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2010年12月24日金曜日

ジンジャーとフレッド('85)       フェデリコ・フェリーニ


<「祭り」の後の「寂寞感」が映し出す人生模様>



1  「この俺を舞台に出してみろ。思い知るぞ。何もかもぶちまけてやる」



如何にも、視聴者参加のテレビ向きのコンテンツが詰まった特別番組があった。

その名は、「トピック・テレビ」。

クリスマスの特別企画である、この「トピック・テレビ」への出演のために、30年ぶりにやって来た2人男女。

すっかり禿げ上がった男の名は、ピッポ。

老いても気品を漂わせる女の名は、アメリア。

かつて、“ジンジャーとフレッド"の物真似(フレッド・アステアとジンジャー・ロジャースのダンス・コンビがモデル)として、タップダンス芸で業界の一隅を照らしていた芸人コンビである。

テレビ業界特有の煩雑さの中、忙しく動き回るスタッフを尻目に、出番を待つ様々な「売り」を持つ出演者たちが舞台裏で待機しているが、一人、ピッポは挑発的に気を吐いていた。

「俺たちを何だと思ってる?海軍大将なんかを盛り上げる前座じゃないぞ。そう思うだろう?」
「私もそれは気に入らないけど、仕方がないわ」とアメリア。
「許せん!どうするか見てろ。この俺を舞台に出してみろ。思い知るぞ。何もかもぶちまけてやる。6000万国民に言ってやるんだ」
「何て言うの?」
「“羊ども、追従者ども・・・俺は80万リラ欲しくて来たんじゃない。テレビが何だ!お前らはテレビばかり見てる。そんなにテレビが好きなら俺を見ろ!”」

そう言い切った男は、アメリアとの簡単なリハーサルを済ますが、鼻息荒い言葉と裏腹に、すっかり息を切らしてしまった。

2人が楽屋に呼ばれたのは、その直後だった。

出番が近づいたのである。



2  「電気仕掛けの快楽装置」であるテレビの無力と、その弱点を衝いて



「トピック・テレビ」の時間が近づき、1度は逡巡し、帰ろうとしたアメリアだが、腹を括った。

「あんたの年でタップを踊るのは難しいから、本当の年を言って、喝采をもらった方がいい」

楽屋で待機するアメリアは、番組スタッフに、そんなことを明け透けに言われる始末。

それこそが、「トピック・テレビ」の「売り」とでも言うように、雑然とした楽屋に待機する出演者は、フリークの群れという印象を与える者ばかりだった。

ピッポやアメリアのように、「昔取った杵柄」で、オーソドックスの芸を披露する者は稀であった。

そんな雰囲気の中で、「トピック・テレビ」が開かれていく。

アマゾンで黒魔術を学んで、見詰めるだけで妊娠させる男や、「最高身長40㎝の世界一小さなバレリーナ」である小人のショー。

更には、聖職者の衣を脱いで純愛を貫いたカップルが、ステージの中央でキスをさせられるのだ。

食べられるパンティを発明した人や、宙に浮かぶ修道士、等々。

「狩猟は人間の攻撃本能を養うから悪い」

断食のため生命の危機にある議員を呼んで、狩猟と釣りの禁止を主張をさせる際物ぶり。

そして極め付けは、アナウンサーの紹介で登場した、英雄シルベストリ夫人なる女性。

「1か月間、受像機を封印した上、アンテナも外して、テレビ電波を全く受信できなくなりました。とても耐えられないと思いましたが」

「もう一度やれますか?」とのアナウンサーの質問に、彼女は嗚咽を交えて答えたのである。

「いいえ、決して。死にそうでした。お金を頂いたくらいでは済みません。貧乏人に残酷な実験です」

更に、アナウンサーに促された後、「もう嫌よ」という一言を、ソプラノで歌わせるヤラセぶり。

ここで、会場から万雷の拍手。

「本当にテレビなしでは生きられません」

アナウンサーの決め台詞で、欺瞞的なテレビ賛歌のパロディが自己完結するに至った。

“ジンジャーとフレッド"のステージが開かれたのは、その直後だった。

ところが、待望のステージが開かれるや否や、生放送のスタジオは停電となり、暫く、闇の時間帯が過ぎていく。

これは、「電気仕掛けの快楽装置」であるテレビの弱点を衝き、その本質的な無力を晒した目一杯のアイロニーだった。

慌てるスタッフを横目に、フレッド役のピッポは、「ずらかろう」とアメリアに促すのだ。

これは、テレビへのリベンジを企むフレッドの心象風景を映し出すもの。

「バカ!今更なによ」

アメリアの反応だ。

「テレビは砂上の城だ」

そう皮肉った後、ピッポはアメリアを脅して見せた。

「テロかも知れない。爆弾が仕掛けてあるぞ」

怖がるアメリア。

「新聞に“30年ぶりの恋人たち。死の再会"と出るから、ここにいよう」

そんな真面目なアメリアに、今度は面白半分に「恐怖突入」のプランを提示した。

それもまた、ピッポのテレビへのリベンジになるのだ。

この停電のシーンが示すものは、「電気仕掛けの快楽装置」であるテレビの無力と、その弱点を衝いて、どのようにでもリセット可能の状況を作り出すことの面白さにあるだろう。



