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2008年12月2日火曜日

ストレイト・ストーリー('99)    デヴィッド・リンチ


 <満天の星を共有する至福への「自立歩行」の決定力>



序  シンプルな映像の秀逸さ


心の深い芯の部分まで浄化されるような、圧倒的な感動。

繰り返し見ても、変わらずに感動のリピーターとなり得る本作の決定力の凄み。

観る度に何か新鮮な感情や省察を、これほど受け取ることができる映像は経験的に言って殆ど稀にしかない。

物語展開における明らかな「作り物」的な描写が、幾分、私の中で本作の受容濃度を削り取った感があり、それさえクリアにされていたら、紛れもなく、「私の中のベストムービー」に近い作品になったはずである。

無論、その辺りの個人的な拘泥は末梢的なものに過ぎない。

それ以上に、余計なものを一切削り取って仕上がった、このシンプルな映像の秀逸さにただ脱帽する外はなかった。



1  満天の星空を眺めながら



―― このシンプルな映像のストーリーラインを、シンプルに追っていこう。


アイオワ州(ウイキ)
東にミシシッピー川、西にミズリー川という大河に挟まれたアイオワ州は、米大統領選の伝統的な予備選の序盤州として有名だが(とりわけ民主党にとって)、それ以上に、この両河の恩恵を受けた肥沃な大地として、全米一のコーンベルト地帯を作り上げていることで知られている。

そんな農業王国としてのアイオワ州の一角にある小さな町に、見るからに頑固な老人が、知的障害を持つ娘と二人で暮らしていた。

老人の名は、アルヴィン・ストレイト。

73歳であって、本篇の主人公でもある。

そのアルヴィンがある日、家の中の雑事で転倒事故を起こしてしまった。

娘のローズに連れられて、病院に嫌々やって来たアルヴィンは、思いも寄らないことを医者に宣告されてしまった。

「倒れたのは腰のせいですよ。歩行器が必要です」

アルヴィンは、そのアドバイスを頑なに拒んだ。

「じゃ、杖をもう一本。視力の低下は糖尿病のせいかも知れない。検査をして・・・」
「断る。レントゲン代など払えるか」
「初期の肺気腫だ思います。循環器系の持病もある。食事が心配ですね。すぐ節制しないと、大変なことになりますよ」

医者にそう脅されたアルヴィンは、以来杖を二本用意することだけは従うが、煙草を吸い続けることを止めなかった。

ローズとアルヴィン
心配する娘に、「100歳まで生きるって言われた」とうそぶく頑固な老人は、娘のローズを大切に思う気持ちだけは変わらないようである。

雷雨の夜、そんな老人のもとに、思いもかけない電話がかかってきた。

電話に出たローズの話によると、「ライルおじさんが倒れた」ということ。

「ライルおじさん」とは、十年前に弟のアルヴィン、即ち、ローズの父と喧嘩別れをして以来、音信不通になっていた人物である。

そのライルが心臓発作で倒れて、即入院したという連絡を受けて、アルヴィンは決意した。彼はその思いを娘に告げたのである。

「ローズ。わしはまた旅に出るよ。ライルに会って来る」
「でも父さん、どうやって?」
「実は、まだ考えてないんだ」

両手に二本の杖を持って、ようやく立っていられる父を見て、娘は現実性の乏しい父の話を遠慮げに訝しがった。父もまた、娘の問いに確信的に答えられない。

「まず、父さんは眼が悪くて、車は運転できない。第二に、おじさんの家はウィスコンシン。500キロ以上も先よ。途中のデモイン(注1)で一泊しないと。それにザイオン(注2)行きのバスもない。第三に、腰が悪いのよ。2分も立ってられないくらいなのに。・・・四番目に、父さんはもう73歳なのよ・・・私も送って行けないし・・・」
「わしはまだ死んどらんぞ」

頑固な老人の意志は、優しい娘の説得にも耳を貸さない。

満天の星空を娘と共に眺めるアルヴィン
その夜、満天の星空を娘と共に眺めながら、晴天の明日の旅立ちに思いを馳せていた。


(注1)アイオワ州の州都で、最大の人口を抱える商業都市。一貫してトウモロコシ栽培の中心地であり、且つ、その集散地として名高い。因みに、2007年現在、アイオワ州の各地では、「温暖化問題」との絡みで、「バイオ・エタノール」の工場の建設とその稼動によって、トウモロコシの目的的栽培が盛んになっていて、トウモロコシの需給関係を壊すなど複雑な問題を露呈している。

(注2)ウィスコンシン州の町で、マウント・ザイオンのこと。物語では、アルヴィンの兄の住む町として紹介されている。



2  自力自走の旅に打って出て



アルヴィンは、560キロも離れたウィスコンシン州マウント・ザイオンにいる兄に会うために、意を決した旅に打って出た。

免許証を持っていない彼は、何と時速8キロのトラクター式芝刈り機に乗って、自力自走の旅に打って出たのである。

「道からぶっ飛ばされてしまうぞ」

老友たちからのそんな心配を振り切って、アルヴィンの確信的な旅は開かれた。

どこまでも青く澄み切った長閑な農村風景が広がる、真っ直ぐに伸びた一本の道を、ジョギングの速度にも及ばない律動で、アルヴィンの旅は繋がっていく。

途中、物珍しげに老人の旅を視野に入れた地元の人々からの応援のメッセージがあって、アルヴィンも手を振って応えていく。

そこだけが白く反射するような道を、一台の芝刈り機が支配するかのような映像に、突然、後方から猛スピードで走り抜けるトラックの風圧がアルヴィンを襲って、白髪の小さな頭に被されていた帽子を吹き飛ばしていった。

アルヴィンは芝刈り機を停車させ、杖を頼りに道の傍らに落ちた帽子をゆっくりとした歩行で拾い上げた。

ところが、ここで再駆動させるつもりの芝刈り機がエンストを起こしたのだ。

結局、アルヴィンは「自家用車」を道路脇に置いて、バスに乗り込んだ。

まもなく、小型トラックをチャーターして、アルヴィンは「自家用車」をその荷台に乗せ、Uターンして帰宅したのである。



3  確信的な旅への再駆動



アルヴィンは、旅を諦めていなかった。

彼は再び新しいトラクターを手に入れて、それを「自家用車」とする、確信的な旅を再駆動させたのである。

キャンプ二日目の夜。

ヒッチハイクをする娘とアルヴィン
アルヴィンが野宿する場所に、昼間、ヒッチハイクをしていた娘がやって来た。

当然の如く、老人に対して特別の警戒感を持たない娘は、孤独な夜のひと時を焚き火を囲んで過ごすことになった。

アルヴィンは娘の問いに対して、自分の過去の一端をコンパクトに答えている。

「女房のフランシスは14人産んだ。7人が育ったよ。今は娘のローズと。81年に女房が逝った・・・兄のライルに会いに行くところだ。兄貴がマウント・ザイオンに住んでいるんだ」

自分の簡単な履歴を娘に話すことで、娘の突飛な行動に潜む翳(かげ)りに気付いたアルヴィンは、娘の告白を柔和に包んでいくのだ。

娘の話によると、彼女は既に妊娠5ヶ月で、その事実を誰も知らない中で、家を出て来たとのこと。

アルィヴィンは包み込むように、要点を決して外すことのない言葉を、そこに投げ入れていく。

「誰もあんたや、その子を失っていいほど怒ってやしない・・・ともあれ、室内の暖かいベッドの方が、心地いいはずだ。こんな爺さんとウインナーを喰うよりもな・・・娘のローズはとろいという奴もいるが、間違いだ。あの子は、何に対しても興味を持つ。家の中は、あの子が仕切っている。いい母親だった。4人の子持ちだ。

