記事は、「JSA」について語ったパク・チャヌク監督自身の言葉。


 更に、本人が所属する「386世代」(注1)についての、「特別な感情と特徴」の感想を聞かれたときの本人の言葉。

 「あの日常化していた暴力、国家権力による暴力を経験したことで私たちは成長しました。その苦痛や恐怖を知っており、一方では、それを克服したという自負心があります。この二つが共存しているという点が、私たちの世代が共有する記憶であり、又、私たちの世代の特徴だと思います」

 この作り手の言葉の中に、極めてアンタッチャブルなテーマに切っ先鋭く迫っていった本作のライトモチーフが、平易に且つ、驚くほど直接的に語られていた。

 しかしこの挑発的なドラマのカテゴリーは、「人間ドラマ」としての奥行きの深さで勝負する作品としてではなく、そこはいかにも386世代の個性的な表現者らしく、娯楽性の要素をも存分に包含した「サスペンスドラマ」の作品として、単に、「娯楽ムービー」を堪能するレベルの鑑賞者を排除する意図すら感じさせるほどに、時代の空気感に睦むかのような鮮烈なメッセージ性をも内包させつつ、随所にハリウッド的な手法を駆使した映像表現の中で、「乾いた森」の中枢を暴れ回っていたという印象が強かった。

 
パク・チャヌク監督
忌憚(きたん)なく書けば、「反米」と「親北」というモチーフの暴れ方が、観る者の想像を超えるほど、直接的に映像化された作品であったということだ。ある意味で、「太陽政策」という、今ではその破綻が検証されているとも言われる国家の基幹の外交政策の、その緩やかな文化風土の時代限定の映像作品であったということである。

 「北朝鮮の人々をどう考えるかについては、強要された思考方式と、植え付けられたイメージがあった。そこから抜け出して、彼らも私たちと同じ人間なんだと一度考えて見る」という、当たり前過ぎる表現を使用せざるを得ないほど、この作り手にとって、本作の北朝鮮軍人の人格的提示には、「タブーに対する挑戦だった」という把握があるのだろう。

 そのタブーを破って、そこで提示された北朝鮮軍人の人格性は、「彼らも私たちと同じ人間なんだ」という把握をも堂々と越えて、驚くほどに冷静で、自己犠牲的なヒューマニズム精神の体現者という観点から見れば、殆ど完璧過ぎる男であった。

 以下、その辺りから、稿を進めていく。


(注1)1990年代に30代で、1980年代に民主化を求める学生運動を経験し、更に、1960年代生まれの韓国人のことで、光州事件に代表される民主化運動を経験したことが、後の反体制的言論の主体として大きな影響力を持ち、盧武鉉(ノ・ムヒョン)を大統領に当選させた「ノサモ」にも関わって、反米的で親北的な傾向を持ち、本作からも「太陽政策」の政治的背景を窺うことができる。


 「有り得ないこと」を「有り得ること」のように表現するには、そこに実感的で、経験的なリアリズムの描写を導入すれば足りるだろう

 本作の最も重要な人物の一人である、北朝鮮軍のギョンピル中士は、子犬を追って来たウジン戦士と共に葦の茂みに踏み込んだとき、信じ難き光景を目撃した。誤って38度線を越えた韓国軍部隊にあって、地雷を踏んで身動きできない兵士と遭遇したのである。

 その名は、イ・スヒョク。本作の主人公である。

 「助けて下さい」と泣きながら懇願する敵の兵士を、ギョンピルは危険覚悟で地雷の信管を抜いて救ったのだ。


 「北方限界線」(海上における「南北」の軍事境界線/画像)で度々出来する拿捕(だほ)事件を例にとるまでもなく、「有り得ないこと」が、いかにも「有り得ること」のように描かれるこの描写のリアリズムは、このような状況に置かれたら、敵味方の区別なく、命を乞う人間の心理に叶っているという一点のみだが、それでもたとえ、「休戦状況」下とは言え、かつて激しい内戦を戦った相手の兵士の命を、しかも自分の危険をも顧みず、いとも簡単に救出する行為に走れるものだろうかという素朴な疑問が湧くが、本作の北朝鮮の軍人の場合は違っていた。

 彼は既に、本作の作り手によって、「こうあって欲しい」という澎湃(ほうはい)する想念の中で結晶化したヒューマニストであったからだ。

 季節は、2月17日の厳冬の夜。銃撃事件発生の8か月前の出来事だった。

 以降、この二人は2度再会している。

 一度目は、小隊の雪の行進の中でのこと。

 南の小隊長と煙草の火をつけ合う北のギョンピル中士がそこにいて、それを小隊の中で視認するスヒョクが近距離の位置で立っていた。

 二度目は、板門店の警備の際のエピソード。

 「影が境界線を越えているぞ。気をつけろ」と言ったのはギョンピルで、後ろに下がったのがスヒョク。

 そのような因縁の中で、二人はまもなく、南北を隔てる川を越え、石に吊るした手紙を投げ合う交流が始まった。

 「兄貴と呼んでいい?兄貴が欲しかったんだ」(スヒョク)
 「兄貴と呼ばれて嬉しいよ」(ギョンピル)
 「歌のテープは毎日、聴いているよ」(ギョンピル)


