このブログを検索

マイ ブログリスト

  •  「包丁侍」 ―― その真骨頂の凄み - [image: イメージ 1] 「硬直した階級社会」と決めつけられる江戸時代にあって、能力主義が導入され、身分の低い幕臣でも有能であれば、昇進することを可能にする画期的な制度が導入されていた。 江戸幕府・8代将軍吉宗が導入した足高(たしだか)制が、それである。 1723 年(享保8年)のことである。 ...
    13 時間前
  • アジサイはアートである 「我が町・清瀬」2017初夏 - アジサイを接写していると、色相のグラデーションの鮮やかに驚かされること頻りである。 だから、毎年、初夏になったら「我が町・清瀬」で写真を撮る。 この一期一会の思いでアジサイを観賞していると、アジサイが一つのアートであることを実感する。 アジサイはアートなのだ。 時々刻々に変色していくアジサイは...
    1 か月前

2008年12月10日水曜日

キクとイサム('59)    今井正


<明治女とガキ大将の突破力――「差別の前線」を突き抜けて>  



序  シニカルなスタンスで処理できない映像



黒人米兵との間に生まれた二人の孫と、その将来を思いやる祖母との交流を、厳しいリアリズムで描いた今井正の傑作。

この映画の作品の質を高めたのは、丹念な取材による水木洋子の入魂の脚本と、その脚本に完璧に嵌ったキャスティング、とりわけ、祖母役を演じた北林谷栄の迫真の演技によるところが大きい。

差別のような重いテーマを映画化する時、しばしば作品的成功を収めにくいのは、そこに創り手の過剰な思い入れだけが暴れてしまって、観る者に泣きどころの定番を保証するだけで終わってしまいやすいからである。

結局、そこには何も残らない。

束の間、観る者を揺さぶっても、揺さぶった後の時間を繋げずに、そこに暫く感傷的気分が張りついて、そのうち消えてしまうだろう。

日常性から少しばかり秩序を奪う刺激情報が価値を持つのは、再び手に入れた秩序が何某かの学習を媒介してくるからである。

差別の問題にストレートに切り込んできたこの映画の脈打つ気迫に対して、観る者は反応することなしには済まない心情で対峙することになる。

だから、その心情は学習的にならざるを得ないのだ。

水木洋子
シニカルなスタンスで処理できない映像がそこにあった。



1  養子縁組の憂鬱



―― ストーリーラインを追っていこう。


小学校の校庭で、一人の少年がバイクを乗り回している。それを見ていた肥満気味の少女。

彼女は「いいバイクだな。ちょっと見せろ」と言って、その少年からバイクを奪って、それを今度は自分で乗り回していく。

「姉ちゃんのバカ野郎!クソったれ!」
「俺んとこのバイクけえせ!」
「順番んこだぞ!」
「女ゴリラ!」

順番を抜かされて、バイクを奪われた少年たちが口々に、バイクを乗り回す少女に悪態をついている。それをよそに、少女は一人で悦に入っている。

そこに、「キクとイサム」という映像のクレジットタイトル。

そのタイトルの内に凝縮されるテーマを象徴するかのような叙情的で、心を癒すようなピアノの旋律が、バイクを乗る少女と、その少女を待つ農婦の日常性を、ゆったりとした律動で追い駆けていく。

