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2009年7月9日木曜日

かもめ食堂('05)     荻上直子

<「どうしてものときはどうしてもです」―― 括る女の泰然さ>



1  「距離の武術」としての「アイキ」の体現者




合気道―― 「理念的には力による争いや勝ち負けを否定し、合気道の技を通して敵との対立を解消し、自然宇宙との『和合』『万有愛護』を実現するような境地に至ることを理想としている。主流会派である合気会が試合に否定的であるのもこの理念による。『和の武道』『争わない武道』などとも評される」(ウイキペディア)


戦前に、その終末論によって国家権力から徹底的に弾圧された大本教との関連で、植芝盛平によって立ち上げられた合気道の本質は、以上の説明で判然とするように、相手を決して殺傷せず、どこまでも先に攻撃する相手の力を利用した護身武術である。植芝盛平は、「合気とは愛なり」と言い切ったそうである。

車椅子でも相手を倒す武術との出会いで、屈折した人生を変えていく青年を描いた、「AIKI アイキ」(2002年製作)のモデルとなった合気柔術こそ、合気道のルーツと言える武道であるが、「合気とは、相手を受け入れることです」と言い放った師範の言葉の中に、相手の攻撃を利用してそれを返していく、「後の先」(ごのせん)という合気道の基本スタンスがあると言えるだろう。



言わば、合気道とは、「ひたすら待機する武術」であるのかも知れない。

この「武術」という言葉を、「食堂」という言葉に変えると、本作の「ミニサイズのスーパーウーマン」のスローライフ人生に重なるのではないか。

ヘルシンキ大聖堂とヘルシンキ港周辺
彼女は、北欧ヘルシンキ市街の、誰もいない「かもめ食堂」というカフェ&レストランの中で、完璧な準備をしながら一貫して待機し続けるのだ。

こんな会話があった。

客の来ない店を宣伝するために、ヘルシンキのガイドブックに載せることを提案したミドリに対して、「スローテンポのスーパーウーマン」(サチエ)は、明瞭に答えたのである。

「毎日まじめにやってれば、そのうちお客さんも来るようになりますよ。それでもダメなら、そのときは、そのとき。止めちゃいます」

彼女は覚悟を括っているのだ。しかも「逃避拒絶」という意味合いではなく、どこまでも自分サイズの人生のテンポによって、「ダメなら止めちゃいます」と言い切れるほどに、腹を括っているのである。

毎日欠かさない「膝行」(しっこう=膝歩き)という合気道の基本鍛練や、時々、誰もいない市内のプールで遊泳する「マイスポーツ」によって、堅固な「防衛体力」(健康を維持するための基礎体力)を形成し、自分が食べたい物を毎日しっかり食べて、昨日もそうであったような、自分に見合った律動で生きる秩序だった生活をごく普通に送っているに過ぎないが、しかし合気道精神に則ったこの規則正しい時間の構築こそ、彼女の「能動的待機」の人生の根幹を支えているように思えるのだ。

「相手を受け入れること」に対する彼女の自然な振舞いは、その相手と別れる事態になっても、相手を自分の下に留める未練の感情を全く見せないのである。

「ずっと同じままではいられないものですよね。人は皆、変わっていくものですから」

この言葉は、空港内で自分の荷物が見つからないで、同様に「待機」の時間を持て余していたマサコが、偶然の縁を持ったサチエらと別れるに至った際に、既に相棒同然の縁を持ったミドリに返した言葉。

「私がいなくなっても淋しくないですか」と、淋しさを隠し切れないミドリは、「いい感じで、変わっていくといいですね」と反応するしかなかったのである。

「大丈夫、多分…」

これが、サチエの一言。

それ以上、この一件に何の反応もすることはなかったのである。

彼女は「距離の達人」でもあった。

「距離の達人」の強さは、逆境下にあっても、基本的に一人で生きていくことを前提に、人生を構築できるほどの「胆力」を持ち得る強さである。

植芝盛平
幼少時より父親から指導を受けてきた彼女の合気道精神は、まさに「距離の武術」としての「アイキ」の体現者だったのか。

合気道で鍛えた胆力で、どんな事態にも合わせて、慌てず、騒がず、たじろがず、閑古鳥が鳴く日々にも泰然として、この「かもめ食堂」の「オーナー」は、最初の客であるという理由によって、日本贔屓(びいき)のフィンランド青年に平気で無料のコーヒーをサービスしてしまうのだ。