ある晩、子供たちを人に預けたら火事になった。次男がひどい火傷を・・・ローズのせいじゃないのに、役所がしゃしゃり出て来てね。子供の世話は無理だと、全員連れ去ったんだ。娘が子供らのことを思わない日はない・・・

息子や娘が小さい頃、ゲームをした。一本ずつ枝を渡してね。“さあ、折ってみろ”と言うんだ。無論、すぐ折れる。そこで、“束にして、もう一度折ってみろ”と。今度は折れない。その“束”こそが、家族だ・・・」

老人はここまで話して、自分のトレーラーの中に寝床を求めて潜り込んでいった。

トレーラーで寝るように勧められた娘は、それを断って、「星を見て、考え事を」と言ったからである。

翌朝、アルヴィンがトレーラーから出て来たとき、娘はいなかった。

娘が暖を取った場所に、綺麗に束ねられた焚き木が置いてあって、焚き火の燃えカスが、静かに夜の終わりを告げていた。

娘は昨夜の老人の話に、深々と感じ入るものがあったに違いない。兄を訪ねるアルヴィンの旅の持つ、もう一つの側面が映像の中に刻まれていた。

アルヴィンの旅は繋がっている。

雷雨に激しく打たれる時には雨宿りをし、コーン畑が陽光を浴びて眩く反射する白昼には、時速8キロのトラクターが、殆ど徒歩の速度で、路傍の白を緩慢に、しかし、「これが自分の旅なのだ」と言わんばかりに、その直列的な一角を支配している。

自転車レースの若者たちの一群が、アルヴィンの後方からやって来て、一気に抜き去って行った。

「元気かい?」と走り去る一人の若者。
「元気だよ」と、若者たちの身体疾駆に応える老人。

若きサイクリストたちがキャンプする場所に、アルヴィンの「自家用車」が自然に入り込んできた。

老人を迎える若者たちから一斉に拍手が起こり、老人もまた帽子を取って応えていく。

その晩、アルヴィンは若者たちのキャンプ地で野宿した。

老人は、若者にさり気なく語りかける。

「若いときは、自分が年をとるとは思わんな」
「年とっていいことは?」と若者。
「眼も足も弱って、いいことなどありゃせんが、経験は積むからな。年と共に実と殻の区別がついてきて、細かいことは気にせんようになる」
「それじゃ年とって、最悪なのは何?」と別の若者。
「最悪なのは、若い頃を覚えていることだ」

若者たちのキャンプ地で
老人はここでも静かに、しかし堅固な思いを込めて言葉を結んだ。

映像は、この老人の言葉に反応する若者たちの表情を大写しにしないが、一瞬、動作を止めた若者のリアクションを拾い上げていた。

それは、若者たちが、老人のこのような述懐の、その奥にある深い意味を理解するには、未だ時間がかかるであろうことを暗に示唆しているようにも思えた。

老人は常に、必要なだけの言葉しか結ぶことをしないのだ。

高速で飛ばす多くの車を横目に見て、アルヴィン流の旅の速度は一貫して変わらない。

その緩慢な速度による旅であればこそ、少しずつ変わりゆく季節の移ろいを感じ取ることもできるし、様々なる他者の人生ともクロスすることも可能となる。

そんなクロスの中で、鹿を轢(ひ)いて自分の不運を呪う、女性ドライバーのエピソードが興味深く挿入された。

信心深いその女性が、週に一度は鹿を轢いてしまうというアクシデントを起こし、アルヴィンの眼前で出来したその事故によって、合計13回目になるという不運を嘆き、絶叫して止まないのだ。

こんなとき、アルヴィンは慈父のように、ひたすら受容する者となる。

一時(いっとき)、叫びを刻んで、思いを炸裂させた女性は、その思いを受容する老人の存在によって、彼女の日常性を繋いでいくことができたのだろう。

女性が運転する車が走り去って、そこに一頭の鹿の死骸が置き去りにされていた。

まもなく、体の不自由なアルヴィンが、この鹿の肉を火で炙って食事代わりにする描写が映し出された。

その周囲には臭いを嗅ぎつけた何頭かの鹿の群れが寄って来て、遠慮げに食事するアルヴィンの表情が滑稽含みな描写に刻まれていた。

アルヴィンのトラクターの荷台には鹿の角が添えられていて、なお旅を継続させる淡々とした描写が繋がっていく。



4  重量感を放つ老人の言葉



季節は中秋。木々の黄葉が、鮮やかな彩りの中で輝き始めていた。

道路脇に、「急坂注意」の標識が出ていた。

それに気付いたアルヴィンが必死にトラクターのブレーキらしきものをかけるが、ファンベルトが切れていて全く機能せず、彼の「自家用車」は、他人の広い敷地の中に入って、ようやく停車した。その敷地の主人らしき男が心配げにやって来て、九死に一生を得たアルヴィンの凍りついた表情を見て、優しく言葉をかけた。

「ブレーキがない。私は農機メーカーにいた。こんなものを取り付けていてはダメですよ。少なくとも、下り坂では・・・道から降ろして、故障の状況を調べましょう」

農機メーカーに勤めていたこの主人の話によると、アルヴィンが運転する66年型のトラクターは、ベルトが切れた上にギアも故障しているとのこと。

そのため修理に時間がかかるということなので、裏庭での野営を勧められたアルヴィンは相手の親切を受容したのである。

時は既に、10月8日。

アルヴィンが艱難な旅に打って出てから、5週間が経っていた。

一人で満天の星を見上げる老人が、葉巻を上手そうに燻(くゆ)らせながら、中秋の季節の情感を愉しんでいるかのようであった。

翌朝、アルヴィンは敷地の主人からコードレス電話を借りて、自宅で心配する娘のローズに電話した。その用件は、年金の小切手を送ってもらうこと。老人の旅への意志は、トラクターの故障があっても、全くめげることがなかったのであった。

敷地の主人がアルヴィンの事情を察知して、旅の目的地まで車で送っていくと申し入れてきた。

それに対するアルヴィンの答えは、確信的な意志に結ばれていた。

「気持ちはありがたいが、自分でやり遂げたい」
「いいですか、この先には、もっと大きな丘が待ち構えている。また暴走して壊れないとも限らないよ」
「ありがたいが、わしは頑固でね。最初の志を貫きたいんだ」

細かい気配りを決して忘れないアルヴィンの言葉は、常に明瞭な思いを乗せるときだけは、他人の親切なストロークを拒む頑固さを貫いてしまうようだ。

そんな会話の後、トラクターの事故で知り合った一人の老人が、アルヴィンを酒場に誘った。

アルヴィンもこの時ばかりは快諾して、老人の運転する小型車に同乗して、一軒の静かな酒場で酒を酌み交わしていく。初めて会話を開く老人たちの話題は、多くの場合、時代を共有した過去の時間に向かわざるを得ないようだ。

過去の話題に触れたのは、アルヴィンの方が先だった。

「戦争中、フランスで酒の味を覚えた。国に帰ってからは底なしさ。でくの坊になり下がった。人間のクズだ。牧師が酒を断つのを助けてくれた。戦場での悲惨な思い出が原因だってことを、分らせてくれた」
「大勢、酒浸りになった」
「皆、忘れようとする。そういう奴はすぐ分る」
「そうだな・・・あるとき・・・俺たちは待っていた。10日ぶりの温かい食事をだ。最悪の部分は過ぎたと思ってた。空襲もあまりなかったしな。俺は補給係りに、ゴマをすってた。コーヒーを余分にもらおうとね。そこへドイツ機が迷い込んで来て、テントに焼夷弾を放ったんだ。仲間は全滅だ。眼の前の丘はドイツ軍に囲まれていた。再びカギ十字を見ることになったわけだ」

