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2008年12月15日月曜日

夫婦善哉('55)     豊田四郎


<虚栄と切れた男、それを拾って繋ごうとする女>



 1  縁を切れない、ダメ男の存在感



 大坂船場の化粧問屋、維康(これやす)商店。

 その息子の柳吉は、とんでもない道楽息子。東京の得意先で集金した金を懐に入れて、売れっ子芸者の蝶子と駆け落ちしてしまったのだ。その事実を知った柳吉の父は、中風で病の床に臥していたその体を起して、番頭に息子の勘当を言い渡した。

「誰が何と言うたかて、勘当や。あの、どアホ!あんな芸妓にうつつを抜かしよって。維康商店は潰されてしまうがな。勘当や、勘当や!」
 
 当の張本人の柳吉は、蝶子と共に熱海の旅館で羽を伸ばしていた。
 
 そこに突然、旅館を大きく揺るがすほどの大地震が発生した。関東大震災である。
 
 慌てふためく二人は、命からがら大阪に舞い戻って来たのである。時は1923年、大正12年の出来事だった。

 大阪に戻った二人は、蝶子の実家に身を寄せるものの、生活資金に事欠いていた。全く働こうとしない柳吉を扶養するために、蝶子は知り合いのおきんを訪ねた。雇女(やとな・芸者を兼ねた仲居)の周旋を営むおきんは、売れっ子芸者の申し入れを大歓迎し、早速、雇女芸者として、蝶子は宴席に出ることになったのである。
 
 彼女は三味線を弾き、客と共に踊り回り、無難に仕事をこなして帰宅した。柳吉はそんな蝶子を特別に歓迎することもなく、相変わらずのマイペース。

 大体この男は、13歳になる娘のみつ子と、既に実家に帰った女房を捨てて、駆け落ちした無責任人間。そんな男が、金に困って維康商店に顔を出したが、既に勘当を言い渡した父は、決して息子を許さなかったのである。

 蝶子の母は、娘に柳吉との関係について問いただした。
 
 「お前、どうやら欲が出てきたらしいな。柳吉さん、ホンマに寝取ろう思ってんのやろな」
 「わてわな、何も奥さんの後釜に座るつもりはあらへん。あの人を一人前の男に出世させたら、それで本望や。ホンマやで。ホンマにそない思うて、一生懸命稼いでんやで」
 
 それが、蝶子の答えだった。

 彼女のその言葉には、自分の中の思いを再確認するような、必要以上の力強さが感じられた。
 
 ところが、そんな蝶子の思いを全く無視して、柳吉はカフェなどで遊び三昧の生活。蝶子が雇女芸者で稼いだ貯金を勝手に下ろし、全て放蕩に使い果たしたのである。

 それを知った蝶子の怒りが爆発した。彼女は柳吉の枕を取り上げて、それを男の顔面に繰り返し振り下ろしていく。
 
 「わてはな、あんたと何ぞ商売でも始めよう思うて、それだけを楽しみに、一生懸命貯金してきたんやで!」
 「そんなこと、知ってるがな」と柳吉。
 「それを知っていて、あんたという人は!」
 「人殺し!死ぬ!」
 
 その大袈裟な言葉に意欲も萎えた蝶子は、家を出て行こうとした。

 「おばはん、どこ行くねん?」
 「もう、あんたの顔見るのも、嫌や!」
 「そりゃ、無理もないわな」と柳吉。

 完全に開き直っていた。それこそ、この男の一貫した人生態度だった。

 蝶子が向った先は、柳吉と睦み合いの中で入ったレストラン。
 そこで食べた「ライスカレー」の思い出を確認するかのように、蝶子は思わず、「ライスカレー、二つ」と注文してしまった。
 