その後、「シナモンロール」の美味な臭いによって客層を開拓しても、「ソウルフードとしてのおにぎり」に象徴される「食堂」への拘りを捨てないように見える彼女の原点は不分明だが、映像を開いていくときに記録された彼女自身のナレーションによって、その一端を窺うことが可能である。

「フィンランドのカモメはでかい。丸々太った体で、港をのしのし歩く姿を見ると、小学生の頃に飼っていた『ナナオ』を思い出す。『ナナオ』は体重が10.2キロもある巨漢三毛猫だった。誰にも懐かず、近所の猫にはすぐに暴力を振い、皆の嫌われ者だった。

でも、なぜか私にだけはそのでかい腹を触らせてくれ、喉をゴロゴロといわせ、私はそんな『ナナオ』が可愛かったので、母に内緒で餌を沢山与えていたら、どんどん太って、そして死んだ。

『ナナオ』が死んだ次の年、トラックに撥(は)ねられ、母が死んだ。母のことは大好きだったが、なぜか『ナナオ』が死んだ時よりも、涙の量は少なかった。それは武道家の父に、『人前では泣くな』といつも言われていたからではない気がする。私は太った生き物が弱いのだ。おいしそうにご飯を食べる太った生き物にとても弱いのだ。母はやせっぽちだった」

太った生き物だった「ナナオ」に餌を与え続けることを、「やせっぽち」の母に禁止されながらも、それを止められないで死なせてしまった記憶が、どこまで少女の「トラウマ」となっていたかについて判然としないが、それでも「やせっぽち」の母との比較で語られるナレーションは、父から作ってもらったおにぎりの記憶の鮮明さ(他の描写の中での本人の弁)等によって、「人から作ってもらったもの(とりわけ、おにぎり)は美味しいい」という強い思いに結晶化し、加えて、武道家の父との強い絆の内に形成された泰然とした精神性の補強が、彼女の「芯」となっていく自我形成プロセスの、そのアウトラインを構築してきた内面世界の一端を読み取ることもできるだろう。

「フィンランドの丸々太ったカモメ」は、「ナナオ」の再来であったのか。


健康的な肥満をイメージさせて、いつもゆったりと生きているように見えるフィンランド人に、決して肥満でも「やせっぽち」でもないスモールサイズの彼女は、「ソウルフードとしてのおにぎり」を食べさせてあげたいと念じているに違いなかった。



2  受容の達人



そんな彼女に、5人の登場人物が、彼女自身の「距離感」を決して壊すことなく絡んでいく。

「ガッチャマン」の歌詞を教えてもらったミドリ、両親の看護を務め終え、初めて人生の解放感を手にしたに違いないマサコ。この二人が最も主人公の「距離」に最近接するが、そのモチーフには明瞭な差異があった。

以下、サチエとの関連を通して、彼らについて言及していこう。

―― 自分が指差した地図の場所がフィンランドだった、というミドリのケースは、多少そこに作為性が見られなくもないが、その内面は恐らく、「居心地悪さを抱えた、自分の現在を何とかしなければ」と思わせる気分からの、一種の状況突破を求める心情であったに違いない。

サチエが「ガッチャマン」の歌詞を知るために入った本屋で、「ムーミン谷の夏」を読んでいた女性の存在が眼に留まって、サチエは思い切って歌詞の内容を尋ねるシーンがあった。その女性こそミドリだったが、「ガッチャマン」の歌詞を完璧に覚えていたサチエを前に、自らフィンランド行きのモチーフを語った後、彼女は初対面のサチエに少し心を開いたのである。

「来てやらない訳にはいかなかったのです。どうしても…」とミドリ。
「そりゃ、どうしてものときはどうしてもです」とサチエ。
「ですよね…」とミドリ。
「来てやりましたか」とサチエ。
「ハイ」とミドリ。
「ようこそ、いらっしゃいました」とサチエ。

ミドリ(左)とサチエ
この会話が、私の中で、映像を通して最も印象に残る言葉になった。涙が出そうにもなった。見事であるという外になかったのだ。

「来てやらない訳にはいかなかった」というミドリの決定力のある言葉に対して、サチエもまた、「どうしてものときはどうしてもです」と反応したのである。

そのような言葉を語らせる女がいて、それを凛と語る女がいたということ、それに尽きるだろう。その泰然さこそ、本作の主人公の真骨頂であった。

―― 次に、マサコのケース。

彼女の行動モチーフは、極めて分りやすいものになっていたが、そこに映像表現の隠喩が込められているようで興味深いものがあった。

「エアーギター世界選手権」という愉快な試みをする国柄への関心を本人は語っていたが、手違いのために空港の中で荷物が紛失したことで、荷物が見つかるまで「かもめ食堂」の手伝いをすることになったという訳である。