老人は、ゆっくりとそこまで話したとき、絶句した。

忘れようとしても忘れられない大戦中の凄惨な過去の記憶が、同年輩の男の話に誘(いざな)われて甦ってきてしまったのである。老人はもうそれ以上、殆どトラウマとも思しき感情を、激発できないギリギリのところで堪えていた。

そこにアルヴィンの体験談が、それが許容され得る、ほぼ自然な空気の中に侵入してきた。

アルヴィンはゆっくりと、決して忘れることのない過去の辛い記憶を開いていく。

「皆の顔が忘れられない。仲間の顔は皆、若い。わしが年を重ねるほど、仲間の失ったものも大きくなる。仲間の顔ばかりじゃない。ドイツ人の顔も見る。終戦近くになると、敵には少年も多かった。わしは狙撃手だった。子供の頃、獲物の仕留め方を教わってね。だから前線に配置された。最前線のすぐ傍に。

そこに、座ったきりだった。座ってると、ものがよく見える。わしは将校を探した。無線技師や、砲撃の標定手(注3)のこともあった。時には、煙から大砲の位置を判断して撃ったこともある。時には、森の微かなざわめきも・・・

隊に偵察兵もいた。小柄な奴で、コッツと言った。ミルウォーキー出身のポーランド系だ。奴は天才的に偵察が上手くてな。奴の情報で、わしらは何度も命拾いした。小さな男でね。我々は低木の間を進んでいた。空き地を突っ切って、森に出た。銃撃戦が始まって、いつもの銃を取った。すると何かが動いた。実にゆっくりと、わしは10分待って、また動いたから発砲したんだ。動かなくなった。

翌朝、頭を打たれたコッツが見つかった。こっちに戻ろうとしていたらしい。隊の連中は、敵に殺られたと思い込んでいた。当時は、全員そう思った。わし以外はな・・・」

そこまで語り終えたとき、アルヴィンの年輪を重ねた顔面は紅潮し、ブルーの澄んだ瞳の周りには、記憶が引き摺り出してきた哀切が液状に滲んでいた。

アルヴィンの一言一言は、そこに乗せられた、トラウマの如き記憶の重量感で押し潰されそうになっていたのである。

旅の最初で、アルヴィンが若者に語った、「最悪なのは、若い頃を覚えていることだ」という言葉の意味が、ここで解明されたのである。

二人の老人は、もうそれ以上何も語ることなく、彼らに占有されたかのような静寂な酒場の空気の中で身を寄せ合っていた。


(注3)スポッターとも言い、スナイパー(狙撃手)と共に行動を共にする観測手のこと。


まもなく、アルヴィンのトラクターは、双子の兄弟の修理工によって改善された。

見るからに仲の悪い彼らに要求された修理代は、247ドル80セント。

アルヴィンは、この法外な修理代に納得がいかない。アルヴィンは彼らに、合理的な反論を丁寧に加えた後で、こう語った。

「随分時間をかけてくれたのは分るが、何と言ってもあんたたち双子は口争いばかりだから、口論の時間も勘定に入れたのかね?さっきの楽しげな光景から察するに、2割は引いてもらうのが当然だろう」
「それだけですか?」と双子の兄。
「わしはこの辺の者じゃないが、アイオワのオイル1缶にこの値段では・・・」
「ただにするよ」
「素晴らしい申し出だ。ありがたい。幾らになる?」
「180ドルでは?」と双子の弟。
「いいとも。お蔭さんで、このまま旅を続けられるよ。これで、アイオワを横切って来た。ウィスコンシンまで行きたいんだ。そこに、10年も会っていない兄がいる。年の近い兄弟ほど分り合える者はいないよ。わしのことを誰よりも分っている。この前会ったときには、互いに許し難いことを言い合った。でも、もう水に流したい。この旅は、わしの自尊心には痛い決断だ。間に合うといいが・・・兄弟は兄弟なんだ」

アルヴィンが大いなる含みを持たせて語った一言一言は、眼の前に立つ双子の兄弟の心を、ほんの少し溶かす説得力ある感情的文脈を貫いていた。

双子の修理工と
トラクターの修理中に、絶えず争いが絶えなかった双子の兄弟にとって、老人の言葉は相当の重量感を持っていたのである。

その夜、明朝早く旅立つために、アルヴィンは裏庭を提供してくれた主人と、簡単だが、しかし思いのこもった別れの挨拶を交わした。それは、儀礼以上の何かであった。

「恩に着るよ。こんな見知らぬ者に」とアルヴィン。

老人はわざわざ立ち上がって、礼の言葉を結んだ。

「こちらも楽しかったよ。手紙をくれ」と相手の主人。
「書こう」とアルヴィン。

これだけだった。それで充分だった。

翌朝、アルヴィンの改良されたトラクターが、見知らぬ町を後にした。

その姿を家の中から、主人がずっと見守っている。それだけで、全てが説明できる描写だった。



5  満天の星を共有する至福



アルヴィンの自立自走の旅は、刈り取った畑作の長閑なる風景の中を、ゆっくりと進んでいく。

周囲の自然の色彩が徐々に変化していくさまが、アルヴィンの旅を通して繊細な画面に刻まれていくのだ。

ミシシッピ川を渡るアルヴィン
アルヴィンは遂に、ミシシッピ川を渡った。ウィスコンシン州に入ったのである。

その夜、アルヴィンは教会の広大な敷地に野営した。

その場所に、教会の神父が近づいて来て、例によって、大人同士の柔和な会話が交わされた。その会話の中で、アルヴィンの兄が脳卒中で倒れたことを知っていた神父に向かって、アルヴィンは兄との関係を、思いを込めて語っていく。

「ライルとは本当に仲の良い兄弟だった。ミネソタの農場で育って、よく働いた。両親は文字通り、身を粉にして働いた。わしとライルは、雑用も遊びにした。競争をしたり、賭けをしたりしてね。寒さを紛らわそうとしたわけだ。実に寒かった。毎年、夏になると一緒に庭で寝た。雨でない日はいつもだ。9ヶ月が冬で、夏は短い。日暮れに一緒に横になって、眠りに落ちるまで、ずっと話していた。よく星の話をしたな。この宇宙には他にも人間がいるかとか、行きたいところの話も。自分たちの苦労が小さく思えた。そうやって育ったんだ」
「それで、なぜ仲違いを?」と神父。
「聖書にもある話さ。カインとアベル(注4)だ。怒り、うぬぼれ・・・酒の力も加わって、10年も口を聞かないことになった。口争いの原因が何であれ、もうどうでもいい。仲直りしたい。一緒に座って星を眺めたい。遠い昔のわしらのように・・・」
「私も祈ってますよ」と神父。

映像はここで初めて、兄を訪ねるアルヴィンの心の世界を、明瞭に映し出したのである。

ボソボソと語り継ぐ老人の、それ以上ない深々とした思いが刻まれて、それを聞く神父の柔和な視線が、相手の老人の心を溶かし込んでいた。

アルヴィンはここに至って、他人の心を溶かす者ではなく、良きリスナーによって心を溶かされる者の世界に、ほんの少し甘えるように入り込んでいったのである。


(注4)楽園から追放された、アダムとイブの間に生まれた長男と次男の名前。それぞれ、「農耕」と「牧畜」に従事するが、厳しい対立関係となる著名なエピソードが、旧約聖書の「創世記」に記述されている。兄弟間の葛藤の例証として、しばしば文学や心理学の分野で取り上げられている。


