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2008年11月13日木曜日

家族の肖像('74)      ルキノ・ヴィスコンティ



 <老境無残―「状況」に捉われて、噛まれて、捨てられて>



1  異文化圏に棲む者たちに翻弄されて



イタリアのローマ。

この大都市に豪邸を構える一人の教授がいる。家政婦と共に住むが、家族を持たない孤独な生活を送る彼の趣味は、絵画のコレクション。それも「家族の肖像」と呼ばれる、家族団欒を描いた18世紀英国画家たちが描いた作品が対象になっている。

そんな教授の元に、一人の婦人が画商を連れて訪れた。

奔放な印象を与える婦人の名はビアンカ。

そのビアンカの訪問の目的は、二階の部屋を貸して欲しいというもの。その申し入れに対する教授の反応は否定的だった。それでも部屋を見せてくれと迫るビアンカに対して、教授は渋々その申し入れを受容した。

そこに一人の娘が闖入(ちんにゅう)して来た。

ビアンカの娘のリエッタである。母娘は、まるでそこが自分の家であるかのように振舞い、勝手に動き回るのだ。

更にそこに、二人の青年が闖入して来た。

一人はリエッタの婚約者であるステファノ、もう一人はビアンカの愛人と思しき青年コンラッド。

教授宅を訪れた二人は、恰も申し合わせたかのようなタイミングで、既に自分の部屋に決まったような物言いの厚顔さ。教授の頑な心は、ますます否定的な反応を隠さなかった。

翌日、教授宅を再訪したリエッタは、間借り人の主はコンラッドであることを正直に話して、間借りを懇願した。

教授とリエッタ
教授は素直な振舞いのリエッタには好感を抱いたらしく、自分の本音を吐露した。

「私も正直に言おう。書物を写すのは急がないが、私は老人で、とかく神経質だ。耳慣れない音と知らない人間が気になって、生活を乱される。だから部屋は貸せない」
「あなたは老人じゃないわ。とても魅力があるわ。魅力のある人は、どこか変わっているわ」

このリエッタの思い入れを込めた反応が教授の心を変えたのか、結局教授は、一年の契約で、二階の書斎をコンラッドに貸すことになったのである。


コンラッドに部屋を貸すや否や、教授宅に異変が起こった。

教授の留守中に、青年は部屋を改造して、階下を水浸しにしてしまったのだ。

夜遅く帰宅した教授はそのことを知って、慌てて青年の部屋にクレームをつけに行った。

「水が浸っている。建物が建っているのが不思議だ。狂気の沙汰だ」
「あんたは無断で入って来た」

そう言って青年は、教授に銃を向けた。

「撃たれたら?」と恫喝する青年。
「幸い生きている。なぜ壊したか、聞きたい」
「契約はまだだが、あんたが部屋の改装を許可したと聞いた」
「賃貸契約では、浴室を一つ増やせるだけだ。だが私は契約書に署名しない。損害賠償の請求書に署名する」

青年は、教授のこの強い拒絶反応に感情を荒げていく。

「いいか、賃貸契約書など紙切れに過ぎない。部屋は私のものだ。あんたに莫大な前金を払った」
「一年だけの賃貸契約だ」

教授にそう言われて、青年は初めて相互の認識の誤差を感じたのである。

「夫人と話して、はっきりさせて欲しい。夫人が違うことを言うはずがない」

青年は即座に立ち上がって、教授宅からビアンカ夫人に電話をかけた。

電話の向こうの夫人に、青年は声を荒げるばかり。代わって電話に出た教授に、夫人は釈明する。

「全部説明しますわ。誤解なんです」

教授から電話を取った青年は、夫人にその思いを吐き出した。

コンラッド
「君がどう思おうと、僕たちはもう終わりだ。侯爵夫人、クソ喰らえだ!」
「どういうことか、僕には分らない」

事情を知った青年は、教授のその言葉に静かに反応した。

「分るさ。金ができると汚くなる。人間が卑しくなるんだ」

そんな青年の反応の中にある種の誠実さを感じた教授は、彼に対して少し心を開いていく。教授が瞠目したのは、青年が教授のコレクションの絵画について造詣が深いという事実だった。

