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    1 か月前

2008年11月6日木曜日

自転車泥棒('48)   ヴィットリオ・デ・シーカ


< 父とぴったりラインを同じにして>



序  ネオ・レアリスモの逆巻く怒濤の中で



「自転車泥棒」という極めて地味な作品が、イタリアン・ネオリアリズム(注)の代表的傑作と言われてから久しい。

私の中では、ロベルト・ロッセリーニの傑作群よりも、デ・シーカの一連の作品、中でも「ウンベルトD」と、この「自転車泥棒」という巷間に知られた映像の方がより親しみやすく、且つ優れていると考えている。

なぜなら、これらの作品には、その主題に於いて、そこで描かれた時代背景の制約を突き抜ける程の普遍的価値を有していて、今なお色褪せないのである。そこで描かれた世界の内に、社会派的なリアリズムのメッセージ性を充分に伝えるものがあったとしても、作品総体には、明らかに人間ドラマの秀逸性が確保されていた。

確かにそこには、素人俳優を使ったぎこちなさが認められつつも、却って、それが等身大の庶民の息吹きを伝える効果を生み出していて、それは映像全体が醸し出す時代の空気との融合感を際立たせるものになっていた。

シンプルなストーリー展開の内に豊穣な内面描写が映像の骨格を固めていて、まさに永遠の名画の輝きを観る者に与えて止まない一作だったと言えるだろう。


(注)「第二次世界大戦後のイタリアで起った映画運動。戦時中、イタリアはファシストの体制下にあったため、イタリア映画は製作の自由を失い、映画人たちはレジスタンスに参加したり、雑誌に反ファシズムの論文を発表したりして、てファシズムを攻撃していた。

ロベルト・ロッセリーニ
イタリアの映画監督ロベルト・ロッセリーニやヴィットリオ・デ・シーカらは、自分達が体験した現実をフィルムに収めるため、資金も機材もない最悪の条件の中でありのままの現実を映し出すという理論の下、フランスの映画監督ジャン・ルノワールや、ソ連のプロパガンダ(戦意高揚)映画などの影響を受け、素人俳優を起用して、長まわしを多用し、屋外で撮影を行ってナチズムに立ち向かうレジスタンスの人々の姿を描いた『無防備都市』(1945年)や、実際の浮浪者や孤児を俳優に起用して、荒廃した戦後イタリア社会の中で苦しむ人々の姿を描く『靴みがき』(1946年)といった、イタリアの悲惨な現実を真正面から捉えたリアリティあふれる作品を作り出す。

ネオ・レアリスモは、自国のイメージダウンを恐れたイタリア政府の圧力によって急速に衰えるが、フェデリコ・フェリーニやルキノ・ヴィスコンティらイタリア映画界の巨匠を生み出し、そのエッセンスはエドワード・ドミトリク監督の『十字砲火』(1947年)や、ジュールス・ダッシン監督の『裸の町』(1948年)などのハリウッド映画にも影響を与えた」(クラシック映画用語辞典:「ネオ・レアリスモより/筆者段落構成)



1  悄然として、ペンキを投げ捨て、立ち竦む父



―― そのあまりに有名且つ、シンプルなストーリーを再現していこう。


戦後まもないイタリアの経済苦境は、敗戦国の辛酸を舐めていた男たちには満足な職がなく、常に職業安定所には職を求める痩身の成人の体臭で溢れかえっていて、そこでは奪い合いのような求職競争が日常化していた。

半ば諦め状態だった失業中のアントニオに、ようやくチャンスが巡ってきた。

ポスター貼りの仕事が手に入ったのである。しかしその仕事を請け負うには、自転車という高級な移動のツールの所持が必須の要件だった。

現在、アントニオの自転車は質に入っていたが、彼の妻はシーツを質入れして換金し、それで自転車を請け出してくることを躊躇なく決断した。

「なくても寝られるわ」

父アントニオと息子のブルーノ
不安げな夫の心配をよそに、生活を切り盛りする女の行動は見事なまでに迅速だった。彼女は交渉巧みに7500リラを受け取って、その金を持って、夫婦は6100リラで自転車を請け出したのである。

