<「ある国の、ある時期の話」に封印してはならないというメッセージの力技>
1 「ある国の、ある時期の話」に封印してはならないというメッセージの力技
ナチスの台頭で米国に亡命し、その後、東独に生活の拠点を設け、東独の国歌をも作曲したユダヤ人、ハンス・アイスラーが作曲した、詩的でありながら、時には軽快で、淀みのないBGMに押し出されるように、カラーで記録された平和で牧歌的な戦後の〈現在〉と、 瓦礫処理の如く、ブルドーザーで死体の山を無造作に埋めていく、異様なまでの非日常の酷薄の実写を繋ぐ〈過去〉の風景をクロスカッティングさせていく、あまりに有名なこのドキュメンタリーは、どこまでも強烈な主題提起を持つ「映画性」の枠を崩さない程度において、〈時代状況性〉の落差を強調することで、風化させてはならない問題意識の堅固な継続力の保持を、観る者に問い続けていく ―― それが、ヌーベルバーグの映像作家の一人である、アラン・レネ監督による「夜と霧」だった。
ナチスが残した記録映像を巧みに利用することで、「見える残酷」の極点とも言うべき、戦争犯罪を告発したドキュメンタリーの一篇の衝撃度の強さは、人間の死体を「物体」として処理される酷薄の実写の異様さにおいて際立っていた。
舞台俳優出身のフランスの映画俳優、ミシェル・ブーケのナレーションが、クロスカッティングされた映像を、声高にならないギリギリの辺りで繋いでいく。

「静かな風景。カラスが飛び、野焼きに煙る畑。車や農民の通る街道。楽しげなリゾート地の隣に強制収容所があった。アウシュヴィッツ、ベルゼン(ベルゲン・ベルゼン強制収容所のこと・筆者注)、ダッハウ(ミュンヘン郊外にある強制収容所のこと・筆者注)など、どの村もありふれた村だった。今、収容所跡にカメラを手に訪れる。雑草が血の滲む地面を覆い隠す。もはや、鉄条網に電流は流れない」
これが、一見、長閑な映像へのナレーションの導入だった。
ナチスドイツのフィルムや、ヒトラーのアジテーションの記録映像の中で、ミシェル・ブーケの抑制的ナレーションが流麗に続く。

「1933年。機械の行進。一糸乱れぬ行動。全国民が協力する。収容所建設に業者が群がる。利権に賄賂が飛び交ったのだ。このときまだ、労働者たちや、ユダヤ人学生たちは遠くにいて、既に収容先が決定しているとは知らずに生きている。建物は住人を待っている。彼らは各地で検挙された。貨車に乗せ、収容所へ。ミスや偶然で、リストに加えられ、収容所に運ばれる人もいた。鍵を掛け、封印された列車。飢えと渇き、窒息と狂気。必死の落とし文。死者も出た。次は夜と霧の中。同じ線路に日は落ちる。カメラは何を求めて歩くのか。死骸の山の傷痕か。或いは、殴られ、運ばれた囚人の足跡か。別世界に来たようだ。衛生上の名目で裸にされ、屈辱に耐える」
この辺りから、流麗なナレーションと寄り添えないような、衝撃的な記録映像が連射されていくのだ。
そして、強烈な主題提起を持つ「映画性」を内包させて、最後のナレーションが一気に押し出されてくる。
「カポも将校も言う。“命令に背けない”、“責任はない”。では、誰に責任が?冷たい水が廃墟の溝を満たす。悪夢のように濁って。戦争は終わっていない。今、点呼場に集まるのは雑草だけ。見捨てられた町。火葬場は廃墟に、ナチは過去になる。だが、900万の霊が彷徨(さまよ)う。我々の中の誰が戦争を警戒し、知らせるのか。次の戦争を防げるのか。今も、カポが、将校が、密告者が隣にいる。信じる人、信じない人。廃墟の下に死んだ怪物を見つめる我々は、遠ざかる映像の前で、希望が回復した振りをする。ある国の、ある時期の話と言い聞かせ、絶え間ない悲鳴に耳を貸さぬ我々がいる」

「ホロコースト」を、「ある国の、ある時期の話」に封印してはならないというメッセージこそが、このドキュメンタリー映画の最も中枢的なテーマであることを、観る者は知るに至るのである。
正直、メッセージの力技の問題を除けば、ドキュメンタリー映画としての「構築力」という視座で俯瞰すれば、科学的検証の有無を軽視したとも思える一点において、些か粗雑な映像の印象を受けるが、〈時代状況性〉を慮(おもんばか)れば、「それも仕方ない」と譲歩すべきなのだろうか。
2 「良心」とか、「ヒューマニズム」と呼んでいるものの脆弱さ
若き日に、この映画を観たときの衝撃が、単なる「情感系の喧騒」に終始して、何となく閉じてしまったことで、その衝撃体験を、「人間」の根源的なテーマ性を持つ問題意識として内化してこなかったのは事実である。