「変わった家だ。好きじゃないが、興味がある・・・悪いと思っている。あなたと話せて良かった」

青年の率直な言葉に、教授は青年に対する見方を改めたようだった。

まもなく、ビアンカ夫人が教授の家を再訪した。


彼女は二階の部屋の改造の一件を教授に責められて、激しく感情的に反発する。教授も強く反応した。相手は、娘のリエッタ。

「自分勝手でヒステリックだ。君たちは私を捲き込もうとしている。真っ平御免だ!」 

教授は眼の前の机を強く叩いて、その思いを吐き出した。思いを吐き出した教授はその後、リエッタに対して妥協的な提案をした。

「賃貸契約に署名して、部屋を元通りに戻すと約束するなら住んでいい。出て行くなら絵の分を払う。今ここで。どちらかを選びたまえ」

「私たちが間違ってたのよ。もう迷惑をかけないわ。階上のことはステファノに話して。でも浴室は改装するわ。今の大きさの倍にしたいの」

このリエッタの率直な反応に、教授は思わず吹き出した。

「違う言語で話しているようだ。とうてい理解し合えない」と教授。
「それが可笑しい?」とリエッタ。
「悲劇的だ。若者と接点が持てない」と教授。

そんな教授は、今や電話線も切ってしまっていた。電話をかけようとしたリエッタは、教授に嘆いた。

「これじゃ、世間とも“接点”が持てないわ」
「世間はどうでもいい」と教授。

そこにコンラッドがやって来て、教授との間で絵画についての会話が開かれた。

「実に興味深い」と教授。写真に撮られた一枚の絵を見ている。
「普通の風景がとは全く趣きが異なる。技巧を超え、樹木の描き方が同時代の画家と違う」

コンラッドの説明に教授は唸った。

「鋭い観察だ。美術史を学んだのかね?」
「好きだった」
「なぜ止めた?」
「時代のせいだ。68年だった。学生運動に飛び込んで、逃げなければならなくなった。やっと生き延びている」
「良かった。お祝いする。見落としてた。この絵は完全な証拠文献がついてる」

教授の中で、とうてい諦めていた若者の世代との接点が持てたことを感じた瞬間だった。

コンラッドに関心を持ち始めた教授は、たまたま青年がビアンカ夫人と睦み合っている現場を目撃した。勿論、教授の邸宅内でのこと。

事情を聞き知って困惑する教授
二人の関係については青年自身の言葉から既に聞き知っていたから、その場を遣り過ごそうとしたが、しかしそこで語られた夫人の言葉の内容に教授は慄然とした。

「彼が貸したがらないのを、私が説き伏せたのよ。彼が嫌がった改装もやってるわ。本当は買い取るつもりだったのに、あんたがぶち壊したのよ。疑い深くて、卑劣な男。あんたのためにしたことが恥ずかしいわ。バカだった。私はあなたを許さないわ」
「アパートなんていらない。どうして僕にくれたがる?」
「気が狂ったの?私を放してよ」とビアンカ。抵抗しているが、求めている。
「叫ぶがいい」とコンラッド。暴力的だった。

こんな会話を耳にした教授は、その後、四人の招かれざる客と共に食卓を囲んだ。

そこで教授は、自分の内面を少し吐露した。

「ギリシャの芸術家は海を眼の前にして、絶景に心を奪われながら、なぜ創作に精神を集中できたのだろう?私はいつも海を考えている」
「行くのね?」とリエッタ。
「行かない」と教授。
「気が散るのが嫌いなんだ。一人でいたいのさ」とステファノ。
「誰でもそう言うけど、本心は違うわ」とビアンカ。
「彼はいつも一人よ」とリエッタ。
「真実を言いなさい。謎めいた人ね。昔はハンサムだったでしょうね。今もよ。魅力があるわ。それなのに、なぜこんな生活をしているの?」とビアンカ。
「人間の中で暮らすと、人間を考えねばならない。巻き込まれて、苦しむ羽目になる。誰かが言っている。カラスは群れて飛び、ワシは一羽で舞い上がる」

いかにも教授然とした言葉を耳にしたコンラッドは、アイロニカルに反応した。

「だから聖書に謂う。孤独なる者に災いあれ。危うき時、助ける者なし」

これがコンラッドの別離のシグナルのようだった。教授が招いた晩餐の食卓に、遂に四人は現われなかったのである。

「きっと車が故障したんですよ。教養のある人たちが来ないはずがありません」

彼らに代わって弁明する家政婦に対して、教授は吐き捨てるように突き放した。

「彼らは教養などない。礼儀を欠き、愚かだ。人間のクズだ」

教授にとって、四人の存在は完全に異文化圏に棲む理解不能な人間のように見えるのである。



2  孤高を持するかの如き老人と、若者たちの宴との不協和



憤怒を露わにする教授
そんな連中が、再び教授の前に姿を現した。

一ヶ月間のヨット旅行を楽しんで来て、全く悪びれた様子がない。そんな中で、コンラッドは偶然、教授宅内に隠し部屋の存在を発見し、興奮していた。

若者たちに、教授はその由来について説明する。

「戦争中、多いに役に立った。何も見るものはない。部屋だけだ。戦争中、母がこの部屋を政治犯を匿うために作らせた。ゲリラやユダヤ人を。私は母の生活を知らない。母は戦前に死んだ。私は米国にいて、連合軍と一緒に戻って来た」

そんな教授の話に何かを感じたのか、コンラッドは「先生の頭の上で寝る」と一言放って、二階の自室に戻って行った。

「夫人は彼と同じ船室で、一ヶ月過ごして満足している」

上機嫌のコンラッドが去った後、ステファノは教授に言い添えた。

その晩、教授は階上で激しい物音を耳にして、コンラッドの部屋を覗きに行った。

コンラッドはその場に倒れて、呻いていた。事情が分らないまま、教授は青年を介抱する。

「誰にやられた?」と教授。
「見ていない。背後から来た」とコンラッド。
「私は一人の顔をよく見た。だが君は・・・警官を呼ばないでくれと言った。君は彼らを知ってるね。誰か確かめて、警官を・・・」
「止めて下さい!」