 そして遂に、「そのとき」が到来する。イ・スヒョク兵長は、「帰らざる橋」(注2/実物の画像)を越えて、北の歩哨所にギョンピルとウジンを訪ねてしまうのだ。

 「まさか、本当に来るとは」とウジン。

 その言葉に反応して、帰ろうとするイ・スヒョクに、ウジンは正直な思いを結んだのである。

 「よくぞ、来てくれました。分断の半世紀、屈辱と苦痛の歳月を越え、統一の扉を開けたスヒョク同志を熱烈に歓迎します」

 4月11日のことだった。


(注2)軍事分界線(「軍事境界線」のこと)の中央を通る橋で、捕虜たちが「南北」の選択の後、一度渡ったら決して戻れないという意味がある。有名なポプラ事件(1976年)はJSA(共同警備区域)内のポプラの木を切ろうとした米兵2名が、北朝鮮軍に斧によって殺害された事件で、今もその木の残骸が残っている。映画では、南の二人の兵士がこの橋を渡って行った。


 「昇進、おめでとう。俺が助けてやったお蔭だろ」とギョンピル。
 「俺たちがヤンキーを倒してやる」とウジン。
 「実戦では銃を抜く速度なんか重要じゃない。戦闘技術も関係ない。どれだけ冷静に素早く行動するか。それがすべてだ」とギョンピル。

 ギョンピルに言われたこの言葉を、事件後、イ・スヒョクは中立国監視委員会のソフィーに語っていた。

 ギョンピルという男は、まさにこの言葉の体現者だった。

 そのことを証明して見せたのが、銃撃事件の只中であったが、それを目の当たりに見たスヒョクが、「兄貴」と慕う男の言葉の継承者になれなかった事実の内に、「北のスーパーマン」と「南の早撃ちガンマン」の決定的落差が露わにされていたのである。

 事件における「北のスーパーマン」の「冷静沈着ぶり」については次章で言及するが、彼の事件後の行為もまた、「冷静沈着ぶり」を上回るほどのヒューマニスト然としたものだった。

 彼がスヒョクを守るために取った行動は、必ずしも、「弟」と可愛がるスヒョクの防衛のためだけの振舞いであった訳ではなく、当然、そこには自己防衛的な意図も働いていたが、何よりもこの困難極まる状況下で、双方の防衛的行動を結んでしまうその胆力と理性的な振舞いには、観る者の舌を巻く妙技の鋭利な切れ味に感嘆させられるものがあった。

 その典型例が、事件後、ポリグラフ実験の恐怖を前に自殺したソンシク一等兵のビデオを見せることで、スヒョク兵長の自白を迫った女性将校ソフィーの誘導尋問に、涙を溜めながら危うく「絶対秘密」を洩らしそうになったスヒョクに向かって、眼の前の机を蹴り上げ、それを制止したギョンピル中士の咄嗟の行動だった。

 
事件で負傷したギョンピルは仁王立ちになって、こう叫んだのだ。

 「この反動分子め!俺は傀儡軍を倒す日を待っていた。この日を待っていたんだ!朝鮮人民軍の強さを見せてやる!裏切り者!アメリカ帝国の手先め!」


 自分の愛国精神を堂々と語って見せるアジテーションの中で、「アメリカ帝国の手先」であるスヒョクの「立場性」を敢えて攻撃することで、「兄」と「弟」の深い関係の事実を隠蔽しようとしたのである。「死刑」に相当するだろう、「兄弟」の双方の生命と軍隊におけるポジションのリスクを少しでも軽減するために、彼は一世一代の大芝居を打ったのである。

 また、「北のスーパーマン」であるギョンピルが、同時に「反米」の精神の大いなる体現者であったのは、彼の国の軍人であることの必須の条件であったに違いない。

 彼の口から、「ヤンキー」という言葉が幾度となく語られていた事実は、まさに「ヤンキー」によって守られ、その文化にも馴染む屈折した心理を共存して生きる以外に術がないと括りながらも、「ヤンキー」なき国家の統一を望んでいるかのように見える、本作の作り手自身の鮮烈なメッセージであっただろう。

 ともあれ、「ヤンキー」の女性が風で飛ばされた帽子を軍事境界線外で拾ってあげる節度や、アメリカ製品に憧憬の念を持ちながらも、「弟」であるスヒョクに南への亡命を勧められたとき、そこだけは毅然とした態度で言い切ったのである。

 「おい、スヒョク。一度しか言わないからよく聞け。俺の夢は、いつか北朝鮮が南より美味しい菓子を作ることだ。その日まで涙を呑んで、このチョコパイで我慢しよう」

 「北のスーパーマン」であった彼は、「ヤンキーが攻めてきたら戦うしかないだろ」という思いが人一倍強い男であったということだ。

 本作の作り手が、「彼らも私たちと同じ人間なんだ」という思いを越えるほどに、澎湃(ほうはい)する想念の中で結晶化した男の造形のイメージラインは、「北のスーパーマン」を強烈に印象づけるキャラクターに逢着してしまったようである。