「ホロコースト」を「ナチスによるユダヤ人虐殺」の問題のみに短絡的に還元させていない私が、今、このドキュメンタリー映画を見ながら考えさせられたのは、以下の根源的テーマ性に関わるものだった。
「人間の残酷性の濃度と、その愚かさの本質」 ―― これが、終始、私の脳裏に焼き付いて離れないテーマだった。
本稿では、この問題意識に沿ってのみ言及する。
既に、「心の風景」の中で、このテーマに沿った拙稿があるので、それをベースに要約してみたい。
まず、「人間の残酷性の濃度」の問題。
この問題について考えるとき、有名な「アイヒマン実験」を想起するのは自然であるだろう。
なぜなら、イェール大学のスタンレー・ミルグラムによって遂行された、この「アイヒマン実験」を俎上に載せた当時の基幹テーマは、「権威への服従の心理」というものであるが、そこで炙り出された由々しき心的現象こそが「人間の残酷性の濃度」の問題であるからだ。
以下、簡潔に言及してみる。
この実験が行われたのは、1963年のこと。
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アドルフ・アイヒマン |
実験はまず、心理テストに参加する、ごく普通の市民たちを募集することから始めた。
応募した市民たちにボタンを持たせ、マジックミラーの向こう側に坐る実験対象の人たちのミスに、電気ショックを与える仕事のアシストを求める。
こうして実験はスタートするが、事前に、実験者たちから、あるレベル以上の電圧をかけたら被験者は死亡するかも知れないという注意があった。
それにも拘らず、60パーセントにも及ぶ実験参加者は、被験者の実験中断のアピールを知りながら、嬉々としてスイッチを押し続けたのである。
これは、学生も民間人も変わりはなかった。
勿論、実験はヤラセである。
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ミルグラム実験(日本催眠心理学会より)
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しかし、これがヤラセであると知らず、実験参加者たちはボタンを押したのである。
この「ヤラセ実験」の目的は、実は、「人間がどこまで権威に服従しやすいか」、「人間がどこまで残酷になれるか」という点を調査することにあった。
そして、この実験の結果、人間の「権威への服従性」と「残酷性」が証明されたのである。
しかし実は、この実験はこれで終わりにならない。
この実験には続きがあるのだ。
即ち、被験者がミスしても、今度はどのようなボタンを押してもOKというフリーハンドを許可したら、何と殆どの実験参加者は最も軽い電圧のボタンを押したのである。
この実験では、人間の「残酷性」が否定されたのである。
この実験は、一体何を語るのか。

人間の「残酷性」か、それとも「非残酷性」か。
その両方なのである。
人間は残酷にもなり得るし、充分に心優しくもなり得るのである。
では、両者を分けるのは何か。
一つだけはっきり言えることは、命令系統の強力な介在の有無が、人間の心理に重要な影響を与えてしまうということである。
つまり人間は、ある強力な命令系統の影響下に置かれてしまうと、そこに逆らい難い行為の他律性が生じ、これが大義名分にリンクしたとき、恐るべき加虐のシステムを創造してしまうのである。
更に、ここには心理学で有名な「傍観者効果」の中の、「責任分散の心理学」(自分だけが悪いのではないと考えること)が媒介すると、その加虐のメカニズムは構造化するだろう。
以上の実験から、私たちはどのような結論を手に入れたのだろうか。
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アウシュビッツ輸送列車用入口
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言うまでもない。私たちが「良心」とか、「ヒューマニズム」と呼んでいるものの、そのあまりの脆弱さである。
3 それ以外の選択肢がないという閉鎖的で、退路を奪われた苛酷な状況に身を預けないことについての人間学
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アドルフ・アイヒマン(ウィキ) |