教授が警官に連絡しに行こうとするのを、青年は止めた。

「だが警官を呼ぶのが、私の義務だ」と教授。

「止してくれ。警官を呼んでも無駄だ。恐らく捜査もしない。犯罪が多くて手が塞がっている。殺人、レイプ、強盗、ストライキ、デモ。僕の唇が裂けても気にしない。僕の名を書き留めて、それで終わりだ。警官は取り上げない。だが僕の名に気がつく記者がいるかも知れない。新聞にこう書かれる。“被害者は夜の遊び場の常連。右翼の大物プルモンティ夫人の愛人”、分るでしょ?・・・」

それでも警官を呼びに行こうとする教授を、青年は必死に止めた。教授は青年の思いを受容したのである。

コンラッドを介抱する教授
「今夜はここにいたい。二階に上るのが怖い・・・」
「ここで休養するといい」
「傷を受けるのは恥だ。殺されるのなら顔が立つが、これでは笑われるだけだ。“ぶん殴られたんだってさ”ってね・・・」

初めて見せた青年の素顔の一端に触れて、教授の中で何かが変わっていく。彼を必死に介抱する老人。介抱を求める青年。

その青年が、孤高を持するかの如き老人に弱音を吐いている。

「あなたは僕を臆病者と?きっと、そう思う。恐怖を感じたことは?」 
「勿論ある。戦争に行ったが、怖かった。多くの恐怖を体験した。職を捨てたときが一番怖かった。人生を再び始めるのも怖かった」
「職って?」
「教授だった」
「最初会ったときから、教授だと思ってた」
「私は思う。進歩の代償は破壊だ。近代科学は中立であり得ない。目的を持たねばならない。私は科学技術が奴隷制度を生むのを見てきた。現実を考える限り・・・」

教授はそうレクチャーしたとき、青年はもう疲労のため就眠していた。教授は静かに自分の部屋を後にしたのである。神経が参っている青年に、教授は過去に感じたことのないような思いを抱いたようだった。

しかし、一人になった教授は、昔のことを回想しながら、現在自分の身の回りで起きている出来事に対応できない苛立ちを隠せないのだ。

翌日になって、すっかり心の健康を回復したかのようなコンラッドが、教授の元にやって来た。彼は自分を襲った連中たちが本当は何者であるかということを教授に話そうとするが、教授はそれを受け入れなかった。

それでも若者は語りを止めなかった。

「昨夜、僕の身の上を話したが、あれは事実だ。小さなことから逃れようとして深みに落ちた。人間が変わった。昔は・・・今は皮肉な見方をするようになった。関心を引く全てをね。今日は眠らなかった。あなたが歩き回るのを聞いていた。頭の中で。あなたに僕のことを話し、助言を求めた」
「私は何も助言できない。君の若さと知性が教えてくれる」
「脱出の方法を?そうさ、口で言うのは簡単だ」
「君の食べ物を持って来よう。私は寝る」

教授は突き放したように、青年を部屋に置き去りにした。

教授はベッドの中で、若き日の妻のことを回想している。

「あなたに助けて欲しいのよ」

亡き妻は、そう言ったのだ。

追憶する教授
教授がそのとき、どのような状況に置かれていたかを、映像は全く伝えない。

そのとき、教授の耳にカンツォーネの音楽が聞こえてきた。三人の若者が全裸になって踊っているのだ。

“美しき者は追い求めよ 少年も少女も熱く抱擁せよ 躊躇(ためら)ってはならない 人生は短い 本能の赴くまま求め合え 墓場に快楽は求めえぬが故に”

リエッタは、オーデンの最後の詩と教えられた言葉を繋いでいった。若者たちの宴の中に入って来た教授に向って、リエッタは言い放つ。

「私たちの人生はゲームよ。気分の赴くまま。先生の若いときも同じでしょ?」
「違う。全く違う」
「そんなはずないわ。楽しんだはずでしょ?金持ちでハンサムだもの。どんな青春?」
「青春?・・・学問をして、旅をして、戦争に行き、結婚した。結婚は破局。気が付いて周囲の人々を見回したら、違う世界の人々だった」
「我々はそんなに離れてませんよ」とステファノ。
「いや、先生が正しい。社会の現状を見てみろ」とコンラッド。

その言葉を遮るように、リエッタは先生の「過去と現在」について尋ねた。

「現在?今の私は老人だ」
「止めて。先生は老人じゃないわ。先生はとても魅力的よ。私はそう思うわ」
「私はそう信じない。私を君の立場に置けば分る。眼の前に近づく顔は、もう若くない男の顔だ」

教授の頬にキスしようとするリエッタを、教授は制した。

「私を喜劇の登場人物にするつもりか?女に裏切られる老人だ。私に似合うのは『リア王』の愛だけだ。父の子たちへの愛だ」
「先生には無理だ。子供がいない」とステファノ。
「でも、先生は最高の父親よ。分ってる?誰かが間違って私を妊娠させたら、ベビーを生んで、先生に上げるわ」
「余生が短い。年長の子供が欲しい。私の知識を伝えられる子を」
「コンラッドを養子にしなさい。インテリで、ハンサムで風格があるわ。妙な金儲けさえ止めれば完全よ。コンラッド、あなたは養子よ。覚悟しなさい。先生、お金がかかるわよ・・・」

リエッタのジョーク交じりの提案に全く反応しないコンラッドは、自分の行く末をはっきり決めたかのように言い切った。

「これからミュンヘンに発つ」

翌日、教授の家を警察が訪ねて来た。コンラッドの件についてである。

彼は国境の不審尋問にあって、身柄を拘束されたのである。

その際彼は、教授の名を言って、身元保証を依頼したのだ。教授は警察で、コンラッドが麻薬に関係している罪状を聞かされて、翻弄されるだけの自分に苛立っていた。その苛立ちを、教授はビアンカとその娘に吐き出した。