「やっと暮らしも立つ。靴までは支給されないが、給料はいいぞ。半月6000リラに家族手当もつくんだ」

妻に語った夫の言葉には、長い苦労の末に手に入れた僥倖を逃すまいとする思いが溢れていた。

その僥倖への感謝の念を、妻マリアは形に表そうとする。

二人乗りの自転車で、町の女占い師の元に出向いた妻は、占いの順番を待っていた。外で待たされる夫は苛立って、二階に上がって、妻に帰ることを促した。

「さっさと帰ろう、マリア。何してる?」と夫。
「50リラ払うの」と妻。
「バカなことを」
「“仕事が見つかる”って言ってくれたわ」
「インチキだ」
「分ったわよ」
「二人の子供を持つしっかり者のお前が、こんな戯言を信じるとは。何を考えてるんだ。もっとマシなものに使え」
「お礼がしたかったの」と妻。
「彼女のお陰だと?とんでもない」と夫。

夫の合理主義的感覚と、それより遥かに現実的思考を優先してきた感のある妻の、意外な行動のコントラストが興味深い。

しかし妻マリアの行動の根っこにある心理は、「夫の仕事の継続的保障」を願う実利性に振れる思いであると言っていいだろう。

翌朝、6歳の息子をバスに乗せて送った後、アントニオのポスター貼りの仕事はスタートした。

軽やかな長調の旋律に乗って、梯子を肩に担いで走る自転車の滑りも滑らかだった。

先輩に仕事の要領を教わったアントニオは、外光が眩いローマの街で、てきぱきとポスター貼りを始めていく。

しかしその最初の作業中、彼の自転車が盗難に遭ってしまったのだ。先程から、彼の自転車を狙っていた若者による仕業だった。

「泥棒だ!」

梯子の上から叫んで、アントニオは走って追い駆けていく。

自転車との距離が広がることを恐れた彼は、通りがかりの車に飛び乗って犯人の追走を継続するが、遂に自転車を取り戻すことは叶わなかった。悄然として、ペンキを投げ捨てるアントニオが、そこに立ち竦んでいた。

アントニオはその足で警察に行ったが、その反応は鈍かった。

「自分で捜せ」と係官。
「ローマ中を?」とアントニオ。
「自分のは分るだろ」
「今、登録番号を届けたけど・・・・」
「自転車一台に、警官を総動員しろと?」
「盗難届けの意味がない」
「あるさ。君が捜し出したら、警官が確認できる・・・盗難届けを出した、それでいいんだよ!」

この程度の軽犯罪は日常茶飯事であるかのようなその反応に、アントニオは殆ど諦めるしかないという表情を浮かべるだけだった。


自転車で帰って来るはずの父を、ずっと路傍で待っていた息子のブルーノ。

期待に反して、バスで帰って来た父の悄然とした表情を、少年は受容する以外にない。

ローマ郊外にあるアパートの自宅に、父子は何も語らず帰っていく。息子を自宅前まで送り届けた父は、その足で夜の町の中に入っていった。

彼は労働者の文化集会に顔を出し、知り合いの男に相談したのである。

「ヴィットリオ広場に朝早く出向こう。泥棒は盗品を売りに出すはず。その前にな」

友人のアドバイスに頷くアントニオ。

そこに妻マリアが、慌てて駆けつけて来た。

「本当なの?」と妻。
「騒ぎ立てないでくれ。聞きたくない」と夫。
「あんたこそ何よ。何の連絡もしないで。それで見つかったの?」と妻。

事態の深刻さに涙が溢れ出てきた。

「奥さん、泣かないで。小娘じゃあるまいし。明日の朝、きっと捜し出すから。絶対だよな、アントニオ。 今夜は心配で眠れないだろうが、大丈夫だから」

アントニオ夫婦
友人から助け舟を出されたアントニオは、妻を庇うように帰途に就いた。



2  我が子の甘えを拒絶し、最後に拾い出した父



翌朝早く、アントニオの自転車捜しが始まった。

それは仕事探しに繋がる必死の活動である。その活動に息子のブルーノも加わっている。それは、家族の暮らしを賭けた戦いなのだ。

アントニオは昨夜の友人の協力を得て、自転車が群がる広場を探し回った。

ブルーノにも仕事が与えられた。空気入れと、自転車のベルを注意して見るように命じられたのである。同時にこの戦いは、苦境に陥った労働者たちの連帯による生活を賭けた戦いでもあった。

