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    1 か月前

2008年12月15日月曜日

ウェールズの山('95)    クリストファー・マンガー


<「使命感」と「戦争」、そして「同化」についての物語>
 


 序  丘に登って、山を下りたイングランド人




 「不思議なことに、なぜか昔からウェールズには同じ名字の人が多い。ウィリアムズやジョーンズやエヴァンズだらけ。人違いすると困るので、名字に職業をつけて呼ぶ。“石油店”ウィリアムズ、“葬儀社”ウィリアムズ、“大酒飲み”ジョーンズ、“キャベツ自慢”ジョーンズ。趣味や人柄もよく分かる。“ベーコン売り”エヴァンズ、“予言屋”エヴァンズ、でも謎の呼び名の男がいた。10歳になったとき、私は思い切って祖父に尋ねた。世界一長くて、奇妙な呼び名のわけを?」

 「“丘に登って、山を下りたイングランド人”?呼び名と同じくらい話せば長い物語だ・・・そう、英雄の物語だ」
 
 
 この語りが映画の導入になって、孫から聞かれた祖父が、その「英雄の物語」を語っていく。

 
 「1917年のある日曜のこと。退役将校が二人、フュノン・ガルウに来た。若いアンソンは、フランス戦線で負傷。最近退院したばかりだった。一方、上司のジョージ・ガラードは、“国家のために”と測量の仕事に就いていたが、面白くなく、酒浸りになりがちだった。若者は戦争へ行き、残った村人は礼拝堂へ。勿論“好色”モーガンを除いて・・・村人たちは礼拝堂にいた。赤ん坊や母親も。なぜか、モーガンそっくりな赤ん坊が多かった。だが、誰も気に留めなかった。ジョーンズ牧師を除いては・・・ジョーンズ牧師は張り切っていた。毎週日曜日、彼は戦争と、“好色”モーガンを批判した。勿論、名指しはしなかったが・・・」(祖父の語り)
 


 1  フュノン・ガルウの誇りにかけて



 イングランドから来た二人は、地図を作るためにフュノン・ガルウの測量のために、“好色”モーガンの宿に泊まることになった。
 
 「ウェールズに入って最初の山。村で自慢できるのは、大昔からこの山だけ。北部のような大きい山も、中部のような美しい山もない。でも我々には、ウェールズで最初の山があるのだ。山は侵略者から人々を守ってきた。ローマ人が侵攻したとき、人々は山に逃げた。サクソン人や、ノルマン人のときも・・・ブリテン島は多くの民族に侵略された。だが山があったからこそ、ブリテン島は制圧されなかった」(祖父の語り)


アンソン(左)とガラード①
アンソンとガラードの測量が始まった。

 村の人々は、この測量の話題で持ちきりになり、男たちは賭博の対象にもした。305メートルの標高がなければ山として認定されない。村の男たちは、愛するフュノン・ガルウに誇りを持っているから、賭博の予測は当然、この山の実際の標高がどれ程高いものであるかということに関心が集中したのだ。

 “好色”モーガンの店で行われていた賭博の最中に、その日の調査を終えた二人の測量士が帰って来た。モーガンに標高の予測を聞かれたガラードは、「280メートルくらいだろう」と答えたのである。

 これが全ての始まりとなった。

 郷土の誇りを傷付けられたモーガンたちは、当然の如くその数字に驚愕し、アンソンに文句をつけに来た。

 「誰が見たって、そんなの嘘っぱちだ」
 「まだきちんと測ったわけじゃないんだ。調査の第一段階に過ぎないんだ・・・」とアンソン。

 その後、アンソンは、器械を使っての三角測量の方法の説明をモーガンに示して、何とか彼らを納得させたのである。

 「皆、大騒ぎだった。丘なのか?山なのか?ウェールズでは、これは大変な問題だ。エジプトのピラミッド。ギリシャの神殿。我々には遺跡がない。だが山がある。山こそウェールズ人の魂だ。山がある。そこから先がウェールズだ。もし山じゃないなら、地図の上で、我々はイングランドの一部になってしまう。冗談じゃない」(祖父の語り)
 
