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2008年11月2日日曜日

永遠と一日('98)        テオ・アンゲロプロス


<「人生最後の日」―― 軟着点の喪失と千切れかかった魂の呻吟、或いは「自分という人間を見つめる、そのまなざし」>



序  強い作家は、同時に想像力溢れる作家



テオ・アンゲロプロス。

私の最も好きな監督の一人である。その過半の映像が激しく胸を突いてくる。

ナチスへの協力の疑いで死刑宣告を受け、その冤罪を晴らした父を持つ作家の少年期は、既に政治の苛酷さの洗礼を充分に受けていた。

映画という格好の媒体を通して、政治状況に異議申し立てをしてきた感のあるアンゲロプロスは、常に語るべき何かを持った映像作家の一人であった。語るべきものを持つ作家が一番強いのだ。彼は一貫して強い作家であった。

強い作家は、同時に想像力溢れる作家であった。

そのことを改めて思い知らされたのは、「こうのとり、たちずさんで」の鮮烈なラストシーンであった。 

―― 以下、その深々と叙情をたたえた鮮烈な描写を、拙稿から引用してみる

「国境を生命線にする国民国家の危うさをテーマにしたこの映像のラストに、黄色い作業着を着た電線マンたちが登場する。

直線的に配列されてある電柱に電気工事の作業員がよじ登って、電線を架けていく。作業のラインが点景になって、空の青を覆い尽くすような淡い紅を、ほんの少し染めたミルク色の雲に映し出されていく。静謐(せいひつ)をたたえた音楽が画面に溶け合って、それ以上ないメッセージを運んで、結ばれた。

国境を繋いでいくことの困難さが、この直列のラインで象徴的に表現されていて、映像によるイメージが喚起する力に圧倒された。凄い映像だった」(拙稿・「こうのとり、たちずさんで」の映画評論より抜粋)


国境を繋いだ黄色いレインスーツを着た男たちが、姿を変えて、本作の中に再び出現した。自作の登場人物たちを重ねて登場させるアンゲロプロス監督の特有の表現技法が、そこにある。

本作では、かの電線マンたちは自転車に乗って、暗い国道をひた走るのだ。

霧の中の風景」でも、国道をひた走る黄色いレインスーツの男たちが、その独特の身体疾駆の中で、固有なる表現者たちの、際立つような存在感を印象づけていたが、それは、本作の中で放たれた、その表現の重量感を超えるほどの役割的規定性を持ち得なかったようにも思われる。

こうのとり、たちずさんで」より
それに比べて、本作のラストシーン近くで見せる彼らの存在感は、「こうのとり、たちずさんで」ほどのインパクトはないにしても、既にその疾駆を繋ぐ表現の中に、何か力強いメッセージ性を立ち上げているかのようなイメージによって、抜きん出て鮮烈なカットを刻んでいたのである。

哀切なロードムービーの側面も見せるこの映画の中で、黄色いレインスーツの男たちの秩序だった走りは、ここでは見事に映像のジグソーパズルを完成させるに足る、一つの個性を表現するもののように思われたのだ。

その映画、テオ・アンゲロプロスの「永遠と一日」は、死を目前にした老詩人の辛い一日を描いた作品であった。



1  「そのとき、全てが、時が止まる」―― 海辺の家の記憶  



-― その映像の粗筋を、原本となったシナリオを参照にして詳細に追っていこう。


イタリア様式の外観を見せる海辺の家。

「アレクサンドレ、島へ行こう」
「どこへ?」とアレクサンドレ少年。
「島だよ。海の底で古代都市を見て、島で崖に登って、沖を船が通ったら叫ぶんだ」
「古代都市?」とアレクサンドレ少年。
「お祖父さんの話さ。昔、幸福な町が地震で沈んだ。何世紀も海底で眠っている。明け方の星が地球と別れを惜しむ朝、一瞬、古代都市が海の上に出てくる。そのとき、全てが、時が止まる」
「時って?」
「砂浜でお手玉遊びをする子供、それが、時だってさ。来るだろ?」 

ここで映像のタイトルが映し出されて、詩情豊かなピアノの旋律が流れていく。

アレクサンドレ少年がベッドからそっと起き、白いサンダルを両手に持って、こっそり寝室を出て行った。

少年は海辺で待つ二人の友人と落ち合って、ズボンを脱ぎ捨てるや、海に飛び込んだ。三人は物語の島に向かって、競り合うように泳ぎ始めたのである。



2  重苦しく、沈鬱な心



テサロニキ
北ギリシャの港町、テサロニキ。

海の見えるアパートの一室で、少年の日の夢から醒めた詩人がいる。

「人生最後の日」を迎えたアレクサンドレである。その老詩人が、長く自分の世話をしてくれたお手伝いさんのウラニアに呟いた。

「今日が最後の日だ」
「明日、病院へお供させて下さい」
「ウラニア、辛く考えるのはよそう。終わりはいつもこんな風だよ」

思いつめたようなウラニアは、アレクサンドレに部屋の鍵を手渡した。

「三年間、本当にありがとう。私一人ではどうなっていたか」

ウラニアは部屋を出て行った。

彼女は心残りだったのか、引き返して来るや涙声で、「犬の餌は済んでいます」と言い添えて、部屋を後にした。

部屋に一人残されたアレクサンドレは、いつものように音楽をかけて、向かいのアパートを遠望する。そのアパートの一室から、同じ曲が流れてきた。

「最近、私と世間を結ぶ唯一の・・・向かいの見知らぬ人・・・同じ曲で応えてくれる・・・何者か・・・誰か・・・」

アレクサンドレの物憂げなモノローグは、愛犬を連れて、海岸通りを歩きながらも繋がっていく。

「会おうかと思ったが、気が変わった。知らぬまま想像している方がいい。私のように孤独な男か。いや、少女が登校前に見知らぬ隣人をからかっているのか・・・全てが一度にきた。変な痛みと兆候を無視し、頑固に背を向けていたが、闇が訪れた。沈黙が私を包んだ。沈黙・・・冬の終わりまでだと全てが言う。突然の雲の切れ目を背景に淡い船の陰が現れ、夕暮れの水辺を恋人たちが散策しても、春は約束を守らない。冬の終わりまでだと全て言う。私の心残りは、アンナ・・・君は分るよね。私は何一つ完成していない。あれもこれも下書き・・・言葉を散らかしただけだ・・・」

アレクサンドレのこの長いモノローグは、映像の全篇を貫流する重厚なテーマとなって、この男の「最後の一日」を開かせていく。

男はギリシャで著名な詩人だが、明日重篤な病気のために入院することになっていた。男の心はあまりに重苦しく、沈鬱だったのである。



3  別れ、そして小さな出会い  



そんな男の覚悟の一日は、思わぬ出来事に巻き込まれることから始まった。

街角でワゴン車のトランクに犬を乗せたとき、眼の前に群がるストリート・チルドレンの一人の少年が、一時停止した自分の車のフロントガラスを磨き始めたのである。

背後には、警官隊に追われた少年たちが走って来て、男は眼の前の少年を自分の車に乗せた。咄嗟の行動だった。

「どこから来た?」とアレクサンドレ。

無言の少年に、「ギリシャ語は?どこに行きたい?」と尋ねても、少年は儀礼的な微笑を返して、車を降りた。

少年はそのまま街路を走って、年長の少年のもとに向かったのである。

少年と別れたアレクサンドレは、一人娘のカテリーナのアパートに立ち寄った。

愛犬を預け、別れの挨拶をしに来たのである。

アレクサンドレは同時に、三年前に死んだ妻の手紙を娘に渡した。

娘はその中から、一通の封筒がない手紙に眼を留め、それを読み始めていく。

「『1966年9月20日』。“私の日”だわ。ママがいつも話していた」

娘は手紙を読み始めた。

「私は眼が覚め、あなたは寝ていた。夢を見てたの?アレクサンドレ・・・あなたの手が私を捜すように動き、瞼が震え、あなたはまた眠りに落ちた。あなたの眼から、涙のような汗が一滴転がり落ちた。傍で赤ちゃんがむずかった。ドアがきしんだ。私はベランダに出て、そっと泣いた」