 その過剰さは、相も変わらず、「スーパーマン」を量産することを止められない「ヤンキー」の国の映像文化と重なってしまったのか。

 「北のスーパーマン」の面目躍如ぶりが際立つ、銃撃事件の圧倒的なリアリズムについては、以下の稿で言及していく。



 2  サスペンス映像の切っ先鋭く



 本作が一級のサスペンス映画であると評価するのは、時間を自在に往還させながら、銃撃事件の描写を中枢にしたストーリーラインの絶妙な組み立てが、観る者の想像力を上手に掻き立てさせる効果を作り出しているからである。

 
前章において、北と南の軍人による禁断の関係性が形成されていくまでについて、主にギョンピル中士の人格造形への言及を中心にスケッチしたので、以下、銃撃事件に至るまでのプロセスと、事件の悲劇について書き加えていく。

 イ・スヒョク兵長の大胆な北の歩哨所への訪問に次いで、彼の部下であり、友人でもあるソンシク一等兵の訪問が実現されるに至った。しかしその訪問は当然の如く、気の弱いソンシクにとって、当初、相当に重荷であった。

 「行かなきゃダメですか?」とソンシク。
 「お前は今、分断の半世紀、屈辱と苦痛の歳月を越え、統一の扉を開けるんだ」とスヒョク。
 「後で開けてはダメですか?」とソンシク。

 禁断の38度線越えに躊躇(ためら)っていたソンシクだったが、スヒョクに誘われて、遂に北の歩哨所に顔を出すことになった。

 4人は、韓国の386世代を代表する実在の歌手、キム・グァンソクの歌を聴き入るなどして、見る見るうちに交流を深めていく。ソンシクの内側には、想像以上に人の好い北の二人への親近感が生まれ、禁断の38度線越えに違和感を持たなくなっていったのである。

 そして季節は秋。

 この時期、非常事態発生の発令が頻繁に出来していた。

 「北朝鮮軍が全戦線にかけて、戦闘態勢を取っているとの情報だ」との上司の報告に、南の二人にも緊張感が走っていた。

 「もうすぐ、ウジンの誕生日だから別れの挨拶を」とソンシク。
 「絶対に、一人で行くな」とスヒョク。

 そして、その日がやってきた。10月28日、最後の歩哨所の訪問である。

 「兄貴、この前は本当に南に攻めようと?」とスヒョク。
 「よく分らないが、もしヤンキーが攻めてきたら戦うしかないだろ」とギョンピル。
 「核兵器なんか作らなきゃいいんだ」とソンシク。
 「俺が作ったと?」とギョンピル。
 「なぜ、怒るんだ?」とソンシク。
 「戦争の話は止めよう」とウジン。
 「本当に戦争が起きたら、俺たち4人も撃ち合いを?」とスヒョク。

 4人が最も気にする事態について、スヒョクは単刀直入に切り出した。

 「お互い、証明書を作ったらどうかな?“北朝鮮のために勤務したことを証明する” “北朝鮮軍兵士 オ・ギョンピル 戦士チョン・ウジン”こんな風に」

 沈黙の後、ウジンは、その場で思いついたような突飛なアイデアを出した。

 「それは良い考えだ」とスヒョク。

 その非現実的な提案を否定したのは、ギョンピルだった。

 「のんきな奴らだな。ヤンきーがウォーゲームを始めれば、ここの警備兵の生存率はゼロだ。戦闘開始3分以内に、北南とも全滅。焼け野原になるんだ」

 4人で戯れているときの子供っぽさとは完全に切れて、現実的な話題になるときのギョンピルはどこまでも冷静であり、13年間もの兵役がある、共和軍の軍人として鍛えられたリアリストの風貌を見せるのだ。

 「最後の友情の交歓」を感じ取っていた4人は乾杯し合った後、ソンシクの発案で記念写真を撮ることになった。


 撮ったのは、ソンシク。彼は、残りの3人が仲良く肩を組み合っている構図から、背景の金日成(キム・イルソン)と金正日(キム・ジョンイル)を巧みに除いた写真を撮ったのである。

 自分への誕生日のプレゼントを持って来たソンシクの優しい心に、ウジンは思わず泣いてしまった。その直後、オナラのプレゼントの返礼をするウジンのジョークに、3人はその場を離れ、鼻を摘まんでいたギョンピルは、歩哨所の扉を開けるように命じた。

 ソンシクが、扉を開けようとした瞬間だった。その扉が外から開かれたのである。そこに立っていたのは、北朝鮮のチェ上尉だった。

 サスペンスの映像は、チェ上尉を視認して驚愕するソンシクの表情を大きく映し出した後、場面展開する。

 自殺を既遂したソンシクの映像、更にそのビデオを流して、スヒョクとギョンピルの直接対決を作り出した、事件後のソフィー将校の尋問が中心に描かれていくが、ここでは事件当日の状況をフォローしていく。

 以下、ソンシクを自殺させたという名分の下に、中立国監視委員会の事件捜査の任務を解任されたソフィー将校が、帰国の途に就く直前にスヒョクを呼び出し、守秘を約束した後、彼からの事件の真相を語ってもらった内容である。