アンソン(左)とガラード②
そして測量の日。

 村人たちは二人の傍らで、その結果を固唾を呑んで待っていた。その挙句、アンソンによって発表された測量結果は「299メートル90センチ」。この発表に村人たちは激しく反応し、アンソンは必死にフォローする。

 「失望なさるのはよく分りますが、これはただの数字に過ぎません。美しい風景であることに変わりはない。皆さんの愛すべき・・・“丘”です」
 
 アンソンはそう言って、急ぎ早に二階に上がっていった。呆然とする村人たち。

 「丘だと?」

 彼らは皆ショックを受け、その報をモーガンの店の前で待っていたモーガン嫌いのジョーンズ牧師は、思わず頭を抱えてしまった。

 「戦争がなければ事情は違った。だが、1917年当時、人々は敗北感に喘いでいた。村に残った者は、船を動かすための石炭を掘った。1日24時間働かされ、脇目も振らずに掘り続けた。前線から生還しても、炭鉱で命を落とす者がいた。親友や息子や夫たちが次々と招集され、村の共同体は少しずつ崩れていった。“山”を失ったら、ドイツと戦った者に何て言う?“イングランド人に故郷の山を奪われた”と?村を引き裂き、山まで奪うつもりか。ウェールズ魂までも」(祖父の語り)
 
 このような事情があって、ウェールズのこの村の人々には、“山”を失うことはあってはならないことだった。あってはならないことを防ぐために、ジョーンズ牧師は教会に村の人々を集めて訴え始めた。
 
 「我々の山、フュノン・ガルウをウェールズで最初の山として認めたうえ、英国の地図に載せてもらうように・・・」
 
 話の途中で、牧師から嫌われているモーガンが口を挟んだ。彼はイングランドに懇願するような牧師の案を批判して、新しい提案をしたのである。
 
 「フュノン・ガルウを305メートルにしてやろう。あと、たった6メートルだ。6メートルで立派な山だ」
 
 この提案に対して、法や倫理に抵触するという牧師の反対意見が直ちに出されるが、集会に集まった村人たちの意見はモーガン案に賛同することになり、牧師もまた合意することになった。どうやら、それが牧師の本音らしかった。その牧師の次の一言に“戦争ショックのジョニー”が反応したことで、全てが決まったのである。
 
ジョーンズ牧師
「我々、全員の庭の土を山の頂上に運ぼう」


 翌朝、村人たちの計画が実行に移された。

 まず、測量士が乗る車を故意に故障させた。あろうことか、牧師がその車のタイヤに穴を開けたのである。その車を、二人の測量士は懸命に押して修理場まで運んで行く。その修理を担当するのは、モーガンが事前に打ち合わせをした修理工。彼らの車の修理を事実上、妨害する作戦だ。

 結局、二人は車を諦めて、列車を使って測量に向かうことになった。しかし、駅の車掌も妨害作戦に協力しているので、測量士たちは万事休す。

 その間、村人たちの土を盛る作戦が始まった。

 若者がいないこの村で、老人たちと女性、更に、学校をサボった子供たちが参加して、まさに村を挙げての大仕事の幕が切って落とされたのである。
 
 モーガンが仕掛けた次の妨害策は、アンソンの上司であるガラードに対するハニー・トラップ(色仕掛け)作戦。村の若い美女を送ったのだ。その名はベティ。

 しかし、深刻な事態が起こった。

 突然の雷雨で、村人たちの努力の末の土盛りが崩されていったのである。その雷雨に打たれた“戦争ショックのジョニー”が、担がれてモーガンの店に連れて来られた。その若者をアンソンが介抱する。まもなく若者の姉が、モーガンに担がれた弟を自宅に連れて帰った。