アルヴィンは遂に、兄ライルの住む場所にまで辿り着いた。

その町の近くの酒場で、久しぶりのビールを飲む傍ら、その店のマスターに兄の住む家の場所を聞いて、早々とアルヴィンのトラクターは、最後の仕事を遂行する旅に向かって動いていく。

ところが、アルヴィンのトラクターは、誰も通らないような細い農道の途中でオーバーヒートして、止まってしまった。

アルヴィンは仕方なく、時が経つのを待った。ひたすら待ち続けるのだ。

まもなくその農道に、元気のいい大型のトラクターがやって来て、その運転手がアルヴィンに事情を尋ねた。

事情を答えるアルヴィンには、兄ライルが住む家を聞くこと以外に関心がないのだ。事情を察知した相手は、ライルの家の近くまでアルヴィンを誘導した。

アルヴィンの中古のトラクターは再び駆動して、最後の踏ん張りを見せていく。

一人の老人の、とてつもなく長い旅の終わりが近づいていた。

旅の果てに、弟が求めて止まなかった兄の家が、弟の眼の前にひっそり建っていた。

見るからに粗末な、まるで掘っ立て小屋のような兄の家を確認して、アルヴィンはゆっくりとそこに近づいていく。

二本の杖を頼って、一歩ずつ兄の家に近づいていく73歳の弟が、そこにいる。

家の前に立った弟は、二度、兄の名を呼んだ。

一度目の反応がなかったので、二度目の呼びかけには、叫びのような感情が込められているように洩れ聞こえたのである。

その声にホッと安堵する弟。

そこに、一瞬の沈黙が流れた。

突然、小屋の中から、弟の名を強く呼ぶ兄の声が刻まれて、ゆっくりと扉が開かれていく。

姿を現した兄の両手の前に、その身より小さいが、しかし堅固な歩行器の支えが異様な存在感を顕示していた。

歩行器に頼る兄に向かって、二本の杖に頼る弟が近づいていく。

二人は顔を見合わせた後、再び沈黙が訪れて、お互いの顔をただ見合っているのだ。

予想し難い訪問を受けた者の照れと、その小さなリバウンドに言葉を失った者の照れが、言葉を放つ前の沈黙を作っていたかのようであった。

「かけろよ」

沈黙の後の兄の言葉は、小屋のような家の前に置かれた椅子を、弟に勧める一言のみ。

弟は椅子に座り、兄もまた、向かいの椅子に静かに腰を下ろした。

しかし相変わらず、兄弟の双方から、一言の言葉も放たれることはない。

それは、10年ぶりに顔を合わせる者同士の、ある種の気まずさを含む感情の表れのようにも見えた。

兄の視線が一瞬それて、その視界に、弟の中古のトラクターが収められた。兄は思わず感情を昂ぶらせて、弟に問いかけた。

「あれに乗って、俺に会いに来たのか」
「そうだよ」

これが、兄弟の会話の全てだった。

満天の星を見入る兄
もう殆ど言葉の必要のない世界に、二人は入り込んでいたのだ。



弟のトラクターを視認した兄は、全てを了解し、内側から込み上げてくる感情を必死に堪えている。

堪えて、堪えて、そして最後に、兄の小さな嗚咽がそこに結ばれた。



映像のラストシーンは、ファーストシーンと同様に、その夜、二人で見上げたであろう満天の星を映し出して、静かに閉じていった。

満天の星を見入る弟
最後まで静謐な旋律と共に物語を進めてきた圧倒的な感動譚が、「和解」と「赦し合い」をイメージさせるようにして、ここに結ばれたのである。


*       *       *       *



6  掘り起こされた記憶の忘れ難い断片



私事について書いていく。

私は今から16年前に、父を肝臓癌によって亡くした。

父が末期癌を宣告されて、江戸川区にある某病院に入院していたときのこと。父の癌の告知を、長男である私が父の主治医から受けたとき、私の中で経験したことのない心の動揺が走ったことを、今なお鮮明に覚えている。

そのとき私は、この機会を逃したら父との「和解」は臨めないと思う心情が先行し、正直なところ、私を撹乱した心の動揺の主要なモチーフは、まさにその一点にこそあったと考えられるのだ。

その頃私は、長い間、父との「普通の親子」としての、「普通の思い」を含むコミュニケーションを途絶していた。父が既に脳血栓症で言語障害の大きなハンディを負う人生を送っていたこともあって、「普通のコミュニケーション」の交歓が、事実上困難な状態にあったことは否めなかったであろう。

それより遡ること、私が理屈っぽい若輩の頃、自分の我が儘が原因で、父から「勘当」されていた苦い思い出がある。

爾来、父と私の関係は殆ど表面的な繋がりを保持するのが関の山で、心からの歓談の時間を持つことを、どこかで確信的に拒んでいた節があったのは事実である。

そんな父が70歳にして、末期癌の宣告を受けたのだ。

私の心の中の動揺が、それ以上ない心境にまで高まったとき、私は一つの決断を選択した。

「余命一週間」という告知を受けた私が、そのとき選択した方法は、父の死を全身全霊に於いて看取ることだった。

故郷の河・江戸川(ウイキ)
意を決した私は、翌朝から自分の仕事(学習塾の経営)との合理的な折り合いを付けて、片道一時間半を要する某病院への通院を続けることになった。

しかし、父の病室には常に付添婦さんが常住していて、通院する私の為すべき行為は殆ど限定的だった。それは介護と言うよりも、単なる「寄り添い」でしかなかったように思われる。

それでも私は、自分の意志を貫くことによってしか、父との形式的な「和解」を成就させることはできないと考えていたのである。

しかし残念ながら、臨終の最後の日に至るまで、父は私を認知することができなかった。

末期癌患者の凄惨な現実を目の当たりにした私は、ただ怯え、震え慄くために、病院に寄り添っていただけのような気がする。

「余命一週間」と告知された父の病状は、その後も延長されて、一ヶ月に及ぶことになった。私はその一ヶ月間、一日も欠かすことなく父に寄り添うための、「和解の旅」を継続したのである。

それは殆ど、自己満足の文脈で説明される何かだが、それでも私は、その何かのために、自分の全熱量を注入することの意味を、一つの予定調和の物語の内に結ぼうとしたのである。

狡猾な私の戦略は、結局、父との形式的な「和解」にすら届くことなく閉じていったが、その間、私が内省した人生の現実の有りようについての内面的時間は、決して無駄にならなかったように思われた。

そして今でも、そこだけが尖った記憶の海の中で軟着点を見出せない、あの一種特別なる夏の、一ヶ月という日々に及んだ不思議な重量感が凝縮されて、自らの自我の奥に堅固に張り付いて止まないのである。