 因みに、この時点で、スヒョクには「ソンシクを自殺させた女性将校」への憎悪によって、彼女の首を絞めた先日の一件に対する感情が緩和されていた。

 ソフィーという女性がソンシクの一件で任務を解任されたこと、そしてそれ以上に、朝鮮戦争当時の北朝鮮人捕虜であった父を持つ事実を教えられていことと関係するだろう。「北朝鮮将校」に対する親近感がなお、スヒョクの心の中で消えないでいたのである。(ソフィー将校の事件捜査については、次章で言及する)。

 そして何より、スヒョクの告白が、彼が必死に庇おうとしているギョンピルの身の安全を保障するというソフィーの言葉を信じたこと。これが、閉ざされたスヒョクの心を開かせるに至ったのである。

 そのスヒョクが語る事件の真相は、あまりに衝撃的なものだった。


 拳銃をソンシクに突きつけて入室したチェ上尉に、スヒョクの銃が対峙した。危険な状況を感じ取ったギョンピルが止めに入るが、上尉によって殴られた。

 「傀儡軍の奴らとままごとしてたのか?」とチェ上尉。
 「彼らは亡命の相談に来たんです。私が責任をとります」とギョンピル。

 チェ上尉は、呆然とするウジンに逮捕命令を出し、「同志、すいません」と言った後、ウジンがスヒョクに銃を向けた。

 「俺に任せろ。亡命して北朝鮮で暮らそう」

 そう言って、ギョンピルはスヒョクを説得する。

 「いいですね?」と、ギョンピルは今度は上尉に確認を求める。
 「潜入者と見せて、俺たちを処刑する」

 そう反応して、スヒョクは銃を下ろそうとしない。スヒョクはギョンピルから、自分の出世のことしか考えないチェ上尉の噂を聞き知っていたのである。

 「必ず、二人を助ける。兄貴を信じろ」とギョンピル。

 懸命に説得して、銃撃戦になる悲劇を防ごうとしているのだ。ギョンピルはスヒョクの銃を下ろすことを、ソンシクに頼んだが、怯(おび)えきったソンシクの答えは、「きっと、嘘だと思います」。

 ギョンピル中士に助けてもらった過去の話に触れて、ウジンはスヒョクに銃を下ろすように強く求めた。沸騰した状況の中で震えているウジンが、そこにいた。彼はもう、プレゼントを受け取って涙を見せた男ではなかった。

 「チクショウ。もう兄貴なんて呼ぶな。結局は敵なんだ」

 自分に銃口を向けるウジンに対して、スヒョクは涙ながらに言葉を結んだ。

 「おい、スヒョク。こんなことをしていたら全員死んでしまう。もう一度、新しく始めよう」

 唇から血糊(ちのり)をつけながらも、一人だけ冷静なギョンピルは、互いに銃を向け合う3人に向かって諭すように語り、自らの両手を使って、同時に銃を下ろさせたのである。衝撃の瞬間から解放されたウジンは、そのまま腰が抜けて床に倒れた。

 
その直後だった。

 ラジカセが巻き戻って、緊張で沸点を迎えつつある小さな空間を劈(つんざ)くように、突然、激しい音楽が鳴り響いたのである。

 このとき、再び銃を取ったチェ上尉に向かって、ソンシクが撃ち抜いたのだ。

 殆ど咄嗟の反応で、ウジンが銃を抜こうとしたとき、今度も、ソンシクがウジンの頭を撃ち抜いた。更にウジンへの2発目をスヒョクが撃ち、次に、そのスヒョクがギョンピルの額に銃口をつけ、2回発砲するが、弾が出てこなかった。

 ここでスヒョクの銃は故障してしまうのである。ギョンピルを殺せなかったスヒョクの表情には、一縷(いちる)の安堵感が垣間見えた。

 事件の凄惨さは、ここから始まっていく。

 死んだと思っていたウジンが、スヒョクの右足を撃った。咄嗟に、ソンシクがウジンに向かって執拗に発砲を繰り返した後、振り返ってギョンピル、次いで、倒れているスヒョクに銃口を向けた後、放心状態で銃を下ろしたのである。ソンシクは完全に常軌を逸していたのだ。

 ギョンピルがソンシクの銃を取り上げ、絶命していなかったチェ上尉の頭を撃ち抜いた。

 彼はその銃をスヒョクに持たせ、放心しているソンシクの頬を殴り、スヒョクが使った銃を持たせて、落ち着き払った声で言いくるめた。

 「よく聞け。拉致されて、脱出したと言え。お前はいなかったことにする」

 その直後、ギョンピルはスヒョクに自らの肩を撃たせて、その場から逃がしたのである。

 その結果、2名の北朝鮮の軍人を射殺した韓国軍の英雄として、スヒョクは上官たちによって厚遇されるに至った。

 ―― 以上が、スヒョクがソフィー将校に語った事件の真相である。

 ここで、ソフィーが問題視した銃弾の問題を、スヒョクの告白の通りに整理してみよう。

 まず、ソンシクが放った銃弾はチェ上尉に対して、最初の一発がある。その後、ソンシク、スヒョクの南の兵士が、自分たちを撃とうとしたウジンに向かって一発ずつ銃丸を放っている。