ベティとアンソン
モーガンの店に残されたのは、二人の測量士とベティ。疲れ切ったガラードが先に休んで、ベティとアンソンがそこに残され、懇ろになっていく。ハニー・トラップ作戦は成功裡に進んだのである。
 
 次の日も雨。

 激しい雨が間断なく続くのだ。測量士たちも再び列車を利用しようとするが、線路が洪水という理由で、結局測量ができないでいた。一方村人たちも、土盛りの作業が中断されて、奇跡を待つしかなかった。その奇跡が起ったのである。
 
 二つの奇跡。

 一つは、雨が止んだこと。もう一つは、犬猿の仲だったモーガンがジョーンズ牧師を訪ねたこと。モーガンは牧師に促したのである。
 
 「今日が最後のチャンスだ・・・でも日曜は皆、礼拝堂へ行く・・・日曜に働くには、神の許しがいる。明日になればイングランド人は出発だ。手遅れになる。二人は明日の列車の切符を買った。引き止められない。今日しかないんだ」
 
 このモーガンの提案に、牧師は悩み抜いた末決断した。

 今、その決断が教会の中で語られていく。その教会にモーガンも出席していた。
 
 「“我らの主を崇めよ”“その聖なる山に平伏せ”・・・この祈りが示すように、土地は我々の命の証なのだ。いつの日か、我々の孫や曾孫たちが、我々が土を盛った山で遊び回るだろう。年老いた者たちは谷間から山を見上げ、若き日々を思い起こすだろう。そのために今日が日曜日でも、いや、日曜日だからこそ、この礼拝が終ったら直ちに、私はこの手に土を握り、フュノン・ガルウに登る。私はあの山に土を盛り、それを神に捧げたい。土を盛ることで、愛する人々の魂を弔いたい。戦争から帰れぬ者のために!土を盛ることは、素晴らしい山をお与え下さった神への感謝なのだ。土を盛ることは、我々の誇りと喜びだ。あの山が我々に命をくれた。土を盛る者は知っている。主が祝福して下さることを。“我らの主を崇めよ”“その聖なる山に平伏せ”・・・一人残らず来てくれると期待しとるぞ。頂上で会おう」
 
 牧師のこの説教で、全てが決まった。

 安息日を使って、村の者たちは「安息」することよりももっと尊い、「土盛り」という仕事に全てを注ぎ込んでいくのだ。この仕事に測量士のアンソンも参加する。既に知り合ったウェールズの娘、ベティと共に。
 
その日、快晴の空の下で村人たちは、必死に土盛りの作業に打ち込んでいた。その中には警察官もいて、“戦争ショック”のジョニーもいた。

そして、ベティに恋をした若きイングランド人がいる。測量士のアンソンである。彼もまた、「丘」を「山」にするための土盛りの作業を主体的に進めている。

彼は「山」となったフュノン・ガルウの測量をするために、村人たちの中に同化しているのだ。しかし刻々と時間が迫っていく。
 
 「暗くなる前に、測量ができるか危ぶまれた。あともう少しという所で、運命の札が裏返った・・・後で分ったが、牧師はその日、フュノン・ガルウに5,6回も登ったのだ。若者でもクタクタになる。82歳の彼にはきつすぎた。そう、誰も知らなかったが、ジョーンズ牧師は82歳だった。皆、60歳代だと思っていた」(祖父の語り)
 
 この語りで分るように、ジョーンズ牧師は作業中に倒れてしまったのである。倒れた牧師は、今際(いまわ)の際に“好色”モーガンを呼んだ。
 
 「もっと、傍へ。わしの手を握ってくれ。お前は頼りになると信じていた。頼みが・・・」
 
 これが、モーガンに語った牧師の臨終の言葉の一部だった。牧師の頼みとは、山の頂上に自分を葬ってくれというものだった。
 
 「牧師の遺志を全うするため、ジョーンズ判事が大地を清めた」(祖父の語り)
 