3  「祭り」の後の「寂寞感」が映し出す人生模様



ともあれ、テレビの速いテンポに戸惑う二人が、停電となることで、初めて自分たちの本来の律動感を取り戻すのだ。

闇の中での2人の会話が、それを検証していく。

「君に逃げられてプツンときたらしい」とピッポ。
「知ってたら、駆けつけたのに」とアメリア。
「何のため?僕らの仲は、仕事と共に終わった。僕らは幽霊さ。闇から現れ、闇に消える」
「そうね。私も孫のためとか、何とか言ってたけど、本当はあなたに会いたくて来たのよ」
「ロマンティックだな。僕も君と会えて嬉しい」


時間の経過が、過去の別離を回想できる関係にまで復元していったのだ。


テレビ局に電気が再点灯したのは、闇の中での会話の後、ステージから二人で消えようとしたときだった。

再び、彼らのステージパフォーマンスが開かれた。



盛大な拍手に包まれて、 “ジンジャーとフレッド"の物真似のタップダンス芸を披露するが、途中で転倒するピッポを励ましながら、必死のステージパフォーマンスを表現し切った名コンビが、そこに眩いばかりに輝いていた。


最後まで踊り切った二人は、万雷の拍手を被浴し、一時(いっとき)の至福感に浸っていた。

 最高のステージパフォーマンスを終えた二人の別離は、30年前のそれとは違う温もりがあった。

アメリアから金の無心をして、一人寂しく酒を飲むピッポの、遠景ショットに滲む哀感が、観る者の心を捉える人生模様を映し出していた。



4  定番的な感傷を必要以上に張り付けた、軟着点への無難過ぎる括りの安直さ



厚顔にもグロテスクな企画を軽快なノリで遂行してしまう、天下無敵の俗悪趣味が全開のテレビ番組であることを知りつつも、それを逆手にとって、最高のタップダンスを披露し切って、自分たちのショーを遂行する、二人の老いた男と女。

フェリーニが描いてきたサーカスの世界が、テレビという「電気仕掛けの快楽装置」のうちに特定的に切り取られ、加工され、吸収されていく。

そんな世俗文化に対する存分のアイロニーが、「日々是祭り」の喧騒に満ちた特殊空間の卑俗性を、マキシマムにカルカチュアライズされた画面の隅々に目一杯捨てられていく。

テレビ視聴に馴染めないアメリアは、その基本文脈を了解した上で、ピッポとの再会を願って競演することに、純粋に喜びを見い出したのである。

ピッポもまた、30年前にコンビを解消し、病院に入院するなどして、零落した人生を遣り過ごしてきた後半生に対する自戒と、自分の人生の芯にあった物真似芸を壊したと信じるだろう、「電気仕掛けの快楽装置」としてのテレビに対するリベンジの情念によって本番に臨むのだ。

このようにフェリーニの映像世界には、過剰なまでに異界的なサーカスの全面展開という陽気さの内奥に潜む、人間の孤独や陰翳が常に張り付いている。

突き抜けるが如き「祭り」の喧騒と、その後に残されて浮遊する、名状し難い「寂寞感」の映像構成に見られるように、この「陽」と「陰」の相互補完の関係力学が、フェリーニの映像宇宙の中で常に微妙な均衡を保持しているのだ。

フレッド・アステア
本作もまた、フレッドを演じ切るピッポの孤独の陰翳に象徴されるように、その例外に洩れなかった。

しかし、本作を評価するとき、私にはある種の戸惑いを隠せないのだ。

要約すれば、こういうことである。

欺瞞と偽善に塗り固められた「電気仕掛けの快楽装置」としてのテレビを、「グロテスクな悪」に見立てた映像構成の軟着点が、そのテレビによって、オールドファッションのシンプルな芸を奪われたと信じる男と、時代状況への適応力のある女が、老いの境地にあるが故にこそ、その「希少価値」を認知するビジネスライクなテレビを利用し、そこに存分の哀感を込めて、必死のステージパフォーマンスを表現し切るのだ。

すっかり疲弊し切った男と女は、過去の関係の蟠(わだかま)りを溶かすに足る時間を共存することで、ほろ苦くも甘美なノスタルジーのうちに、情感的な再会を果たし、余情を残して別れるというヒューマンコメディが、そこに括られていった。

ヒューマンコメディが豊饒に内包する、定番的な感傷を必要以上に張り付けた軟着点への落し所は、それまで毒気を巻き散らしてきた、フェリーニらしくない人情ラインのあまりに無難過ぎる妥協点ではなかったか。

無難過ぎる妥協点への括りは、些か安直過ぎなかったか。

結局、この映画は超絶的技巧を披露した、二人の名優の表現力に凭(よ)り掛かることでのみ、そこだけは光芒を放った映像であった。

フェデリコ・フェリーニ監督
「フェリーニ映像の集大成」という、あざとくも底の浅い、取って付けたような褒め殺しは、ここでは不要である。

そう思うしかなかった。

それでも、随所にフェリーニらしい眩さを放つ個性の出色の輝きは、最後までフェリーニという、一代の映像作家の表現宇宙の支配のうちに踊っていたと言えるだろう。

かくも類例を見ない独自の表現宇宙を構築し続けたフェリーニには、どだいテレビ批判という社会派的なメッセージは似合わないのだ。

それが、私の率直な感懐である。

(2001年1月)

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