「彼はそんなに悪い人じゃないわ」

リエッタ
コンラッドを弁護するリエッタ。

「分らん。コンラッドを非難すべきか・・・」
教授はそう言った後、リエッタを横眼で見ながら、眼の前のビアンカを難詰する。

「問題は君の母が、彼を無意味な人間と思いながら、彼に娘を預けていることだ。呆れる」
「責められる筋合いはないわ。ご心配なく、先生。リエッタに危険はないわ」

ビアンカは反駁する。

「私はその反対の証拠を見た。その話は止すが、私の義務として・・・」
「私が幻想を抱いていると?幻想なんて抱いてないわ!」
「それこそ口実だ。言うことはこれだけだ」

教授はそれだけを言い残して、立ち去った。



3  「最後の晩餐」の長く激しく、魂と肉体のバトル



まもなくコンラッドが釈放され、彼の釈放を祝うための晩餐が、教授の邸宅で開かれた。そこに集まったのは、例の三人の若者である。

会話の中心は、ステファノとリエッタの恋人同士。そこに教授がときどき加わっていく。

会話の内容は決して明朗なものではなかった。「最後の晩餐」の長く激しく、魂と肉体がぶつかり合う大人たちのバトルの幕が開かれたのである。

会話の始まりには、まだ柔和な色彩があった。

「食事は終わりです。もうすぐ我々を追い払えます・・・先生は我々を呼びたくなくなかったんだ。リエッタが無理に・・・」とステファノ。
「違うわよ」とリエッタ。
「私の考えだ」と教授。
「なぜ黙ってるんだ?」とステファノ。
「だって何だか気分が沈んで。5分毎に新しい悲劇が起こるのよ」とリエッタ。

「どこでも同じだ。今日、久し振りで家に昼食に戻った。だが最悪さ。父の工員が一週間ストをしていて、父と兄が話をしない。父はただ黙ってデスクに座ってる。先生のように。だが、先生は工員がいない。マルキストを気取ってる息子もいない。絵の中の人間だけだ。静かな人間に取り巻かれている。先生は皆好きなのですか?」

ステファノの辛辣な問いに、教授は率直に答えていく。

「好き嫌いがある。好みも変わる・・・」 

教授は絵画の中の家族の物語を、まるで生きている人間のように語っていく。

「この家では誰と喧嘩を?」とリエッタ。
「どの一家?君たち一家か?君たち全員と、もう充分にやった」
「もう終わって仲直りよ」
「老人というのは奇妙な動物だ。愚かで、狭量で、自ら孤独の恐怖を作り、その脅威から必死に守る。私はそんな衝動を覚えて、今夜君たちを招いた」
「良識が戻ったんですね」とステファノ。
「変わるときがきたのよ。先生の孤独はなくなったのよ。私たちもここが大好きよ。またここで食事するわ」
「家族が生まれたんだ」
「そうよ。ママが中央に座るのよ」


「最後の晩餐」
このとき、ビアンカが入って来た。擬似家族が誕生した瞬間である。

教授も、この日だけは陰鬱な表情を見せなかった。

「父ができて良かったわ。実の父は発ったわ」

ビアンカはそう言って、素直に「家族の団欒」の中に入って来た。

「パパが?」とリエッタ。

この後、母と娘の会話が続いた。

「空港に送ってったわ。近頃の空港はまるで墓場だわ」
「なぜ空港まで?」とリエッタ。
「自分でもよく分らないわ。悪夢のような晩よ。お前のパパは少し可笑しかったわ・・・」
「パパはどこへ行ったの?」
「政治情勢が緊迫しているので、姿を隠すんですって。どんなことか知らないけど、でもパパの口実に決まっているわ」

晩餐が終わって、五人はコーヒーブレイクの時間に入っていく。

そこでの会話も、人生のリアリズムを繋ぐものであった。

感情を噴き上げるビアンカ①
ビアンカは空港まで送っていった夫から、コンラッドと別れることを命じられたと言うのである。

「コンラッドに求婚された覚えはないわ。そうでしょ?」とビアンカ。
「そんなことはない」とコンラッド。
「ありがとう。でも返事はノーよ。結婚は家族を作るため、離婚は自由のためよ」
「再婚する自由?」
「いいえ、ただの自由よ」
「本気かね?」
「勿論よ。彼は変ね」
「なぜ、私と結婚しない?」
「もう、止せよ」とステファノ。