 そして判事の言葉が、山頂で高らかに宣言された。
 
 「このフュノン・ガルウの頂上の土を神聖であると認め、ここに今は亡き、我らの友であり、指導者であったジョーンズ牧師を葬る」
 
 82年の生涯を、ウェールズという強靭なる共同体の文化の継承に「奉仕」して、ジョーンズ牧師は「殉教」したのである。

 フュノン・ガルウが「山」としての存在価値を持つと信じた村人たちが、やがて一人一人、村の中に戻って行く。

その後に残されたのは二人。アンソンとベティである。彼らは山頂で抱擁し合い、その愛を確かめた。
 
 「ベティとアンソンは、あの山で夜を明かした。山の頂上で夜を明かすと、人はどうなると思う?詩人か変人になるのさ。だがこの二人は・・・」(祖父の語り)   
 
 二人は結婚することになったのである。
 
 「二人はフュノン・ガルウが、確かに“山”であると宣言。高さは305メートル40センチ。そして二人は婚約を発表。風変わりなプロポーズだが、彼には相応しい。“丘に登って、山を下りた男”なのだから・・・バカな話と思ってるだろう。年寄りが孫に聞かせる下らない物語と。だが、南ウェールズの私の故郷に来て欲しい。カーディフから来ると、最初に見える大きな丘。いや、丘ではなく山だ。その山を作った人々の子供たち・・・この映画を撮る前に山の高さを測り直した。すると、何と303メートル80センチだった。山はいつのまにか丘に戻っていたのだ・・・」(祖父の語り)
 
この語りの後、それぞれのバケツに一杯の土を入れて運ぶ人々の列が映し出された。

現在のウェールズの人々である。

彼らもまた、自分たちの先祖の代から誇ってきた山の尊厳を守るために、今もラインを成して繋がっているのである。

   
                       *       *       *       *



 2  ウェールズ人としての誇りと魂



私は正直、「ハートフル・コメディ」と呼ばれるジャンルの映画があまり好きではない。

起伏に富んだ物語の展開のうちに、適度な笑いとペーソスが上手に挟まれていて、そして最後には、それ以外に辿り着くところがないというストーリーラインに流れ込んでいく。

所謂、「起承転結」の「結」にあたる部分では、必ずと言っていいほど奇跡譚が盛り込まれていて、それが観る者の浄化作用を保証してしまうという流れ方が、どうも映像を受容する私の感性に馴染みにくいのだ。

 だから、私はハートフルなものよりも、「人間喜劇」としか呼べないような人間描写の鋭いコメディの方が断然愛着が深い。
 
 例えば、成瀬巳喜男の一連の作品にはそのような深い味わいがあり、コメディという範疇に入れても可笑しくないような逸品が幾つもある。成瀬は当然、人間の自然な姿を写し撮った表現を刻んだだけに過ぎないのに、その映像から醸し出される滑稽感は、「日常性のリアリズム」と出会ったときの、何とも言えない可笑しさを存分に含んでいることから来るのであろう。
 

「ウェールズの山」のモデルとなった低山・ブログより
―― さて、「ウェールズの山」。
 
 この映画もまた、「ハートフル・コメディ」の範疇に含まれると言っていい。だから充分に可笑しく、楽しくもあり、大きく心を揺さぶられもした。

実に痛快で、感動的な映画でもあった。「ハートフル・コメディ」の例外に漏れず、憎いばかりの奇跡譚も含まれていた。

 この映画には、人を笑わせながらも観る者の涙腺を刺激する要素がちりばめられていて、それだけで充分に観終った後の爽快感と、何か良い話を聞いた後の心地良い温もり感が担保されるようなものがある。本当はそのレベルなら私は蹴飛ばしてしまうのだが、どうもこの映画には、それだけでは済まない作り手の心意気のようなものが随所に感じられて、私としては無視し難い一作になっている。
 