そんな彼女が、しみじみ語った言葉。

「この国の人たちはどうしてこんなに、ゆったり、のんびりしているように見えるんでしょうか?」

その疑問に対して、「森。森があります」と答えたのが、日本贔屓の青年トンミ。

フィンランドの森
その直後に映し出したのは、マサコが森の中を散策しながら、キノコ狩りをする姿。


「沢山採ってきたんですけど、落としたみたいで。いつの間にか、なくなっていたんです」

この一連の言葉から推測できるのは、彼女が「落し物」を探す目的で、北欧の国に意を決してやって来たという、映像表現における作り手のメタファーであると考えられる。

両親の看護を務め終え、初めて人生の解放感を手にしたであろう彼女にとって、まさに内なる解放感を身体化したとき、その解放感を埋めるに足る対象との遭遇こそ、彼女の「第二の人生」をリセットすべき「価値ある何か」であったに違いない。

だから彼女には、その「価値ある何か」を探し続ける時間のみが、自己の存在性の証明になるということなのだろう。

そんな彼女にとって、「現在」という時間は、「『落し物』を探す自分がいる」ことを確認するための、言わば、「現在進行形の人生」それ自身であるということではないか。

しかしその時間には、「焦眉(しょうび)の急」という切迫性が全く感じられず、「ゆったり、のんびりしているように見える」国でのスローライフを希求する者の、その一つのイメージの具現化としての何かに逢着したように思われるのだ。

それ故、彼女は「かもめ食堂」に再び戻って来て、以下の思いを、サチエに向かって開いたのである。

「何だか変なおじさんに猫を預かってしまったので、帰れなくなりました。またしばらくこの街にいようかと思うんですけで、もう少し『かもめ食堂』でお手伝いしてもいいですか」

彼女の「落し物」探しの旅は、まだ端緒についたばかりなのである。


因みに、森から戻って来た彼女が、「かもめ食堂」のソウルフードであるおにぎりを注文する最初の客になっていったことが描かれていたが、それもまた彼女が拾い上げた「落し物」であったのだろうか。両親の世話を通して、彼女は一貫して、「おにぎりを作って、食べさせる介護者」だったであろうことが推測させられるからである。

マサコ
「人に食べさせるおにぎりを作る者」から、「人が作ったおにぎりを食べる者」への変容こそ、彼女にとって人生の解放感の象徴であり、新たな旅立ちのシグナルでもあったと言えないだろうか。

―― 三人目の人物は、「かもめ食堂」があった場所で、コーヒー店を営んでいた中年男。

コーヒー店への未練を捨てられないかのように見える彼は、「かもめ食堂」を客として訪ねた際、サチエに「コピ・ルアック」という言葉の魔術を教示したが、それを素直に受容する彼女の心に共振する何かがあったのか、店に残したコーヒーマシーンを取り戻すため、後に留守の食堂に侵入して、サチエの合気道によって投げられるシーンがあった。

そんな男も、事情を知ったサチエの持て成しを受け、おにぎりを食べる描写では、初めて小さな笑みを残したのである。コーヒーマシーンを持って帰っていくときの男の表情には、人生のリセットを決意したかのようなイメージを彷彿させるものがあった。ここでも、サチエの魔術が功を奏していたのである。

―― 四人目は、夫に逃げられた中年主婦。

彼女のエピソードを象徴するのは、夫に逃げられて空洞化した感情の捌(は)け口を、「かもめ食堂」での泥酔の果てに崩れゆく心を描出したシークエンスである。

フィンランド語を話せないマサコが、彼女に寄り添い、その心の澱みをほんの少し浄化できたのは、恐らく、満足に発語できなかったに違いない両親を、苦労して介護し尽くした彼女の学習成果の賜物であるだろう。

言わずもがなのことだが、「ゆったり・まったり」系の律動感で生活するイメージを被せられた感のあるフィンランドの人々もまた、千差万別の小宇宙を持ち、そこでグダグダと悩む女もいれば、学校内暴力や銃による犯罪事件の多発の事態に見られるように、発火点が極端に低い、攻撃的で手のつけられない厄介者も多いに違いない。