そんな私が今、父がそうであったような重篤な身体障害の日々を送っている。

そんな日々の中で、偶(たま)さか観る機会を持った、一本のシンプルな映画があった。本作の、「ストレイト・ストーリー」がそれである。

これは私にとって、何よりも特別な映画だった。

この特別な映画が、私の中で紛れもなく、自我に張り付いて止まない特別な記憶を、鮮明に掘り起こしてしまったのだ。

掘り起こされた記憶の忘れ難い断片を、情緒含みに繋ぎ合わせるかのようにして、私は本作と、極めてセンシブルな感覚で付き合っていったのである。

「ストレイト・ストーリー」を繰り返し観る度に、私は「和解の旅」を繋いだ、あの特別な日々のことを想起せずにはいられなかった。

従って、この映像が私にもたらした深い感動と問いかけは、私にとって、他の映像作品とは比べものにならないほどの何かとなっているのである。



7  “クレージーな愛はもう、いらないよ”



―― 以下、本作について言及していくが、その前に、本作の作り手であるデヴィッド・リンチ自身の言葉を、キネマ旬報紙のインタビュー記事から拾っていこう。


「特に“許すこと”が僕の心を打った。あの兄弟の仲違いの原因が何なのか、今となってはもうそんなに重要なポイントではない。誰だって大なり小なり、同じような経験をしたことがあるはずだからね。でも、ある時、そうした壁というか、溝、障害のようなものの存在にハッと気づく。そして“なんでこんなことになったんだ?!こんなの何か理由がないと起きないはずだ”と思うようになる。最大の努力をしても、もつれた関係を修復しようと思い始めるんだよ。

そうした点から見ても、アルヴィンのしたことには深い意味がある。彼の旅には、障害を克服する頑固さが必要だったし、兄のライルを深く想う気持ちと、心から仲直りしたい気持ちを証明するために、努力しなくてはならなかったんだ。(略)

僕は、映画は純粋さをなくしていると思う。この10年間、誰もが人々を驚かせるということだけを追求しているだろう?具体的には、より暴力的な表現をどんどん用いて皆を驚かしたい、動かしたいといった具合に。でも僕は、今の僕達にはそういうものはもういらないと思っているんだ。だから何かを変えたいと思ったんだ。別に心境の変化があったわけじゃないよ」(キネマ旬報2000年4月上旬春の特別号「デヴィッド・リンチ監督インタビュー“クレージーな愛はもう、いらないよ”」より/筆者段落構成)

端的に語られた作り手の言葉の中に、既に本作のメッセージがコンパクトに集約されている。“許すこと”を中枢のテーマに据えた映像の出来栄えは、恐らく、作り手が狙った以上の感銘と、その感銘を保証した映像的完成度の高さに於いて、この類の作品の中で一歩抜きん出るものがあった。

「フリークス」(異形なるもの)の描写に拘泥したかのような、その際立って個性的な表現世界を紡いできた感のあるデヴィッド・リンチが、“クレージーな愛はもう、いらないよ”と言い放った思いを想像するのは、それほど困難ではない。

「ストレイト・ストーリー」という、何か余分なる贅肉を削り取ったようなシンプルな作品の出現は、このような世界を映像化するに至る問題意識の発酵と、それをフィルムに鏤刻(るこく)するに相応しい年輪の達成によって、まさに、「作られるべきして作られた作品」であると言えると、私は素直に把握している次第である。

少なくとも、私の中では、本作の映像としての出色性は、デヴィッド・リンチの表現史を画期づける最高到達点であると断じて止まないのだ。



8   自立歩行による自浄の旅 



―― その最高到達点の傑作について、以下、私なりの評論を加えていきたい。


本作の本質的なテーマを一言で言えば、デヴィッド・リンチ自身が率直に言及しているように、「和解と受容(赦し)」にあると把握できるであろう。

更に私は、本作に対して、このテーマに即した副題を添えてみた。それは、「自立歩行による自浄の旅」であるというもの。

本作の主人公である73歳の老人の旅は、確かに中古のトラクターによる旅であって、「歩行」による旅ではなかった。

しかし、時速8キロのトラクターの旅は、確信的に高速の車両による移動を捨てた旅であった。それは二本の杖を頼りにした老人の艱難(かんなん)な旅であればこそ、「歩行の旅」と呼ぶべき何かであったのだ。

恐らく、家庭内での事故によって下半身が不自由でなかったならば、老人は間違いないく、徒歩による自立的な旅に打って出たに違いないと思わせるイメージが、最後まで本作を貫流していて、その文脈から判断する限り、老人の旅の「自立走行」の本質を伏在させているのである。

ではなぜ、老人の旅が「自浄の旅」であったと言えるのか。

老人のその過去において、修復すべき余地が充分にあったにも拘らず、依然として修復されることなく、その自我にまつわり付いてきた苦い記憶を自浄する必要があったからである。

その苦い記憶とは、言うまでもなく、兄ライルとの10年来の音信不通の状況である。

これは映像の冒頭から、老人自身の言葉によって随所に語られた現実であるが、本篇のラスト近くの神父との会話の中で、兄との不和の一定の輪郭が説明されるに至っって、深い兄弟愛の物語を繋いできた、二人の濃密なる関係が判然とするのだ。

まさに、その現実を修復するための「自浄の旅」こそが、老人の艱難(かんなん)な旅の本質であった。

即ち、老人が時速8キロのトラクターによる、「自立歩行」の旅に敢えて打って出た理由は、兄ライルとの不和の状態を、完全に溶かし得る説得力を持つ旅の内実でなければなかったからである。

従って、老人の旅は、誰が見ても艱難な旅であると思わせる内実を顕示する必要があったのだ。

老人に、このような艱難な旅を選択させた心理的背景を察すると、恐らくこういうことだろう。

幼少時より、刎頚(ふんけい)の友の如き濃密な関係を形成してきたこの兄弟の双方の自我に、何か決定的とも言える、唯一の性格的欠点が存在していた。それは、両者とも負けず劣らずの頑固な性格を持っていたということであるに違いない。

その頑固さが、彼らの両親のいずれかの遺伝に因るものかも知れないが、少なくとも、その困った遺伝子が兄弟の双方に繋がれたとき、かの兄弟が他愛のない事柄で確執し、言い争いになり、遂には、「お前の顔など見たくない」などという壮絶なバトルを出来させてしまったら、この兄弟は、「相手が頭を下げるまで、絶対会わない」という、極めて厄介な地平にまで流れ着いていったと考えられるのである。

初めのうちは、双方とも自分の頑固さを堂々と誇示する態度を顕在化させていたであろうが、月日の移ろいの中で、次第に確執の内実に対して、その愚昧さを内省する時間が形成されていった。しかし厄介なことに、その理非曲直がどうであれ、頑固者ほど、自分の方から頭を下げに行くなどという行為を選択できないのだ。

だからこの兄弟は、10年間もの無益な時間の浪費を、いたずらに重ねてしまったのである。

こんな二人が、瑣末な事柄による確執を氷解させるには、氷解させるに足る何か決定的な理由を必要としてしまうのだ。それこそが、頑固者の最も厄介な性癖であると言っていい。

そんな頑固者同士の確執を氷解させるに足る理由が、唐突に出来したとき、この極めてシンプルで、且つ、圧倒的に感動的な映像の幕が開かれたのである。

兄ライルが心臓発作で倒れたという連絡が、老人宅に届いたのだ。

アルヴィン老人は、最愛の娘ローズの心配を振り切って、表現は悪いが、この「千載一遇の機会」にビビッドに反応し、その身を預け入れることを決したのである。

当然、老人の心中には兄の病状に対する大いなる不安が噴き上げていたであろう。

たった一つの、しかし決定的な情報が、老人の愚昧なる頑固さを氷解させるに至った事実を、不必要な想像力によって疑う余地は殆どないと思われる。

老人の内側には、もう兄との確執の事実は瑣末な事柄でしかなくなっていたであろうから、後は二人の間に横臥(おうが)する、つまらぬ意地を削り取る契機さえ媒介するだけで良かったのだ。兄の疾病報告は、まさにその契機であったということである。

