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    2 週間前

2010年11月27日土曜日

チャドルと生きる('00)       ジャファル・パナヒ


<危機感に関わる熱量自給を再生産する映像作家の気概>



1  西側諸国での公開を前提化する映像作家の状況性 ―― その1



西側諸国において、女性の人権蹂躙と指弾されるが故に、恐らく、西側での公開を前提にするような内容の物語があり、そんな物語をテーマにすることを使命にするかの如き映像作家がいて、その映像作家の表現作品を、国内での上映を禁止することを使命にする国民国家がある。

そこに、表現の自由を巡る深刻な確執が生まれた。

しかし、覚悟を括った映像作家の作品がヴェネツィア国際映画祭にて金獅子賞を受賞するに至り、彼の著名な処女作でもある情感濃度が心地良き逸品、「白い風船」(1995年製作)を凌駕する評価を得るに至って、いよいよ、彼の作品の国内上映がシビアになっていくという状況が出来した。

彼の表現活動が、改革派で名高いハタミ政権の下においてさえも困難を極める文化状況こそ、後のアフマディーネジャード政権(2005年以降)に至るシャリーア(注)の遵守の強化という、巨大な縛りを必然化する流れ方を予見させるものであったに違いない。

現に件の映像作家は、2010年に治安当局から捕捉され、辛うじて保釈金によって解放されるという厳しいエピソードに繋がっていく。

この映像作家の名は、ジャファール・パナヒ。

その辺りの事情を、ネットニュースから抜粋してみる。

「イラン改革派を支持する著名な映画監督ジャファール・パナヒ氏(49)が1日夜(日本時間2日未明)、私服の治安関係者によりテヘラン市内の自宅から、同氏の妻と娘、15人の訪問客とともに連行された。ロイター通信が2日、改革派のウェブサイトの情報として伝えた。

同氏の子息もフランス通信(AFP)に連行の事実を確認した。治安関係者は家宅捜索を行い、パナヒ氏の所持品やコンピューターを押収した。

「オフサイド・ガールズ」より
パナヒ氏は、保守的なイランの社会での女性の生き方を描いた『チャドルと生きる』で2000年のヴェネチア国際映画祭金獅子賞を受賞。06年には『オフサイド・ガールズ』でベルリン国際映画賞銀熊賞も受賞し、イランを代表する映画監督の1人。改革派を支持する市民の大規模な抗議行動につながった昨年6月の大統領選挙では、改革派のムサビ候補(元首相)支持を鮮明にしていた」(産経ニュース 2010.3.2)

「国際的に活躍するパナヒ監督の解放を求めて、スティーヴン・スピルバーグ、マーティン・スコセッシ、フランシス・コッポラ、アン・リー、スティーヴン・ソダーバーグ、マイケル・ムーアといった監督たちが署名運動を行っていた。(略)

保釈金は20億イラン・リアル(約1,800万円)で、解放されたパナヒ監督は、家族や弁護士との面会を求めて16日からテヘランのエビン刑務所でハンガーストライキを始めていた」(CinemaCafé.net, 2010年5月26日)

以上の記事は、2009年の大統領選挙において、改革派のミール・ホセイン・ムーサヴィー候補を積極的に支持した、ジャファール・パナヒ監督の表現活動への露骨な統制に繋がっていく。

当然、今後の彼の表現活動は、西側諸国での公開を前提化することになるので、その作品内容も誇張含みに尖鋭化されないとも限らないと言えるが、一切は監督自身の問題である。



2  西側諸国での公開を前提化する映像作家の状況性 ―― その2



ともあれ、本作の製作当時、ジャファール・パナヒ監督は、インタビューで公開への困難さを語っていた。

「今回のような映画をつくるにはさまざまな問題に直面せざるを得ず、その結果、完成までに3年かかってしまいました。まず、企画を提出して撮影許可を求める段階から非常な反対にあい、一時はイラン国内での映画製作自体を禁じられるところまで行きました。

イランの現在の政治情勢からすれば、女性の問題に触れることさえ許されないのです。撮影許可が下りるまで9ヶ月かかりましたが、それも完成後に入念なチェックを経て最終的な判断を下すという留保付きでした。

イラン映画祭に間に合うように仕上げたのですが、結局映画祭での上映は許されず、ヴェネチア映画祭の方や市山さんなどたった7人の人にこっそり見せるのが精一杯でした。

ヴェネチア映画祭のためにフィルムを国外に出すのもまた一苦労で、許可が下りたのはなんと映画祭の3日前でした」(TOKYO FILMEX ジャファル・パナヒ監督  インタビュー常石史子(映画批評家/東京国立近代美術館フィルムセンター研究員/筆者段落構成)

ジャファール・パナヒ監督①
そんなジャファール・パナヒ監督が、緻密な映像構成の中で構築した作品こそが「チャドルと生きる」。

英題は「The Circle」。

言うまでもなく、「円」、「輪」という意味だ。

「チャドル」とは、イラン女性が外出の際に身に着ける衣装であるが、シャリーアの法体系の中にあっても、一般家庭内での女性の立場が決して虐げられていると言えないというレポートもある。