「良心」の正体は自我である。
私たちの自我は、その「強さ」や「豊かさ」を内側にどれほど固めていても、それを支配する関係が存在し、その関係が閉鎖的で特殊な環境の内に成立すればするほど、そこに形成された「システムの力学」に捕縛されやすいという、厳然たる事実を否定し難いということだ。
それは、私たちがいかに権威というものに弱いか、自らに与えられた役割を無防備なまでに演じてしまいやすいか、ということを明瞭に示している。
ゲシュタポのユダヤ局長であったアイヒマンは、紛れもなく正常だったのだ。
彼の少年期はとても気が弱く、真面目そのもの。
ナチスに入るまでの青年期は、平凡なサラリーマン生活を送っていた。
その真面目な生活はナチスに入ってから、より真価を発揮する。
彼は絶対服従のシステムに、ひたすら従順に従ったのだ。
その結果、誰よりも、多くのユダヤ人を屠る張本人となったのである。
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アウシュビッツ強制収容所(イメージ画像・ブログより転載) |
アウシュビッツ収容所所長のルドルフ・ヘスも、彼の残した手記でも検証されるように、その生真面目で実直な性格故に、数え切れないほどのユダヤ人を焼却炉に送った者の一人であった。
その回顧録によると、聖職者の家庭に生まれた彼は使命感が強く、厳しい父親からの教育を受けた思春期の自我の内に、命令に従順に行動する真摯さだけが突出していたとも言える。
SS(ナチス親衛隊)の最高指導者であるヒムラーに至っては、その生来の動物好きな性格もあって、ユダヤ人の処刑に立ち会うのを嫌ったほど。
彼もルドルフ・ヘス同様に、厳格なカトリック教徒の教えを受けて育った事実は重要であるだろう。
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アウシュビッツ強制収容所・ガス室(イメージ画像・ブログより転載) |
彼らを狂わせたのは、彼らが所属した「絶対的な組織」であり、その組織が作り出した「我々だけが正義である」という、いつの時代でもお馴染みの物語だった。
「絶対正義」の前には、「絶対悪」しか存在せず、従って、「絶対悪」は抹殺されねばならないという論理に至る。
このような物語に支えられて、負性のシステムに嵌り込んだ自我は、そのシステムから下達される「絶対命令」に絶対的に従ってしまうのである。
「アイヒマン実験」で、参加者の35%の者が450ボルトの電圧を、生徒役の者に加えなかったという事実の方が、私には寧ろ驚きである。
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コルベ神父 |
成熟した自我が堅固で健全な理念に支えられていれば、人間は悪魔の仲間に加わらないで済むということだ。
しかし65%の者が、それを加えれば死ぬかも知れない電圧のスイッチを押したということは、やはり由々しき事態と言うより外はないのだ。
人間はこれほどまで簡単に、「良心」を稀薄化させることができる存在なのである。
それ以外の選択肢がないという閉鎖的で、退路を奪われた苛酷な状況に身を預けないこと。
少なくとも、それだけは人間学についての学習的な真理の一つであることは間違いないであろう。
4 専制政治のコストより安上がりな政治制度を堅持する精神的エネルギーの緊要さ
次に、「人間の愚かさの本質」について言及する。
理論生物学で言われる「適応度の最大化の戦略」というような戦略を、他の生物のように本能によって操作できない不全なる生き物である人間には、それに取って代わり得る機能を果たすべき絶対的な自我など存在しないと言うことである。
私たちはいつだって愚かであり、不完全であり、しばしば、決定的な誤謬を晒して生きるという生存体であるという以外にないのだ。
この認識から出発しない限り、そのような能力によってしか生きられない私たちが作る社会の実相が、いつだって万全な状態にはないが故に、本来相対的なものでしかない「正義」(学術的には、「配分的正義」、「匡正的正義」、「交換的正義」に分かれる)という「絶対的なるもの」の観念に拠って立って、そこで構築された人工的な諸制度の不完全さを永久に呪い、嘆き、声高に糾弾し続ける態度に張り付く倨傲(きょごう)さと攻撃的ナルシズムが、虚空に捨てられるだけである。
