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    2 週間前

2010年11月4日木曜日

パパってなに?('97)      パーヴェル・チュフライ


<「仮構された『父性』=スターリン」に対峙する「暴力的立ち上げ」>



1  「盗まれた家族愛」と「奪われた少年時代」



「原題の『泥棒』にはいろいろな意味がこめられています。盗まれた家族愛、奪われた少年時代・・・」(NHK教育テレビの番組・「ロシア語会話」の取材でのインタビュー)

これは、「パパってなに?」という震撼すべき秀作の作り手である、パーヴェル・チュフライ監督の言葉。

原題の「泥棒」とは、本作の主人公の一人である男の「稼業」を、単純に意味するものではなかったのである。

「盗まれた家族愛」と「奪われた少年時代」こそ、「父性の欠落と、その暴力的立ち上げ」という由々しきテーマを真っ向勝負で問う、本作のメタメッセージでもあったのだ。

人間が生きていくのに必要な精神的基盤や経済的条件が剥落した時代が、「ソビエト社会主義共和国連邦」という仰々しいネーミングを持った、帝国的な「国民国家」の危機的状況下に存在した。

それを奪った者の名は、ヨシフ・スターリン。

史上最大の市街戦を展開した、ドイツ第6軍との「スターリングラード攻防戦」(1942年-1943年))において、50万人近い戦死者を出しながら、第二次大戦の分岐点となる決戦に勝利した国家の矜持が、なお支配力を持っていた文化的副産物として、大いにその価値を高めた「父性」の時代の栄光が、まさにスターリン時代の末期の混乱の中で相対化されていった。

人々は自分の〈生〉を確保するために、必死に生きていく時代を繋いでいたのである。

スターリンの重篤が報じられただけで、「スターリン暴落」(日経平均株価が10%下落)を招来するほどの影響力を持つ男の逝去は、ソ連及び、東欧国家に甚大な衝撃を与えるに至った。

神の如く崇められていた男への凄まじい個人崇拝は、ソ連国民の圧倒的支持を受けていた巨大な幻想体系の有りようによって検証されるが、1953年の男の逝去と、その後の混迷による反動は、そこに自我の安寧の基盤を求めていた人々の物語の揺動を惹起し、同時にそれは、「仮構化された『父性』」の喪失による精神的混乱に流れ込んでいった。

そして由々しき事態は、この時代の混乱は、1991年のソ連邦の崩壊とオーバーラップし、「大ロシア」という物語に依拠していた人々の精神基盤を崩すに至ったのである。

ポツダム会談でのヨシフ・スターリン(ウィキ)
そして、この映画はスターリン末期の時代に生まれた作り手が、まさにソ連邦の崩壊に至る混乱期の中で手に入れた表現の自由を存分に活用し、その時代に不在化された「父性」の問題をテーマとする映像表現に結晶させた秀逸な一篇である。



2  「何度漏らしても、最後には勝て」という物語の父性的展開



「エカテリーナ・レドニコワが演じる母親はその純真さ、信じやすさ、その場しのぎの無秩序さにおいてロシアを象徴しています。戦後のスターリン時代末期のロシアにおける精神的な混乱を人々の関係に置き換えて表現してみたかったのです。これは実際の50代初頭には決して製作されることのなかった映画。自分の考えを自由に表現できる時代に監督をできることは何よりの幸せです」(NHK教育テレビの番組・「ロシア語会話」の取材でのインタビュー)