陽光が照りつける広場を、男たちの視線が鋭く動き回っていた。

しかし中々見つからない。男たちの表情に焦りの色が浮かんだ。捜索する場所を変えることにした。

アントニオはブルーノとトラックに乗せてもらって、他の広場にやって来た。

先程から降り続く雨が、風景を限りなく黒ずんだ色彩に変えていく。

その激しい雨の中、親子は苛立ちを深めていた。

雨宿りした場所で状態を揺さぶっている息子に、父は問いかける。

「どうした?」
「転んだんだよ!」

この短い言葉のやりとりの中に、父子の焦燥感が遣る瀬ないほどに映し出されていた。

息子もまた、懸命に父の自転車を捜し回り、それでもなお見つからない苛立ちを抑えられないのだ。

しかし息子は、父に決して愚痴を零さない。父の懸命な表情の中に、息子の感情も同化してしまうのである。

そんな父アントニオの視界に、遂に捜し求めていた者の姿が捉えられた。

「泥棒、待て!」

その父の声に反応した息子は、父の後を追った。

街路には降り止んだ雨の雫が濡れていた。

犯人を捕り逃がしたアントニオは、街路の隅々を這い回っている。息子のブルーノも、その幼い体を目一杯動かしている。

アントニオは一人の老人に追いついて、話しかけた。

「さっき一緒だった男はどこです?」
「何か用か?」
「ちょっとね。急ぐんです」
「そんな男、知らないね」
「さっき話してたでしょ?」
「何かの間違いだろ」と老人。

アントニオを無視して歩き出そうとした。

アントニオは老人の肩に手をかけて、必死に懇願した。

「頼むよ。彼と話がしたいんだ」
「止めろ、放してくれ。何だよ、年寄りに乱暴な。ひどい世の中だ」

そう言って、老人は小走りに去って行った。

取り残された父子は、捜索を諦めない。

老人の後を追って、慈善活動をしているとある教会に入って行った。教会の祈りの場に座る老人を確認して、アントニオはその隣に座った。

「あの男に話があるんだ。彼はどこだ」とアントニオ。
「誰のことだか、わしにはサッパリ分らんよ」と老人。あくまでもシラを切っている。
「彼のためにもなる。金になる話だ」
「関係ない」
「警察へ連れて行くぞ」
「何でわしが?付きまとうな」
「居場所を教えればいい。あんたには、いくらか礼をしてもいいよ・・・・言ってくれ。それとも警察へ行くか?住所は?」
「カンパネッラ通りだ」
「番地は?」
「しつこいな。確か15番地だったよ」
「一緒に行こう」
「なぜ、わしまで?」
「念のために戸口まで来い。お祈りなんて、うんざりだ」

老人に対する尋問のような問答が続いた。

アントニオは力づくでも彼を連れて行こうとするが、老人に逃げられて、息子と共に教会の外に出た。

現在のローマ市街(イメージ画像・ウィキ)
彼の捜索は執拗である。それは、まさに明日の糧を得るための、家族の生活のかかった男の生きざまでもあった。

しかし、男の焦りは頂点に達していた。

老人を捕り逃がしたミスを息子から指摘されて、思わず、男は我が子の頬を叩いたのである。

「黙ってろ」

今までに見ないような父の形相に、息子は慄いた。

6歳の子供は父の制止を振り切って一人で帰って行こうとした。その頬には涙が滲んでいる。

「どこへ行く、来い。ほら、こっちだ。来ないのか」
「行かない」
「ブルーノ。言うことを聞け。全くガキは」
「なぜ、ぶったの?」
「悪い子だから。行くぞ」
「僕は行かない」
「さっさと来い。生意気な・・・・」