どこの国でも、人間の悩みの誤差は、「神」の視座から俯瞰(ふかん)すれば目糞鼻糞の世界でしかないだろう。

マサコが介抱した中年女も、そんなタイプのフィンランド人だったが、森に囲まれた佇まいの中に建つ中年女の家屋の外で、マサコを待つサチエとミドリの会話は、「神」の視座から俯瞰した世界の誤差を言い得たものだった。

「シャイだけどやさしくて、いつものんびりリラックスして、それが私のフィンランド人のイメージでした。でもやっぱり、悲しい人は悲しいんですね…」
「そりゃそうですよ。どこにいたって、悲しい人は悲しいし、淋しい人は淋しいんじゃないんですか」と
「世界の終りのときは、招待して下さいね」
「今から、予約を入れておきます」

ここでも、ミドリの感懐に対するサチエの何気ない反応の中に、彼女の人生態度が貫徹されていた。

彼女はこんなときでも、相手を上手に受容するスキルを身に付けているのだ。

普段からの、日常的な「能動的待機」の構えが形成されていないと発語し得ない何かが、そこに身体化されていたのである。

トンミ
―― 五人目は、日本贔屓の青年トンミ。

「かもめ食堂」の最初の客であった彼は、随所随所で、画面にその毒気のない振舞いを身体化していくが、サチエとミドリを結びつける契機を作った、例の「ガッチャマン」の歌詞を巡るエピソードの張本人であったり、先の中年婦人を背負っていったり、おにぎりを試食したり等々といった行為に象徴されるように、結局、映像における彼の役割は、ナビゲーターであるか、それとも淡々として流れる描写の空気に「若さ」を挿入することで、ほんの少し「状況」を清新し、浄化させる役割を果たす以上の何かではなかったということだろう。

まとめてみよう。

上述したように、アルコール嗜癖症的な中年主婦も、前のコーヒー店主もそれぞれ辛い過去を持っていることが想像されるが、しかし映像は、ミドリ、マサコは言わずもがな、主人公の心の軌跡を含む細部についても一切説明しようとしなかった。

どこの国でも、どんな人でも、それぞれに人並みに持ち得る辛さを持つのが普通である、という把握が作り手の中にあるからだろう。

件(くだん)の中年主婦は、日本の古来から伝わる「呪いの人形」の魔術を習って、それを実行するが、何とこの魔術は、夫の帰宅という「愛の魔術」に変容するというメッセージがそこにあった。

コーヒーマシーンを取り戻した謎の男も、一切その経緯を語らないが、「かもめ食堂」を訪ねる前のネガティブな心境から幾分は解き放たれたという印象を残して、黙々と去っていったのである。

そして興味深いのは、この男が美味しいコーヒーを作る魔術をサチエに伝授するが、「受容の達人」である彼女が、男からの受け売りである「コピ・ルアック」という言葉の魔術を駆使することで、本当に美味しいコーヒーが立てられるという落ちまで付いてくるのである。

要するに、二つの魔術の描写に共通するのは、いずれも「現状を好転させる自己催眠」であるということだ。本作は、「現状を好転させる自己催眠」としての、「魔術」についての物語でもあった。

膝行(ブログ・日本護身道協会より)
「魔術」に関して、こんな描写もあった。

今夜も又、「膝行」(しっこう)を欠かさない女が、そこにいる。それを見て感銘を受けたミドリは、サチエに教示を求めていた。

「力を抜いて、体の中心を呼吸をします。自然の気と自分の気を合わせるから合気道というんですよ。大切なのは体の真ん中。フゥー。ハイ、右。左。右…」

「膝行」を教示するサチエが、「シナモンロール」を作ることをミドリに提案したのは、まさにその時だった。

「膝行」という合気道の基本運動は、主体自身の内側に「余裕」を作り出す「魔術」なのである。「心の余裕」の形成こそ、合気道の基本精神であるらしい。

ともあれ、「シナモンロール」のメニューの追加は、ものの見事に成功したのである。

その芳しい臭いに誘われて、外から訝(いぶか)しげに眺めていただけの、3人の中年主婦が入店して来たのである。

「能動待機者」のミストレスのサチエ
それが全ての始まりとなって、「能動待機者」の女の店は、自らが待機しただけの報酬を受けるに至ったが、彼女の「得意泰然、失意淡然」(得意のときは騒がず、失意のときは淡々としている態度)の心境に全く変化が見られなかった。