映像はここで、30年前の夏の日の回想シーンにシフトした。

その場所は、家族が暮らした「海辺の家」。

冒頭のシーンで、アレクサンドレ少年が海に飛び出て行ったあの家である。

その家で、若妻のアンナは泣いていた。

そのアンナに、夫のアレクサンドレが、老人と化した現在の姿で寄り添うが、陽光眩しい外に出た妻は不満を漏らした。

勿論、それは手紙の中で綴られたもの。

「本のことしか考えないのね。いつになったら二人になれるの。私には飛び去らないように、ピンで刺し止めたいほど大事なときだった・・・

海辺の家から書いてます。もうろうとして、温かいミルクとジャスミンの香りの中で、私はあなたに話しかけ、近づき過ぎるとあなたは抵抗する。私があなたを脅かした?ただの恋する女なのに・・・

夜、あなたを見ていた。寝てるの、黙ってるの?考えているあなたが怖い。沈黙に割り込むのが怖い。だから私は体で、私は傷つきやすいと伝えた。それが私の唯一の方法だった。私はただの恋する女よ、アレクサンドレ・・・

私は裸で砂浜を歩いた。風が吹いて、沖を船が通った。まだ寝ているあなたの温かみに包まれて・・・でも、あなたは私の夢を見ていない。ああ、アレクサンドレ。私を夢見ていると一瞬でも思えたら、嬉しくて泣き出すわ・・・」

アンナの手紙を聞き終えたアレクサンドレは、激しい動揺を抑えられない。

「知らなかった・・・」

言葉を失った男のもとに、突然、浴室から娘の夫が表れた。

左からカテリーナの夫、アレクサンドレ、カテリーナ
彼は一定のスタンスを保持した状態で、義父にシビアな報告をしたのである。

「海辺の家は売ることにしました。明日から解体が始まります」

狼狽するアレクサンドレに、娘のカテリーナは「分って欲しい」と懇願するが、明らかに蒼白な顔色の父の表情に弁明を繰り返すばかりだった。

アレクサンドレは娘に別れを告げて、愛犬を預けることなく街の中に出て行った。

そこで彼は、今朝の少年が男たちに連れ去られる現場を目撃して、その後を追った。

少年は寒々とした郊外の廃屋に連れて行かれて、そこで難民の子を人身売買する現場に立ち会ったのである。

アレクサンドレは咄嗟の気転で少年を救助し、再び自分の車に乗せて廃屋を後にした。



4  鉄条網に張り付く無数の死体



アレクサンドレは、移動売店が並ぶ高速道路沿いのバスターミナルにいた。

彼は売店の男に不法入国の少年を預かっていることを話し、国境までの時間を聞いた。少年を送り届けるためである。

アルバニア国境まで2時間もの時間を要すると聞き知ったアレクサンドレは、そこに到着したバスを確認し、自分の車に戻って行く。しかし、彼の車の中に少年はいなかった。

「逃げたな。いつもこうなんだ。警察が送還しても、すぐにまた山を越えてやって来るんだ」

無碍もなく言われたアレクサンドレは、前方を歩いていく少年を追いかけて、ギリシャに来た事情を聞いた。

少年の答えは、今や故郷にはお婆ちゃんのみの身内しかいないとのことだった。

「君を見捨てておけないが、一緒に送って行けない。私は明日から旅に出る。終点でタクシーに乗れ。すぐに国境だ。お婆ちゃんに会える」

アレクサンドレは少年にそう言って、ポケットから取り出した金を渡した。

少年は呟くように、歌を口ずさみながらバスに向かった。アレクサンドレは、少年の口から出た「コルフーラ」という言葉が気になって、その意味を何度も尋ねた。

少年はそれに答えず、バスに乗り込んだ。

「放っとけなかった。分るね」

少年を乗せたバスが動き出したが、すぐ停車して、バスから少年が降りて来たのだ。

「分ったよ。でも一緒には行けない。行けないんだ」

アレクサンドレは諦めたような思いで、少年を車に乗せた。やがて小さなカフェに入って行く。

そこでアレクサンドレは、カフェの主人に国境までのタクシーの運転手を求めて、暫く待たされた。

まもなく4人の警官たちがカフェに入って来て、慌てた少年はその店を抜け出した。

少年がまた自分の前から姿を消したことで、アレクサンドレは街路に出て、少年を探し回った。建物の影でしゃがんでいる少年の歌声が聞こえてきて、老人は優しく言葉を添えた。 

「どうした?震えているじゃないか。警察が怖かったか」

少年はそれに答えず、アレクサンドレにタクシー代を返そうとした。

「ダメだよ。君のお金だ。高速道路で、コルフーラと言ったね。詩人って分るか?時間があれば、言葉を買った詩人の話を、詩人の話がしたいが・・・分ったよ。凍えてしまうぞ。おいで」

少年の無言の反応を察知して、アレクサンドレは再び少年を車に乗せた。自らアルバニア国境に連れて行くことを決めたのだ。

雪深い山道をアレクサンドレの車は上っていく。

そして山道の頂上辺りで下車したとき、少年は突然語り出した。

「銃を持った奴らが来た。一晩中撃った。家の中にも入って来た。赤ん坊が泣いた。村は空になった。道はこの上。前にセリムと通った。大人が付けた道印がある。木に結えたビニールの袋・・・

知らないと、雪で迷子になる。袋から袋を辿って、木のない広い所に出た。僕が歩き出そうとしたら、“動くな!”とセリムが怒鳴った。“地雷があるんだ、バカ!しゃがめ”しゃがんだ。セリムは石を拾う。石を投げて、すぐにしゃがむ。何も起こらない。

僕たちは石の所まで進む。彼は僕をしゃがませて、また石を拾って、また石を投げる。怖かった。寒かった。石を投げ続けて前に進んで行った。そして向こう側に出た。遠くに光が見えた」

アルバニアから命を賭けて越境してきた少年の、その生々しい記憶の断片が弾かれるようにして放たれた。

老人と孫のように年の離れた二人の眼の前に、雪に煙る国境の白が不気味な姿を現して、その進行を遮るような光景を広げている。

国境の鉄条網に多くの死体らしきものが張り付いていて、そこに信じ難いいような風景を曝け出していた。


そこでは、少年の独白から続くワンシーン=ワンショットの撮影技法が駆使されていて、作り手の独壇場とも思える世界が展開していたのである。

「家族は嘘。誰もいない」と少年。

少年は老人に正直に告白したのである。

「私は明日、旅立つんだよ」と老人。

告白を受けた老人も、自分の限定された、今日というこの日の持つ意味を知っている。だから何もできないのだ。

そのとき、国境の監視兵に警告されたのか、アレクサンドレは少年を連れて、逸早くその場を去って行った。



5  言葉を買う詩人



二人は大きな河の辺りにやって来て、少年にサンドウィッチを買って渡した。

「詩人って、分るよ」

少年のその言葉に、老人は強く反応した。

「そうか。じゃあ話そう。昔々、詩人がいた。19世紀のことだ。偉大な詩人だ。ギリシャ人で、イタリアで育った。その頃ギリシャは、長い間オスマン・トルコに占領されていたが、ある日蜂起した。忘れていた祖国の記憶、生まれた島の記憶が彼の中に甦った。島にいる母の顔が浮かんでくる。彼は歩きながら、独り言を言うようになった。夜毎のように、母の夢を見た。白い花嫁衣裳の母が彼を呼んでいる」