息子は父の言葉が説得調に変化したのを感じ取って、父の傍に歩み寄っていく。

息子ブルーノは、一人で帰るつもりなど毛頭ない。帰ろうとしても帰れないからだ。だから父の感情の変化を待っていた。

6歳の子供には、これがギリギリの反抗だったのだ。

しかし、この思いの裏には甘えもある。この甘えをようやく拾い出してくれた父に、息子は自らの意志で歩み寄ったのである。

息子を橋の袂で待たして、父の懸命な捜索が継続された。

その父の耳に、「子供が溺れているぞ」という叫び声が入ってきた。

慌てたアントニオは、「ブルーノ!ブルーノ!」と声を上げて川岸に走って行った。

そのとき彼の視野に入ってきたのは、ブルーノではなく、もっと大きな少年が溺れて、助け上げられている姿だった。安堵するアントニオの表情が、印象的に映し出されていた。

レストランでのブルーノ(左)
疲労と空腹で元気のない息子を、父は近くのレストランに連れて行った。

父には今、息子の明るく元気な顔を確認したいのである。笑顔を振り撒いて、チーズのはさみ揚げを不器用に食べる息子に向かって、父は言い切った。

「生きてさえいれば、何とかなるさ」

笑顔が戻ったアントニオは、ブルーノを伴って自転車捜しを再開した。



3  「邪悪なる共同体」に翻弄される父、歓声に耳を塞ぐ息子



陽光に反射したローマの町並みを二人は駆け抜けて、女占い師のところに現われた。

盗難自転車の在り場所を聞いたのだが、全く要領を得ず、無駄な金を払っただけだった。占いを信じる妻を笑った男が、結局、最後に頼ったのは、貧しい人々の心の相手にしかならない占い師であったことは充分に皮肉だった。

しかし、父子がその建物から出たとき、奇跡は起こった。

自転車泥棒の若者が、そこを通り過ぎるところだったからである。

逃げる若者を父子が追った。娼館のような建物に逃げ込んだ若者の胸倉を掴んだアントニオは、彼を戸外に出し、追い詰めていく。

「知るもんか。俺は泥棒じゃない。壁までぶっ飛ばすぞ!」
「その前に殺してやる。返すまで動かんぞ」
「何の話だよ。もう放してくれ」
「盗んだ物を返せばいい」

こんな暴力的な押し問答が続いていた。

その目立った状況に、近所から住民が集まって来た。

皆、若者の知り合いのようである。若者の母親もいた。地元のヤクザのような男たちが割り込んで来て、逆にアントニオを脅しにかかる。

「自転車を盗まれる間抜けだ。財布は大丈夫か?」

追い詰められたアントニオを救ったのは、息子のブルーノだった。息子は密かに警官を呼びに行ったのである。

「ウチの息子は潔白だよ。皆、証言してくれる」

若者の母親は、仲間たちの応援を得て自分の息子を助けようとしている。

「どこでも調べて。ここで4人暮らしているんだ・・・・」

母親は警官を仲介に立て、アントニオを自分の家に連れて行った。

そこは、いかにも貧しい労働者階級の家屋をイメージさせるアパートの一室だった。その部屋で4人もの家族が生活している風景を見て、アントニオの攻撃性は少し萎えたようだった。

しかし彼にも生活がある。自転車を奪い返すしか、その生活の目処は立たないのだ。警官は街路に群がる住民たちを指差して、アントニオに確実な証人を強く求めざるを得なかった。ここでは、アントニオ父子以外は全て敵なのである。目撃証人がいないアントニオは圧倒的に不利だった。

「盗品があるか、現行犯か、でないと逮捕は無理だ」

警官も消極的にならざるを得なかった。

「頼りにしたのが間違いだった」 

アントニオは諦めざるを得なかった。

息子のブルーノを伴って、その「邪悪なる共同体」を後にした。

ブルーノはサッカー場の歓声を耳にして、思わずその場にうずくまり、耳を塞いだ。少年もまた、何か大切なものを犠牲にして父に同行してきたのである。



4  罵詈雑言の後で、父とぴったりラインを同じにする息子



アントニオの前に、自転車が群れのように駐輪場を占拠している光景が広がっている。

自分の後方に眼を転じると、道の傍らに一台の自転車が放置されてあった。

アントニオは息子の隣に座り込んで、何かを考えている。前方には、サッカーを終えて観衆がスタジアムからゾロゾロ出て来る風景が捉えられた。

「市電で先に帰ってろ。早く行け!」

座り込んでいた息子をバスで先に帰した父が向かった先は、数十メートル前に放置されていた一台の自転車だった。その自転車を素早く盗んで逃げようとしたとき、建物の奥から叫び声が上がった。