これも、パーヴェル・チュフライ監督の言葉。

「純真さ、信じやすさ、その場しのぎの無秩序さ」においてロシアを象徴する女と、その女が凍てつく冬の路傍で産んだ男児。

そして6年後、当てのない旅を続ける件の母子が出会う軍服姿の男。

この3人が運命的に絡み合う物語が、本作の基本構造である。

サーニャ
女の名はカーチャ。男児の名はサーニャ。

そして、軍服姿の男の名はトーリャ。

前述したように、「泥棒」を「稼業」とする小悪人である。

1952年のことだった。

物語の母子は、1年後に「謎の急逝」を遂げる男が築いた、個人崇拝体制の崩壊の混乱期に呼吸を繋ぐ、厳しい生活を強いられたごく普通の庶民の象徴でもあった。

冬の路傍でカーチャが産気づく冒頭のシーンは、そこから開かれた物語の陰鬱な流れ方を暗示するものだろう。

父を知らずに産まれた男児であるサーニャが、6歳になっても、母性に依拠して生きる児童期初期の幼い自我の懐に、軍服姿の「泥棒」が唐突に侵入して来た。

トーリャである。

カーチャ(左)とトーリャ
「その場しのぎの無秩序さ」を抱える母のカーチャは、この男に全人格的に縋り付くしか生きる術を持たなかった。

そんな女の弱みに付け込んで、精悍な体躯を誇示する「泥棒」もまた、列車を乗り次いで、「泥棒家族の旅」を繋いでいくのだ。

思うに、この「虚構の家族」を乗せて移動する、特化された列車の存在は、後に世界を震撼させた「スターリン批判」が出来しても、そこだけは些かも変容しなかった警察監視国家に象徴される、スターリン時代に仮構された、「負の遺産」の崩壊への歴史の流れをイメージさせたものと言っていい。

歴史の時間軸が、「泥棒家族の旅」を続ける、この「虚構の家族」の移動の旅と重なるのである。

しかし、しばしば映像に現れる「幻想の父」を求めるサーニャにとって、トーリャの存在は、自らが依拠する〈母性〉を蝕んだ挙句、幼い自我の懐に入り込む余地のない、未知なる〈女〉という何者かに変える忌まわしき大人でしかなかった。

トーリャを「おじさん」としか呼べないサーニャは、その「おじさん」から、その度に叱咤されるのである。

それにも拘らず、トーリャが身を以て教える「男としての生き方」は、児童期初期の幼い自我の懐にダイレクトに吸収されていく。

「何度漏らしても、最後には勝て」

トーリャの威圧感の前で失禁した初期児童に、トーリャが放った言葉である。

サーニャ(右)
サーニャにとって、トーリャが振舞う暴力的な父性的展開は、それ以外に吸収し得ない制約性の中で、まさに「幻想の父」のイメージを希釈化させる格好のモデルとなっていく。

まさにトーリャは、「仮構された『父性』=スターリン」だったのだ。

―― この辺りの描写は、近年話題を呼んだ、アンドレイ・スビャギンツェフ監督の「父、帰る」(2003年製作)の物語の構造性に酷似する。

しかし、一貫して「絶対的な神」として振舞うことによって、神話的なシンボリズムを強調した「父、帰る」よりも、本作は遥かに生身の人間の俗性が際立っていた。

圧倒的なリアリズムが張り付く映像的効果を、本作は見事に表現していたのだ。

思うに、資本制社会への急速な発展の中では、父性と母性の安定的な均衡を維持するのはとてつもなく困難なのである。

しかし、その困難さが常に新しい文化を生み出していく。

鮮烈な映像文化の尖りから、しばしば最も衝撃的な一作が分娩されるのだ。

よく言われることだが、ロシアの女性は非常に強い母性を持っていて、しばしば夫より我が子を選ぶ意識の傾向が、離婚後も職業的な自立を果たしつつ、家事と育児を難なくこなす強さを発揮するのである。

まるでそれは、我が子を過剰に囲い込む傾向が顕著な、我が国の母子関係と類似するのかのようだ。

父性社会のように見られがちなロシアが、意外にも、我が国に近い母性社会の側面があることを認知することは重要である。

エカテリーナ2世(ウキ)
もっとも、あの広大なるロシアという国家が、その歴史の中でエカテリーナ2世に代表される「女帝の時代」を現出させたからといって、決して母権制の社会であるという訳ではない。

ともああれ、不在化された「父性」の問題をテーマとする本作は、「盗まれた家族愛」と「奪われた少年時代」という、「父性の欠落と、その暴力的立ち上げ」という由々しき問題意識を視野に入れて、「前線の強行突破」を描き出した、ラストシーンの決定力のうちに雪崩れ込んでいったのである。



3  「仮構された『父性』=スターリン」に対峙する「暴力的立ち上げ」の悲哀



「泥棒家族の旅」が終焉したとき、虚構の父は初めて、「男としての生き方」を身を以て教えた6歳の初期児童から、「パパ」という言葉を受け止める存在となった。

そこだけは叙情を挿入したシークエンスが開いた世界は、そこに至る映像構成に全く無駄のない物語が流れ着いたリアリズムだった。

「盗みはバレなかったが、トーリャは7年の刑。私たちは一目会おうと、中継監獄前で待った。母には、これが最後の別れとなる」

成人期のサーニャのモノローグが、遂に逮捕されたトーリャの主導による、「泥棒家族の旅」の終焉を告げた。

シェパードによって威嚇的に脱出口を封じられながら、番号を呼ばれた囚人が、一人一人トラックに乗り込んでいく。

「トーリャ、ここよ!」

トーリャが現れた際の、カーチャの反応には、失ってはならない者への深い愛着が張り付いていた。

そして、雪原を走って、「父」を乗せる護送車を追い駆けるサーニャ。

「僕のパパ、行かないで。僕たちを見捨てないで!」

初めて父を認知した男児は、まさにその瞬間、「父」との別離を果たしたのだ。

その後、映像は母の死を描き出す。

病死だった。

中絶による腹膜炎が原因である。

それは、トーリャとカーチャの子が分娩されなかったことを意味するだろう。

「スターリン」二世は、この世に産まれてこなかったのだ。

孤児院に預けられたサーニャは、今や13歳の少年に成長していた。

「父」との別離から7年が経過したのである。

「父」を待ち続けるサーニャ少年は、念願の「父」との再会を果たすのだ。

そのシークエンスを再現しよう。

街路沿いの店頭で、飲酒している男たちの中に、その男がいた。

トーリャである。

アコーディオンを弾きながら、いつもの愛唱歌を歌う無精髭の男を視認したサーニャは、凍りついたように動けなくなってしまった。

「用って何だ、ガキ」と髭面のトーリャ。

男に、13歳の少年が誰であるか認知できないのは当然だった。

しかし、その直後、サーニャを認知した男が、嫉妬する傍らの女に吐き出した言葉には悪気はないが、あまりに正直な吐露に含まれる毒気は、7年前の男の下品な性格の変りなさを露呈するものだった。

「列車で一発やっただけの女だってば」

今度は、サーニャに言い放った。

「お前からも言ってくれ。俺は父親じゃないって」

傍らの女がいなくなって、真顔に戻った男は、サーニャに一言、言葉を捨てた。

「久しぶりだな。なあ、ママによろしく言ってくれ。もう、行け」

失禁するサーニャ。

父と再会した13歳のサーニャ
少年は、そのまま走り去って行く。

男が6歳のサーニャに残した、スターリンの写真とピストル。

少年はそこからピストルを取り出して、再び、男の前に現れた。

と言っても、例によって、女から金品を盗んで列車に乗り込む男の視界には、少年の存在が捕捉されない。

少年は、男がまさに列車に乗り込むところを射殺したのである。

母を喪った少年が唯一、この世で頼りにしていた「父」である男の口から、母を否定され、雪原での別離以来、「父」である幻想を繋いできた思いを根柢的に否定された少年にとって、「盗まれた家族愛」と「奪われた少年時代」への報復の手段は、「仮構された『父性』=スターリン」に対峙する「暴力的立ち上げ」以外に残されていなかったのだ。

その「暴力的立ち上げ」を決意させる状況においても、失禁する少年が、そこに立ち竦んでいた。

少年は、自我が砕かれて、追い詰められる状況に捕捉されるとき、失禁という心理的濃度の深い現象を防ぎ得ないのだ。

それこそ、「盗まれた家族愛」と「奪われた少年時代」の悲哀を象徴する身体化現象だったのである。

思えば、この失禁の描写には、重要な伏線があった。

「怖いの・・・」

これは、かつて、6歳のサーニャの前で、トーニャに向かって吐露した母の言葉である。

しかし、「泥棒家族の旅」を継続する不法行為に反対するカーチャに、トーニャは暴力的恫喝を加えていくのだ。

それを目の当たりにしたサーニャは、ナイフを持って母の窮地を救おうとした。

サーニャの行為を視認したトーニャは、自分からサーニャに近づいて、「男の掟」を伝授するための一言を吐き出したのである。

「ナイフの掟だ。持ったら刺せ」

「男の掟」の圧倒的恐怖感の中で、サーニャは手に持ったナイフを落としてしまう。

「刺さないと殴るぞ」

「男の掟」を強要する「父なる者」を前にして、再び、ナイフを落とすサーニャ。

嗚咽の中で、失禁してしまったのである。

この失禁の描写が、「父親殺し」という、由々しき映像の重要な伏線になっていたのである。

更に加えれば、この恐怖の故、狭い部屋にこもるサーニャの前に、「幻想の父」が出現するシーンもまた看過できないだろう。

このときだった。

「私の仇は?」

「幻想の父」はそう言ったのだ。

それは、サーニャの「父親殺し」が、「スターリン粛清」か、それとも「スターリンの戦争」の犠牲になったのかも知れない、「幻想の父」の仇を討つことと同義である事実を検証するものだったのか。

当然ながら、映像が答える訳がないし、その必要もないだろう。

ラストシーン。

「父親殺し」の直後に、成人期のサーニャのモノローグが追い駆けていく。

「この世で、たった独りになった。自分に言った。“彼は僕と母を裏切ったのだ。殺すしかなかった”憧れは消滅した。だが、心は重い。新しい人生を始めよう。全て忘れよう。彼などいなかった。夢にさえ見なかった。何もなかった。何も起きなかった。何も・・・」

そして、ラストの回想シーン。

雪原を走って、父を乗せる護送車を追い駆けていくシーンが、再び映像に刻まれた。

「僕のパパ、行かないで。僕たちを見捨てないで!」

それは、「父親殺し」の少年にとって、消そうとしても決して消せない思い出だった事実を訴える映像の閉じ方であり、それを観る者に共有させる表現技巧として、それ以外にない決定力を鏤刻(るこく)するものだった。



4  「スターリン殺し」という「父親殺し」の艱難さ



屋上屋を架すようだが、本作をまとめてみよう。

少年にとって唯一の幻想の父性であったその男によって、その父性を否定され、、母をも否定された少年にとって、もはや「父親殺し」という手段によってしか、自我の空洞を埋める術がなかった。

13歳の少年は、男が遺したピストルによって射殺した。

そのとき、如何わしき男の旅は終焉したのである。

それは、「大ロシア」の父性の崩壊であり、列車によって進行する時代の崩壊である。  

少年は、「男の掟」を強要する「父なる者」を殺すことによって、彼の中に長く巣食っていた「スターリン」の亡霊を抹殺したのである。

トーニャ殺しとは、「スターリン殺し」なのである。

時、既に「スターリン批判」によって、個人崇拝が否定されながらも、この国には、なお「スターリン」の亡霊が塒(とぐろ)を巻いていた。

少年は、「スターリン」の亡霊を抹殺することによってしか、その自我を立ち上げ切れなかったのだろう。

その「暴力的立ち上げ」という非日常の前線を構築し、そこで身体化された自我によって、この国で一人で生きていくことの艱難(かんなん)さを検証したのである。

それは、「仮構化された『父性』」の喪失による精神的混乱が、なお延長されている国民国家の現実の様態であった。


この種の映画が製作された時代の限定的な自在性を活用し切って、中々、軟着点を見い出せないこの国の精神文化の一端を抉り出した本作の決定力は、蓋(けだ)し圧巻だった。

(2010年11月)

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