「今頃まで、何やってた?」と農婦。
「失礼いたしました」と何度も頭を下げて、おどける少女。
「早く行け!お蚕(けえこ)さまが腹空かしているけぇ」

老いた農婦は、蚕蛾に桑の葉を入れて、それを丹念に混ぜ返している。

少女も手慣れた手つきで、農作業を手伝っている。それが普通の日常的な風景であるかのように、モノクロの映像は、淡々と貧しい家族の農作業を映し出した。

農作業を終えた少女が、弟と喧嘩する風景に繋がっていくとき、それもまた日常的な風景であることを、映像は言わずもがなに語っていく。

その喧嘩を止めようとした農婦が、腰痛で苦しむさまも又、日常的であるのだろう。

しかしこの日ばかりは、いつもと少し様子が違っていた。それを心配する少女は、恐らくいつもと違う優しさで老婦に声をかけた。

「婆っちゃん。町さ医者行って、医者様に診てもらえば、早く治るべ」
「医者様は銭ばかり取って、でぇ嫌(きれ)えだ。ナンマイダブ、ナンマイダブ・・・」

老婦は念仏の世界に逃げ込むが、この日の腰痛は相当に堪(こた)えているようだった。

農婦の名はシゲ子。

キクとイサム
姉弟の名は、キクとイサム。共にシゲ子の孫である。

そろそろ腰痛もちのシゲ子婆さんの能力では、手に負えなくなった孫二人。男勝りで中学生のような身体を持て余す姉のキクと、遊び盛りの弟イサム。

黒人の父と日本人の母を両親に持つこの姉弟は、からかわれながらも小さな村の共同体で、明るく元気な小学校生活を送っていた。

まもなくキクを連れて、祖母のシゲは町の医者に行った。

明らかに黒人との混血を想像させる、浅黒のキクの大柄な体は、町を闊歩するその一挙手一投足が、町の人々の好奇の視線に捕捉されて、本人以上に祖母のシゲ子の悩みの種でもあった。

その祖母は、自分の畑で取れた野菜を町の人々を相手に売って、僅かな金を稼ぎ出した。それを自分の医療費に充てる算段だったのである。

祖母に付添って、共に野菜を売るキクの周囲で、町の人々の捨てた言葉が二人の耳を突き刺してきた。

「あやー、日本語喋れるだな」
「うんだなっす」

その言葉の主を睨むキクを、祖母は相手にするなと制止して、そそくさと町医者の元を訪ねて行った。

町の医師に、孫の相談をするシゲ子
シゲ子婆さんは腰痛を診てもらった後、医師に二人の孫の話をしたのである。

年老いた祖母にとって、自分が逝った後の二人の行く末が心配でならなかったのだ。

「部落に二人いるという噂は聞いていたが、あの子だね?もう一人は?」
「弟でやんす」
「え、二人?二人ともあんたが抱えてんのかね。それは何とかしねぇば。アメリカの方にでも引き取ってもらわねえと、その年でお婆さん、あんたが大変だよ」

院長先生はそう言った後、アメリカへの養子縁組の話をシゲ子婆さんに切り出した。

「どっちか、お婆さん、やったらどうかね?・・・あの子たちの将来を考えておかないと、これから大変だよ。ボヤボヤしてると駄目だよ、お婆さん」

シゲ子婆さんは初めて知った養子縁組の話に、強く心を動かされたのである。

結局その日は、注射代が高くて、シゲ子婆さんはそのまま病院を後にした。

祖母を待つ二人の孫は、いつまでも帰って来ない祖母を心配して、夜の部落の暗がりの道を提灯を片手に、重なるようにして迎えに行く。

途中疲れた祖母が、道の端で、寝込んでしまっていた。それを見て安心する孫二人。おまけに注射代の代わりに、二人の孫への土産を買ってきた祖母を前にして、子供らしい笑みを思わず洩らしていた。

まもなく見知らぬ男が村にやって来て、二人の写真を撮ろうとするが、キクは逃げ、イサムだけがカメラに収まった。

その夜、カメラの男のことが気になったキクは、祖母にその経緯を話した。

二人の将来を不安視する祖母は、キクに養子縁組の件について正直に話さざるを得なかったのである。

「本当は、キクかイサムかどっちかを、いいとこさ貰い手があったら、世話してくれるだと。おめえたちをお世話する人だって?」
「お世話?何で貰いてぇって?」
「こったら、貧乏ったれの家にいるより、アメリカさ行かば、よっぽどよかっぺって」
「アメリカ?誰が?」

「おめぇか、イサムかのどっちかを、向こうに選(よ)ってもらうだど・・・婆っちゃんは良く分らねぇども、あと二年もしたら、婆っちゃんも七十だべ。そういつまでも、おめぇたちの傍にいられる訳きゃぁねぇから。土の中さ入っちまうめえに、おめぇたちのことを思案しねばなんねぇ。思案しても何にもならねども、まんず、お父ちゃんのいる国さやった方がためだと、偉いさまが言うだから、金持ちの人さ見付けて貰って、養子っつのに行けたらいいかも知んねぇな。