 その後、常軌を逸したソンシクが、絶命していなかったウジンに6発撃ち、最後に、ギョンピルがチェ上尉に留めの一発を放った。そして、ギョンピルがソンシクを言いくるめた後、偽装工作の故に、スヒョクに自分の肩を撃たせて終焉する。

 従って、ここで放たれた銃丸の合計は11発になるということだ。

 この現場で落命した北の将校の検死遺体から2発、ウジンの検死遺体から8発の銃丸が確認されていたが、ギョンピルの受けた銃丸と合わせると、合計11発になるから問題がないのである。

 ここで事件の捜査を担当したソフィーは、スヒョクの銃に装填されていた銃弾の数が15発であるのに、故障して残っていた銃弾が5発である事実に注目して、本来、4発しか残らないのに消えた銃丸が一発足りないのは、現場に第五の人物がいたはずだと見抜いたのである。



 
以下、スヒョクに対するソフィーの尋問。

 「北の兵士3人が撃たれたのは11発、10発は現場に。でも1発だけ見つからなかった。消えた銃弾よ。あなたの銃に残ってた5発。この通り、5足す10は15発。1発余分に入れる習慣はないから、装填されていた銃弾の数と一致するわ。では、残りの1発は誰が?北の兵士の体を貫通したのに、現場から消えてしまった銃弾。その1発を撃った人物は、自分の存在を隠そうとしたんだわ。つまり、現場に第5の人物が存在してたはず」(イ・スヒョク兵長へのソフィー将校の尋問)

 彼女はその第五の人物として、スヒョクと親しいソンシクを特定していく。この事実は、彼女がスヒョクの恋人から既に聞き込みしていたことだが、最終的にソフィーがソンシクを特定したのは、彼の恋人の写真をウジンが肖像画として残していたからである。

 ところが、以上のスヒョクの告白には、決定的な錯誤が存在していた。銃の名手であるスヒョクの銃丸こそが、ウジンを致命傷に追い遣ったものであることを、スヒョク自身が認知できていなかったのである。

 あの混乱した状況下で、冷静さを欠いていたギョンピル以外の3人には、自分の為した行動の意味と客観的な把握が困難だったのだ。だから、せめて自分の銃丸がウジンを死に追い遣ったのではないと信じることで、スヒョクは自我を守りたかったに違いない。

 実は、消えた弾丸の謎は、ウジンを撃ち抜いたスヒョクの銃丸がラジカセに命中し、そのラジカセをギョンピルが処分したから、永遠の謎に包まれるはずだった。

 全ての任務から解かれたソフィーは、ギョンピルから聞いたその事実を、あろうことか、それをスヒョクに話してしまったのである。無論、彼女に他意はなかった。

 「ところで、ギョンピル中士の証言だと、ウジンを撃ち殺したのはあなただったと。一瞬のことだったから勘違いしたのね。いや、彼の記憶違いかも…でも、銃撃戦で1秒早いか遅いかなんて関係ないわね」

 このソフィーの言葉は、前線で戦う4人の男たちの特別の友情の深さについての配慮がなさ過ぎた。ギリギリの所で自我防衛を継続させているスヒョクの苦悩について、事件の真相の解明にのみ関心を持つこの女性将校には想像力が及ばなかったのである。

 ソフィーへの告白を終えて軍事病院に戻る途中、移送の任務に就く兵士から銃を奪って、スヒョクは自殺するに至ったのだ。

 自分の命の恩人であるギョンピルを裏切ったばかりか、ソンシクが最も親しくしていたウジンを撃ち砕いたのが自分だったという現実を認知したとき、スヒョクは取り返しのつかない自責の念に追い詰められた。そのソンシクも、「絶対秘密」を守るために自ら命を絶っていたのである。

 そして何より、自分の突飛な行動から全て始まった禁断の友情の関係を、自らの手で破壊したという認知の重量感は、自分の命をもって償うしかないという究極的な選択を必至にしたのであろう。

 だからこの映画には、ハッピーエンドに流れていくことを止められない、ハリウッド的な軟着点が不要だったのである。

 38度線を越えた者たちが構築した友情の関係者は、全て死なねばならなかったのだ。

 ところが本作の作り手は、なおそこに一人のスーパーマン的人物を造形し、彼だけには「転役処置」という軽い処分を与えることで済ませてしまったのである。そこに作り手の、「北の軍人にはこういう人物も存在するだろう」という想念が結晶化したかの如き、そこだけは突出した理念系の澎湃たる波浪が鎮まることを止めなかった。

 銃撃事件の心理描写は、完璧なまでに見事だった。

 人間がこのような状況に置かれたら、このような行動をするであろうという心理描写において、本作の白眉と言っていいほどに見事だった。極限的な状況に置かれた人間の心の脆弱性が、その繊細な部分にまで及んで写し撮られていたからである。