突然、映像はそこで19世紀にシフトする。

そこに、黒いマントで、シルクハットの詩人が川辺に佇んでいた。彼の名は、ディオニソス・ソロモス。ギリシャ国家の「自由の賛歌」を書いたことで有名な、19世紀に活躍した近代詩人である。

その詩人の研究を、アレクサンドレはライフワークに選んで苦闘していたのである。

そのソロモスは、河の辺りで思いを括っていた。

「私は心を決めた。ここを出て、ギリシャに帰る。遂にギリシャ人が蜂起した。詩人の義務は?革命賛歌を作り、死者を弔い、民衆に自由を教える」

彼はマントを翻し、足早に馬車に乗り込んだのだ。

19世紀のザンテ島。

「翌日、ベネチアから船に乗り、彼はギリシャへ。故郷ザンテ島へ戻った。懐かしい顔。懐かしい色や匂いに再会した。ここが我が家。だが言葉を知らない。革命賛歌を書こうにも、母の言葉が喋れない。そこで彼は近所を歩き回り、畑や漁村で、聞いた言葉を書き留めて、知らない言葉には金を払った。噂が広まった。“詩人が言葉を買うぞ”。その日から、行く先々で、彼の周囲には貧しい老若男女が集まり、彼に言葉を売ろうとした」(アレクサンドレの話)

ディオニソス・ソロモス(右)
小船で渡って来た一人の娘が、ソロモスに優しく語りかけていく。

彼は娘の言葉も書き取っていった。そして遂に革命賛歌を書き上げたのである。



6  少年たちの弔い



テサロニキ。

映像は現代に戻った。

アレクサンドレは、ある村の結婚式にやって来た。

そこでは、長く自分の世話をしてくれたウラニアの息子の婚礼が、ローカル色豊かなアコーディオンの伴奏に乗って催されていた。

ウラニアの息子の婚礼①
町の一角に繰り出して華やぐ婚式の中にアレクサンドレが顔を出したのは、無論ウラニアに逢うためである。最も信頼できる知人に、彼は愛犬を託しに来たのだ。

ウラニアとの再会の後、海辺の公園で、アレクサンドレは突然激しい苦痛に襲われ、ベンチに座り込んだ。

少年は心配そうに、老人を見守る。

少年は優しく語りかけた。

「微笑んでいるけど、悲しいの?言葉を買って来よう。高いかも知れないよ」

少年は海辺にたむろする老人たちの話に耳を傾け、戻って来た。

「クセニティス」と少年。
「亡命者か?」と老人。
「どこにいても、よそ者」と少年。その言葉の意味を説明した。

ウラニアの息子の婚礼②
老人は少年に金を渡し、尋ねた。

「今聞いた言葉か?」
「いや、村でおばさんたちが使ってた。もっと買って来よう」

少年はベンチから再び離れて行った。

老人はゆっくり立ち上がり、海辺を彷徨(さまよ)い歩く。

「どこだ、アンナ?島か、アンナ?」

ここで映像は、30年前の夏の日に戻っていく。

島へ向かうヨットの中で、若者たちが踊り回っていた。その中にアレクサンドレがいて、母に寄り添って行く。

「お前のお父さんの夢を見るの。それも毎晩。今、いてくれたら。あんまり急だったから。お前はまた旅だったし・・・いつも遠くにいるね。お父さんを信じない子で、傷ついていたよ」

母もまた、息子の不在を嘆いているのだ。

青く輝くギリシャの海。アンナは夫に語りかける。

「何考えてるの?」
「崖に登る」
「裏切り者!」
「なぜ怒る、アンナ。すぐに戻る。頼むよ、すぐに戻る」
「裏切り者!」

そう言われたアレクサンドレは、それでも単身崖に登って、沖を行く船を大声で呼び、白いハンカチを振ったのである。


テサロニキ港。

「子供が溺れた!」

誰かがそう叫んで、何人かの大人たちが溺れた子供を引き揚げていた。その現場に立ち会って、呆然とするアレクサンドレに、一人の紳士が言葉をかけた。

その挨拶から、彼がアレクサンドレの主治医であることが分る。症状の進行を心配する医師に、アレクサンドレは反応した。

「進行が早いんでしょ?自分の体なのに言うことを聞かず、鏡で見ても輪郭が薄い。苦痛が限界なので、明日入院します」
「私は医者なので言い方が難しいが、いつもファンでしたよ。あなたの詩と小説で育った世代です」

その医師は老詩人にそう言って、去って行った。

この描写で、アレクサンドレが功なり名遂げた著名な詩人であることが判然とするのである。

一方、アレクサンドレから離れた少年は、廃屋の一角で、深い悲しみに沈んでいた。少年を探したアレクサンドレは、身を投げ出して泣き崩れる少年に静かに尋ねた。

「どうして消えた?探したよ。何が起こったんだ?どうした?」

少年は嗚咽の中から、一言呟いた。

「セリム・・・」

すぐにアレクサンドレは、あの溺れた少年がセリムであることを知って、少年と共に病院の死体安置所に向かった。

アレクサンドレが案内係と話している隙に、少年はこっそり死体安置室に入って行った。

白いシーツを捲(めく)った少年は、動くことのない親友の額を優しく撫でて、ここでも落涙した。

闇のような廃屋に、窓拭きで日銭を稼ぐ少年たちが集まって来て、セリムの遺留品となった服に点火して、そこだけは目立って輝くコトラストな風景の中で、静かに親友の弔いを遂行したのである。

「ああ、セリム。今夜君がいないのが辛い。ああ、セリム。怖いよ。海はとても広い。そこはどんなところだ?僕たちはどこへ行く?行く手が山でも谷でも、警官や兵隊がいても、僕らは前へ進んだ。今、眼の前は海。限りない海だ・・・夜、お母さんが悲しい顔で戸口で立っていた・・・

セリムの遺体に寄り添う少年
クリスマスだった。山の頂は雪で白く、鐘の音が響いていた。これから行く港のことを、君から聞きたかった。マルセイユや、ナポリのこと、広い世界のことを。セリム、話してくれ。広い世界のことを。セリム、話して。話してくれ」



7  呻きを捨てた老詩人



少年が親友の弔いをしている頃、アレクサンドレは認知症で終の棲家となった母の病院を訪ねていた(注)。彼の記憶を貪る旅の一つの逢着点が、そこにあった。

「お母さん、なかなか来られなくて・・・次々に用ができてね。お母さん、お別れに来ました。明日、発ちます」

母は静かに立ち上がり、ゆっくりと窓のカーテンを開け、息子の名を呼ぶのだ。

「アレクサンドレ、ご飯ですよ」
「今、行きます」

息子がそう答えたとき、映像はまた、あの夏の海辺の風景を映し出していく。

しかしこの記憶を遡る旅は、雷鳴が轟き、驟雨が襲い来る場面を再現した。急いで避難する親戚たち。


アレクサンドレは妻を探しに、浜辺へ向かった。

濡れ鼠になった妻がそこに待っていて、二人は激しく抱擁しあった。

再び母の病室。

アレクサンドレは、倒れ込む母を抱えて、ベッドに寝かしつけた。

「お母さん。なぜ、願うことが、願いどおりにならない?なぜです。なぜ我々は、希望もなく、腐っていくのか。苦痛と欲望に引き裂かれて、なぜ私は、一生よそ者なのか。ここが我が家と思えるのは、稀に自分の言葉が話せたときだけ。自分の言葉・・・失われた言葉を再発見し、忘れられた言葉を沈黙から取り戻す。そんな、稀なときしか、自分の足音が聞こえない・・・なぜです?・・・教えて下さい。なぜ、お互いの愛し方が分らないのか?」