険悪な空気を感じ取っていた。

「私が言おうか?」とコンラッド。
「私が自分で言うわよ。あなたと結婚しないのは、あなたが私より12歳若くて、結婚に向いていないからよ」
「結婚に向いていない?」
「少しも楽しくないわ」
「楽しませる気はない」
「酔ってるわ。飲み過ぎたのよ」とリエッタ。
「僕は酔ってないし、この女とは結婚しない。バカげている。僕は僕だ。君たちとは違う。誰にも僕を笑わせない」
「誰も君を笑ってない」と教授。
「あなたは違う」と言った後、コンラッドはビアンカに向って詰問した。
「なぜなのか、言って欲しい。あなた方の社会のルールによると、なぜ僕は結婚できないのか?」
「一体、どうしたというの?」
「生まれは関係がない。何をしていたかが問題だ。囲われ男。不正取引。それが問題になる」
「そうよ、それが問題よ」
「僕が社会的に成功していないからだ。僕は今でも、レディが自慢して連れ歩く愛玩用の犬だ。その挙句、追っ払われる。食べ物を盗み、人間を噛んで・・・」
感情を噴き上げるビアンカ②
「聞きたくないわ!そんなこと、嘘よ」とビアンカ。
「止めてもらいたい。資本主義社会の攻撃は聞き飽きた。そんな社会は、もう存在していない。あんたが騒ぎ立てることないんだ」とステファノ。
「だが、存在している。いっそう危険な形で存在している。偽装した形で・・・」と教授。
「先生がそんな!」とステファノ。
「私は反動派ではない」と教授。
「そうかな。それも偽装だ。知識人は皆、左翼を気取っている。だが幸いなことに、生活や行動に現われない」
「私の世代のインテリは、政治と道徳のバランスを求めようとした。不可能なことを・・・」
「それで、彼らは満足している。魂が政治的に悩むわけではない。彼を紳士として生かしてくれている社会を、どうして憎める?」

「そうだ。タキシード姿で裏口から入っても、何の意味もない。僕が初めて立派な邸宅に上がりこんで、ある奥方のベッドに入ったとき、君のように美しい女じゃなかったが、ノドが詰まり、涙が零れた。僕は夢中でその女を抱いた。僕はその世界に留まろうとした。僕がそこで覚えた生き方を君たちは恥じているが、君たちの生き方も同じだ。利害しか考えない自分に、美しく響く名をつけて、紳士を気取っている。そんな奴らこそ、平気を殺す悪党だ!僕がもし、君の夫が姿を隠したのが、共産党内閣打倒を企て閣僚暗殺に失敗したからだと言えば、君も恐らく驚くだろう」

コンラッドは長広舌を振るった。

その表情にはギラギラした瞳だけが浮き出ていて、際立って攻撃的だった。

「驚かないわ。あなたが、どうかしてるのよ!私の主人は実業家よ。当然、右翼よ。左翼の実業家がいる?いるはずないでしょ。主人ははっきり右翼だと言うわ。堂々とね。それだからって、主人が犯罪組織と・・・」
「確かに通じている。ステファノに聞きたまえ。知ってる」とコンラッド。
「バカな!」とステファノ。
「レディの愛玩犬は、鼻が鋭い」
「分ったよ。鼻を役に立てるんだね。いざというときに役に立つ。警察が来てドアをノックしても、あんたは騒がない。国境で捕まって、翌日釈放だ。密告と中傷には“保護”がある」
「もう止せ!」と教授。
「中傷ではない。私は密告した。後悔していない」
「先生は許すのですか?」とステファノ。

彼はその瞬間、コンラッドに殴りかかっていった。コンラッドも殴り返した。それを教授が。

必死に止める教授の怒り
「口汚く罵りあうのは許せない!」
「待って下さい。彼は自ら発言した。僕が補足したい。先生は彼が生きている世界を見ることができた。取引のことで。彼の唇を裂いた奴がいた。あの仲間たちのことを彼は話すべきだ!」

ステファノは、コンラッドの襲撃事件の真相を話そうとしたのだ。

コンラッドはステファノに殴りかかり、再び教授が止めに入った。


「獣のようにいがみ合うのか!君たちは愛し合っていたのではなかったのか?」
「愛し合っていたって?そうだ。我々はいつも一緒だ。一緒に食い、語り、笑い、セックスする。だが楽しみが終われば、皆自分の道を行く」

コンラッドのこの辛辣な言葉に、ビアンカは反応する。

「そうよ。自分の道を行くのよ。別々の道を」 

その言葉に、コンラッドも反応する。

コンラッドの自立宣言
「皆が賛成なら私は出ていく。それで先生は幸せになる。そうでしょう、先生?」

今度は教授が反応する。その表情は暗鬱に満ちている。

「ひどいことを言うな」
「僕は取り消しも謝罪もしない。食事をありがとう。彼らとは関わりになるな。ファシストの道化者に関わっていると、とんでもない怪我をする。辛いね」

コンラッドは、最後の言葉をビアンカに向けた。

「すぐ忘れるわ」
「君はいつもそうだ」
「この年では辛いと思うけど・・・」とビアンカ。

コンラッドは、屋敷から出て行こうとした。

「どこへ行くの?私も一緒に行くわ」とリエッタ。

コンラッドは「ノー」と一言放って、部屋を出て行った。

「私は彼に尽くしたわ。高級服、旅行。私の生活の一部だった。やり方が間違っていたとしても尽くしてたんだわ。愛しているからよ」

ビアンカは静かに言葉を刻んだ。

「彼に悪かったわ。彼を使用人のようにクビにしたのよ。先生は何なの?彼に背中を向ける権利はないわ。先生にはないわ」

リエッタは嗚咽しながら、言葉を刻んだ。教授に対する批判も加わっている。

「何も罪を着る必要はない。僕がこれから追い駆けて行って、許してもらってもいい」

ステファノは、婚約者をフォローする言葉を刻んだ。

「彼は誰も許すべきじゃない。特に私を。夫人が私に会いに来て、部屋を借りたいと言ったとき、私は断った。私の知らぬ人々に囲まれて、邪魔をされるからだ。全ては私が考えていたより、悪く運んだ。これほど始末に悪い間借り人は、他におるまい。