かくしてアルヴィン老人は、残りの人生で最後になるかも知れない、最も重大な旅に打って出た。

そして、その旅は、「和解と受容」を目的とする旅以外ではなかった。

老人はその重大な目的を遂行するために、敢えて最も艱難な旅を選択したということだ。それは、「和解と受容」を目的とする旅であるが故に、確信的な意思を込めた「自浄」の旅でなければならなかったのである。

弟のその旅の軌跡そのものが、深い自浄性を湛えたものであればこそ、弟を迎える兄は、当然、兄弟間の以心伝心によって全てを了解するに至るであろう。弟はそう判断したに違いない。

まさに弟にとって、決定的に身体化された旅の内実を届けるというそれ自身の内に、兄への尽きせぬ思いの本質を表現する何かが存在するような、極めて具象的な自己表出を仮託させる必要があったのだ。

それだけで充分だった。

もう言葉は要らない。

言葉を不要とする世界で、二人揃って満天の星を眺めるだけで充分だったのである。そして弟はそれを完遂し、兄はそれを受容した。「和解と受容」が、そこで成就したのである。



9  「頑固」、「礼節」、「思いやり(寛容)」



ところで、アルヴィン老人にこのような完璧な旅の貫徹を保証したのは、紛れもなく、老人の人格が内包した際立った徳性であり、そしてそれが充分に表現されるに足る推進力が具備されていたからである。

次に、それについて言及してみよう。

なぜなら、この映像の骨格を決定的に支えたのは、この老人の魅力的なキャラクターに依拠すると考えられるからである。

そのキャラクターが、映像の全篇を通して自然に発露され、それとクロスする他者の自我が、それぞれに見合った柔和な軟着点に辿り着く文脈の自然な素朴さを検証したのである。

では、老人の人格の骨格とも思える徳性とは、一体何だったのか。

それを、私は三つのコンセプションで要約してみた。

それらは、「頑固」、「礼節」、「思いやり(寛容)」であると思われる。これらの性格傾向こそ、老人の人格に内化させた中枢的メンタリティであると、私は把握しているのである。

それらの性格の骨格に、「偏見からの解放」、「公平観念と理性的な反応力」という固有な徳性が補完されることで、老人の内側に、「古き良きアメリカ人」の典型的なイメージ・ラインの人格化が形成されたと考えても、あながち、的外れな把握であると言えないだろう。

即ち、これらの得難き徳性が、彼の旅の過程でクロスする小さな状況の空気を、殆ど敵愾心を削り取った、「空気の浄化力」と呼ぶ以外にない能力を発揮したのである。

―― まず、「頑固」さについて。

これは既に言及してきた通りである。アルヴィン老人は、この「頑固」さによって、兄との確執の状況を自らの手で収拾できなかった。

しかし老人のこの「頑固」さは、しばしば自分の意志を貫徹する心の強さを発現することで、一種の得難き徳性を開いていたと見ることもできるのだ。

その典型例が、自分の堅固な目的的な旅を貫く強靭さに於いて際立っていたと言える。

老人は、「自家用車」であるトラクターの故障が出来し、自宅にUターンした後、より改良された中古のトラクターを買い取って、それに乗って自分の旅を再駆動させたのだ。

こんな描写もあった。

再駆動させたそのトラクターが再び故障して、親切な住民の協力を得て、「自家用車」の修理が終るまで、その住民の敷地内で野営させてもらうことになった。

見るからに老いたドライバーの旅の継続に不安を持つその敷地の主人からの、「旅の目的地まで車で送っていく」と申し出に対して、アルヴィン老人は、そこだけは明瞭に、繰り返し自分の意思を強調したのである。

「有り難いが、わしは頑固でね。最初の志を貫きたいんだ」

老人にとって、それ以外の反応は存在しないのだ。老人の「頑固」さは、このようなとき、ある種の気高さと同居する徳性に結ばれているのである。

―― 次に、「礼節」について。

その典型例も、以上のエピソードの内に眩いまでに映し出されていた。

野営させてもらった敷地の主人宅から、コードレスフォンを借りて、自宅のローズに送金を頼んだ後、アルヴィン老人は借用したコードレスフォンを玄関前に返す際に、恐らく、必要以上の電話代をそっとその下に差し入れたのである。

長距離電話をかけた代金の返済を決して忘れない老人の態度は、直接、代金を渡せば断られることを判断したうえでの礼節を極めた行動だった。

老人は野営をしても、その場所を汚すような行為は一切せず、一貫して公共心の高さを示している。

更に若者と会話しても、居丈高なものの言い方をすることなく、彼らの心境に即した対応を見せる繊細さは、「人生の経験知」を弁(わきま)えた者の厚顔さを、いつでも削り取った態度に於いて出色だった。

―― 次に、「思いやり(寛容)」について。

これについては、全篇を通して、観る者にひしひしと伝わってくる小さな感動譚の繋がりの中に、いつもそこだけは遠慮げに挿入されているから、却って老人の自然な振舞いが際立っていたのである。

最も重要な特性だから、具体的に書いていこう。

老人の艱難な旅の序章で、まず、若い一人の娘と遭遇した。ヒッチハイクの娘の暗鬱とした表情から、家庭の事情の険悪さを見抜いたアルヴィンは、既に妊娠5ヶ月目にあって、それを誰にも知らせることなく家出したという娘の告白を引き出した。

そのときの老人の反応は、自分の娘ローズの不幸を例に出して、自分の子供を育てられない辛さについて柔和に語り繋いだのである。

「誰もあんたや、その子を失っていいほど怒ってやしない・・ある晩、子供たちを人に預けたら火事になった。次男がひどい火傷を・・・ローズのせいじゃないのに、役所がしゃしゃり出て来てね。子供の世話は無理だと、全員連れ去った。娘が子供らのことを思わない日はない・・・・息子や娘が小さい頃、ゲームをした。一本ずつ枝を渡してね。“さあ、折ってみろ”と言うんだ。無論、すぐ折れる。そこで、“束にして、もう一度折ってみろ”と。今度は折れない。その“束”こそが、家族だ・・・」

「誰もあんたや、その子を失っていいほど怒ってやしない」という言葉を、73歳の老人が静かにい放つときの説得力には、老人の「人生知」が、そこに詰め込まれているかのような重量感があった。

恐らく、この最初のフレーズによって、老人は娘の心をしっかり掴んだに違いない。

その後の老人の具体例と、「家族」についての例え話は、娘の心を一瞬にして溶かしていく見事な人生訓話として、それ以外にない「肯定的ストローク」(相手の存在を認知し、受容する様々な刺激)だった。

こんな話を、中年男が居丈高な態度で言い放ったら、そこには何も生まれないだろう。

しかし73歳の小柄な老人が、眼光鋭いが、しかし辛い心を受容する者の如く、美しい瞳を輝かせて静かに言葉に繋ぐとき、そこに、「人に話せない辛さを共有してくれた者」に対する感情が噴き上げてきて、相手の言葉が人を動かす力になる一種神秘的な空気を紡ぎ出してしまうのだ。

それが抑制の効いた描写であればこそ、観る者はそこに、厭味な垂訓を放つ者の偽善性の欠片すら感じることがないのである。

こんなこともあった。

今度の老人の相手は、毎週のように鹿を轢き殺す事故を繰り返してしまう不幸を嘆き、叫ぶ中年女性。このとき老人は、何も語らなかったのである。

ただ、相手の感情の氾濫を受容し続ける者としてそこにいたのだ。一頻り叫び続けた女は、老人に何も特別な言葉を届けることなく、そのまま車に乗って、その場を去って行った。