大きくなったときのことも考えねば・・・今はいい、今はいいけんじょ、おめぇたちの父ちゃんはアメリカの人だし、知らねば黙ってるべぇと思ってたが、いつか知らねばなんねぇこんだから・・・しっかり聞いてけろ、キク。お婆ちゃんはおめぇたちが、大手を振って歩けるとこさ、お放っしてやるのがためだと思ってきただ・・・」

「やんだぁ」とキク。初めてその感情を強く表した。
「アメリカさ行けば・・・」
「やんだぁ。やんだ、おら」
「やんだって言っても、女は嫁っ子に貰われねばなんねぇだ。おめぇはここに居たら、嫁っ子に行かれねぇべ・・・」
「どうして?」

祖母シゲ子とキク
祖母はキクの問いに答えなかった。

小学生の子供を納得させるような言葉を持っていなかったのである。

座敷の傍らで、その大きい体を横たえて、キクは沈み込んでいた。

そんなキクの悄然とした姿を見て、シゲは孫の心を柔和に包み込んでいく。

自分もまた辛いのだ。しかし、それ以外に方法がないという気持ちを、孫に向って吐露するしかなかったのである。



2  叫びを刻んだ秋祭り



翌日、学校の社会科の授業で、キクは机に向って頬杖をついていた。

授業は全く上の空。教室の壁に貼られていた生徒たちの習字の中で、とりわけ、大きな字で書かれたキクの習字が際立っていた。そこに書かれてあったのは、「大志をいだけ」。如何にもキクらしい言葉の選択だった。

一方、「クロンボ!」とからかわれていたイサムは、友だちと喧嘩して、先生から叱咤されていた。それを近くで見ていたキクは、何も反応しない。何かを深く思い詰めているようだった。

そして体育の授業。

そこでは男女対抗のドッジボールのゲームが、元気一杯の子供たちの歓声の中で盛り上がっていた。その中でひと際目立っていたのは、最も体の大きいキクだった。

彼女は悩みを吹き飛ばすように、男の子たちを次々に倒していく。

彼女が放つボールの威力は、体の小さな男の子たちの防御能力を、いとも易しく砕くほどに圧倒的だった。

ドッジボールという憂さ晴らしが、ほんの少しキクの重い心を溶かしたのである。

秋祭りの日。

三人は鎮守の森の賑わいの中にいた。

混血児を初めて見る者たちの好奇の視線が途切れることなく降り注ぎ、二人の一挙手一投足に執拗に絡みつく。

「おやぁ、クロンボ?どこにいる、どこにいる?」

キクとイサムの周りには、常にこのような言葉を露骨に表す者の誘導によって、多くの見知らぬ者たちの視線が集まってしまうのだ。

二人を守るべきはずの大人たちは、恐らく、今までもそうであったように、このような状況下では為す術がなかった。

晒されることに慣れるしかない。それができなかったら逃げるのだ。

祖母のシゲ子や近隣の大人たちは、二人の混血児にそのような適応を求めてきたに違いない。しかし、二人は自分をからかう子供連中に、いつもムキになって噛みついていくのだ。