 「アホやな、わては・・・」
 
 女の心の中から容易に消せない、ダメ男の存在感。
 
 それを感じ取ったのか、女はそのまま帰宅した。男はまだ布団の中に入っていた。蝶子は偶然見つけ出した一枚の紙を、男の前に突きつけた。
 
 「あんた、これ何や・・・誰の戒名や」
 「嫁はんや。嫁はん、死によったんや」
 「何でそんなこと、もっと早く言うてくれはらなんだ!」
 「察してくれや、もう。お前が喜ぶ顔、見とうなかったんや」
 「わてが喜ぶ?そんな女やと思うてはんの、あんた!それとこれとでは違うやないの、なあ、あんた!」
 「みつ子、どないしてるやろ。お母ちゃんに死なれて・・・」
 
 男はぼそりと、自分の中に張り付いている気持ちを洩らした。こんな男でも、自分の娘への気持ちが強く残っていたのである。
 


 2  「わてがアホなんや!」―― 激しく揺動する感情のうねり




船場・旧大阪教育生命保険(イメージ画像・ウィキ)
夏の季節を迎える頃、柳吉は、維康商店の番頭の長助から、柳吉の妹筆子が婿養子を迎えるという話を聞き、動揺した。再び蝶子の貯めた金で芸者遊びにうつつを抜かした柳吉を、今度ばかりは、男に寛容な蝶子も許せなかった。

 「意気地なし!もう知らんよって、出て行き!」

 女は男の髪を掴んで、麺を冷やした水槽に繰り返し頭をつけて、激しく折檻する。それはまるで、母が息子の非行を諌める行動のようであった。

 蝶子の怒りの根柢には、既に勘当された柳吉が、未だ船場の商家に未練を持っていることへの不満があった。これが「意気地なし」と罵る言葉に表れていたのである。男は去って、女がそれを泣きながら見送った。

 柳吉は実家の商家に入り浸っていた。

 そんな柳吉と偶然出会った蝶子は、逃げ惑う男から思いもかけない話を聞かされた。

 柳吉は、妹の筆子が婿養子を取ってしまうと廃嫡になってしまうので、その前に蝶子と別れるという芝居を打って、家から金をふんだくった後、逃げてしまうというもの。この芝居に一役買ってくれと頼む柳吉に、蝶子は拒めなかった。

 彼女の中には、未だに相当の不安がある。
 柳吉が本気で、自分と別れるのではないかという思いである。

 蝶子はそんな気持ちを、おきんに相談した。
 
 「ほんまに、あんた、男って薄情よ。蝶子はん、しっかりせんと、うっかりしてたら、クウィッとひっくり返されてしまうさかいに・・・しかし何やろ、あんたさえ、別れるってこと、はっきり言わなんだら、柳吉はん、店帰られへんのやろ。裏をかくという手もあるわ」
 「裏をかくって?姐さん」
 「それはなぁ、例えば別れるということにして、手切れ金だけごそっと戴くという手もあんのやし。それともあんた、どうしても柳吉っつぁん、帰ってもらいたかったら、別れるちゅうこと、今日にも言うたらあかんし」
 「姐さん、おおきに。わてかて、たとえ嘘でも、別れるという方が言いやすいねん」
 「そうか、やっぱりそうか」とおきん。

 彼女には、蝶子の気持ちが痛いほど分るのである。
 

 翌日、維康商店の番頭が蝶子を訪ねて来た。

 ところが、彼女はいざ手切れ金を眼の前に置かれたら、それを受け取ることを拒んだのである。彼女の中に、別れることへの不安がよぎったのだ。それが、惚れた男への切ない女心であったかも知れないが、当の柳吉から芝居を演じ切らなかったことを非難されて、女は本音を吐いた。
 