しかし相手は、自分の感情氾濫を静かに受容してくれる老人がそこにいたからこそ、一定のストレス発散を自己完結したのである。

老人の豊かな「人生知」は、相手の心情に合わせていく巧みなスキルによってこそ、優れた価値を発現するということなのだ。

更に、こんな事例もあった。

例の双子の修理屋との細(ささ)やかなトラブルが生じた際、公平観念を強く保持する老人は、トラクターの修理代を普通の代金の相場で決着させた後、双子に向かって、こんな言葉を静かに語ったのである。

「いいとも。お蔭さんで、このまま旅を続けられる。これでアイオワを横切って来た。ウィスコンシンまで行きたいんだ。そこに、10年も会っていない兄がいる。年の近い兄弟ほど分かり合える者はいない。わしのことを誰よりも分っている。この前あった時には、互いに許し難いことを言い合った。でも、もう水に流したい。この旅は、わしの自尊心には痛い決断だ。間に合うといいが・・・兄弟は兄弟だ」

この言葉が内包するリアリティに、兄を思う弟の心情がべったりと張り付いている。その弟が、二本の杖に頼って艱難な旅を継続する、見るからに衰弱した老人であることを目の当たりにした双子の兄弟は、もうそれだけで充分に、心の芯を動かす決定的なメッセージを、全身で受容する人間性に立ち返っていた。

老人はここでも、垂訓を放つ高みに立つ「聖人」としてではなく、自らの人生の過ちを悔いる者の視線によって、心情の澱みを素朴に表現する者になっていたのである。

それは、双子の兄弟の感受能力の確かさを認知した「人生知」の、見事なまでの切り取り方だったのだ。

そして、映像を介して初めて語られる老人の、深い澱みとなった心的外傷を露呈する描写があった。

トラブルを起こしたトラクターが、そこでの修理を待つ空白の時間が生まれたとき、アルヴィン老人は、このトラブルを通して知り合った同年輩の老人に誘われて、町の一角にある静かな酒場で一時(いっとき)を過ごしたのである。

その酒場での会話の内容は、二人の老人の封印された過去を静かに溶かし合う、些か重苦しい時間と化したのである。

第二次大戦中、相手の老人が多くの仲間を喪う体験を搾り出すように語ったとき、老人の表情は、今なお鮮明な記憶に呪縛された者のように凍てついていた。

唇は震え、瞳から液状のラインが滲み出して、見る見るうちに老人を、封印された過去の世界に引き戻させていく。

その老人の横に座るアルヴィンは、今度は同年輩の男の心を溶かす役割に担っていく。

アルヴィンがそこで語ったのは、隣の老人が告白した話の内実より遥かに深刻な体験だった。当時狙撃兵だったアルヴィンは、あろうことか、敵兵と間違えて仲間の歩哨に出た仲間の兵士を誤殺してしまったのである。

人は最も辛い体験を語るとき、大抵、節目がちになる。究め付けのような羞恥や、深い悔悟の思いをダイレクトに炙り出してしまう表情を晒したくないからだ。

堂々と自己顕示できない世界の中で人が呻くとき、人はその呻きの辛さを振り絞って吐き出して、なお吐き出して、それでも吐き出し切れない何かが、呻きの主体の自我を揺さぶって止まないのである。

二人の老人の会話の中で吐き出された世界は、共有する辛い過去を生きた時代の最も負性なる時間であるが、他に比類なき固有なる時間でもあった。固有なる時間であるが故に、その時間に少しでも近接する時間を辿った自我を、より必要としてしまうのだ。

節目がちになっても搾り出さざるを得ない何かを吐き出そうとするとき、たいてい人はその時間に寄り添ってくれる他者を切望して止まないのだ。

アルヴィンは自分の最も辛い時間を語ることで、傍らの老人の心をほんの少しだけ浄化したのである。

思えば、アルヴィンの「自立歩行」の旅は、他者の魂を、少しだけ浄化する性格を持つ時間にもなっていたことが分る。

浄化の旅は、自浄の旅でもあった。

括りの旅であったからだ。

明らかにアルヴィンの旅は、自分に関わる者たちの心を溶かすことを目的とした旅ではなく、ましてや、その行程で得られる満足感を狙った旅などではなかった。

然るに、アルヴィンという頑固でありながら、包容力のある自我が開いた時間の中に、他者の呻きや苛立ちが吸収されていくことで、アルヴィンは既に、真に目的的な旅を決して捨てない括りの内に、まさにこの老人の、「人生の総括」をイメージさせる決定的な時間が、老人を囲繞する状況下で自在に展開されていくのである。

何よりも老人は、決して悟った者のように語らない。

だから老人の相手は、ハードルの低い老人の心情ラインに容易(たやす)く侵入できるのだ。アルヴィンとは、そういう男なのである。そういう人生の軌跡を、まさに「ストレイト」に直進してきた男なのである。

そんな男の「思いやり(寛容)」が端的に表現されていたのは、映像の中での描写が少なかったものの、娘のローズに対しての態度の中に於いてであった。

父を心配する優しい娘。

その娘の憂慮を、常に払拭させる努力をして止まない父。娘の思いが痛切に理解できても、今度ばかりは自分の「頑固」を貫徹せねばならなかった。

娘もまた、どこかでその心情を理解できていた。だから必要以上の口出しはしなかった。

そんな父娘の長きに渡る共存によって形成された、お互いを思いやる気持ちだけは、田舎町の小さな一角で堅固な砦を構築していたのである。

父は「自立歩行」の艱難な旅に打って出る前夜、娘と共に「満天の星」を眺めていた。そこに必要以上の言葉は入り込まない。ただ、父と娘が満天の星を共に眺め入る至福の境地を、一時(いっとき)共有したかっただけなのだ。

以上、本作の主人公のキャラクターの中で特筆すべき3点、即ち、「頑固」、「礼節」、「思いやり(寛容)」という徳性について言及してきたが、老人の骨格を成すそれらの徳性が、節度ある均衡を保持していたからこそ、彼とクロスする魂の浄化を保証したことを確認できるであろう。

その保証を裏付ける老人の能力を、「空気の浄化力」という風に把握することも可能である。アルヴィン老人は、空気を浄化する、稀有なる「人生の達人」であったのだ。



10  老人の旅が放つ「決定力」



また、本作を通して、繰り返し映像化される「満天の星」の描写の持つ意味を把握することは、それほど困難なものではない。

そこには恐らく、「共存共栄」、「和解と受容」、「晴れ晴れとした心」などというイメージが被されているに違いない。

だからこそ、アルヴィン老人は、最も身近なる者たちと、「満天の星」を共に眺め入る至福の時間を切望して止まないのである。

その至福のイメージを共有する対象として、老人が特定した人物は、映像を通して二人だけであった。言うまでもなく、娘のローズと兄のライルである。

アルヴィンは、この二人と共に眺め入る「満天の星」の至福の中で、彼なりの自己完結を果たしたいのである。

娘のローズとは日常的に具現できた時間だが、この10年間の無益な空白の中で、兄ライルとは至福を共有する時間を所有できていなかった。老人の人生の残りが生命の炎を絶やさないでいるまさに今こそ、その時間を作り出さねばならない。老人はそう思ったに違いない。