「おら、クロンボでねぇど」

二人の心の叫びは、常に形になって表現されていく。

この日もイサムは友だちと喧嘩して、その挙句、綱渡りの見せ物の棒の足場に登ってしまった。

当然の如く、祭りに集まった大勢の見物衆の注目を一斉に集めてしまったのである。

イサムは綱を伝わって、サーカスの曲芸のような身体表現を示した後、そこから落下してしまった。運良く大怪我にならずに済んだが、心配する祖母やキクの怒りを買うばかり。

「バカたれ、おめぇが悪いじゃ」とシゲ子婆さん。
「バカッたれ!」とキク。

そこに、大人たちの聞こえよがしの非難の声。

「日本人のガキより、乱暴だな」
「大人になったら、おっかねぇべ」
「密輸入だ、ギャングだ、悪いことべりやるだじぇ」

シゲ子婆さんはそれらの声を無視して、孫たちを連れて、早々と祭りの場から立ち去って行った。

それでも耳に入る大人たちの言葉に、キクだけは叫びを刻んだ。

「クロンボ、クロンボって、言わねぇでけろ!黄色ンボ!」

彼らの秋祭りの一日は、こうして閉じていったのである。



3  嗚咽を刻んだプラットホーム



秋祭りの一件の後、結局年少のイサムの養子縁組が決まったという一報を受け取り、シゲ子婆さんは早速、近所の者を集めて、相談の話し合いを持った。

家の隅では、キクとイサムが話を聞いている。

隣に住む若い清二郎夫婦の間では、賛否両論が分れていて、アメリカでの黒人差別の問題を知っている夫は、どうしても乗り気になれないのだ。

それに対して、妻は将来のことを重視して、新天地での明るい未来を否定できないようである。

母屋のカツは、先程から静かに黙っているキクに、その気持ちを尋ねた。

「キクちゃんも行きてぇか?」

キクは首を横に振るだけ。


そのとき、清二郎の妻の話に反応したのか、イサムは明るい声で口を挟んだ。

「おらぁ、行きてぇ。犬だって飼えるべ。大学さへえって、偉(えら)ぁなって来る」

アメリカに行って好き放題の生活ができるくらいの気持ちでいたイサムには、養子縁組の意味が理解できなかったのである。

「まんず、一人片付いて良かった。やぱりイサムちゃんの方が小さいだけに、売れ口が早いだな。女の子はでかくなると、難しいからな」

母屋のカツは、本人たちの眼の前で、平気でこんなことを喋ってしまうのである。同じ部落の連帯感が、そんな言葉を免疫にする力を持っていたのだろう

「キクちゃんが今いなくなったら、本当は婆ちゃんも困っからな」と清二郎の妻。
「婿取りか?そうすっと・・・」とカツ。
「おらぁ、頭っこさ痛くなってきたぁ。だから庵主(あんず)さまに頼んで、弟子にしたらと思案したが・・・」

シゲ子婆さんは、キクを尼僧にすることまで考えていたのである。

近所の者が帰り、祖母はより悩みを深くしたようにも見えた。

事の重大さを理解することなく、早く寝付いたイサムの傍に姉のキクが寄り添っている。彼女なりに心配しているのである。

そのキクを祖母は呼び寄せて、遅い夕食を摂らせていく。

「キクも、アメリカさ、行きてぇか?去年まで、おめえもイサムも婆っちゃんのオッパイしゃぶってたくれぇだから、手放したかぁねえけどよ、稗(ひえ)の飯食っているよりぁ・・・」
「稗の飯食ってると、美人になるって言ったべ。色白くなるって・・・」
「婆っちゃんも、ちいせぇときも、そう言われて育った」
「やたらと食って、デブちんになっただけだ」

そんな会話が繋がった後、キクは意を決したように言い切った。

「イサムやっちまえ。向こうさ行ってみれば、いいかも分かんねぇもん、ねぇ?」
「分かんねぇ。先のこと考えると、死んでも死にきれねぇ」

祖母の苦悩は極まっていた。

しかし、結論は一つしかなかった。

その一つの結論が、実行に移されることになったとき、そこに微妙な変化が顕在化することになったのである。

変化の主は、イサムだった。

少年は自分を迎えに来た大人と共に列車に乗り込んだとき、今自分の眼の前で起こりつつある現実の持つ意味の重さを初めて知ったのである。

「おら、行くのやだぁ!」


列車が発車するや否や、イサムは突然叫んだ。

「イサム、やんなったら、帰(けえ)ってこぉ!」

祖母も、列車を追い駆けるように叫びを繋いだ。

「戻りてぇ!戻りてぇ!戻りてぇよ、婆っちゃん!」
「イサム!イサム!」とキク。
「姉ちゃん!姉ちゃん!婆ちゃん!」

姉と祖母の名を叫ぶイサムをキクは追い駆けて、プラットホームの端で立ち竦んで、嗚咽していた。

この辺りのシーンは、私が最も嫌う別れの定番的描写だが、ある種の感傷に自然に入っていける映像のプロットの確かさが、この脚本にはあった。

このシーンは、映像の更なる新しい展開への始まりでしかなかったからだ。

そしてそれは、それぞれの場面を繋いでいく不可避な描写でもあった。

因みに、鋭い観察眼によって懸命に映像のリアリズムを支えてきた「少年時代」(監督篠田正浩)という秀作が、ラストシーンの過剰な別れの描写によってテレビドラマの水準に堕ちてしまったことを想起すると、「泥の河」(監督小栗康平)もそうだが、感傷が許容し得る叙情性の枠内に収まるかどうか、少なくとも私によって、それは映像の表現的価値を決める尺度の一つとなるであろう。