「泥棒だ!捕まえろ!」

逃げていく男。アントニオだ。

それを追い駆ける男たちの集団がそこに自然にできあがって、追走劇が展開された。それは昨日の、あの孤独な追走劇とは明らかに違っていた。その違いが、惨めな結末に繋がったのである。

バスに乗り込もうとしていたブルーノの視界に、この騒ぎが捉えられた。自転車を盗んで必死に逃げる者がまもなく捕まって、住民たちから小突き回される中心にいたのは、自分の父親だった。

「冗談じゃないぞ、大事な自転車を盗みやがって!」

この騒ぎの中に、ブルーノは飛び込んでいく。

「パパ!パパ!」

6歳の子供は、父に向かっていく。

「警察に突き出してやる!」

アントニオは、集団の罵詈雑言の中で挟撃されていて、その頬を叩かれている。

ブルーノは泣いていた。

父はもう観念してしまっている。男たちから体を抱えられて連れて行かれる父の後を、息子は泣きながらついて行く。

街路に落とした父の帽子を拾って、息子は父を追っていく。

「どこの警察へ?」
「大勢で行くとまずい。俺に任せろ」

男たちの会話の中、犯人の息子を確認した自転車の持ち主は、気持ちを固めて言い切った。

「いや、もういい」
「見逃すのか?」とそこにいた男。
「いいんだ。世話になったな」と持ち主。
「息子の前でご立派なことだ。見逃してもらえてありがたいと思え!」
「全くだ。さっさと帰れ」
「ほら、失せろ!」
「神に感謝するんだな」

アントニオを罵倒する声が飛び交う中、一人の父親は無言でその場を立ち去っていく。

涙をためた息子が、その後からついて行く。

無表情だった父の眼から涙が零れてきた。

息子は父の手を握り、父とぴったりラインを同じにしてローマの街を歩いていくのだ。

父子は帰途につく他にないのである。アレッサドロ・チコニーニの叙情的な調べが、彼らの帰途を優しく包み込んでいた。

父子の手は、どこまで行っても離されることはなかった。

ローマの街に夕闇が迫っていた。

この風景の中にFINEのマークが刻まれて、終始、厳格なリアリズムに徹したモノクロの映像が閉じていった。


*       *       *       *



5  家族の絆、或いは、失ってはならないものを守り抜くことの大切さ



こんな時代があって、こんな人々がいた。

こんな風景があって、こんな家族がいた。そしてそこに様々な人々の多様な繋がりがあって、良きにつけ悪しきにつけ、そこに一定の結束力があった。

それを今「邪悪なる共同体」と呼ぶのは容易だが、しかしそのような繋がりの内で、何とか生活を繋いでいこうとする人々の懸命の思いが、そこには紛れもなくあった。

当時の自転車は、現在なら自動車一台と等価であると言っていいだろう。

しかし乗用車を盗難された人々の悔しさは、アントニオが愛用の自転車を盗まれた悔しさと均しい感情であると言い切れるのか。

悔しさの継続力に於いて、当時と現代の落差は明らかである。

現代の人々は、災難に遭った悔しさを何ものかでカバーできる余裕を持ち得るが、アントニオの悔しさを癒すに足る何かが、果たして、当時どれ程存在したのであろうか。

自転車を盗まれることは生活を奪われることであり、ひいては家族の暮らしを困窮させ、明日の保障のない人生を覚悟することを余儀なくされるのである。

アントニオの自転車奪回のあらゆるアクションは、まさに、四人家族の暮らしと生命を賭けた必死の闘い以外の何ものでもなかったのだ。

翻って、現代社会を俯瞰するとき、私たちの多くは、「パン」の確保のテーマよりも、「心」の癒しの確保の方により強く振れているという印象が強い。

家族よりも個人であり、義務よりも権利であり、均質化よりも差別化であり、管理よりも解放であり、秩序よりも自由であり、自立よりも保護であり、「分」よりも「夢」であり、等量よりも過剰であり、昨日よりも今日であり、しばしば明日よりも今日であり、そして愛することよりも愛されることである。