 だからこそと言うべきか、一人冷静な行動を完璧に貫いたギョンピルに関わる描写について、余計、気になってならなかったのだ。

 繰り返すが、殆どスーパーマンの事件処理を果たした彼の立ち居振る舞いは、サスペンスの切っ先鋭い本篇の中で際立ったものになっていて、作り手の澎湃する想念の過剰さだけが目立ってしまったのである。



 3  乾いた森のリアリズム



板門店での軍事境界線・北朝鮮側から(ウィキ)

 「JSA」(共同警備区域) ―― 「板門店」(実物の画像)と呼ばれるこの「南北」の接触点は、3年間にわたって争われた朝鮮戦争の軍事停戦委員会が置かれている特別な場所である。「釜山橋頭堡」にまで追い詰められた国連軍の必死の抵抗によって前線を押し戻し、中国人民義勇軍との激戦を経て、再び後退を余儀なくされた国連軍がギリギリの所で前線を膠着化させた場所、それが「JSA」である。

 現在に至っても「休戦状態」であるに過ぎない朝鮮半島情勢にとって、この「JSA」という特別な場所に勤務する者の緊張感は、それを経験した者にしか理解し得ないアンタッチャブルな最前線であるだろう。

 そこで出来した非常事態の事件への対応は、決してそれ以上の緊張を、「南北」双方の同民族国家に与えてはならないという不文律の内に処理せねばならないのだ。

 本作の10月28日に惹起した銃撃事件のケースもまた、その枠内に収めるべき事件であった。

 この類の事件の合理的処理を図る機関として設置されたのが、「中立国監視委員会」である。

 この機関は「朝鮮戦争の停戦協定の履行を監督・監視するために1953年8月1日に板門店に設置された」(朝鮮新報 2008.8.18)もので、その構成(注3)と任務(注4)の詳細は、1953年7月27日に板門店で署名され、1953年7月27日に発効された「朝鮮戦争停戦協定」において規定されている。


(注3)「中立国監視委員団は4名の高級将校で構成するものの、そのうちの2人は国際連合軍総司令官が指名した中立国、すなわちスウェーデン及びスイスがこれを任命し、残り2人は朝鮮人民軍最高司令官と中国人民志願軍司令官が共同で指名した中立国、すなわちポーランド及びチェコスロバキアがこれを任命する。本停戦協定で使った『中立国』という用語の定義は、その戦闘部隊が朝鮮での敵対行為に参加しない国家を指す。 同委員会で任命される委員は、任命する国家の軍隊から派遣できる。各委員は候補委員1人を指定し、その正委員がある理由で出席出来なくなる会議に出席するようにする。このような候補委員は、その正委員と同じ国籍に属する。一方が指名した中立国委員の出席者数と、他の一方が指名した中立国委員の出席者数が同じの時には、中立国監視委員団は速やかに行動を取ることができる」(「Guerilla Net Korea」より「朝鮮戦争停戦協定」の一文)

(注4)「その委員及びその中立国監視チームを通じ本停戦協定第43項に列挙した出入港で本停戦協定第13項目に規定した監視と視察を進行し、また本停戦協定違反事件が発生したと報告された地点で本停戦協定第28項に規定した特別監視と視察を行う。作戦飛行機・装甲車輌・武器及び弾薬に対する中立国監視チームの視察は、チームをして増援する作戦飛行機・装甲車輌・武器及び弾薬を朝鮮に搬入されないことを確実に保障できるようにする。ただしこの規定は、如何なる作戦飛行機・装甲車輌・武器または弾薬の如何なる秘密設計または検査する権限を与えることと解釈出来ない」(同上/但し、内容はその一部)



 「板門店の共同警備区域で、銃撃事件が起きて3日。難航していた南北合同捜査団の結成について進展がありました。双方は中立国監視委員会のもとで協力するという案に合意しました。共同発表文によりますと、北朝鮮に対する核開発疑惑やアメリカ艦隊の進出等で、危機感の高まる朝鮮半島情勢を冷静に見極める必要があるとし、この事件が戦争に発展するのを避けるために今回の合意に至ったものです。スイスとスウェーデンからなる中立国監視委員会は、実務経験のある将校を派遣する方向で検討中とのことです」


 このニュースの一報に沿って、10月28日に惹起した銃撃事件の捜査のためにスイスから派遣されて来たのが、女性将校ソフィーだった。

 若年インテリのイメージの雰囲気を漂わせる彼女は、「中立国監視委員会」のボッダ将軍によって、本職である文化人類学者の穏やかさを失わない静かな口調の中で、その任務の過剰を戒める言葉を出会い頭に浴びせられた。

 「我々の任務は事件の原因を解明すること。結果ではなく過程が重要なのだ。現在、朝鮮半島は緊張と和解が常に交差している状況だ。北京や板門店で会談が開かれる一方、衝突も続いている。つまり、北と南の現状を一言で言い表すならば、“乾いた森”だ。小さな火種にも森全体が燃やされてしまう。君の最終目標は中立を保つこと。南北いずれも刺激してはならん」