 その無視し難さとは、一体何だろうか。
 それがどうやら、本作の中枢な主題に絡んでいると思われるので、それについて書いていく。
 
 本作で、私が最も心に残るシーン。

 それは映画の冒頭近くにある、“好色”モーガンの店で、村人たちがフュノン・ガルウの標高発表を待つ場面。

 その場面で、フュノン・ガルウの標高が6メートル足りなくて、“丘”と認定されたときに村人たちの驚きと怒りが滑稽に描き出されたが、私が鮮烈な印象を抱いたのは、モーガン嫌いの牧師が、一人店の外でその結果を待っていて、店を出て来た村人からその結果を聞き知ったときの、牧師の激しい落胆振りだった。彼はその場にしゃがみ込んで、沈痛な表情のうちに頭を抱え込んでしまったのである。
 
 要するに私は、ジョーンズ牧師の言動の一挙手一投足のうちに、物語の最も重要なテーマ性が内包されていると考えたのだ。
 
ウェールズの風景①(ウェールズ旅行 クチコミガイドより)
そもそも、このウェールズの村人たちは、なぜ、あれほど執拗に「山」の標高に拘り、それを守るために必死に動き、懸命にその老体や女性、子供の軟弱な身体に鞭打ったのだろうか。彼らがそれを守ることで手に入れるメリットとは、一体何なのか。

或いは、それを守れないことによって失うものとは、一体何であるのか。
 
 ここで重要なのは、映像で描かれた物語の登場人物たちの大半が老人や女性、子供であるということ。これは一体どういうことなのか。

 この村の若者たちが独仏国境近くでの西部戦線で、まさにドイツ軍との苛烈な死闘を重ねていて、未だ帰村していないという現実がある。人類が未曾有の大量無差別殺戮の戦争技術を可能にした第一次世界大戦こそが、この映画の枢要なバックボーンになっているのである。

 例えば、イングランド出身の若き測量士のアンソンもまた、狂気の前線で人間の凄惨な現実を見てしまったことで神経を病んでいた。これは彼がウェールズの若い娘と恋仲になった際に、本人が告白している。

 更に、“戦争ショック”のジョニー。
 
 彼は明らかに「戦争神経症」(心的外傷=シェルショック)を患った帰還兵である。彼の病理は帰村してからも変わることなく続き、常に献身的な姉に支えられて生きていた。彼は戦争の凄惨な現実の渦の中に放擲されて、そこで見てはならないものを見、経験してはならないことを経験したことで、言葉を閉ざす精神病理の世界に拉致されてしまっていたのである。
 
 この物語に登場する青年が、この二人のみであることを考えるとき、映像の奥にある隠れた主題性が垣間見えるのである。
 
 ジョーンズ牧師は、何よりそのことに心を痛めていたのだ。

 かつて彼のもとに通って来たであろう青少年を、ドイツ兵を一人でも多く殺すための「兵士」として、彼は止むを得ざる気持ちで前線に送り出したに違いないのである。しかも若者たちは英国軍の中に編入されて、「大英帝国の名誉と誇り」のために送り込まれてしまったのだ。

 勿論、その時点では、ウェールズは連合王国の中に組み込まれていて、且つ、イングランドとの深刻な内戦状況が加熱していた訳ではないから、大戦を惹き起こしたドイツ軍との戦争にそれなりの大義を持って、大陸に渡った果敢な若者も多かったに違いない。それでも、ウェールズ人にとっての祖国とはイングランドではなく、ウェールズそのものなのだ。
 

旅行のとも、ZenTechより
映像の背景をより深く理解するために、「ウェールズ」という固有名詞の意味を簡単にスケッチしておく。
 
ウェールズは元々、アングロサクソン系であるイングランド人によって支配され、抑圧されてきた歴史を持っている。しかし彼らは一貫して、イングランドに同化されることを拒み続けた。

彼らの誇り高さは現代に至っても全く変わらず、現にイギリス国旗の中にはウェールズの国旗だけが含まれていないという事実が示すものは、ウェールズが「グレートブリテンおよび北部アイルランド連合王国」(「イギリス」の正式名称)に含まれながらも、そこに彼らの単一の国家としての自覚を持った民族的矜持を読みとることができるだろう。