途中から涙声になったアレクサンドレの、哀切な表現が静かに刻まれた。母の病室に呻きを捨てたアレクサンドレは、病室を後にした。


(注)或いは、この描写が本作の主人公の内面の彷徨であるとも想像できるので、現在の時間の中での進行を表すものか否かについては断定しかねるが(彼の亡き母との内的対話の可能性も否定できないということ)、要は以上の対話の中で、「人生最後の日」を迎えたアレクサンドレの、その絶望的なまでの孤独感を表現した場面として把握することの重要性以外ではない。



8  少年との「人生の旅」、そして別れ



病室を後にしたアレクサンドレを、少年が待っていた。

「お別れだよ」と少年。
「皆と発つのか、真夜中に。君は残ると思ったのに」
「あなたも発つんでしょ?独りぼっちになる」
「大丈夫。旅は大きい。幾つもの港、広い世界」
「さようなら」

老人に別れを告げた少年は、去って行く。老人は孤独に耐え切れず、少年に向かって叫んだ。

「一緒にいてくれ。船が出るまで2時間ある。私は今夜が最後だ。一緒にいてくれ」
「怖いよ」
「私もだ」

少年は老人の胸に飛び込んでいく。二人は固く抱き合っている。

そこに青いバスが止まった。

老人は少年を誘って、そのバスに飛び乗った。

バスは夜の闇をゆっくりと進んでいく。

自転車に乗った黄色いレインスーツを着た三人の男が、バスの前を通り過ぎて行った。

アンゲロプロス監督の映像の中に、しばしば出現するレインスーツの男たちである。

バスの中で、老人と少年は初めて心からの微笑をクロスさせ、窓の外を眺めている。

「魂の駅」。車掌のその声で、乗客たちはバスを降り、雨の街路へ消えて行った。

その停留所から乗り込んできたのは、赤旗を持った一人の左翼青年と、二人の若い男女。その男女がバスの中で、何やら口論している。

「なぜ人の話を聞かない?どうして怒るのかな。新しい芸術がいるんだ、マリア。新しい表現形式。それが無理なら、何もない方が・・・愛している、愛してる、心の限り。でも君は無分別にあの作家と遊んで、ゴシップを流している。むかつくよ。でも愛してる。なぜ人の話を聞かない?」

ここで女子学生らしき若い女性が矢庭に立ち上がり、花束をバスの床に投げ、停留所でさっさと降りて行った。男子学生らしき男が後を追って行く。その光景を見て、老人と少年は微笑を交わした。

バスには今、堂々とした態度で赤旗を持つ左翼青年しか乗っていない。まもなく次の停留所で、三人の音大生らしき若者たちが乗り込んで来て、室内楽の演奏を始めたのである。二人は彼らの演奏に聞き入っているが、音楽のメロディは、やがて映像のテーマ音楽に変わっていった。

そして次の停留所では、19世紀の詩人ソロモスが乗り込んで来て、自分の詩を二人に向かって詠んでいく。

「・・・人生は美しい。そう、人生は美しい」

それが、詩人の最後のフレーズとなった。

次の停留所でバスを降りていくソロモスの背後から、アレクサンドレの切実な問いが追い駆けていく。

「教えてくれ!明日の、時の長さは?」

そこに、詩人の答えはなかった。

バスの中の二人
まもなく二人はバスを降り、そこに三人の黄色いレインスーツを着た自転車が、ゆっくりと通り過ぎて行った。

二人は港に車でやって来た。

路面は雨に濡れている。汽笛が響いて、窓拭きの少年たちが車に乗って到着し、港に待つ船にトラックごと乗り込んで行った。

「時間だな」とアレクサンドレ。
「“アルガディニ”」と少年。泣いている。
「何だって?」
「“とても遅く”っていう意味」
「とても遅く・・・夜、とても遅く」
「行かなくちゃ。さようなら」

少年は涙をこらえて、トラックの方に駆けて行った。

やがて汽笛が鳴って、青く光る巨大な船は、夜の闇の彼方へゆっくりと消えていく。

アレクサンドレはいつまでもそこに立ち竦み、船を見送っていた。少年との最後の別れであった。



9  さざなみ寄せる海に向かって叫ぶ老詩人



アレクサンドレは、廃墟と化した海辺の家に立ち寄った。どこからともなく、亡き妻アンナの声が聞こえてきた。

「海辺から、あなたに何度も、何度も、手紙で話しかける。いつかこの日のことを、思い出すときがあったら、覚えていてね。夢中になって、あなたを見ていた眼・・・夢中であなたに触れた指・・・震える思いで、私は待っている・・・なぜって、今日は私の日」

外の海辺には、親戚たちの歌声が、アコーディオンやギターの伴奏に乗って聞こえてきた。

「アレクサンドレよ」

アンナが振り返って、夫を呼んでいる。そこにいた人たちも、こちらに近づいてくる。アレクサンドレは妻を迎えに行く。

「踊りましょう。踊るのは嫌いでも、今日は私の日」

アンナが両手を差し伸べて、それを受け止めたアレクサンドレが、自然の陽光の下で踊り始めた。仲間も一緒に踊っている。

アンナの表情は至福に満ちていた。そんな妻に、夫は静かに、しかし明瞭に自分の意思を結んだ。

「アンナ、病院に行くのは止めるよ。病院には行かない。行かないよ。明日の計画を立 てよう。同じ曲で誰かが応える。僕に言葉を売る人もいるだろう。明日・・・明日って何だ?いつか君に聞いた、“明日の時の長さは?”君の答えは?」
「永遠と一日」

アンナは小声で囁いた。囁いた後、静かに夫から離れていくアンナ。

「聞こえない・・・何と言った?」
「永遠と一日!」

アンナは今、離れたところから、大きな声でもう一度繰り返した。

しかし、アンナの声は、もうアレクサンドレの耳には届かない。何も語らないのだ。姿も見えないのだ。姿を見えない妻を求めて、夫は最後の言葉を刻んだ。

「アンナ。私は今夜、向こうへ渡る。言葉で君をここに連れ戻す。全ては真実で、全てが真実を待っている。私の花・・・よそ者・・・私・・・とても遅く・・・」

アレクサンドレは、さざなみ寄せる海に向かって、繰り返し叫んでいる。

「アレクサンドレ!」

どこかで、自分を呼ぶ妻の声が聞こえてきた。


(「テオ・エンゲロプロス シナリオ全集」池澤夏樹 字幕 愛育社刊より参照)


*       *       *       *



10  「生と死」の一つの極相の様態



「永遠と一日」は、テオ・アンゲロプロスの作品群の中でとてもダイレクトで、比較的分りやすく、かつ詩情溢れる作品に仕上がっている。その読解の困難さに辟易する人も少なからずいるかも知れないが、少なくとも私にとって、そのテーマ性の持つ重量感と、身体の中枢を突き刺してくるようなメタファーを含む圧倒的な表現力によって、本作は紛れもなく、魂を激しく揺さぶる作品であった。

現在の私の心境に、これほど違和感なく嵌り込んでしまう作品はないと思えるような何かが、本作には万遍なく詰まっていて、私は終始ドキドキしながら本作と付き合い、そしてラストシーンの括りの中では、幾筋かの細いラインが私の頬を、そこだけは特段の思いを刻むメモリアルであるかのように、静かに閉じていった。