 朝鮮半島情勢の本質が“乾いた森”であるという指摘の内に、「中立国監視委員会」の限定的な役割に関わる事実を言い当てていた。

 (注3)にもあるように、「中立国監視委員会」の主要任務は「特別監視と視察」であって、「如何なる作戦飛行機・装甲車輌・武器または弾薬の如何なる秘密設計または検査する権限を与えることと解釈出来ない」のである。従って、有事に際しての任務は、「事件の原因を解明すること」でありながら、「結果ではなく過程が重要なのだ」ということ。朝鮮半島情勢が“乾いた森”であることによって、「小さな火種にも森全体が燃やされてしまう」からである。

 即ち、女性将校ソフィーの事件捜査は、「南北いずれも刺激してはなら」ないように遂行されるということであって、まさに、足枷(あしかせ)とも言うべき絶対条件が前提になっていたのである。

 それにも関わらず、彼女は銃撃事件の深い闇の核心にまで迫っていったのだ。


 ―― ここで簡単に、映像の流れに沿って、本稿の中で記述されていない部分をフォローしていこう。

 イ・スヒョク兵長が脚の怪我を負っている所を、軍事境界線上にかかる「帰らざる橋」の上で発見されることで、南北の銃撃戦に発展するが、膠着状態の中で南北の国家の了解のもと、事件捜査の依頼が「中立国監視委員会」にもたらせれる。
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 女性将校ソフィーによる、現場の実況見分の開始。北のチェ上尉の死体場所と、ウジン戦士が倒れていた位置の確認。

 「オ・ギョンピル中士が生き残らなければ、南はこの事件を北の挑発だと決めつけて非難しただろう」(北の軍関係者の話)
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 入院中のギョンピルとの面会。ソフィーは、昏睡状態で書いたギョンピルの陳述書に疑問を抱く。
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 チェ上尉の遺体の検視。2発撃たれている事実を確認。2発目が正面を狙った銃丸であり、これが致命傷になっている事実を確認。(因みに、この2発目の銃弾を放った者がギョンピルであったことは先述した通りである)

 「南にとって、不利な証拠になる。既に倒れた体に銃弾を浴びせる」(女性将校ソフィーの言葉)

 次は、ウジン戦士の遺体の検視。8発の銃弾を浴びている事実に、ソフィーは疑問を抱く。

 「北の上尉を撃つときは冷静だった犯人が、北のウジン戦士のときは衝動的だった。その違いが問題ね」
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 イ・スヒョク兵長に、「脱出目的で、なぜ一人に8発も?」とソフィーは尋問。反応なし。
     ↓
 11月4日。

 この時点でソフィーは、先述したように、「北の兵士の体を貫通したのに、現場から消えてしまった銃弾」の問題に疑問を持ち、「現場に第5の人物が存在してたはず」という確信に至った。ここから、スヒョクと親しかったソンシク一等兵の存在を特定化し、彼にポリグラフをかけようとした行動によって自殺されるに至った。
     ↓
 ソンシクの自殺に衝撃を受けたスヒョクは、彼を追い詰めたソフィーの首を絞める事件を惹起。
     ↓
 「中立国監視委員会」によって、過剰な捜査に踏み込むソフィーは尋問の延期を通告され、拒絶する。
     ↓
 11月5日。

 スヒョクとギョンピルの「直接対決」。先述した通り。


 ―― 以下、事件の概要も先述した通りなので省略する。

 ここから、ソフィー将校に関する描写に注目していく。

 彼女は、ボッダ将軍から事件捜査の解任を言い渡された後、彼女の父親の知られざる過去についての資料を見せられる。

 以下、ボッダ将軍の話。

 「朝鮮戦争当時、コジェ島に北朝鮮軍の捕虜収容所があった。捕虜は2つのグループに分れていた。共産主義者と、強制的に参戦させられた反共産主義者。凄惨な殺し合いが繰り返され、それは“内戦の中の内戦”と呼ばれた。戦争が終わると、選択の自由が与えられた。資本主義の南への投降か、共産主義の北への帰還か。17万人の捕虜のうち、76人が両方とも拒否し、世界各国に散らばった。しかし、いまだに行方の分らない人もいる。君の父親、チャン・ヨヌのように。幸い彼は、アルゼンチンでスイスの女性と結婚した…」

 
ソフィーには、「北朝鮮将校」であった父親の話より、事件捜査の継続の方にこそ関心がある。

 「あと3日だけ下さい。スヒョク兵長の自白を引き出して見せます」
 「君は兵士を一人自殺に追い遣った。それだけでも解雇だ…君はまだ板門店を知らない。事実を隠してこそ、平和が保たれる。双方が望んでいるのは、この事件が曖昧になることだ」
 「だから彼らは、有名無実な中立国監視委員会に今回の捜査を依頼したわけですね」

 将軍はこの発問に答えず、話を続けた。

 「第3国行を希望した捕虜たちは、スウェーデンかスイスを選んだ。しかし両国とも永世中立国であり、中監委を結成していたため、彼らを拒否した。76人の行き場を失った捕虜のことを考えると、自分に問いかけざるを得ない。中立国の人道主義とは何だろうと?」