4  母と孫がラインを同じにして



ともあれ、弟を失ったキクの生来の楽天性と勝気さは健在だった。

このキクの性格が、決定的な事態を招来する。

カツの赤ん坊の子守を頼まれたキクが自分をからかう男の子と喧嘩したとき、あろうことか、八百屋のオート三輪の荷台に赤ん坊を置き忘れてしまったのである。

当然ながら、車が去った後、事情を知って村中が大騒ぎした。

この一件はその日のうちに解決するが、キクは至って暢気だった。

彼女は隣家の清二郎の家に上がりこんで、顔に白粉を塗り込んでいる。少しでも顔の黒々とした色素を取り除こうという子供の浅知恵だったが、横にいる清二郎の一言は強烈だった。

「化け物みてぇだよ、キクちゃんの顔は」

清二郎にそう言われて、鏡を覗き込んだキクは思わず呟いた。

「いやな顔・・・」
「そったらもの、塗っからだ。早く落としちまえ」
「みっともねぇからな」

清二郎(左)
清二郎に促されて、外の井戸で顔を洗っていたキクの元に、駐在さんがやって来た。その後ろには、事情聴取を受けていたシゲ子婆さんが従っている。

「何を遊んでる。バカったれ!全く!」とシゲ子婆さん。
「おめぇは、わざと悪戯をしたっつうが、そうか?今日のことは、偶発的事件にしては、少しおかしい所があるから、調べてけろ、って言われたが・・・」
「おらがわざとやったって?」とキク。

それから駐在さんの説教を受けて、却って反発するキク。

「悪かったことは、悪かったと、素直に謝んだ」と清二郎。
「強情だな!なかなか」と駐在。
「早く謝れ!」とシゲ子婆さん。

祖母はキクを許さなかった。

自分の非を認めないキクを、村人たちの前で叩いたのである。キクを厄介者扱いにする周囲の空気を察知した祖母は、キクを折檻しない訳にはいかなかったのだ。

「婆っちゃんなんか寝てろ!人のこと叩かないで」

キクは反発するばかり。自分の行為の非行性を感じなかったからである。

村人たちの前で、キクは旅一座の芸人の真似をして、おどけて見せた。

「婆っちゃん、心配すんな。もし、手に余ることがあったら、施設さ送る手続きも取れっから」

そう言い残して、駐在さんは部落を後にした。

「婆っちゃん、早く尼寺さ、やった方がええじぇ」とカツ。
「へへ、受付ねえべ、寺だって」と清二郎。
「嫁っ子にも行けねえ、寺でも断るっつたら、事だ!」とカツ。
「こったら子にお経読まれて、引導渡されても、仏は浮かばれねぇ、駄目だ」と清二郎。

周りの大人は、キクのことで迷惑をかけられた思いを、ストレートに口に出していく。

シゲ子婆さんはひたすら低姿勢の態度を崩さない。祖母の後ろに立っているキクは、先程の威勢がすっかり消えて、萎縮してしまっていた。

その夜、シゲ子婆さんの家に地元の新聞記者がカメラマンを連れて、無造作に上がり込んで来た。

平気でキクの写真を撮ろうとする横暴さに、祖母は怒りを露わにした。

地元の新聞記者に怒るシゲ子婆さん①
映像が初めて見せた祖母の、肉親以外の他者の対する憤怒の感情だった。

撮った写真を奪い返そうとするキクの気持ちを、祖母ははっきりと代弁したのである。

それ以上に、それは祖母自身の本来的な、抑制を抜いた感情だったのだ。

記者たちを追い返した後、祖母はキクに諭すようにして、思いを表した。

「聞け、おらの言うことを。悪いことは言わねえから、おめえは、やっぱり尼寺さ行け・・・頭っ子悪くても、お経なら一つこと言ってるだけでいいんだから。食いっぱぐれはねぇじゃ・・・」