霧の中の風景」のラストカット

テオ・アンゲロプロスの作品群の中では、「霧の中の風景」を最も好む私だが、脊髄神経受傷後、七年目の冬を迎える現在の心境下にあって、或いは、この「永遠と一日」という名の激しく胸迫る映像が、アンゲロプロス作品群のマイベストムービーと言えるかのような重量感を、日増しに増幅させているのもまた事実なのだ。

私をここまで虜にさせた、本作の中枢的テーマ。それを独断的に言い切れば、こういう長い文脈にまとめることができようか。

「『最後の一日』を生きねばならない、凄惨なまでに圧倒的な現実を約束されたと観念した男が、その限定的な時間の中に自分の人生を凝縮させ、その時間を永遠化させるという括りによって、決定的に極まった孤独と決定的に対峙しつつも、そこで身震いする人間の覚悟の極相」

これが、私の基本的把握である。

要するにそれは、「人生最後の日」を迎えたと覚悟する男が、軟着点の喪失という現実を前に千切れかかった魂の呻吟の記録であり、そしてどこまでも、「観念としての死」を生きるしか術のない私たち人間の、永遠なるテーマとしての「生と死」の一つの極相の様態を、抜きん出た想像力とメタファーの表現の連射によって映像化した作品、それが「永遠と一日」ではないかと私は考えている。



11  「人生最後の日に人は、どのように歩くのか」、或いは、「内的な亡命」、「外的な亡命」



―― ここに、貴重な証言がある。

テオ・アンゲロプロス自身の言葉である。

彼が来日した際の記者会見での言葉を、ここに引用してみよう。 1999年1月27日、帝国ホテルでのこと。

「質問者

『作品の事に関した質問です。監督はギリシャのみならず、ヨーロッパ、あるいは世界に起きている根本的な問題を大変美しい映像にいつもまとめられて、いつも作品を作っていると思います。で、今回の作品でギリシャ系、アルバニア難民の少年と、病気で老いた老人の作家を主人公にされたのはどういう意図からなのでしょうか。
それについてお伺いしたいと思います』

テオ・アンゲロプロス

イタリアを代表する俳優・ジャン=マリア・ヴォロンテ(ウィキ)
『まず、主人公である作家の方からお話ししたいと思います。わたくしは、イタリアの有名な俳優、ジャン=マリア・ヴォロンテの最後の日々を一緒に過ごしました。つまり、彼は死んだ時、わたくしの前回の作品『ユリシーズの瞳』の撮影に入っていまして、最後の日々を私は一緒に撮ったのです。彼が死んでいるのを発見したのは私でした。

その時、本当に衝撃を受けたし驚きました。しかし、その衝撃や驚きを超えて、1つの疑問が私の心の中に浮かび上がりました。あと1日しか生きられないとしたら、その日なにをするかという疑問です。そうやって人生最後の日に人は、どのように歩くのか、どのようにコーヒーを飲むのか、どんなことが頭の中に浮かび上がってくるのか。たった1日の時間の中に過去、現在、未来が収縮したときにどのようなことが起きるのかと考えたのです。

子供の存在の方ですが、これから始まる人生を画にしています。終わりゆく人生の傍らに始まっていく人生があります。私は《死》についての映画を作るつもりはありませんでした。生きること人生についての映画を作りたいと思ったんです。そして《死》は《生》の一部です。1つの段階にすぎません。答えになっていましたでしょうか。

今、ヨーロッパのいたる所の大都市で、このような子供たちを道で見かけます。それはアルバニアの難民の子供であったり、旧東欧諸国、ソ連から来た子供であったり、あるいは、ヨーロッパからもっと遠くパキスタンやイラク、イランの難民の子供であったり、そしてこの映画のような子供の仕事をしています。ストリート・チルドレンなんですけど、この映画の中に出てくる《クセニティス》という言葉がこの子供たちを定義しています。

それは、どこにいてもよそ者である亡命者ということです。亡命という言葉には2つの意味があります。内的な亡命と外的な亡命です。作家の方は実際に他の国に亡命しているわけではありませんが、実存的な意味での亡命者です。これはたとえば、カミュが『異邦人』の登場人物の中で描いたような内的な亡命です。そして子供の方は実際に外国に難民としている外的な亡命です。このように2人の亡命者が同じ都市の中で出会い、言葉を交します。そして1つの人生が終わり、1つの人生が始まるのです』」(WERDE OFFICE:記者会見レポート『永遠と一日』1999.1.27より/筆者段落構成)


 テオ・アンゲロプロス監督
以上の作り手自身の言葉が、本作の根幹にあるテーマと、それによる映像表現のエッセンスについて、殆ど言い尽くしているように思われる。

親友の死を目の当たりしたアンゲロプロスの衝撃は、未だその死に届かない全ての者が一つの他者の身体の死滅を、「死」という概念で把握できてしまうという圧倒的なリアリティ、即ち、様々な「死」について様々に想念を巡らせることができることによって、自分の生のリアリティを検証し得るという、当然過ぎることだが、しかしその事実が内包する圧倒的な重量感の根底にある絶対的な真理=「死はどこまでも観念でしかなく、しかもその観念を駆使することができるのは、まさに生きていることのリアリティの確認になる」という文脈に繋がることで、まさに、「死は生の一部である」と感受する実感的把握のうちに収斂するものであったと言えようか。



12  「絶対時間」という特定性



因みに、私もまた同じ心境下で常にこの真理の前にたじろぎ、身震いし、怯え、恐れ慄いてきた。私にとって、明日という時間が辛うじて存在するならば、特定的に与えられたその時間に、自分の一生を自分なりの充足感で蕩尽して止まない何かを確認しなければならない、絶対的に固有なる時間そのものなのである。

内村鑑三
内村鑑三の著書名に、「一日一生」という世に知られた言葉があるが、まさにいつ果てるかも知れない私の約束された時間の特定性は、一生分の熱量を燃焼させることで手に入れられる「絶対時間」なのだ。

更に私事を書けば、2007年11月現在の私にとって、毎日が常に「人生最後の日」という覚悟の中で繋がっている時間であって、それは、一日二回の歩行(自宅があるマンションの、長い廊下での約50分近くに及ぶ歩行)の危ういリハビリ中に転倒したら、恐らくもう、寝たきりの人生になることが予想される緊張感を抱えた時間であるということだ。

正直言って、現在の心境下で、私は寝たきりの人生を生き抜くだけの覚悟を持ち得ないのである。

だから、「転倒したら最後」という切迫感が、現在の私の時間をその根底に於いて支えていると言っていい。

「今日」という時間をいかに生きるか。いかに実のある何かを手に入れるか。「今日」という時間を、「いま、このとき」にも繋いでいる私には、それだけが全てなのだ。

そんな思いで日々を過ごす私の心の襞(ひだ)に、この映像は切っ先鋭く突き刺さってきたのである。

恐らく、アンゲロプロスを襲った観念は、親友の一つの固有なる死が、自分の生の根柢を激しく揺さぶって、人間にとって最も根源的なテーマを想念させるに足る身体的な文脈だったに違いない。



13  孤独の絶対性



迫りくる死の観念に搦(から)め捕られるとき、紛う方なく人は生きている、弱々しくも、人は生きている。その観念が自分の自我のみを苛烈に揺さぶる理不尽な思いの中で、人は生きているのだ。

「死の絶対性」が観念を荒らし尽くし、甚振(いたぶ)って、そこに自分だけが世界から取り残されたような不条理な心境下で、人は「絶対孤独」としか形容できない世界を垣間見てしまうのだ。

「孤独の絶対性」。

それは、人間が「私の死」のみしか死ねない絶対的な真理であり、それが常に自分の観念を暴れ回ってしまったら、人はもうそれ以外の「死」を死ねない現実を、まさに「私の生」の実在感の中で捕捉してしまうのである。