 将軍のこの本質的な問いかけは重要な意味を持っているが、結局、ここで問いかけられた「中立国の人道主義」の脆弱性の壁を、一気に突き抜けようとしたソフィーは解雇されるに至り、帰国準備をすることになった。

 「最後の仕事」と括ったソフィーは、軍事病院に入院しているスヒョクを呼び出し、守秘を条件に、彼から銃撃事件の真相を語ってもらうことになった。

 スヒョクの告白には、自分に都合の良い解釈をすることで自我防衛していた事実誤認が含まれていたが、ソフィーから真相を打ち明けられてスヒョクは動顛(どうてん)し、自殺するという最悪の結果を惹起させてしまった経緯については先述した通りである。

 11月7日のことだった。

 銃撃事件発生から、まだ10日しか経過していない中で、遂に事件関係者5名の内、4名の死者を生み出してしまったのである。

 
ラストシーンの構図は見事だった。


 事件関係者で唯一生き残った北朝鮮軍人、ギョンピルの笑顔によってカラー映像が閉じられ、JSAで歩哨するウジン、スヒョクのモノクロの映像が閉じられるメッセージには、映画の物語が「休戦条約」というあまりにリアルな状況に架橋する、朝鮮半島の現実の重量感が映し出されていた。

 キム・グァンソクが歌う「宛てのない手紙 」という、本作の主題歌が流れていくが、激しく胸を打つものがあった。書いておこう。

  草の葉はなぎ倒されても 空を仰ぎ見る
  花咲くことはたやすくても 美しくあることは難しい

  時代の夜明けを 独りでさまよい
  人は死と出会って 自由になれる  
  凍てつく風の中へ 墓もなく
  激しい吹雪の中へ 歌もなく
  花びらのように 流れ流れて
  さらば君よ
  君の涙は やがて川になるだろう  
  君にの愛は やがて歌になるだろう  
  悲しみを背負い 渡り飛ぶ
  涙に濡れた小さな鳥よ
  振り返らずに
  さらば君よ


 ―― 本稿の最後に、「乾いた森のリアリズム」の朝鮮半島情勢と、有名無実な「中立国の人道主義」について簡単に言及する。

 
 
朝鮮半島の深刻な状況に対して、ノルウェー、スイス等という中立国によって構成される調停機関の役割が殆ど機能しないことを、本作の作り手は敢えて主張したいかのようである。

 本作に登場する主人公の女性将校が、たとえ北朝鮮将校の娘であったにせよ、既に朝鮮半島という祖国を捨てた、ごく一握りの祖国籍離脱者たちが、最終的にその身を委ねたヨーロッパの中立国家が介在する国際調停の役割はあまりに限定的であり、中立主義の人道主義のリアリティの欠如だけが露呈されるばかりであった。

 女性将校はかくも限定的な状況下で事件の核心に肉薄したが、しかし、「乾いた森のリアリズム」という説明によって語られた、朝鮮半島情勢の本質にはとうてい届き得なかったと言えるだろう。彼女もまた、中立国家の人道主義を主唱する第三者でしかなかったのである。

 それ故にこそ、彼女は解任されるに至った。

 果敢なる彼女の仕事の内実が、小さなスポットで出来した「銃撃事件」の核心に肉薄し得たにしても、それを「国際的正義」、「普遍的な人道主義」という名の下に公然と問題化し、国際的に解決する手立てに昇華する役割までは、彼女には残念ながら与えられていなかったのだ。

 そのことの深い意味を理解するには、スイスのような「理想的中立国」で自我を育んだ、一人の明晰なだけの頭脳の持ち主には厄介なテーマであったのだろう。


 「乾いた森のリアリズム」という、朝鮮半島情勢の本質を真に理解できない中立国家のヒューマニズムの限界を、本作の作り手は衝きたかったと思われる。

 「386世代」と呼ばれる、暴力が日常化していた沸々として険阻な時代の只中で、それに対峙する身体言語を作り上げてきた経験に拠って立つ自我にとって、中立国の人道主義とは、真に自立する祖国を持てない歴史を延長させるばかりの苦悩する民族のリアリティを、その根柢において共有し得ない究極の客観主義にしか映らないのかも知れない。

 作り手が考える理念系の文脈と、朝鮮半島が包含している問題の深刻さの乖離(かいり)について、何より作り手自身が最も感受しているに違いない。一貫して、「休戦条約」という状況下に置かれる朝鮮半島情勢が抱える問題の深刻さは、その国に生き、呼吸し、生活を繋ぐリアリズムの中でしか捕捉し得ない何かなのだろう。

 ともあれ、私としては不満の残る映像であったが、オバマ政権下のアメリカによって、「核の傘」の条項を明文化されながら、なおアメリカと北朝鮮の代表が互いの顔を合わせることも、握手もない「休戦条約」(実際に、李承晩大統領は署名せず)の発効があっても、依然として緊張感の続く朝鮮半島情勢の只中にあって、真の独立を経験できない歴史の現実に翻弄される状況を、「統合失調症」と呼んだポン・ジュノ監督と並ぶ386世代の映像表現者の一人として、このような映像を世に送り出す思いについては想像するに余りある所でもあった。

(2009年8月)

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