だが、私は考えた。

リエッタ
リエッタが言ったが、家族と思えばいい。どういう結果になっても受け入れられる。私はこの家族のために役に立ちたいと思い、思いがけないことになった。

私がベッドで読む本がある。時々、読み返す。間借り人の話だ。彼は二階の部屋に住んでいる。作者は間借り人が、部屋を歩き回るのを聞く。突然、彼が消えて、長い間何も聞こえない。だが、彼は戻って来る。次第に不在が稀になる。いつも部屋にいる。彼は死だ。人生の終わりに達したということが、一つの形となって彼に伝えられたのだ。

君たちが上に住み、これと反対のものを私に与えた。紛れもない事実だ。君たちは私を眠りから覚ました。深くて、感覚がなく、何も聞こえない。死そのものから・・・」

教授はそこに残った三人に向って、その思いの丈を言葉に刻んだ。

教授の長い話に合わせるかのように、映像は初めて、教授のコレクションである「カンバセーション・ピース」の一つ一つを映し出していった。

まもなく、教授の元にコンラッドからの手紙が届いた。

「残念ですが、もう私たちが会うことはないでしょう。あなたの息子コンラッド」

その短い文面を読み終えたとき、階上から爆発音が聞こえた。動揺する教授が二階に上がったとき、そこに爆死したコンラッドの死体が無残な姿を晒していた。

教授はコンラッドの死体を担いで、ソファの上に寝かせた。教授の息は荒い。追い詰められた者の心境の極みに置き去りにされていたのである。



4  世俗との僅かな繋がりを断ち切るように、昇天を果たした孤独な老人へのレクイエム



まもなく、教授は重い病を患って、死の床に横たわっている。

そこにビアンカが、娘のリエッタを伴って、教授を見舞いに来た。

「・・・私としては、こんなことになって残念よ。コンラッドは、自殺することで最後の言葉を伝えたのよ。私たちを永遠に罰するなんて残酷だわ。でも、彼が学べなかったことがあるわ。私たちは彼を忘れるわ。私たちは忘れるわ。彼はこの強(したた)かな処世術を学ぶには、若すぎたのよ。悲しみなんて、いつまでも残ってないわ・・・」

ビアンカがそう言って去った後、リエッタはベッドに横たわる教授の元に寄って、母の言葉を否定するような表現を刻んだ。

「さよなら、先生。ママを信じちゃダメよ。彼は自殺じゃないわ。殺されたのよ。彼を少しでも信じたのは先生だけよ。彼が死んでも見捨てないで。さようなら・・・」

リエッタが去ったその部屋で、一人の老人は死の床にあって、その孤独の極みに両手で顔を覆い、呻いて見せた。

人間の気配を殆ど失ったその狭い空間の中で、衰弱した老人の肉体はもう、世俗との僅かな繋がりを自ら断ち切るようにして、まるで一つの意志を刻むように、それ以外にない世界に戻っていった。

昇天を果たした孤独な老人へのレクイエムが、ゆったりとした律動で静謐な映像を支配していく。


*       *       *       *



5  暴力的に作られた「状況」の中で



この映画は室内劇である。

室内劇にすることによって、映像で表現したいものの純度を高めたいという作り手の狙いもあるが、それ以上に、この映画それ自身が室外描写を必要としない作品であることと多いに関係するだろう。

なぜならば、本作で中枢的に描かれた主人公が、室外世界で「状況」を作り出せないからである。

本作の主人公である教授は、一応教授としての肩書きに見合った仕事を、室外世界でそれなりに果たしていただろうし、そこに多少の振幅に富んだ事象が絡みつくこともあっただろう。

しかし、それは恐らく、判で押したような日常性のカテゴリーに含まれる何かであって、決して「状況」と呼べる個性的で、そこに重大な理性的判断が求められるような切実な時間の媒介ではないに違いなかった。教授は「状況」を作り出せないし、作り出すつもりもないかのようである。

そんな教授にとって、その自我が拠って立つ安定の基盤はどこに求められるのだろうか。それは彼の心身を安寧に埋めることができる、ローマの中心部に構える彼の豪邸の世界であるだろう。

彼はそこで何をしているのか。

「カンバーセーション・ピース」、即ち、「家族の肖像」をモチーフにした、18世紀の英国画家たちの手による絵画のコレクションに熱を入れ、それを日毎に鑑賞する趣味を通して、内面的充実感を手に入れていたのである。

家族を持たず、家政婦と長く同居するだけの孤独な世界の中で、彼は絵画鑑賞にその思いの全てを預けているようなのだ。

「家族の団欒」を描いた世界は、当然の如く、有機的な存在性を全く持たない。

それでも彼は、絵画の中の人物を眺め、しばしば対話し、時間を超えた虚構なる異文化クロスを繋ぐのだ。それは紛れもなく、幻想の世界である。

彼はその幻想の世界にのみ、その自我を深々とクロスさせ、そこで何某かの内面的達成を図っているかのようだった。

そのまま時を重ねていけば、教授の人生には何も起こらないだろうし、また起す必要もなかった。

幻想の甘美な世界に細(ささ)やかな喜びを見出し、特定的に確保された内面的時間の中に頑なな日常性を繋いで、なお繋いでいった果てに自己完結する人生。極めて贅沢で貴族的な人生だが、そんな人生があってもいい。