この観念の暴走が、「私の生」の実在感の中で出来してしまうので、私は、「今、ここに存在することの大いなる不快」に耐えねばならない。耐えて生きていかねばならないのだ。

この「孤独の絶対性」に耐えていくことがあまりに辛いから、多くの場合、人は「今日という一日を、一生分の重みとして完全に生き切る」ことで、何とかそこに一縷(いちる)の曙光を見出すのである。まさに、「死は生の一部」なのだ。

私は本作をこのような思いの中で把握し、私なりの一つの括りを持って受容した。

アンゲロプロスもまた、自分でも語っているように、特別な思い入れを持ってこの根源的テーマに挑み、そしてそこに、過剰なまでの作り手自身の感情を投入したようである。私にはそう思われてならないのだ。

なぜなら本作には、彼の固有なる問題意識としての、「国境を越えることの困難さと、それの身体的且つ、内面的乗り越え」というテーマが、アルバニア難民の少年の苛酷な描写を通して表出されていたものの、ここでは「外的亡命」より、「内的亡命」の方により心理的重量感を置いているように思われる。

死を目前にした老詩人の魂の呻吟とそこからの飛翔の可能性について、際立って共感的な思いを崩すことない筆致によって、そこに殆ど全人格的な身の預け方をしているように実感されるのである。



14  寂寥感を癒すに足るほんの小さな何か



―― 映像のアウトラインを、もう一度追ってみる。

明日、癌か何かの重篤な病気で入院する予定の一人の孤高の詩人が、恐らく、「人生最後の日」になるに違いないその日、偶然知り合ったアルバニア難民の少年を、児童密売の一味から救い出す。

詩人は少年を母国に送り返そうとして尽力するが、少年は仲間と共に夜半に出国すると言う。それまでの時間を共にする二人の感情の交錯が物語の基軸になり、そこに詩人の過去の記憶が濃密に絡んでくる。

詩人は「人生最後の日」と括った時間の中で、自らの軌跡を清算しようとしたのである。

その契機は、三年前に死んだ妻の残した手紙の内容を知ったこと。

封筒のないその手紙を、あろうことか、その詩人は全く読んでいなかったのである。

既にその描写のうちに、過去の追憶に引き摺られていく詩人の厳しく重い時間の流れを、「最後の一日」という絶対状況下で炙り出されていくであろう、深甚なテーマ性が潜んでいたと言えるだろう。

老詩人は過去に刻んだ妻の手紙を娘に読み聞かされたことで、激しい衝撃を受けたのだ。全てはそこから始まったのである。

既に詩人は自分のこれまでの仕事を、単に言葉を書き散らしてきただけで、何も満足すべき仕事を為していないと考え、絶望的な気分に捕捉されていた。

老境の身で、その身体に激しい痛みを覚える重篤な病の恐怖が、詩人の気分を決定的に打ちのめしていたのであろう。

そんな詩人が今、過去を追憶する。狂おしく追憶する。

それでなくとも重苦しい詩人の気分は、その追憶の中で執拗にいたぶられる者の惨めさを晒すだけである。そんな詩人の現在の懊悩の深みに、当然ながら他人は入れない。入れるわけがないのだ。

「私は医者なので言い方が難しいが、いつもファンでしたよ。あなたの詩と小説で育った世代です」

主治医から、こんなことを言われるほどの文学者であった、詩人の過去の栄光が傍目に眩く感じられる男の現在は、否応なく、その栄光の過去の日々に於いて、家族との感情的乖離についてあまりに無知であった冷厳なる現実を晒すものになっていて、激しく甚振られるだけの不快な時間でしかないのである。

そこに炙り出された心の空洞を突き破るかの如く、自分の仕事の犠牲となった亡妻への思いが深々と噴き上げてきて、詩人の「最後の一日」をより刺々しく、黒々と淀んだ時間に搦め捕ってしまうのだ。

その追憶の迷妄の中で、老詩人の孤独感は亡妻の辛さの思いに届いてしまうことで、断崖を背にした寂寥感を決定的に深めてしまったのである。

詩人の孤独感は、最後の一日の夜に、認知症の母の病院を訪ねる幻想の如き描写の中で極まった。

「お母さん。なぜ、願うことが、願いどおりにならない?なぜです。なぜ我々は、希望もなく、腐っていくのか。苦痛と欲望に引き裂かれて、なぜ私は、一生よそ者なのか。・・・なぜです?・・・教えてください。なぜお互いの愛し方が分らないのか?」

孤独なる詩人の呻きが、ここに集約されている。

詩人にとって仕事上での達成感を手にしたとき、自分の足音を感じ取ることができるが、それも稀なときでしかない。その稀な時間も、今の自分にはないのだ。

娘に、「ママの死後に取り組んだ、ソロモスの研究はもう止めたの?」というような事を聞かれても、詩人は「さあ、言葉が見つからないとね」としか答えられない。それは、詩人のライフワークが頓挫している現実を示唆するものだった。

そんな男の現在は、「栄光の過去」の全てを屠りたい心境下にあるのだ。

その絶望的な思いを母に求めても、母にはもう、最も肝心なときに、最も肝心な言葉を添えるだけの現在性を作り出せないのである。

それを分っていながら、呻吟を吐き出さざるを得なかった詩人の内的状況は極まっていたのだ。病室で嗚咽を刻む詩人の根源的な問いかけだけが、そこに捨てられたのである。

映像の中で追憶の森に嵌り込み、そこから「よそ者」である自分の魂の呻吟しか拾えない男の悲哀を刻んだ、この病室での描写の重量感は、映像表現が作り出した心理学的文脈の、一つの達成を記録するものでもあった。

「人生最後の日」に、男の自我を圧迫する苛酷さは、この描写によって充分に極北の様相を呈していたと言えるだろう。

詩人の娘もまた、詩人が最後まで拘泥していた海辺の生家を既に売却してしまっていた。

詩人にはもう、立ち戻るべき過去がないのだ。

映像の冒頭シーンでメランコリックに描かれた、詩人の幼少時代の「冒険の発信基地」を失って、詩人は自我の枢要なルーツの一つを解体されてしまったのである。詩人の苛酷な記憶の中に、また一つ重いものが累加されたのである。

一方、アルバニアから決死の国境越えを果たした少年の運命は、もっと苛酷であった。

戻るべき家が初めからなく、ギリシャに不法入国して来ても、その身を密売組織の手によって危うく売られそうになったのだ。その上、国境越えを共にした年上の親友が、異国の地で溺死してしまうのである。友を葬送する少年たちの哀切極まる描写は、痛々しいまでに胸を打つ。

正直言って、「子供の不幸」をテーマに取り込んだ描写(加えて、本作にはこの種の映画の定番のような「孤独な老人と不幸な少年」という物語で固めている)は、それだけで観る者の感情移入を容易にさせるから、感動を意識する安手の映画作りを嫌う私には相当の抵抗がある。同時に、死すべき運命の病者のテーマ化にも抵抗がある。

その二つの要素が、この映画の中枢に存分なほど絡みながら、なお深い感銘を禁じ得ないのは、アンゲロプロス監督の映像表現力が群を抜いているからである。

ついでに言えば、本作に於いて物語の中枢にあるのは、孤独の極北に流されていく老詩人の内面的世界であって、そこに絡む子供の存在は、どこまでも厳しい時代状況を生きる必死の突破力の象徴以外ではないように思われる。

そして、未来への希望を託した少年とのクロスによって、詩人のシビアな現実が抱える圧倒的な喪失感が、より深々と炙り出されていくというイメージだけが、そこに置き去りにされるのである。