それがどこまでリアリティを持つか否か不分明であるが、本作では、「女性の人権蹂躙」の象徴として描かれていたのは周知の事実。

以下、本作の内容に言及していく。


(注)イスラーム教における法体系のこと。婚外セックスに対する石打ち刑や、窃盗罪で手の切断などの刑が執行されるなど、西側諸国の人権団体からの報告多数。



3  「分娩・失意」→「仮釈・楽園喪失」→「脱走・閉塞」



「チャドル」で全身をすっぽり覆った、訳有りの女性たちの半日を描く本作の映像のオープニングは、朝の明るい色調の白を背景に開かれていく。

これが、長廻しで撮られるこのシークエンスの内に、既に本作のテーマが凝縮されている。

「ソルマズ・ゴラミの付き添いの方いますか?」

これは、女の子を出産した直後、顔だけが見える白い小窓からの看護師の声。

「超音波検査では男の子だったのよ・・・役立たずの嫁だと言って、離縁されてしまう」

産まれた子が女の子と知って、病院で嘆息する母。

その老いた母は、出産の祝福にやって来た親族に頼んで、連絡の使いを外に出した。

そこで擦れ違った、チャドルを纏(まと)った3人の女性。

刑務所から仮釈で出所した彼女らは、そのまま脱走し、ラジリクという地名の「楽園」に逃げて行くつもりだったが、パトロールする警察の視線が気になっているうちに、一人が捕捉されてしまった。

逮捕を免れて、残された2人の名は、アズレーとナルゲス。

アズレーは金策に奔走した果てに、ナルゲスと別れ、ナルゲスだけがバスに乗ろうとするが、身分証も学生証も持たない彼女が苦労して乗車券を手に入れるものの、バスに警官を視認して、別れたアズレーのもとに逃げ帰る始末。

アズレーを探せなかったナルゲスは、刑務所を脱走して来たパリを訪ねるが、「とっとと刑務所に戻れ!パリは死んだんだ!」と、彼女の父親に言われて追い返されてしまった。

ここで、ナルゲスの「出番」は終わる。

既に処刑されてしまった男との間に孕んだ子供を堕すべく、刑務所を脱走して来たパリは、急遽、訪ねて来た兄弟に親族の恥だと言われ、乱暴された挙句、監禁状態に置かれた。

パリは親族同士の争いの中で、結局、実家を追い出されてしまうのだ。

今や妊娠4ヶ月のパリは、病院に勤めている、かつての刑務所仲間のエルハムを頼って行くが、同病院のドクターと結婚し、幸福な生活を送っている彼女から、未婚であり、同意書も身分証もないという理由から堕胎を拒絶され、今や、夜の街を彷徨するばかりだった。



4  「子捨て・落魄」→「街娼・諦念」→「刑務所・慈雨」



パリが、今度は自分の娘を捨てる現場を見て、不遇の環境を訴えるナイエレと出会う。

以下、ナイエレの「嘆き節」。

「私だって胸が張り裂けそうよ。あの子を置き去りにしようとしたのは三度目。私には・・・心を鬼にして置いてきた。どこかの家族に拾われて、きっと遠くに行くんだわ。幸せに暮らせる場所へ。そうしたら、あの子は安全よ。私がどんなに苦しんできたか。後ろ髪を引かれずに子を捨てる親はいないわ」

胎児を堕胎しようとする娘に、我が子を遺棄する母が嗚咽しながら、吐露しつつ、同意書のない堕胎をするパリに説教するこの描写は、充分にアイロニックであった。

ここで、パリの「出番」が終了。

今度は、ナイエレの「出番」。

彼女は私服警官の車に乗せてもらうが、夜の街を彷徨していた故に、娼婦と間違えられたのか、「子供が心配」と言うナイエレの「嘆き節」が、ここでも炸裂した。

ナイエレの嘆き節を信じない私服警官の車が停車し、ナイエレの「出番」も終了する。

今度は、モジュガンの「出番」。

ガムを噛み、タバコを吹かす正真正銘の娼婦。

そのモジュガンを乗せたタクシードライバーが、通行車両の検問で立ち往生し、先の私服警官に頻りに弁明していた。

近くで雷光一閃。

チャドル(イメージ画像・ウィキ)
まもなく、護送用警察車両が到着し、彼女を刑務所に搬送する。

既に、夜も更けている。

護送用警察車両で、隠れてタバコを吸っていたモジュガンは、次のショットでは一転して、刑務所の雑居房の、硬質で暗い色調の世界の中に吸収されていた。

雨が本降りになってきた。

外を見入るモジュガン。

上部機関からの電話が鳴って、雑居房の向こうの看守が応対していた。

覗き窓から看守が顔を出し、雑居房の内側にいるモジュガンに呼び掛けた。

「ソルマズ・ゴラミはいるか?新入り。お前がゴラミか?」
「違うよ」とモジュガン。
「その名の女性はいません。第5棟に移ったかと・・・」

看守は電話を取って、上司にそう答えた。

ここで、ファーストシーンとラストシーンが繋がったのである。

「ソルマズ・ゴラミ」とは、ファーストシーンで女の子を出産した女性の名前なのである。

「ソルマズ・ゴラミ」は、女囚だったのだ。

これは、刑務所絡みの病院の分娩室に始まり、刑務所それ自身のうちに自己完結する円環的な物語だったのである。

そして、この円環的な物語は、顔だけが見える白い小窓からの看護師の声で開かれ、暗い色調の雑居房の覗き窓からの看守の声によって閉じていく、非日常の世界の半日を描く映像であった。



