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    1 日前

2008年12月21日日曜日

名画短感⑦ ペレ('87)



ビレ・アウグスト監督



1  プロレタリア・ムービーという枠内に収まらない一級の人間ドラマ



60年代から70年代にかけて映画を貪っていた青春期は、やがて実社会の苦労の中で貪る対象を不在にするほど、地続きの時間を繋げなくなっていた。

そこに、15年間ほどの空白が生まれた。

ある種の文化砂漠のような私の日常性の中に、たまたま借りた一本の映画ビデオが、まるで出会いを待っていたかの如く、唐突に浸入してきた。

それが「ペレ」との出会いであり、私の映画放浪記の第二の始まりだった。

壮年期に入っていた私に、「ペレ」は今まで味わったことのない底深い感動をもたらした。その作品は、プロレタリア・ムービーという枠内に収まらない一級の人間ドラマだったのである。



2  「パンにバターを塗って食べる生活」を求めた父子の悲哀



それは、スウェーデンが信じられないほど貧しかった十九世紀末の話。

「祖父と孫」の関係かと見紛うほど、年の離れた父子が、「パンにバターを塗って食べる生活」を求めて、海を隔てて対峙する大国、デンマーク王国の領内にあるボーンホルム島に、移民船に乗って旅立った。

しかし下船後、忽ち二人は厳しい現実に晒される。見るからに、ひ弱な二人を引き受ける雇い主がいないのだ。

ようやく、最後まで港に残った二人を、「石の農園」の管理人が渋々拾っていった。

夢にまで見た、デンマークの移民生活の始まりである。

だが、二人に待っていた現実は余りに苛酷だった。

父子に与えられた家はなく、牛舎の片隅で暖をとる生活の凄惨さは、少年ペレの心に、移民生活の実態を忽ちのうちに刻印することになる。

それは、労働力として殆ど価値を持たない父子が、宿命的に負わねばならない現実だった。

1988年のカンヌで、パルム・ドールを制したこの映画には、遣り切れないほど暗いエピソードが詰まっている。

しかし、様々な辛い現実の体験を通して、一人の少年の成長を描くこの作品の凄さは、徹底してリアルに、思春期前期の危うさや卑屈さを、感傷を排して描き切ったところにあった。

移民であるが故に虐められることが多かったペレが、一人の知恵遅れの少年を打擲(ちょうちゃく)するシーンがある。その子もまた知恵遅れであるが故に、村の皆から馬鹿にされていた。

あろうことか、ペレは友だちでもあったその少年に、「お金をやるから叩かせてくれ」と頼み込み、その了解を取って少年の裸の尻を繰り返し、本気で叩き続けたのである。

全く手を緩めることのないペレの暴行に、少年は、僅かな金のために歯を食いしばって耐え忍ぶのだ。

「酒は自由に飲める。子は働かなくていい」という父の夢物語が、無残に砕かれていく日々の中で、ペレの心は、どこかで少しずつ、眼に見えるような歪みを生み出していたのである。

「石の農園」
その歪みは、ペレの本来の性格の良さ、例えば、向上心、勤勉さ、素直さや優しさなどによって、思春期の確かな自我形成を通して充分に修復され、克服されていくだろう。

しかし、友だちの尻を叩くペレの内面世界の現実は、自分より弱い立場に置かれた者に向かって、飽和点に達しつつあったストレスを発散せざるを得ない、卑屈な一面を存分に晒していたのだ。

それは、本作の最も印象に残るシーンの一つであった。



3  「流氷の雪原」という、殆ど予約された苦難の人生を走り抜けていく少年



常に心が清く、気高いまでに仮構された、ピュアな少年像に馴致させられてきた私たちには、主人公の卑屈さをも描き出すアウグスト監督の、厳しく真摯な演出に新鮮な感動すら覚えるだろう。

そう言えば、ベルギー映画の「八日目」(ジャコバン・ドルマル監督)には、ダウン症の主人公が、同じ障害を持つ女の子に性行為を迫る描写があった。

このシーンの導入によって、ダイレクトに予約されたはずの感動が思いのほか削られたという、まさにその一点において、この映画に眉をしかめた人も少なからずいただろう。

しかし、性欲を持つ障害者を描いてどこが悪いのか。

こういう描写から逃げない北欧の監督に、私は寧ろ親近感を持つ。

少年ペレの心の歪みや卑屈さを描くことによって、些かエピソード過多なこの映画は、主人公の少年の内面の振幅を、丁寧に映し出すことに成功したのである。

「僕は世界に出て行く」

これがこの映画の主人公の最後の言葉だった。

ペレは老いた父と別れて、どこまでも続く雪原の上を、まるで跳ねるようにして走り去っていく。

老いた父には、もう人生の冒険に向かう勇気がない。

しかし、ペレの中で最後まで削られることがなかった、艱難(かんなん)なる未来の扉を自力で抉(こ)じ開けんとする、生来の冒険心と向上心。

これが、ペレを世界に向かわせたのだ。

そして、農園での単調で希望のない生活を、少年に捨てさせたのである。

ビレ・アウグスト監督
少年が雪原を走り抜けていくラストシーンは、当然の如く、少年の今後の苦難の人生を充分に予想させるが、その描写が想像以上に、観る者に余情を残す映像的効果を大いに高めていったであろう。


その余情が、恐らく私をして、「ペレ」を「忘れがたい名画」にさせた最大の要因であるに違いない。

流氷の雪原は、殆ど予約された苦難の人生そのものであり、だからこそ少年は、この厳しい自然の造形物の上を、跳ねるようにして進んで行かねばならなかったのだ。             


(2006年1月)

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