このような目眩く現代の蜜の味を、この時代に生きる私たちが果たして捨てる覚悟を持ち得るだろうか。

多分に懐古趣味に流れていく者たちは、本気で「共同体回帰」を望んでいる訳がない。

蜜の味の一切をかなぐり捨ててまで、その者たちが「古き良き時代」への原点回帰を志向しているとは到底考えられないのである。

偶(たま)さか甘いものを食べ過ぎて、それを摂取することを悔いたとしても、特段に命の別状がない限り、「決して甘いものは喰わない」と嗜好転換する決意を固めたつもりの、件(くだん)の者たちの観念の砦が一片の感傷を入り込ませないという精神武装によって、時空を突き抜ける強靭さを持ち得るとは、私にはとても思えないのだ。

なぜなら、私たちは殆ど確信的に、「近代」が包摂する様々な利器や快楽を勝ち取ってきたのであり、そして半ば暗黙裡に「共同体社会」を破壊してきたのである。

自らが壊してきたものの中に、単にノスタルジックな喪失感覚を蘇生させるような離れ難さを覚える何かが含まれていたとしても、せいぜいそこで私たちが為し得るのは、その上辺だけの装飾を自分たちの暮らしや観念に接木(つぎき)することでしかないだろう。

それは恐らく、自己欺瞞以外の何ものでもないのだ。

甘いものを散々摂取してきた私たちができ得るのは、明日に繋がる「今日」という時間を、どれほど丁寧に生きていけるかというその一点のみであって、それ以外ではない。

私たちはそこに辿り着きたいとどこかで思っていた場所に遂に逢着したのであり、その辿り着いた場所を壊してまで戻りたい場所があるはずがないのである。

仮にそのような者がいたとしたならば、その者は決して、私たちが辿り着いたこの場所で心地良く共存している訳がないのだ。

だから、奇麗事で塗りたくった中身のない言辞を吐き散らすのは、もう止めた方がいい。

私たちは常にどこかで愚かであり、醜悪であり、あまりに不完全なるホモサピエンスでしかないのである。

―― 「自転車泥棒」という映画から学ぶものがあるとすれば、それは「肉親の絆の大切さ」であり、「勤労することの有り難さと辛さ」であり、「失ってはならないものを守り抜くことの大切さ」であり、そして、「失ってはならないものを失ったときの、自我の崩れを最小限に留めていくことの強さ」であるだろう。

それらが、この作品から私たちが学ぶべきものの全てである。少なくとも、私はそう信じて止まないのである。

家族の絆。

それは、失業問題が慢性化している時代の厳しい状況下に於いて、何よりも「パンの共同体」だった。

父が働き、母がそれをサポートし、同時に育児に専念する。子供は就学間近にあって、自分の可能な限りの役割を家族の中で担っている。

その状態が堅調に推移すれば、家族は少しずつ、「パン」の問題を克服していくことになるであろう。決して物質的豊かさを手に入れた訳ではないが、それでも苛酷な労働環境の中で、相対的な豊かさの実感を手に入れるに違いない。

人々が均しく貧しい時代の中では、自分たちの暮らしだけが特段に厳しい状態に置かれていない限り、人々は、「貧しさの中の豊かさ」を実感することが充分に可能なのである。

それは広義に言えば、「心の豊かさ」の範疇に入る豊かさである。

均しく貧しい時代には、このような豊かさの獲得が可能なのである。

なぜなら家族の絆は、単に「パンの共同体」の枠内に留まらないからだ。

家族とは何より「心の共同体」である。家族内の情緒的結合の確かさが、家族の絆を間違いなく強化するであろう。家族とは、「パンと心の共同体」なのである。

しかし、働くべきはずの父親が失業状態に陥ったら、家族の暮らしは直接的な危機に瀕するであろう。そのとき、家族は何によってその絆を守り、それを崩されないようにして固めていくのか。果たして、「心の共同体」のみで家族の絆を堅持することが可能なのか。