人の人生は様々だし、固有の軌跡と振幅の中で、それぞれの人生をそれぞれが愉悦する。それもまた良い。教授の人生もまた、彼なりの固有の色彩を放って、その変わらぬ貴族的な日常性の内に、人知れず閉じようとしていたかのようであった。

しかし人生は、しばしば予測し難い展開を刻んでみせる。

そしてその予測し難さが、当事者の了解的文脈の中で処理できない事態を招来することがある。好むと好まざるとに拘らず、その予測し難い事態の出来に対して、十全に対応できない自我が晒されるとき、その自我はいたずらに事態の只中で翻弄され、しばしば甚振られ、自らが望まない場所にまで誘導されて、そこで置き去りにされることすらあるだろう。人生は、まさに一寸先は闇なのである。

本作の主人公もまた、そんな事態に捕捉され、存分なまでに翻弄され、残酷なまでに置き去りにされてしまった。

「状況」を作ることから回避するかのような文化世界の、極めて限定的な時間の内に身を預けていた教授は、ある日唐突に、際立って対照的な異文化の侵略に遭遇し、身勝手極まる振舞いを恥じない者たちの闖入によって、その自己完結的な日常性が寸断され、蹂躙されてしまったのだ。「状況」がそこに作られてしまったのである。自我の安寧のバックグラウンドになっていた、城砦のような家屋空間それ自身が、「状況」の拠点になってしまったということだ。

殆ど、暴力的に作られた「状況」の中で、教授は全く為す術がない。闖入者たちとの言語的クロスが成立しないのだ。

四人の闖入者の中で、教授に対して表面的に折り合うことができた娘は、教授の外見の魅力を強調するばかりで、内面的な言語クロスの畔にまで辿り着くことは決してなかった。

教授は自らの趣味の弱みに付け込んで侵入して来た者たちを、「無教養で、愚か者」を吐き捨てるが、彼らを追放する権力を行使できず、結局事態の流れるままに受容する以外になかった。

教授という人間の無力さが無残なまでに映し出される映像は、しばしばマゾヒズムの様相を呈するほどだったと言えるだろう。



6  「絶対の秩序」の室内空間が、「祭り」の場に変容する「状況」を作り出してしまったとき





教授を侵略した者の異文化の体臭には、何よりも危険な香りが満ちていた。

それらは「性」であり、「暴力」であり、「祭り」であり、「ドラッグ」であった。


夫人と美青年との愛欲の歪みがそのまま屋敷に持ち込まれたり、美青年が襲撃されたりして、遂には爆殺(?)されるに至る。

その青年はまた、麻薬付けの身体性を晒していて、警察に捕捉され、その身柄を保証する役割を教授自身が演じることになる。

室外世界にも「状況」の稜線が伸ばされていく不幸に、教授自身翻弄されるばかりなのだ。

そしてまた、三人の若者が全裸で踊る宴は、まさに、「絶対の秩序」の象徴でもあった教授の室内空間が、「祭り」の場に変容する「状況」を作り出してしまったことを意味するだろう。

「性」、「暴力」、「祭り」、「ドラッグ」というキーワードが内包する劇薬は、秩序や規範、体制というものを内側から壊しかねない非日常の刺激を存分に含んで、それ自体危険極まりない要素となっている。そしていずれもが、「死」や「非生産性」というものと繋がる劇薬性を内包するから、常に時の権力は、それを法の縛りで固め上げていくのである。

そんな劇薬が、教授の偽善的な貴族性を撃ち抜いてきた。

教授自身は劇薬と身体的に絡むことがないのに、娘の次の一言は、教授の内面の欺瞞性をアイロニカルに突いていた。

「私たちの人生はゲームよ。気分の赴くまま。先生の若いときも同じでしょ?」

当然の如く、この殆んど定番的な、抑制の効かない青春の児戯的な常套句を、教授は全く受容しなかった。

「学問をして、旅をして、戦争に行き、結婚した。結婚は破局。気が付いて周囲の人々を見回したら、違う世界の人々だった」

教授のこの反駁は、その内側に矜持を含ませる者の批判的なメッセージでもあった。

しかし、決して「状況」を作り出すことをしない教授の欺瞞性の本質を、作り手は自嘲を込めて曝け出しているようにも見える。教授は絵画の中の幻想の世界に遊ぶことはできても、その絵画に描かれた者たちの生活の真実や、その背後に潜む人生の厳しさについてその想像がどこまで及んでいたか、確かに疑問の残るところであった。

「人間が抱えている問題こそ、人間が生み出す作品より大切なのに、彼はそれを認めない点に於いて罪ある人間だ」

ルキノ・ヴィスコンティ監督①
これは、ヴィスコンティ自身が語ったとされる有名な言葉である。

明らかに、貴族出身のヴィスコンティは、「状況」を最後まで作り出そうとしない教授の人生の欺瞞性に対して、多分に批判的な思いを重ねていたに違いない。

しかし教授の人生を、更に言えば、その出自と階級の既得権益性に浸かった生活の内実を、それ自身のあり方によって、一体誰が批判することができるだろうか。「状況」を作り出さず、絵画を集め、それを眺めるだけの生活を、果たして誰が批判することができるだろうか。