その夜、祖母は今やたった一人の可愛い孫に、それが苦渋な選択の末の結論であるかのように語った。


翌朝、キクがいないのを心配した祖母は、納屋でポカンと立っているキクを見つけた。傍らに梁から吊るした切縄があった。

自殺を図ったキクがその体重の重さで縄が切れ、未遂に終わった事情をシゲは呑み込んだのである。

「バカたれ」

そう叫ぶや否や、シゲ子婆さんはキクに抱きついた。

祖母に受容されたキクは、嗚咽を堪え切れないでいる。

「おめえは、婆っちゃんを残して・・・婆っちゃんが今まで苦労しながら、おめぇを育てたのは何のためだと思う。こったらな古縄さ持ち出して・・・」
「おらあ、もうでかくなりたくねぇ」
「でかくなりたくねえったって、性質(たち)だから、仕方ねえ・・・」

祖母はキクが初潮を訴えたのに対して、それは大人になった兆候だと言って、優しく包み込んでいく。

座敷に戻った祖母は、キクのために赤飯を炊いて、それを弁当に詰めこんだ。

「おめぇもやらねぇ。婆っちゃんの傍にいてえっつうなら、四反の畑さ、一人で立派にやってのけるようになれ。んだども、百姓仕事は辛(つれ)えから、おめえにやらせたくないと思ったが、一人前の百姓になれるなら、婆っちゃんも一番安心できっからな。やるな?」

祖母の柔和な語りに、大きく頷くキク。

その表情には、未来に向かう者の確かな明るさが映し出されていた。

「しっかりやれ。んだば、大手振って歩けるじゃ。いいな」
「うん」
「さ、学校さ行け・・・だば、今日は婆っちゃんの傍さ、いろ。蚕の麦畑さ、手入れすること教えてやる」

孫の表情を読み取った祖母は、再生のための一日を農作業への選択の内に固めたのである。


祖母と孫は籠を背負い、その肩に鍬を担いで、陽天の朝の農道を堂々と歩いて行く。

それは一つの行進のようにも見えた。祖母と孫がラインを同じにして、力強い鼓動を大地に刻んでいくのである。

二人の前を、登校中の男通り過ぎていくとき、祖母は孫に一言、言い添えた。

「構うんでねぇで、男のガキ童子(わらし)に」
「うん」


既に初潮の祝いを終えた孫は、力強く頷いた後、後ろを振り返って、昨日までの喧嘩相手に対して、凛として言い放ったのである。

ガキ大将の、新たな人生に向うラストシーン
「年頃だからな、おら。構ってやんねぇじぇ、もう・・・」

それは昨夜来の不幸な時間の流れを、自らの身体表現によって確信的に断ち切ったガキ大将の、新たな人生に向う旅立ちのマニフェストのようでもあった。

映像は、僅か12歳の少女のマニフェストによって括られていったのである。


*       *       *       *



5  約束された風景のリアリティ



今井正監督
本作は、人間の差別の問題を真っ向勝負の形で、声高に映像化した作品ではない。

そこに描かれていたのは、その不幸な生い立ちにめげず、脳天気なまでに明るく、そして突き抜けるようにして逞しく生きる混血少女の、その「天真爛漫なるガキ大将人生」そのものだった。

旅一座の芸人たちの前で、国定忠治を演じるその活力は、彼女の本来的なバイタリティを鮮やかに表現して見せて、爽快ですらあった。

こんな闊達な少女が自死を決め込んで、紐で首を吊ろうとした。


ところが、その紐が少女の体重の圧力によって切れてしまうというエピソードの切実感にも、新派調の悲劇に流れ込まない滑稽感が幾分張り付いていたのは、少女の逞しきガキ大将人生のポジティブ性と無縁でなかった。