ウェールズ人とはウェールズ語を話し、ウェールズの国歌と国旗を誇り、その歴史的文化的伝統を守り育てる人々であると言ってもいいのである。

 同じケルト系のスコットランドにも英国から独立した議会を持つが、ウェールズにもまた1997年の国民投票の結果、ウェールズ議会の設置が決定され、独自の行政権を獲得している。

その産業もエネルギー革命の影響をまともに受けて、かつての石炭王国から一変し、人口の急激な減少もあって繁栄から取り残されていたが、近年の産業誘致政策の成功などで再び民族としての活気を回復させ、それが一貫して根強い民族的矜持と結合して、人々の郷土愛のメンタリティは今なお健在である。
 
 以上の例が示すように、「ウェールズ」とは、言わずもがな、「イングランド」の一部を構成する特定地域などではなく、独自の文化と歴史的伝統を持ち、それを誇りにする人々によって継続されてきたある種の国家的空間なのである。

ウェールズの風景②(ウェールズ旅行 クチコミガイドより)
だからそこに住む人々には、「ウェールズ」に対する素朴な愛国心が形成され、育まれていく。

彼らの愛国心は根強い郷土愛の精神と融合し、ウェールズ人としての誇りと魂によって風土を愛し、それを現代に至るまで世代間継承させていくのである。

 彼らにとってその誇りを傷つけるものは全て敵であり、排除しなければならない何ものかになっていく。

イングランド及びイングランド人こそ、しばしば彼らの誇りを逆撫でする直接的な敵対者になっていった。

まさに本作で描かれた、二人のイングランド測量士との確執がそれに当るだろう。

 しかし、ウェールズに踏み込んだ少なからぬイングランド人が、ウェールズに同化していった歴史的経緯を想起するとき、物語の主人公であるアンソンが、最終的にその心をウェールズ化していった物語のラインが説得力を持つ所以となる。

ウェールズに入る者は、その土地から直ちに出て行かない限り、必ずやウェールズ化させるだけの何かが、「ウェールズ」という概念のうちに含まれるということだろう。



 3  「不在者の存在性」の圧倒的な重量感



 以上の文脈を押さえた上で、ジョーンズ牧師の話に戻る。

 牧師が切実に守りたかったものは、フュノン・ガルウという郷土の誇りある自然を、僅かな脚力で越えて行けるような丘ではなく、かつて侵略者たちからその峻険さがあることによって、自らの郷土と生活を守り得たと信ずる「山」としての、殆ど信仰的な郷土の心である。

 では、なぜ牧師は、「神の創造物を勝手に変えてはいけない」という倫理観や、「安息日に労働するな」という神の法を曲げてまで、土掘りに主導的な役割を果たしたのか。

 その答えは一つしかない。

 彼の内側には、イングランドのためにわざわざ命を捨てに行った、ウェールズの青年たちに対する済まなさの感情が、深々と横臥(おうが)していたと思われる。

 戦場からまもなく帰って来るであろう青年たちが、その誇りの対象になっていた故郷の山が、あろうことか、「丘」に格下げされて、且つ、それを実行した者たちがイングランドであると知ったとき、そのイングランドに忠誠を誓って、戦場に向った思いが裏切られたような感情で溢れるのではないか。

 同時にその思いは、自分たちを戦場に投げ入れたイングランドの冒瀆的行為に対して、何の抵抗もしなかったウェールズの村民たちに対する深い落胆の感情に繋がっていくだろう。

 ウェールズの若者たちは、その帰村によって二重の裏切りを見せ付けられることのなるのだ。

 とりわけ、郷土の尊厳の念を失った村民たちに対する失望感は、郷土の歴史的伝統の崩壊の兆候を示すかも知れない。それだけは絶対に避けたかった。牧師はそんな強い防衛意識によって、果敢な行動に打って出たのではないか。私にはそんな風に思えてならないのだ。