「いいわね。やりたくことをやって」とマサコ。
「やりたくないことはやらないだけです」とサチエ。

この一言の内に、彼女の「覚悟」と、それを支える「胆力」(恐怖支配力)の凄味が集約されていた。

「『かごめ食堂』は、遂に満席になりました」

誰もいないいつものプールで、フィンランド語で、ゆったりと立ち泳ぎしながら、噛みしめるように一言を放つ女が、そこにいた。

そのとき、プールの中から沢山のフィンランド女性が浮き上がってきて、拍手喝采が沸き起こった。当然の如く、その描写は、「自分を少し褒めてやりたい」という、本人の思いが表現された幻想であるが、このような描写を許容する流れによって繋がれてきた本篇であるが故に、映像の秩序を乱すシーンではなかったと言えるだろう。

ラストシーン。

「かもめ食堂」で、「いらっしゃい」という言葉を巡って、三人がその聞こえの良さを話し合っていた。

結局、他の二人が穏やかな口調で議論する中で、二人共にそれぞれの個性を生かしていると評価するサチエだが、彼女の「いらっしゃい」が最も良いという二人の評価に照れる当人の前に、トンミ青年の来店があって、当のサチエが思わず、「いらっしゃい」と放った一言で大団円。


それぞれの思いの中で、「かもめ食堂」に関わる三人の日本人が、その個性を存分に表現して括られる映像が見事に閉じられていった。



3  「どうしてものときはどうしてもです」―― 括る女の泰然さ  



それにしても、その腹の括り方に脱帽せざるを得ない、一人の女の人生態度であったことか。

一貫して激しい鼓動がなく、自分を必要とする者は全て受け入れる。去る者は追わず、決して自分の生き方を押し付けることをしない。不法侵入者(元カフェショップの経営者)を軽くいなす所作によって、「ミニサイズのスーパーウーマン」が立ち上げられていくが、合気道の王道を見せるそのアクションには、当然、激しい心拍がなく、どこまでも落ち着き払っているのだ。

他人の過去は詮索せず、相手が求めてこない限り、その履歴を自ら開くことのない、この「ミニサイズのスーパーウーマン」は、一貫してスローライフを体現させてくれると信じるだろう北欧の夏に、身も心も溶け込んでいて、恰も、「今、このとき」、自らが手に入れている心地良い時間を、しっかり堪能することだけが全てであるというメッセージが、様々なイメージ喚起のシークエンスによって、観る者に連射されてくる。

過剰なまでにナチュラリティを強調し過ぎる映画の中枢に、この「ミニサイズのスーパーウーマン」が小さな体を堂々と、そこだけは譲れないと言わんばかりの「まったり人生」の王道を、凛としてその固有の歩行の内に繋いでいくのである。

これは「草食化」する日本の男たちに頼ることなく、他者の律動に合わせつつも、上手な「距離感覚」を基幹にした合気道精神を拠り所に、異国の地で生活をする「現代のミニサイズのスーパーウーマン」のイメージ像を込めて、女性ライターと女性監督が思い描く、「理想の女の生き方」の提起であったのか。

結構コストの高い「スローライフ」の生き方も、その価値観にも全く馴染めず、その真逆とも言える「全身リアリスト」を標榜し、そこに一歩でも近づこうと念じて止まない私にとって、「好みの問題」から言えば、この種の映画には好感を持ちかねる、というのが正直な実感だが、但し、主人公の「能動的待機」の精神については全面肯定に近いという所だろうか。「万全の準備」こそ、リアリズムの基本精神だからだ。

現代社会、とりわけ、「心身の疲弊感からの逃避」というテーマがキーワードになりつつあるかのような日本社会の現在性にあって、「フィンランド」という、相当に心地良いイメージで語られることの多い北欧の地の中に、理想社会を印象づける文化や国民性の様態を特定的に切り取って、その部分の内にこそ、「日本社会の大いなる欠乏性」を埋めるに足る何かが存在すると言わんばかりの映像世界の、その登場人物限定のほぼ確信的な仮構に対して、たっぷりと異議を唱えたい気分が横溢したのも事実だった。

ところが、映像が構築した不思議な空気感は、そんなクレームすらも吸収してしまうのだ。

それは、本作の主人公の覚悟を括ったかの如き天晴れな生き方に、まるで「魔術」のように吸い寄せられていって、その印象が終始、私の映像感度の被膜を剥がさなかったように思えてならないのである。