「自転車泥棒」という作品は、まさにこの家族の絆という、人間社会にとって本質的な問題にメスを入れた作品でもあった。

作品の中で終始描かれていたのは、失業の危機に直面した父を助けようとする息子の、切ないまでに幼気(いたいけ)な行動だった。

私の中で最も印象的な描写は、自転車を盗まれた父に同行し、大人に混じって必死に探すブルーノの表情の変化を伝えるシーンである。

父と子がズブ濡れになって一時(いっとき)雨宿りした際、息子の苛立ちがその上半身を自ら叩くような仕草の中に表現されていた。

「どうした?」と些か強い口調で尋ねる父に、息子はもっと強い口調で、「転んだんだよ!」と突っぱねるようにはね返したのだ。

その息子の意を汲んだように、父は息子にタオルを差し出した。

そのタオルで体を拭う息子は、父親の表情をチラチラと確かめる。

雨の中でも自転車を捜す父の真剣な視線を感じ取ったとき、もう息子は、父に対する不満を零せなくなってしまったのだ。

息子もまた、父と同じ視線の内に入っていくのである。



6  「ユートピア」なる幻想を追い求めるホモサピエンスの厄介な病理



思えば、この日は日曜日だった。

もし父が失業の危機に直面していなかったとしても、家族の団欒が実現したはずの人並みの日曜日の過ごし方が、この家族にあっただろうか。

ブルーノは、そんな思いを経験したことすらないかも知れない。経験したことのない快楽に、人は未練を抱くことがないのである。

しかしこの映画を観る私たちの多くが、「日曜日の団欒」などという観念は、今や快楽ですらないかも知れぬ。

或いは、なおそれを快楽と思える人たちには、ブルーノへの同情を禁じ得ないのだろうか。

しかしその思いは、彼らへのフラットな同情感情以外の何ものでもないから、吹けば飛ぶようなノスタルジーの類であると言っていいだろう。

因みに、このような作品と付き合うとき最も注意すべきことは、「皆がお互いに助け合った時代の、古き良き共同体」への原点回帰を、感傷の世界でイメージを膨らませてしまうことへの、知的な検証力の介在がどれ程の有効性を持ち得るかという点にある。

それは、「それに比べると、今の世は暗黒だ」などという根拠もない幻想にとり憑かれてしまうことに対して、どれだけ自我のバリアによって、物語の浮薄な部分を稀薄化できるかという点にあると言い換えてもいい。

豊かさを手にして、少し余裕を持った人間に限って、「永遠なるユートピア」を追い駆ける習性だけはいつの世も変わりないのだ。

古来から人間は、「今の若者はなっていない」という言葉と同じ比重で、「今の世の中は最悪だ」という常套フレーズを繰り返し吐き出し続けているのである。

これは常に、「ユートピア」なる幻想を追い求める私たちホモサピエンスの厄介な病理であると言っていい。この「進歩幻想」という病理のために、「革命」という名の殺戮を繰り返してきた歴史を、またいつの日か忘れた頃になぞっていってしまうのは、人間の学習能力の限界を示すものであるに違いない。