 そのことを示す事例がある。

 「フュノン・ガルウの危機」に直面したとき、牧師は教会に村民たちを集めて協議の場を持った。

そこでモーガンが、「丘」を「山」に変える提案をした。そのモーガンの案に牧師が当初反対を示しつつも、庭の土を各自が運んでいくという案に変えて、モーガンの反論に対峙した。そのモーガンは、牧師の案を「無理難題」と一蹴したのである。

 しかし、一同が沈黙に終始したとき、一人の若者が牧師の案を積極的に受容する考えを示したのである。その若者こそ、“戦争ショック”ジョニーだった。

 彼は誰とも口を聞くことのない内閉的な生活を送っていて、その集会にも姉の同伴として参加していたに過ぎないと思われていた。

そのジョニーが突然立ち上がったのである。それを見た牧師は、ざわつき始めた一同に静粛を求め、若者の発言を待ったのである。その牧師の態度は、彼がイングランドのために戦争に行って傷ついたジョニーに深い同情を示していたことを物語る。

 ジョニーは、こう語ったのである。

 「フランスで、16キロも塹壕を掘った。掘った土を皆で運んだ。遠くまで。でも不可能じゃない。僕も手伝う」
 
 このジョニーの一言が、全てを決したのである。

 このとき“戦争ショック”のジョニーは、一同が固唾を飲んで見守っている中で、堂々と自らの戦争体験を話したのである。
 
 左隣には、弟の凛とした言葉を感銘深く受け止めた姉がいる。

 集会に参加する村人たちも、“戦争ショック”と形容される若者を一貫して恥じていないのだ。戦争神経症を患う若者の内閉性は、イングランドのために出征した戦争の犠牲になったという認識が、その若者を送り出した村人たちの中に存在するのではないか。

だから村人たちは、ジョニーに対して際立って柔和なのである。彼のことを誰も臆病者と呼ばないのだ。それ故にこそ、ジョニーの提案が相当の重量感を持って集会の場で認知されたのである。

 これを見ても分るように、この映像を一貫して支配していたのは、映像に全く映されることがなかったウェールズ出身の未帰還兵であったと考えられるのである。

ウェールズの風景③(壁紙Linkより)
この映画は、まさに「不在者の存在性」の圧倒的な重量感を伏在させた、そういう含みを持った作品だったということである。

 

 4  「使命感」と「戦争」、そして「同化」についての物語



 最後にこの映画を要約する。
 
 私は本作を、三つのキーワードで説明できると考えている。

 その一つは、「牧師の使命感」。二つ目は、「ジョニーの戦争」。そして三つ目は、「アンソンの同化」である。
 
 一つ目の「牧師の使命感」については、これまで言及した説明に尽きるだろう。

 ジョーンズ牧師は82歳の年齢で、ウェールズの誇りの代名詞であるフュノン・ガルウのなだらかだが、決して容易でない山稜をたった一日の間に5、6回も往復したのである。その一日が測量の最後の一日であったから、彼は「丘」を「山」に変えるという誇りを守る戦いに、その老体を投げ入れ、それに鞭打つことを止めなかった。彼の使命感の源泉には、未帰還兵たちに対する強い責任感があった。(「不在者の存在性」の重量感を最も感受し、それを身体化させた典型的な人物こそ、ジョーンズ牧師だったということだ)

 そして、その責任を果たしたと確信したとき、老牧師はフュノン・ガルウの山に抱かれて逝ったのである。それはまさに、殉教と呼ぶ以外にない昇天のあり方だった。このジョーンズ牧師の放つ言動のうちに、観る者は、「なぜ彼らは、そこまでして土盛り作業を続けたのか」という問いへの答えを読み取ることになるであろう。
 