先述したが、何より圧巻っだったのは、サチエとミドリの初対面のときの短い会話。

「来てやらない訳にはいかなかったのです。どうしても…」とミドリ。
「そりゃ、どうしてものときはどうしてもです」とサチエ。

何か辛い事情を抱えていたように思えるミドリがの思いを、見事に受容するこの台詞を耳にしたとき、私は、このような台詞を言わせる「日本の女の強さ」に改めて感銘を深くした。それでいい、と思った。

恐らく、この短い会話の求心力が、私を最後まで引っ張ってくれる原動力になったのだろう。それでいい、と思ったのだ。

映像の軟着点が容易に読まれながらも、その凹凸の稀薄な物語を引っ張っていく稜線のラインが些か漫画的であり、且つ、演出の含意が直接的過ぎる等の意味合いにおいて、その完成度においてそれほど評価できないと捉えているにも拘らず、それでいいと思わせる何かが、この娯楽度半分、メッセージ性半分の映像世界には包含されていた。

特段に際立つ存在性を開かない一人の女が、いろいろな意味で個性的な、他の登場人物たちとの地味な関わりを通して、いや、或いはそれ故にこそ、最後まで基本スタンスを変えない彼女の立ち居振る舞いの凛々しさが、珍しく私自身の映像感度を湿潤化したようなのだ。

荻上直子監督
そんなサチエの「強さ」について、本作の作り手が原作者(群ようこ)に尋ねたときのエピソードが、監督インタビューの中で語っている。

「サチエさんは懐のでっかい女性ですが、それにしても、強すぎないか?と思いました。彼女の目的も分からない。『サチエさんは一体、何が目的なんですかね?』と群さんに電話して尋ねたら、『そういう問題ではない ―― いろんなものを切り捨ててきた人です』って。切り捨ててきた人だから、人に優しく出来るし、日々を正直に送れるとおっしゃられた。なるほど、とこちらも納得です」(「All About 荻上直子監督に直撃インタビュー」2006年 3月1日)

サチエの強さが、「いろんなものを切り捨ててきた」者の強さという説明には、私も納得するものがあった。しかしその辺の経緯については、正直、どうでもいいことなのだと思う。

「いろんなものを切り捨ててきた」者の強さが、それによって手に入れた「精神の自在性」を持つ者の強さを身体化しても、それがなお、「変容しない芯を持つ者」の強さとの落差の決定性は、恐らく本質的な乖離を生むものではなく、寧(むし)ろ、一つの人格総体の内に共存するものであるに違いないと思えるからである。

私には、「サチエ」という固有名詞の把握は、どこまでも「ミニサイズのスーパーウーマン」というイメージの内に、小さくも凛として、自分のライフゾーンの宇宙を、それを必要とする者に対して、ほんの少し照射する何者かであったということだ。


―― 稿の最後に、末梢的な事柄を書き添えておく。

「冬戦争」
永くロシア帝国に支配されていたフィンランドの現代史は、スターリンのソ連との「冬戦争」(ソ連・フィンランド戦争)を通して、散々、「社会主義の大国」からの干渉・侵略の果てに、法外の賠償等のの屈辱を受け、あろうことか、侵略された国家であるフィンランドが、同様にソ連を仮想敵にしたナチスドイツと関係を持ったが故に、戦後、「戦勝国」のポジションを得たソ連から「敵国条項」の扱いを受けるという、厳しい状況下からの再出発を余儀なくされるに至った経緯を持っている。

ソ連の勢力下に置かれたフィンランドの戦後史は、ノルディックバランス(北欧のバランス外交の戦略)を駆使しながらも、国民国家としての独立を保持するために、自力自尊の内部努力を継続しつつ、現在はEUの加盟国の一員になっている事実は知られている。

真の独立国家としての地位を構築するには、決して多いとは言えない常備軍を確保しつつ、且つ、ソ連への賠償に苦しめられながらも、「高度な福祉国家」としての安定的な社会を形成してきたその奇跡的な戦後史の栄光の陰には、国家・国民による相当の覚悟と気概による内部努力を不可避としたということだ。

因みに、フィンランドの首都であるヘルシンキの面積は187k㎡、そこに約57万人の人々が住んでいる。この数字の多寡を評価するには、例えば、東京23区の面積が621k㎡であるのに対して、そこに780万人の人々が住み、生活している事実と比較すれば了然とするだろう。

ヘルシンキの人口の少なさが、この国の「ゆったり感」の一因になっているのであって、必ずしも、「森」の存在こそが、その国民性を形成したとは言い切れないのである。

(2009年7月)

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