思えば、ユーフラテス河の流域に築かれた文明である遥かメソポタミアの時代から、私たち人間の常套フレーズは、「今の若者はなってない」と「今の社会は史上最悪だ」という感覚的把握であった。
いつの時代でも、人々は、「荒廃した現世」を罵倒し続けてきたのである。
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アラン・レネ監督 |
―― 以下、私の「人間の愚かさと、その学習についての基本命題」を書いておきたい。
その1 人間は本来的に極めて愚かであり不完全であるが、厄介なことに、決定的な状況で決定的に誤謬を犯す存在体でもある。
その2 人間は「生存適応戦略」に背馳(はいち)しない限り、累積された愚行を遣り過ごせるが、決定的な誤謬に対して決定的に対応する意志によって、恐々と、しばしば果敢に事態を修復しようとする努力だけは怠らない。
その3 人間は決定的誤謬の事態の修復過程においても多くの誤謬を重ねていくが、その修復の成果を学習し得る存在体である。
その4 人間はそこで学習した成果を、一つの精神文化として歴史的に繋いでいくことを、多くの場合捨てないが、自らが作り出した科学技術の革命的な進化の速度に充分に適応できず、それを合理的に管理できないことによって、いつしか、決定的な誤謬の修復成果を形骸化させ、更に新たな誤謬を重ねてしまう厄介なる存在体である。
以上、仮説を記したが、ここで言う「決定的な誤謬」とは、「それが起こらなければ、歴史の展開がより柔和な着地点に逢着したと予想される事態」のことである。
その典型例を近現代史の中で挙げれば、「日本の対中国侵略戦争」、「ベルサイユ条約における法外な対独制裁と、ヒトラーの出現」であり、近年の「あまりに突発的な冷戦の崩壊」(これを「決定的な誤謬」と呼ぶには無理な部分もあるが、事態の突発性が与えた試練の大きさは比類がない)、「イラク戦争」というところだろうか。
「決定的な誤謬」の修復成果を形骸化させ、更に新たな誤謬を重ねてしまうという由々しき事態の典型例は、戦争を終焉させるために作り出したはずの核兵器が、その後、科学者の思惑から決定的に隔たってしまう惨状を出来させてしまった歴史的現実に尽きるだろう。
「決定的な誤謬」を繰り返して止まない人間は、かくも懲りない生き物であるが、一切は大脳新皮質の前頭前野にその部位があると思われる、自我という何とも頼りない機能体に、世界と人生の羅針盤の役割を負って生きるしかない、私たちの決定的な性(さが)である事実を否定し難いのだ。
その自我の属性とも言える、高度に人間学的な振舞いを見せる「良心」の脆弱さは、それ故に、私たちの自我の脆弱さに起因すると言っていい。
しかし、その自我を鍛え上げていくことで、「良心」なるものも、より合理的な活路をひらく機能を果たしていくだろう。
多くの場合、私たちは充分に愚かであるが、それでも、多くの失態・錯誤・不手際の中から幾分かでも学習し得た成果を、自らの自我機能にインプリンティングしていく可能性がないとは言えないのだ。
確かに私たちの自我が、科学技術の顕著な進化の速度に充分に適応できない本質的欠陥を持ち、その自縄自縛の陥穽から脱却することは困難であるだろうが、「決定的な誤謬」からの手痛い学習的成果から紡ぎ出した「生活知」や「人生知」を、細々と繋いでいくことくらいは可能である。

だから私たちは、奴隷制度や人身売買の蛮行から、幾許(いくばく)かは脱却する精神的進化を遂げたのであり、人類が現在創り得た、最高の政治制度と思われる民主主義の構築も可能にしたのである。
私たちは愚かであるが、決して、その愚かさに流され切れない学習的知能をも手に入れているということだ。
然るに、その民主主義という聞こえの良いシステムは、ナチスドイツの台頭を例に挙げるまでもなく、自覚的に堅持していく努力を繋いでいかない限り、簡単に崩れ去ってしまうリスクを随伴するので、専制政治のコストよりも遥かに安上がりな政治制度でありながらも、それを堅持するための精神的エネルギーは、途方もなく厖大な熱量を要するものであるということ ―― 私たちは何よりも、そのことのシビアな認知から逃避してはならないであろう。
それ以外ではないのだ。
(2011年6月)
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