5  危機感に関わる熱量自給を再生産する映像作家の気概



「『サークル』は、人が社会で遭遇する困難についての映画です。すべての困難は円を成しています。属する社会の情勢や経済状態によって円の大きさに差はあっても、人は誰しもそうした円の中で生きているのではないでしょうか」(前掲インタビュー)

ジャファール・パナヒ監督②
これも、ジャファール・パナヒ監督のインタビューでの言葉。

「The Circle」という英題の意味を語るこの言葉は、映像を観てきた者には自明である。

更に、語りを繋ぐ。

「何人もの女性たちが出てきますが、彼女たちは一人の女性だと言ってもいい。すべてが一人の人に起こり得ることであり、一生がおよそ半日に凝縮されているわけです。それぞれの人にキャメラの撮り方も合わせているんですよ。

18歳の少女を撮るときはキャメラも手持ちで走り、彼女たちが歳を重ねるにつれてキャメラも動きを失ってゆく。最後のバスのシーンなどは完全に固定カメラです。照明も同じで、少女の上に降り注いでいた昼間の明るい光はだんだん暗くなり、やがて夜になる。最終的には光が完全に消え去り、ただ音だけが残ります」(前掲インタビュー/筆者段落構成)

ジャファール・パナヒ監督③
ジャファール・パナヒ監督は、物語の絵解きを示して見せた。

そして、獄内の外に、この国では珍しい降雨を描写した、ラストシークエンスの含意をも絵解きしてくれた。

「イランは雨が少ないので、雨が降るということはとても喜ばしいことです。窓の外には恵みの雨が降り注ぎ、新しい命が生まれているのです。彼女たちは円から脱出しようとして、あるいは円の中で生きようと懸命に努力しています。最終的に行き着く地点がどこであろうと、その努力は美しいと私は思います」(前掲インタビュー)

この雨の描写は暗鬱なイメージとは全く異なっていることを、ジャファール・パナヒ監督は語っているのだ。

―― 稿を閉じるに当って、「人間ドラマ」のカテゴリーのうちに収斂されにくいほどに、この主題先行の映像を整理してみよう。

パリの「刑務所脱出と彷徨」と、我が子を遺棄する母親のシークエンスの辺りが、本作で最も悲惨な印象を与えるものになっているが、映像は一貫して、刑務所絡みの彼女たちの半日の生態を、BGMを使うことなく冷厳に記録していく。

「分娩・失意」(ソルマズ・ゴラミ)→「仮釈・楽園喪失」(アズレーとナルゲス)→「脱走・閉塞」(パリ)→「子捨て・落魄」(ナイエレ)→「街娼・諦念」(モジュガン)→「刑務所・慈雨」(ソルマズ・ゴラミ)という、「チャドルの女たち」のリレーのラインが、時には冗長さを印象付けて、物語の骨格を成していくのだ。

シャリーアの法体系に縛られた「チャドルの女たち」の悲劇を、人権感覚に鋭敏な西側諸国では、常に弾劾する者の態度によって、執拗に拾い上げていく基本スタンスは、今後、より強化されていくに違いない。

「イランで女性被告1人が姦通罪と殺人罪で石投げによる死刑判決を受けたことに抗議して、ウクライナでは首都のキエフ市内で開催されているイラン文化祭の屋外会場で、女性6人が下着姿になって抗議した」(サーチナ 2010年11月19日)

それでも救いがある、とジャファール・パナヒ監督は、「慈雨」の描写の挿入によって、さり気なく観る者に提示して見せるが、無論、このような状況下と無縁な社会で呼吸する私たちに、その映像の括りの文脈を実感的に理解できようがない。

正直、理解したつもりになることの、ある種の怖さも持つのだ。

実際、様々な意味で最も注視されているこの国の中で、本作で集中的に描かれた女性の人権蹂躙の状況が深刻なリアリティを持つか否かについて、正確には分らないのである。

なぜなら、このような映像が西側諸国で放たれるとき、そこに常に、自分に都合のいい情報だけを集めてしまう、「確証バイアス」という心理学のトラップが独り歩きする怖さがあるからだ。

加えて、私たちの自我には、「マインドセット」と呼ばれる、安定的な思考の枠組みが既に形成されているトラップもまた、安易に蹴飛ばせないのである。

しかし、表現の自由が顕著に制限されている映像作家の観念系の中では、些か過剰な表現であると錯誤されそうな内容の物語を、「使命感」という「妖怪」によって不断に発信し、それを格好の表現媒体を駆使して構築せざるを得ないという危機感に関わる熱量が常に自給され、再生産されているのだろう。

少なくとも、映像作家の気概だけは真摯に汲み取っておこう。

そう考える以外にない映画だった。

(2010年12月)

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