この少女には、全く悲劇的な色調が似合わないのである。

その辺りが、本作をその根柢において救い出していたと言えるだろう。

生い立ちの不幸に潰される脆弱さと無縁な少女のガキ大将振りが、より本作を感銘深くさせた重要な因子だったと思われるのだ。

しかし、それにも拘らず、いや、だからこそと言うべきか、少女が呼吸を繋ぐ部落をほんの少し出てしまえば、そこで被浴する世間の視線はより尖ったものになっていく。

少女の成長ぶりが顕在化すればするほど、その尖りがいよいよ卑俗なる心理的圧力を増幅させていく、言わば、約束された風景のリアリティを保証してしまうのだ。

秋祭りの日。

二人の混血児に向けられた周囲の視線が内包する冷たい攻撃性は、殆ど行為と化した差別的な暴力性を多分に含んでいた。

その視線の多くは、秩序を平気で壊す者への反発と、その内側に潜む偏見や蔑視という悪意の感情によって刺々(とげとげ)しくなっていた。

こういう視線が一番怖いのだ。

それが無言の圧力となって、誰もが簡単に抗うことができないような空気を作り出す。

一度作り出された空気は、その空気を作った人為的な環境が変わらなければ、それが特定的なリスクを再生産する空間では、永劫に続くような何ものかになっている。

常に確信的な視線の背景には、それが帰属する集団の価値観を体現する空気があるのだ。その空気が個人の内部に留まらないで状況を作り出し、そこで行為として表現されるとき、そこに差別が生まれるのである。

従って、差別とは、単に感情や意思のことではない。

人間は必ず内と外を分ける境界を作り、異なった価値観を排除する意思によって生きていく。その意思が過剰になるとき、それを偏見と言う。相手の異なった価値観を理性的に認めれば、人は恐らく、他者と上手に繋がっていくことができる。

然るに、過剰な感情や価値観が行為として表現されてしまえば、それらは本質的に差別行為となっていく。

地元の新聞記者に怒るシゲ子婆さん②
だから、身体化された差別は全て表現的行為なのである。

視線もまた、しばしば最も性質(たち)の悪い差別となる。

私たちは迂闊(うかつ)にも視線の背景のある空気を自ら作りかねないし、或いは、そんな空気に囲繞される不幸と無縁であり続けるという保障もないのだ。



6  明治女とガキ大将の突破力



そして、この映画のもう一つの救い。

それは差別の前線が我が部落の中枢に侵入する歪んだ視線を、その小さな体を張って必死に受け止めることで、今は一人となった混血少女であるガキ大将を、決定的に守り抜いた明治女の鋼の強靭さだった。祖母シゲ子の存在である。

ガキ大将が遂に追い詰められたその場所で、明治女は括って見せたのだ。

「先のこと考えると、死んでも死にきれねぇ」

シゲ子婆さんの常日頃のこの思いが、キクを尼寺に預けようと決意させたものだが、その背景に周囲の空気の好ましくない変化があることは明白だった。

祖母は自分の出した結論の間違いに気づき、死ぬまで孫を守り続ける覚悟を括るしかない。

周囲の空気への絶対的妥協よりも、この土地で生きるしかない孫娘の自立を助けていくことこそ自分の最後の宿題である。それが、祖母シゲ子の決断だったのだ。

「おめぇをどこにもやんねぇ。婆っちゃんと一緒にいてぇつんなら、一人前の百姓になれ」

シゲ子婆さんの言葉は、明らかに澱んだ空気を突き抜けていた。

それはキクの現在を救うパワーを持つが、その将来の保障まではしない。

それでもいい。現在のキクの歩行こそが大切だからである。

その将来を出来るだけ保障するために、祖母は孫を立派な農婦にしなくてはならない。

楽天的でエネルギッシュな孫には、自分の未来を拓く根性が据わっているはずだし、そう躾けねばならないのだ。祖母は孫に、差別を生き抜く強い自我の確立を願うのみである。

映画はそこまで語らない。

しかし苛酷な状況に置かれても、祖母が無理心中という妄想に全く囚われなかったこと、それが観る者を救っている。

これはある意味で、可愛い孫たちを無理心中の道連れにしなかった、無教養だが、しかし如何なる状況下でも、限りなく地道な人生を生き抜こうとする明治女の物語である。

混血児を取材しに来た地元記者の横暴に対して、シゲ子婆さんはキクを体を張って守ろうとした。

行為によって初めて形になる差別という暴力に、祖母が最も敏感に反応したシーンである。

「こったに頼んでるのに、あんたたちしつこく写真撮って何するつもりだ。新聞さ出して見せ物にでもするつもりか。ガキの身にもなってみれさ。そったに写したきゃ、おらなら何ぼでも写してもらってもいい」