ともあれ、死すべき運命の詩人は、苛酷な運命の少年に何を語ったか。

言葉を金で買った詩人について語り続けたのである。19世紀ギリシャの独立戦争を援助するため、母の郷里にやって来た孤高の詩人について書くことが、死すべき運命の詩人の未完のライフワークなのだ。

そのライフワークの断片を、詩人が少年に開いていく。

なぜなのか。

少年の未だ成熟していない自我がそれを受容するには、これ以上苛酷な経験がもう少し必要であると言うのだろうか。

そうではあるまい。

それとも少年の国境越えの試練が、同様に、異郷の地に踏み入れた孤高の詩人の苦難に届き得ると判断して、娘にも語ることのなかった封印化した仕事の断片を、そこで開いたのか。

それも違うだろう。

詩人は単に、寂寥感を癒すに足るほんの小さな何かを求めただけに過ぎなかった。そう考えるのが自然であるのか。

いや、そもそも、そんな通俗的な読解を拒むほどの、形而上学的な、或いは単に、それを表現することによって想念や記憶を仮託されたメタファーを散りばめる、極めてシンボリズムの濃度の深い映像に、「描写のリアリズム」の視座で把握しようとする態度そのものが無意味であると言えるだろう。



15  詩人の人生の縮図、その煌き  



そして、ラストシーンに近づく辺りの哀切なる描写。

少年との別離が近づいた詩人は、少年に向かって、「私を独りにしないでくれ」と叫んだのだ。

「あと2時間、私と一緒にいてくれ」と懇願したのである。

少年は詩人の胸に飛び込んで、詩人もまたそれをしっかりと受容し、やがて二人は、残りの時間をバスに乗って、二人の関係の一つの到達点のような心地良い時間をそこに作り出したのである。

バスには人生の縮図があった。恐らく、詩人の人生の縮図であろう。

「魂の駅」という車掌のアナウンスで、多くの乗客が下車した。心に様々な悩みを持った人たちが、その人生の途上で必ず逢着するであろう内的時間の喧騒のイメージを、ストレートに表現したかのような映像の開き方は、まさに、詩人自身の内的世界の軌跡を印象的になぞるものであっただろう。それは或いは、作り手自身の苦闘の軌跡を重ね合わせたものなのかも知れない。

そんな人々が降車した後に、代わって乗って来たのは、いかにも確信居士の如く、居丈高な態度をその表情に抗いなく映し出す、一人の左翼青年。赤旗を誇らしく掲げ、その身体表現によって、自分の明瞭なメッセージを刻んでいた。

また若い二人の男女の、激しくも繊細なクロスもあった。

青年は彼女を必死に説き伏せようとするが、女性は青年の思いを捨てて、躊躇なくバスを降りて行った。

その後を、青年が追い駆けていく。

二人の物語の展開が、どのような睦み合いのうちに結ばれていくかについては定かでないが、殆ど青春の豊かな交情の一頁として、忘れ得ぬ記憶のファイルに留められる何かであることを容易に想像させるものであった。

そして次に、三人の若い音楽家(学生?)がバスに乗り込んで来て、極めて真摯な態度を決して失うことなく、彼らが今取り組んでいるであろう音楽の演奏を始めていく。

その音楽を陶然と聞き入る老詩人と少年が、そこにいた。

バスの乗客の最後は、主人公のライフワークの対象となったギリシャの詩人。その詩人、ソロモスは自分の完成したポエムを高らかに謳いあげ、そして「人生は美しい」と括って見せたのだ。しかし詩人はアレクサンドレの究極の問い、即ち、「明日の、時の長さは?」という問いに対して、全く答えなかった。答えられなかったのである。

このときアレクサンドレは、彼の業績を追いかけていたが、「言葉が見つからない」と娘に漏らしたことで分るように、その作業は頓挫していたのである。

しかも彼には、「明日の、時の長さは?」と問いかける根源的なテーマを持って、「言葉を買った詩人」の研究に対峙していなかったのだ。

それは、アレクサンドレのこの問いに答えられる者は、この世に独りしか存在しないことを暗示する描写だったと言えようか。

まさにバスの中の風景は、アレクサンドレの過去から現在に及ぶ印象深い記憶が再現された描写だったと、私は考えている。

詩人は左翼のインテリを衒(てら)っていた時期も存在しただろうし、激しい恋の苦悶の中で、青春の不可逆なるひと時を存分に送ったに違いない。

そして彼の教養の中には、音楽に対する深い造詣も含まれていたであろう。更に彼もまた、「言葉を金で買って、革命賛歌を謳い上げる尖鋭な詩人」であったと思われる。

ソロモス
ソロモスとはまさに、若き日のアレクサンドレではなかったのか。



16  一つの人生が始まる



因みに、バスの描写に絡む印象的なシーン。

三人の、黄色いレインスーツを着た者たちのことである。

本稿の冒頭でも言及したが、彼らは「こうのとり、たちずさんで」という映画に於いて、最も鮮烈で、印象深い身体表現を結んで見せていた。

アンゲロプロス監督の作品の中で度々登場する彼らの存在が、全く同一人物であって、そこに同じようなイメージで仮託される象徴的なキャラクターとして、常に立ち上げられているかどうか定かでないが、本作でもまた、「こうのとり、たちずさんで」で明らかになったように、彼らが難民として特定された存在者であったかどうか、それも全く不分明である。

ただ、大型バスと併走する本作での彼らの疾駆が、明らかに本作の場合、自らの人生を自立的に切り拓いていく能動的なイメージで語られているのは否定し難いと思われるのだ。

夜の闇の国道を常に脇見することなく堂々と、秩序立ったラインを成して力強くペダルを漕いでいくそのさまは、眩いばかりの色彩の自己表現によって、どこまでも、内側に堅固な規範を持った自律的なる人生を垣間見せているようでもあった。

そして彼らの能動的なイメージに、本作の少年の旅立ちが、何か一つの、文学的な整合性を持って重ね合わされていたようにも思われる。

本作で唯一、孤高の老人に一時(いっとき)の癒しを与えた少年が、老詩人と別れて新たな旅立ちに向かうラストシーンの描写は、監督自身が記者会見で述べているような、「一つの人生が始まる」という、言わば、自律的な人生の希望を託したイメージそれ自身であったと言えるだろう。

少年はたった一日の短い時間の中で、老詩人によって付与された艱難(かんなん)な人生の縮図にほんの少し触れることで、未知のベールを微かに剥がした後に待つ厖大な時間を、自力で切り拓いていく熱量を作り出したに違いない。そう思わせる描写であった。

(もっとも、アンゲロプロス監督自身は、「レインスーツを着た者たち」に対するイメージについて聞かれたとき、「私自身もよく分らないんだ」と正直に答えている。批評家たちの自由な解釈に任せているのである。/「テオ・アンゲロプロス監督インタビュー・「キネマ旬報・1999年4月上旬春の特別号」より)



17  「最後の一日」という「絶対的なる時間」



少年と別れた老詩人は、再び孤独になった。

孤独にしかなりようがない流れ方で、老詩人は孤独になったのだ。

そして、既に廃墟と化した生家に戻った。詩人は過去に向かう外にない。亡妻に向かう外にない。

今や、それだけが気がかりなのだ。既に時間を失った詩人は、どこまでも想像の世界で妻と和解せねばならなかったのである。

「明日の、時の長さは?」と、詩人は妻に問う。
「永遠と一日」

これが、妻の答えだった。

ここで映像は幕を閉じる。

明日という時の長さは一日であるが、同時にそれは永遠なる時間でもある。

妻がその言葉を用意した含意には、「私の日」を永遠に忘れないで欲しいという思いが預けられていたかも知れないが、しかしその言葉を受け取る老詩人にとって、「明日」という時間の持つ意味は、「最後の一日」を生きると覚悟する者の、決して他の何ものにも代え難い人生の価値とクロスする、「絶対的なる時間」以外ではなかったに違いない。