 そして「ジョニーの戦争」。

 “戦争ショック”のジョニーの存在は、大戦での未帰還兵への思いを代表するものと言える。

 彼はイングランドのために命を投げ入れた戦争で神経症を患い、その後遺症の故に言葉を失った。言葉を失った若者が映像で発した最初の言葉は、前述したように、集会の空気を決定づけた、土盛りに対する賛同の表出であった。

 言葉を失った者の表現力は力強く、空気を支配する力を持っていた。なぜなら彼の背後には、故郷の南ウェールズに続々と帰還する若者たちの、眼に見えない堅固なラインが繋がっているのだ。ジョニーの土盛りは、彼の「第二の戦争」と言っても良かったのである。「第一の戦争」がドイツとの肉弾戦であるならば、「第二の戦争」は、自分を前線に送って神経症を患わせたイングランドとの、際立って内面的な戦争であると言えるのではないか。
 
アンソン
次に、「アンソンの同化」。

 この把握は重要である。
 
 アンソンはイングランド出身の退役軍人。彼もまた、大戦によって神経を患い、そこから生還を果たした男である。この男が測量技師として、ウェールズに乗り込んで来た。しかし彼には、ウェールズの人々の心が理解できる能力と感性があった。その感性はジョニーに通じるナイーブさと同居していたから、郷土愛を全身で表現するウェールズの人々の思いが、自らの心に届いてしまったのである。

 間接的には、ベティを介して侵入してきた濃密な感情ラインだったが、しかしこの感情ラインは、イングランドとウェールズを結ぶ媒介項としての役割を越える強力な重量感を持ってしまった。ベティの存在は、映像の中で、アンソンのウェールズへの同化を決定づける役割を担ってしまったのである。

 かつてウェールズは、多くのイングランド人やアイルランド人を、炭鉱労働者等の需要によって受け入れてきたが、その中の何割かの人々は、そのまま本国に帰ることなく、ウェールズに留まったという報告もある。それによって、ウェールズの人口が、一時(いっとき)2倍になったという歴史的事実もあるくらいだ。彼らの多くは、そのままウェールズの文化に溶け込んでいくことで同化を果たしていったのであろう。

 まさにアンソンの事例は、それを証明しているのである。

そこには、イングランド人が驚異を感じるほどの、「ウェールズ」という固有名詞が内包する独特で、魅力的な共同体世界が存在するのかも知れない。本作の作り手は、「アンソンンの同化」を描くことによって、必ずしも敵対的関係にないイングランドとの精神的紐帯の、その一つの様態を記録したのであろうか。
 
 同化とは、同化されるべき対象が放つと信じる普遍的価値の中に身を投げ入れ、その魂を溶かし込んでいくことである。
 
 アンソンにとって、そこには自らを投げ入れるに値する何かがあった。それが、ベティという固有の人格に代表されていたということである。

映像の作り手は、ベティの存在を、「アンソンの同化」を決定づけるに足る、ある種の分りやすい人格的表現として描いたに過ぎないとも言えようか。

 
ウェールズの風景④(壁紙Linkより)
―― 以上のキーワードへの言及から導き出された私の結論は、至極簡単なものである。
 

 誇るべきものを持つ者は圧倒的に強い。

 その強さは、誇るべきものに自我の拠って立つ精神的基盤を持つ者の強さであり、その強さによって人々が繋がっていくことの強さでもある。

 人間は自己に関わる固有の物語を持ち、更に、自らが拠って立つ精神的基盤を他者と共有するときの心地良さによって、その物語が前者の物語を補完的に強化されたならば、誇るべきものが自我の内側に強固に張り付く幻想に酩酊し得る分だけ、限りなく力強く生きられるだろう。

 幻想なしに人間は生きられないから、その幻想が他者と深々と共有しているという実感によって手に入れる快楽は、何よりも変え難い絶対的価値によって存分に担保されてしまうのである。

 このような担保が簡単に手に入りにくい近代社会において、まさに「ウェールズ」という固有名詞が放つ眩い輝きは、観る者の心の琴線に触れる程に魅力的だったと言えるのだろうか。

(2006年7月)

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