7  それ以外に生きようのない人生を繋いでいく人々の生活の律動を、苛烈なリアリズムで固め切って



――「自転車泥棒」の世界に戻る。

息子ブルーノは、父アントニオの背中と視線を見て育ってきた。

同時に、頑張り屋の母マリアのてきぱきした動きを常に肌で感じ取っている。

この子は間違いなく、勤労することの有り難さと辛さを実感できている。

「パン」を手に入れることの大変さを感じ取っているのだ。

それは、「パン」を手に入れることの大切さを学習できているということである。その故、この幼気(いたいけ)な子供は、常に父の役に立ちたいと願っているのだ。

その父は本来真面目であり、理性的でもあり、子煩悩でもあった。

ブルーノにとって、父の存在はある意味で、自分の最も身近にいる成人男性の一つのモデルであったかも知れない。

しかしそんな父が、自分の眼の前で、あってはならない人格像を晒してしまった。ブルーノにとって、それは見てはならない光景だったのである。

見てはならない現実が、そこに晒されていた。

6歳の子供の自我に侵入してきた現実は、あまりに厳しかった。

こんな厳しい現実に、日常的に晒されていたであろう時代がそこにあり、その時代に、それ以外に生きようのない人生を繋いでいく多くの人々がいた。

アントニオ父子もまた、そんな群れ成す人々の一人だったのだ。

ブルーノは、父の犯した罪の重さを、その犯した分だけの重量感によって、その幼い感受性の内に、果たしてどれだけ受け止めることができたのだろうか。

そもそもこの子にとって、父の為した行動が「神に背く罪」として受け止めることができたのか。

そうではあるまい。

この子は常にどこかで、父の意を理解しているところがある。

理解というより、父の思いに一定の感情移入を果たしている。

父が悪いのではない。父の自転車を盗んだ犯人が悪いのだ。

父は自分たちの暮らしを守るために必死に動き、奔走した。

父と同行することで、ブルーノはそんな父の苦境の一端に触れることができたのだ。だからこそこの子は、父を守るために勇敢にも警官を呼びに行ったのである。

この子にとって、父の犯した行為は、必ずしも「神に背く罪」ではないのである。

それでも、ブルーノは辛かった。

父の許し難き行為が辛いのではなく、衆目の前で自分の父が詰られ、罪人のように扱われたその風景が辛かったのだ。

ヴィットリオ・デ・シーカ監督
その風景の辛さの中で、息子は父の手を求めるように弄(まさぐ)った。父は息子のその思いを受け止めて、その手をいつまでも放さずに、夕闇のローマの人いきれの中を消えていく。

しかし、父子の強い情愛は決して消えないであろうことを、映像は見事なまでに映し出していた。

二人はぴったりラインを同じにして、戦後まもないローマの古い佇まいの中に点景を刻んで、家路に就いたのである。

明日の「パン」の保障がない厳しい生活環境に、時には押し潰されるかも知れない不安を予感させつつも、映像はその苛烈なリアリズムで固め切ったのである。

(2006年4月)

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ルミちゃん さんのコメント...

簡単に書きましょう.
父親は、困り果てた末、自転車を盗んでしまった(悪人だった).けれども、彼は自転車を返し、泣いて詫びた、自分の罪を悔いたのです.
それに対して、老人は、若者は、自転車を返したのか、一言でも詫びたのか.
身よりのない老人であっても、あるいは、持病を持った若者の場合であっても、自分の犯した罪を詫びることは出来たはずである.けれども彼らは、自転車を返しもしなければ、詫びもしなかったのです.つまり、彼らは自分の犯した罪の自覚がないと言えます.
親子は、自転車を探す道すがら高級レストランで食事をしました.その時、父親は子供に、自分の給料の計算をさせます.そして、周りで食事をしている人達を見回しながら、彼らは自分の何十倍もの収入があるのだと、話をするのですが.
雨の中、同乗した清掃車が人にぶつかりそうになって、運転手は歩行者を怒鳴り付けました.悪いのはどちらなのか?、自分のやっていることを考えろ.
若者が逃げ込んだ売春宿の女将は、『この店はローマでも有名な店だ』と自慢しましたが、売春宿が自慢できる仕事なのかどうか、自分のやっていることをよく考えろ.
老人よ、若者よ、自分のやっていることがどういうことか、よく考えろ.自転車の一台ぐらい盗まれても困らない収入のある人間が、ローマにはいくらでも居る.それなのに、貧乏人から盗むから、こんなことになるのだ.盗むんならもっと考えて盗め.
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泥棒を描いた映画は、非常に難しい問題を解決しなければなりません.つまり、泥棒がちゃんと映画を観なければ、目的を達成できないのですが、この作品の場合はどうなのでしょうか?
こう考えると、お巡りさんは良い人で泥棒は悪いやつ、よく似た時代に『野良犬』を撮っている黒沢明は、どう考えても単なる阿保でしか無いのがよく分ります.