これは詰まるところ、「満天の星」を共有する至福への、「自立歩行」の旅であったということである。

そしてその旅は、73歳の老人による「自立歩行」の旅であったが故に、彼とクロスする魂にとっては、何か重大な「決定力」を発現する眩しさを放つ何かであったのだ。

老人の旅が放つ「決定力」は、無論、老人の目的的な文脈の本質ではなかったが、しかし老人とクロスする魂が浄化される「決定力」の輝きこそ、本作を根柢に於いて支えた寡黙な映像の骨格を成すものであった。

このロードムービーのシンプルなラインは、オーソドックスな語り口で静かなカットを繋いでいたが、「クレージーな愛はもういらない」と放った作り手の、その曲線的な表現史の最高到達点であったと言える、小さくも眩い、一つの映像宇宙を構築したかのようだった。

ところで本作には、恐らく映像的完成度を高めるために、物語展開に於ける細(ささ)やかだが、しかし、緻密なる仕掛けが挿入していたように思われる。

それがどこまで作り手の問題意識と脈絡するものであるか不分明だが、少なくともこの仕掛けの妙によって、観る者が本作に入り込んでいく構えを、比較的自然に導入させる効果を持っていたと言えようか。

それは、老人の旅が初秋の9月に始まって、晩秋近い季節にシフトさせていく変化に沿って流れていったこと。

そして、老人が繰り返し他者とクロスするその旅が、娘や青年たちの世代に始まって、中年女性や壮年男性、老年の紳士へという風に、次第に老人の相手が高齢化していって、最後に最も高齢な実兄の粗末な家に辿り着くという流れ方。

そこには、季節の移ろいの微妙な変化とクロスする相手の、高齢化というラインが重なり合って、まさにアルヴィン老人の旅が、「自己史の総括」をなぞっていくようなイメージを髣髴とさせるものだった。

ついでに言えば、老人がクロスした者たちとのスタンスも、相手の心情ラインに合わせて、「礼節」をも弁(わきま)えた老人は、「人生の達人」ぶりを表現して見せていた。

例えばそれらを、イメージ化した言葉で結んでいけば、こんな風に説明できようか。

家出した娘には、「発散できない呻きを肯定的に受け止めて、励ましを送る者」として対応し、鹿を轢き殺した中年女性には、「叫びを受容して、ひたすら聞き入れる者」を淡々と演じ、更に快活な若者たちには、「少しばかりのスパイスを降りかけて、『人生知』の深みを問題提起する者」としての、一見、悟りを開示したかのような存在感を表現したのである。

そして、戦争経験の負性の記憶を引き摺る老人に対しては、「その経験を相対化させるに足る、自分のトラウマを開くことで、共感的理解を示す者」という重要な役割を表現し切って見せたのだ。

そしてもう一つ。

映像の中で、アルヴィン老人が、「受容する者」という文脈から少し逸脱して、自分の直近のテーマを自ら開示する描写があった。

映像のラスト近くでの、神父との対話がそれである。

ここでは老人は、自分の思いを受け止めてもらう対象として、最も相応しい存在である神父を特定して、兄ライルとの確執について語ったのだ。

「怒り、うぬぼれ・・・酒の力も加わって、10年も口を聞かないことになった。口争いの原因が何であれ、もう、どうでもいい。仲直りしたい。一緒に座って、星を眺めたい。遠い昔の、わしらのように・・・」

神父との大人の会話
その真摯なる老人の語りに対して、神父は、「私も祈ってますよ」と優しく反応したのである。

予約された反応を、その予約を受容するラインをなぞって、老人はほんの少し、そこに感情を込めて、必要なだけの言葉を投げ入れたのだ。

それだけで充分だったのである。



11  「自浄の旅」の自己完結



―― 以上の各エピソードは、いかにも上手に作られた物語的構成を示してはいたが、しかしそれらが、観る者に全く厭味に感じられないほど、自然なプロット展開を見せたのは、どこまでも、アルヴィン老人の一貫した「自立歩行」による、その人生スタンスの圧倒的な求心力に因るものであると言っていいだろう。

アルヴィン老人の旅は、映像の最後の場面に於いて、そこに全ての勝負を賭けたかのような決定的な描写を用意したのである。

粗末な家に辿り着いたアルヴィン老人の眼前には、その廃屋のような家に住む兄ライルが、予想だにしない弟の訪問を受けて、些か狼狽気味の感情の揺蕩(たゆた)いの中で興奮を隠し切れないでいる。

マニュアルなしで上手に言葉を繋げない朴訥さの中で、唐突に現れた弟を受容する誠実さを、ライルなりに模索させていたようにも見える。

弟もまた、言葉を繋げないでいた。

穏やかで、静謐な空気を作り出せない一瞬の沈黙が、晩秋近い澄んだ空気の中で、束の間、出口を見出せずに浮遊していたのである。

しかし、兄の視界に弟の粗末なトラクターが捕捉されたとき、全てが終焉した。

ここに初めて、真に穏やかなる沈黙が、もう繋ぐ言葉を不要とする時間を開き、二つの頑固なる心が攪拌され、溶解していったのである。


弟の「自立歩行」の艱難な旅の最終的到達点が、その心と心が溶解していく、柔和なるイメージラインに流れ込んでいったのだ。

弟の「自浄の旅」が、そこに自己完結したのである。

もうそれ以上の描写を不要とする、最後のカットに待機していたのは、「共存共栄」や「和解と受容」、「晴れ晴れとした心」をイメージするかのような、「満点の星」という、決定的な画像以外の何ものでもなかったのである。



12  ピュアなまでにシンプルな世界への昇華



―― 最後に一言。

リアリズムの問題について。

確かに、本作にはモデルが存在したらしい。だからと言って、本作の秀逸さを、リアリズムの次元で安直に把握してはならないだろう。

本作はシンプルだが、どこまでも理念系の具象化であり、映像を支配したかのような際立って個性的だが、しかし「頑固」さの内に蓄えられた豊富なる「人生知」を、その時々の必要性に合わせて開いていく者の存在感の大きさは、一貫して「礼節」を弁えた、気高き人格の理念系の具象化であると言えるだろう。

因みに、リアリティを削り落とした典型的な描写は、轢き殺されて、道路に横たわる大きな鹿を、アルヴィン老人が自ら料理して、それを慎ましげに食べる場面である。

どう考えても、大きな鹿の死体を野営地にまで自ら運び、それを自らの手によって料理する力技を発揮するのは、とうてい老人の力では無理であるという他はない。

仮に親切な他者に、その作業をサポートしてもらったとしたら、そのワンカットを挿入させない物語の流れ方の方が不自然だろう。

デヴィッド・リンチ監督
恐らく、作り手にとっては、そのような非日常的な描写はどうでもいいことだったのだ。

アルヴィン老人の旅の「非日常性」こそが肝要であって、その非日常の時間でクロスする、遥かに人間的なる関わり合いについての描写のみに、作り手の問題意識の全てがあったと思われるのである。

だから、不要なものを一切削り取ったこの映像は、ピュアなまでにシンプルな世界への昇華を可能にしたのである。そう思うのだ。


以上で本作の評論を括るが、もう一度、デヴィッド・リンチ監督の重量感溢れる言葉を書き、ここに添えて置きたい。

そこにこそ、私が本作に大きく振れていった文脈が収斂されているからだ。

「この10年間、誰もが人々を驚かせるということだけを追求しているだろう?具体的には、より暴力的な表現をどんどん用いて皆を驚かしたい、動かしたいといった具合に」

(2007年4月)

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