現実から逃避することが、それほど罪深いことなのか。

既に与えられた豊かさを、その人なりのサイズ感覚で生きていくことが、それほど罪深いことなのか。教養ある知識人が幻想の世界で遊ぶことが、それ自体なぜ背徳的なことであるのか。

―― 因みに、「教養ある文化人」という「社会的役割」を演じて生きることは、常に「状況」にポジティブに関わり、寧ろ、それを主体的に作り出すための努力が無前提に求められるという把握それ自身が、既に過剰なまでに幻想であり、しばしば傲慢ですらあるだろう。

何より、メディアを介して奇麗事の言辞を吐き下すだけの知識人こそが、遥かに欺瞞的であり、しばしば有害ですらある。そんな「進歩的文化人」の声高の戯言に付き合わされて、無理にラインを合わせていこうと努める非武装なる青少年たちにとって、それ自体、あまりにハイリスクな選択を強いられることになると言えないだろうか。

「人間の能力は無限である」などという、散々ありもしない夢物語を語らせられて、それをハイリスクな身体投入によってなぞっていった果ての、悲惨なる現実に翻弄される人生を、全て「自己責任」の名に於いて請け負っていくには、彼らの免疫力の自我武装が貧困過ぎるとは言えないか。



7  教授を弾劾する者の観念的文脈の、その化石と化した理念系の暴走



ルキノ・ヴィスコンティ監督②
ともあれ、作り手自身はインタビュー等で主人公の生き方を批判的に語っているが、映像を見る私の中に入り込んでくる教授の人生の悲哀と孤独は、それを覚悟した者の必然的逢着点のようにも見えるのだ。

そして、そこに映し出された男の人生を思うとき、その内側にプールされた悔悛や懺悔、加えて遂に手に入れられなった母への慕情の念など、老境の際で澎湃する感情を、念じるままに受け入れようとする心境が、純度の高い映像の内に記録されていて極めて感銘深いものがあった。

「老人というのは奇妙な動物だ。愚かで、狭量で、自ら孤独の恐怖を作り、その脅威から必死に守る」

これは、「最後の晩餐」に際して教授自らが語った言葉。

彼はもうそれ以外にない人生を送ってきてしまっていて、その人生に対する自分なりの完結を果たそうとしている。そんな括りを見せる言葉でもあった。

教授は一人の青年の中に、一時(いっとき)父親代わりの役割を果たし、彼なりに献身的に動いて、そこに自分の言葉を添えていく。青年との間に特有の文化世界での言語クロスが可能になって、世代間の乖離を越えて、彼なりの身体投入を惜しまなかった。

愛欲とドラッグ、悪銭にまみれた青年の反逆精神は、殆んど世俗の沼に搦(から)め捕られていて、かつての政治的挫折の陰影を、その身体表現の随所で垣間見せているが、既にニヒリズムの妖しい幻惑に掬われているようでもあった。

そんな青年を教授は理解しようと努めるが、結局は何も分らない。

世代間のギャップでもあり、生活レベルの落差であるかも知れない。それ以上に、相手を理解しようとする態度の問題でもあるだろう。

自分の城砦にこもる教授には、それは初めから無理なテーマであったのだ。

教授の能力の臨界点を超えて、その城砦に侵入してきた青年自身の野心や反逆のメンタリティこそ倣岸であり、暴力的であり過ぎたのである。

そんな把握も充分に可能であると思う分、私は教授の老境の孤独の晒し方について、深々と胸打たれる感懐を抱くのであろうか。

それ以上に、教授を弾劾する者の観念的文脈の、その化石と化した理念系の暴走をこそ、私は厭悪(えんお)して止まない者なのだ。



8  老境無残――「状況」に捉われて、噛まれて、捨てられて



映像で描かれた物語の真実は、最後までカオスの森の中にある。

本作が教授の視界で捕捉された事象を追う限り、カオスがクリアにされる日は来ないであろう。

教授自身が何も理解できないという突き放され方の、その凄惨な様態の先に待つ時間は、老境の際にある者の壮絶なる孤独の現実である。

遂に教授は、その死の床に於いて、老境の孤独の極みの中で呻いて見せた。

恐ろしいほどのラストシーンであった。

それは、恐ろしいほどの弾劾的な描写のようにしか見えなかったが、作り手がそこに、なお寄り添う誠実さを刻んで見せていたかどうか、私は知らない。

それでも教授の呻きが、教授の孤独の極みとは明瞭に切れていた作り手の中の、その奥深いところになお潜む、ある種の柔和なシンパシーのように見えなくもなかった。

それも私は知らない。知りようがないのだ。

然るに、以上の言及から、作り手がどうのように意図したものであろうとも、私は本作のテーマを、思わぬ闖入者によって作られた「状況」に翻弄された、孤独な老人の悲哀であると考えている。

従って、私は本稿のタイトルを、「老境無残――『状況』に捉われて、噛まれて、捨てられて」という、圧縮された文脈で把握することにした次第である。

 
【本稿の幾つかの画像は、ブログnozawa22より拝借致しました。感謝しています】 

(2006年10月)

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