それは、一日という時間の価値を実感する者だけが、その重量感を手に入れる特別な何かであったとも言えようか。

しかしその重々しい追憶は、遂に内面的なクロスを刻めなかった亡妻との関係への深い後悔の念であって、映像に映し出された愛の交歓の空虚な幻想が鮮烈であればあるほど、却って詩人の孤独の極相が際立ってしまう何かでしかないのだ。

男が失った人生の軟着点①
もう、永遠に妻との和解を果たせない詩人の近未来のイメージは、既に柔和な軟着点を失った男の人生の色彩をくすませてしまうものであるだろう。



18  大切な何かに届くための、険しくも苛酷なまでに孤独の旅程  



また映像の冒頭に出てくる、アレクサンドレ少年の「冒険行」の描写もまた印象に残るシーンであった。

少年たちは、「海辺の家」を発信基地として、そこから、地震で沈んだ古代都市が海の上に出てくる瞬間を見届けようとする。少年たちは海を泳いで島に渡り、その崖を登って、そこで叫ぶのだ。

「古代都市が海の上に出てくる瞬間に、時が止まる」という友人の少年の祖父の話を信じて、彼らは「冒険行」に打って出たのである。

「時って?」とアレクサンドレ少年。

少年が友人に尋ねたときの答えは、次の一言だった。

「砂浜でお手玉遊びをする子供、それが、時だってさ。来るだろ?」

まさにこのイメージは、老詩人アレクサンドレが少年の頃から抱いてきた、「永遠の時」のイメージだったのである。

だから老詩人は、妻の「裏切り者」という言葉を弾いてまでも断崖に登り、沖を行く船に向かって叫んだのであろう。

彼にとって、今はもう手に入らないその至福なる時間のイメージを追って、幻想の世界に遊ぼうとしたのだ。少年期に戻りたくても戻れない現実の苛酷さが、老詩人にこのような追憶の迷妄の森で彷徨わせているのか。

老詩人は、「永遠の時」を手に入れたいのである。

それでもなお手に入らない孤絶の闇で、一人の老詩人の呻きだけが捨てられていた。

眩いまでのブルースカイの海を背景に開かれた映像の包容力が輝けば輝くほど、そこに捨てられる者の寂寥感の無残さがが、より際立ってしまう哀切なる描写であったと見ることもできる。

ともあれ、謎めいた言葉を置き去りにして、30年前の夏の日の妻は、自らの強い意志によって、決定的に夫の前から姿を消していく。

そこで決定的に置き去りにされたのは、老詩人以外ではなかった。

彼はそのとき、既に失った悔い多き時間を越えて、亡妻との内的クロスによって和解を果たし得たと考えるのは難しいが、それでも映像の中の詩人の内奥に淀む思いを、観る者がいかように解釈するのは自由であろう。

詩人は亡妻に、「病院には行かない」と語って見せた。

詩人の最後の括りが、そこにあったとしても、それは最後の一日の終焉に近づく時間に於ける、詩人自身の幻想的な自己了解であったようにも思われる。それでも彼は、そのような言葉を刻まない限り、明日という永遠なる時間に向かい切れない厖大な寂寥感を、その飽和点に近づく辺りにまで、自らの内側に存分なほどプールさせていたのかも知れないのだ。

それは誰も知らない。

明日にならなければ、詩人自身も括り切れない何かが、未だにだらしなく蜷局(とぐろ)を巻き、内側をいたぶって止まない恐怖となって、「いま」という時間の中で暴れているのだろう。そう思わざるを得ない暗鬱さが、眩い陽光の描写と相容れないイメージの只中で、そこに捨てられていたのだ。

人は最も辛いとき、愛を知る。

それは本当かも知れない。至福のときには何もいらない。言葉もいらない。だから詩を書く必要もない。それも本当かも知れない。

辛いから、それを埋める何かを切望する。それを切望されて、応えられなかった大切な何かに初めて届くということも真実であるだろう。

男が失った人生の軟着点②
詩人にとって最も長い一日は、その大切な何かに届くための、険しくも苛酷なまでに孤独の旅程であった。そう思った。

老境の悲哀を映し出す斜影は、ここでも視界に捉えられない一角で捨てられていたのだ。

絶望の中で、その復権はどこまで進んだか。再生は果たして可能であったか。

人は極限の闇の一歩手前で、一体、何に出会うのか。様々な問いを投げかけて、ブルースカイの強烈な眩さの中で映し出された過去のイメージは、遥かな海の彼方に呑み込まれていったのである。

老境の極限的なまでの孤独の哀切を映像化した本作を、パルチザン作家の変節と捉える向きもあると思うが、私には、パンの問題をほぼ克服した社会に棲む人々にとって、老境の孤独をテーマにする映像は極めて緊要であると思われる。

「文明の衝突」や「外的な亡命」を中枢的テーマに据えるのもいいが、人間の心の問題にもっともっと分け入ったミクロの視座もまた、私たちの豊かな社会の文化の中で切に求められるものの一つである。

そんなテーマを特定的に映像化するのが、映像表現者の成熟を示すメルクマールであるとは必ずしも思わないが、年輪がその内側に蓄えた、表現世界の逢着点というものが存在するのもまた、紛れもない真実であるに違いないのだ。

まさに本作は、作り手の一つの内的経験が、その内側に激しく振れてきたものへの自然な反応を、一つの映像表現に結んでいく必然的な流れ方であったと言えるだろう。



19  自分という人間を見つめる、そのまなざし




―― 本稿の最後に、もう一度、テオ・アンゲロプロス監督自身の、本作についての率直な思いを吐露した言葉を引用しておく。監督はそこで、本作が「自分という人間を見つめる、そのまなざし」から生まれたことを正直に答えているのである。「テオ・アンゲロプロス監督インタビュー」(「キネマ旬報・1999年4月上旬春の特別号」より)

「―― では、今回の『永遠と一日』で、あなたの映画のまなざしの核になったものは何でしょう。

―― 『自分自身に対するまなざし、だと思う。自分の人生を振り返って、自分という人間を見つめる、そのまなざし。映画の中で、主人公のアレクサンドレが30年前の妻と出会う時、本人は現在の姿のままなのは、今の自分で昔をみていることなんだ。けっして若返ったりせず、つまり、現在と過去は必ず一緒にいるんだよ。今の自分の上に過去が重なって来て、そうするうちに自分のイメージも混沌としてくるというのかな』

―― 今回の主人公アレクサンドレは、詩人として作家という設定ですね。その彼が、不治の病を得て、過去の自分の仕事を振り返る時、『今までの作品は全て下書きにすぎない』と吐き捨てるのはとても痛切ですが。

―― 『僕自身、そう感じることが多いからね。これまで、数多くの映画を撮ってきたけど、本当にそれらは下書き、あるいは下書きの一部を出したにすぎないんじゃないな、と。その時の自分の考え、感じたことの一部のみが表現されているにすぎないと思うんだよ』」

このあまりに率直な言葉に、私はストレートに感動した。

「彼はこの映画に到達するために、様々な創作を重ねてきたのだ」と思ったほどである。あらゆる表現活動には、それを表現するに相応しい年輪の達成というものが存在するということなのだ。

テオ・アンゲロプロス監督は、「いま、そのとき」の只中で、本作を描き出さずに入られない強いモチーフが澎湃(ほうはい)し、「自分という人間を見つめる、そのまなざし」を深々と感じ取って、それを素直な感情で映像化したに違いない。そう思うのだ。

(2007年11月)

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