好奇や蔑視の視線にいくらでも耐えることのできた明治女は、孫を唯一守ることができた我が家に差別の前線が侵入してきたら、もうそれと闘うしかなったのだ。

差別の前線での関係様式をあまりに分りやすく見せてくれたこの描写があれば、それ以上の映像的説明の必要はないだろう。

いつの時代でも、守るべき何かを絶対的に持つ者が一番強い。

この描写に涙する私たちは、明治女の捨て身の強さにここで初めて同化する。闘うべきときに闘う人間の強さに共感し、学習する。読み書きの出来ない無教養さが決して卑屈さを生み出さなかった時代に生きた、明治女の掛け値なしの強さ。そんな印象が、いつまでも焼きついて離れない映画だった。

素晴らしき女優魂・北林谷栄(2010年に98歳で逝去す)
祖母シゲ子を演じた北林谷栄。

その壮絶な女優魂に驚嘆する。

自分を若く見せることしか考えない昨今の女優たちには、とうてい及ばない領域がそこにあった。

そして、孫娘キクを演じた、実際の混血児でもある高橋恵美子。

その見事なまでに嵌った自然な演技に、正直、今でも信じられない思いがする。

この二人の存在と、水木洋子の秀逸な脚本が見事に化合して、ここに今井正の最高傑作が完結した。

―― 今、この映画を観る者が少ないのが残念でたまらない。なぜなら、混血児問題はその国籍を更に拡げつつ、今や殆ど普遍的な社会問題になっているからである。



7  戦争の落とし子ララバイ



本稿の最後に、本作の主人公を演じた高橋恵美子について、その生い立ちを記録したルポルタージュの中で、とても興味深いエピソードがある。

後に、歌手として活躍した高橋恵美子
その一文をここに紹介する。それは、彼女が自分の出生の秘密を実母から聞いた後の話である。

「だが、エミは自分の出生の秘密を利子(実母のこと)から聞かされても、落ちこんでひがみっぽくなてしまったり、ひねくれて反抗的な子供になってしまうということはなかった。いじめられてめそめそ泣いて帰って来るようなこともなかった。学校の帰りに悪童の上級生などから『オイ、クロンボ』とからかわれたりすると、背負っていたかばんを放り出して、すっとんで追いかけて行き、ポカポカお互いに殴り合ったり、取っ組み合いのけんかをした。それでも気のおさまらないときは相手の家まで押しかけ、『おばさん、お宅のお子さんはあたしのことをクロンボって言うから、ちゃんと注意しといてください。じゃあね』と言って帰って来るということもあった。

小学校ではクラスの男の子とけんかをすると、負けん気が強く、たいていの男の子より身体も大きかったエミの方が相手を泣かせてしまう始末。すると先生に『なぜ暴力をふるったん』と叱られた。エミにすれば『向こうがけんか売ってきたからやったのに・・・』という気持ちがあるのだが、変に強情なところもあった彼女は先生に弁解するなんてことはしなかった。そのかわり腹を立て、かばんを放り出して家に帰ってしまったりした。

先生の方としては実に扱いづらい生徒だったかもしれない。『やっぱり日本の子とは違う』という評価もあったにちがいない。しかし、エミはいやなことをくよくよ悩んだり、根に持つ子ではなかった。けんかをしても腹を立てても、終わればケロッとしたものだった。帰りがけ駄菓子屋に寄り、菓子を食べながらそこのおばさんとおしゃべりしていると、エミはすぐにいつもの陽気なエミに戻った」(「戦争の落とし子ララバイ」本間健彦著 三一書房刊)


この文面を読めば分るように、本作の主人公であるキクは、それを演じた高橋恵美子それ自身であることが判然とするだろう。キクの「ガキ大将」ぶりは、高橋恵美子のそれと殆んど重なる強さだったのだ。

(2006年2月、10月加筆)

0 件のコメント: