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2011年5月29日日曜日

名もなく貧しく美しく('61)    松山善三


<「美しきもの」を、「美しきもの」のまま、堂々と押し出してくる厚顔さ>



  1  「秋のソナタ」と「名もなく貧しく美しく」、そして、「あの夏、いちばん静かな海」



 ヒューマンドラマなら何でもいいという感覚で、青臭い時代に受容してきた映画を観ることが困難になってから久しい。

 とりわけ、ガードレールクラッシュ以降、上辺だけの励ましが全く通用しない、「全身リアリズム」の世界に搦(から)め捕られてからの私には、言葉だけが必要以上に騒いだり、情動系が過剰に暴れたり、或いは、深刻な映像を垂れ流すだけの、内実の浮薄なシリアスドラマに全く振れなくなった。


 「恥ずかしながら偽善に酔う」という、私的ルールの許容範囲を越える、全き奇麗事の連射に辟易するからだ。

 
「精神の焼け野原」と化したかのような映像シーンにおいて、人間の本質に残酷なまでに肉迫するベルイマン映像だけが、私の中に残ったのか。


 例えば、「秋のソナタ」(1978年製作/画像)。
 
 「娘のヘレーナがいたの。前より悪くなっていた。死ねばいいのに」

 これは、自分のエゴで障害者の次女ヘレーナを残して家出した母親が、長女のエヴァに難詰され、激しいキャットファイトを繰り広げた挙句、早々に、長女の嫁ぎ先の牧師館を後にした母親が、列車内で知人に放った言葉だ。


 イングマール・ベルイマンは、この台詞を、スウェーデン生まれの大女優、イングリット・バーグマンに言わせるのだ。

 奇麗事に決して流さず、頑ななまでに容赦のないベルイマン映像の、その構築的映像の凄さに触れて、私は唯、怖れ慄くのみ。

「秋のソナタ」より
この「秋のソナタ」の何回目かの鑑賞の後で観た、本篇の「名もなく貧しく美しく」。

 三度目の鑑賞だった。


 正直、観ている私が赤面するほど、このフラットなヒューマンドラマの過剰さに辟易してしまった。

 
まず、欺瞞的で、青臭いタイトルが充分に過剰である。

 
これは、手話のシーンも含め、映像の中に余分なものを全く挿入させることがないが故に、一切の奇麗事を初めから排除する姿勢において一貫している、「あの夏、いちばん静かな海」(1991年製作)という「恋愛ドラマ」と比較すれば瞭然とするだろう。


 これまで、松山善三監督の作品を全て観てきているが、一貫して変わらない情緒の氾濫と感傷の洪水に、「これ以上何も語ってくれるな」という厭味が洩れるほどだったのである。



 2  「美しきもの」を、「美しきもの」のまま、堂々と押し出してくる厚顔さ



 本作に対して、結論から書けば、映画の完成度は相当に低いと言わざるを得ない。

 手話をコミュニケーションにする本作が果たした社会的役割においてのみ、客観的に評価されるだろうが、問題は映画の内実だ。

 常々思うのだが、この作り手は、自ら問題提示して、その解答を、自らの作品の中で描かれねばならないという過剰さから抜け切れないのだ。

 その過剰さに張り付く、感動を意識させる、あざといシークエンスの連射。

 「美しきもの」を、「美しきもの」のまま、観る者に堂々と押し出してくる厚顔さ。


 それが、何より鬱陶しいのだ。

 この看過し難い瑕疵は、本作に関して言えば、「差別」を強調するシーンの連射による物語構成のうちに集中的に表現されていた。

 例えば、「こいつはオシか?」と、露骨に差別言辞を放つ駅員の暴力団丸出しのシーン。

 これは、キセル乗車と勘違いして、ヒロイン秋子の夫である、「全身聾唖者」の片山道夫に、件の駅員が殴りかかるシーンだが、取って付けたようなエピソード挿入に吹き出してしまった。

 そこに、聾唖夫婦に産まれた赤ん坊が、聾唖の故に、玄関から転落して事故死するシーンが続いて、道夫の職場の火災等々、詰まるところ、「不幸の洪水」を垂れ流すことによって、「必死に生きる聾唖夫婦」の現実の厳しさを描こうとしたシナリオのあざとさが気になるのだ。

 例えば、「『聾唖者』はここまで不幸な人生と向き合っている」ことを強調するシーンの連射が、クライマックスの伏線となる流れの中で読むと瞭然とするだろう。

 以下の通り。

 刑務所から出所してきた弟(弘一)から、夫の給料を盗まれたり、せっかく買ったミシンを弟に盗まれたり、といったシークエンスに繋がって、そのショックの故に、遺書を残して電車に乗った妻の悲哀の描写に流れていく。

 それを知って、追い駆ける夫が、妻の車両の隣から手話で会話するのだ。


 このシーンに勝負を賭けた松山善三監督(画像)の基幹テーマの一切が、凝縮された限定スポットのうちに、一気呵成(いっきかせい)に流れていく物語のクライマックスシーンである。

 以下、そのときの会話。

 長いが、再現してみよう。

 「あなたの手紙読みました。次の駅で降りて下さい」と夫。

 首を横に振る妻。 

 「それなら、僕もあなたについて行きます」
 「私たちは、もうお終いです。私たちは、初めから苦しむために生まれてきたような気がします」
 「ミシンは一生懸命働けば、また買えます。弘一さんには困るけど、あなたの弟だから仕方がないと思います。もし、弘一さんが僕の弟だったら、今のあなたの苦しみは、そのまま僕の苦しみです。僕には、あなたの苦しみがよく分ります。僕たちは夫婦です。なぜ、あなた一人が苦しまなくてはならないのですか?」
 「いつか、あなたは弘一にお金を盗られたのに、落としたと言って弘一を庇ってくれました。お母さんからその話を聞きました。結婚してから今日まで、私はあなたに迷惑をかけるばかりで、あなたに何もしてあげたことがありません」
 「秋子。あなたは間違っています。結婚したとき、二人は一生仲良く助け合っていきましょうと、約束したのを忘れたのですか?私たちのような者は、一人では生きていけません。お互いに助け合って・・・普通の人に負けないように生きていきましょう。そう、約束したのを忘れたのですか?」

 嗚咽する妻。

 隣の車両で嗚咽する夫。

 ここで閉じていくクライマックスシーンが保証したカタルシスこそが、本作の全てである。

 それにしても、ここまで分りやすく、言いたいことを全て語らせ過ぎる映画に、滅多にお目に掛かることもないだろう。

 観る者にカタルシスを過剰に保証する色気が、殆ど厭味と紛うことがなく、そこに垣間見えるからだ。


 恐らく、第一回監督作品としての気負いが、抑制系に歯止めがかけられなかったのかも知れないが、それにしても、「私たちのような者は、一人では生きていけません」などという決め台詞を、手話で交す「初頭効果」(第一印象効果)としての相当のインパクトを持っていただけに、この種の台詞をくどいほどリピートさせることによって、一回鑑賞の「読み切り感動譚」のうちに収斂される危うさの、薄皮一枚で「台詞の墓場」と化す怖さについて、あまりに無自覚だったと言わざるを得ないのである。



 3  非武装性丸出しの、底の浅い「エピソード繋ぎ」の構成の安直さ



 このクライマックスシーンは、秋子の弟妹を「悪徳」とすることで、夫婦の「善性」と「美しきもの」を強調する厚顔さの極点と言っていい。

 言うまでもなく、ラストシーンに用意された、「劇的な反転描写」(ヒロイン秋子の事故死)の意味が、前述したように、「『聾唖者』はここまで不幸な人生と向き合っている」ことを強調するだけの、あざといギミック(物語を効果づける手品)であることは瞭然とするだろうが、見事に頓挫したのは論を待つまでもないだろう。

 この過剰さが、この作り手の致命的な瑕疵である。


 結局、本作は、悲哀なエピソードを特定的に切り取って、観る者の情感系に執拗に訴えかけていく「エピソード繋ぎ」の、典型的なお涙頂戴映画以外の何ものでもなかったのである。

 そこには、「構築的映像」の累加の果てに待機する決定力とは無縁な、戦略性を剝落させたメタフィクションの、その非武装性丸出しの、底の浅い「エピソード繋ぎ」の構成の安直さを越えられない、言ってみれば、テレビドラマ的な「善悪二元論」の陥穽に嵌っていくばかりのお粗末さだった。

 案の定、信じ難き愚作と化した、本篇の続編である、「続・名もなく貧しく美しく 父と子」で、作り手の映像構築力の底の浅さが露呈したのは、殆ど約束済みの表現様態と言っていい。

 なぜ、もっと普通に作れないのか。

 なぜ、もっと淡々と、腰を落ち着けて作れないのか。

 本作に長所を拾うとすれば、唯一点。
 
 「聖女」に成り切った高峰秀子の、「全身表現者」としての女優魂の凄み。

 それもまた、成瀬組のスタッフのサポートを得ての表現技巧のお陰であると言えるだろう。

(2011年6月)

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