 「わてが一言、別れる言うてしもたら、それがホンマになってしまうような気がして・・・」
 
 柳吉は文句を言いながらも、妹から三百円の無心をしてきたことを蝶子に告げた後、蝶子の貯金と合わせた金で、何か商売でも始めようと提案した。

 それを快諾した蝶子は、関東炊き(注1)の店を出すことに決め、まもなく飛田遊郭(注2)の中に、「蝶柳」という名の店を出したのである。


(注1)関東から関西に伝わった、濃い醤油味の出汁で煮た煮込み風おでんのこと。
 
飛田新地(ウィキ)
(注2)松島と並ぶ大阪の大遊郭。1958年の売春防止法の施行により、現在は料亭街に変貌を遂げているが、色町としてのイメージを今も残している。遊郭の周囲を固めた高塀で有名で、今も大門通りには、通用門跡の階段が残されている。
 

 関東炊きの店はそこそこに繁盛していたが、それが日常性になったとき、すぐに飽きてしまうのが柳吉の、柳吉たる所以だった。その辺の性格をわきまえている蝶子は、夫の放蕩癖を黙認するが、それが命取りになった。

 夫は腎臓結核(注3)に罹患して、入院する羽目になってしまったのである。蝶子は入院費用を調達するために、維康商店に頭を下げに行くが、妹の婿養子の冷たい態度に一蹴された。

 蝶子は勇ましい啖呵を切って、店を跳び出て行った。
 彼女は仕方なく実家に寄るが、母は寝込んでいて、金の工面どころではなかった。その足で病院に行った蝶子は、そこで柳吉の妹の筆子に遭遇した。彼女は見舞いに来たのである。

 そんな彼女から、病院の廊下で、蝶子は思いもかけないことを耳にすることになった。
 
 「・・・姉さんの苦労は、この頃、お父さんもよう知ってはります」
 「ホンマでっか?」
 「ええ、よく尽くしてくれとる、こない言うてはります」
 「そうでっか。おおきに。ほんまにおおきに。それだけ聞かしてもろたら、わて、ほんまに、ほんまに・・・」
 「ほんまに兄さんのことは、くれぐれもよろしゅうお願い致します」
 「へぇ。お父さんがそない言うてくれはってるんのやったら、わては身を粉にしてでも、どないしてでも・・・安心してておくれやす」
 
 姪に当るみつ子を連れて来た筆子は、面会謝絶という理由で病院を後にした。みつ子が明らかな拒否反応を示したからである。それでも、蝶子の気持ちは充分すぎるほど満たされていた。その理由を柳吉に正直に話したが、ベッドで病に伏す男には何の希望にもならなかった。
 
 「わいはお前、死ぬか生きるかの瀬戸際やで」
 
 男は、腹を手術することへの恐怖感に捉われるばかりだった。


(注3)肺を犯した結核菌が腎臓に転移して感染する。悪性が強く、腎臓内部が化膿して痛みを持つとされる。
 

 まもなく、蝶子は店を売りに出し、その費用で入院費を賄った。

有馬温泉・銀泉の炭酸泉源(ウィキ)
柳吉は有馬温泉で療養することになったが、その費用も蝶子が雇女芸者に戻ることで稼ぎ出したのである。この二人の関係の基本構図は、一貫して変わらないのだ。

 更に、筆子から手紙を受け取った柳吉は、加減が少し良くなって、船場の実家に未練がましく顔を出した。無論、金目当てである。しかし彼の父も婿養子も、全く彼に取り合わない。予想された反応に怒りをぶちまけて、柳吉は実家を後にした。

 そんな中で柳吉は、娘のみつ子だけには未練が残っている。

 その思いを感じ取った蝶子は、みつ子を自分たちで引き取ろうと提案し、柳吉は早速みつ子と会って、その思いを告げた。しかしみつ子には、蝶子に対する偏見が残っていて、どうしても二人の世話を受ける気にはなれなかったのである。

 そんな折、柳吉の父が逝去した。

 実家の維康商店から、蝶子に電話でその事実を告げた。せめて死ぬ前に自分の存在を、柳吉の嫁として認めてもらいたかった蝶子は、その話を父に切り出さなかった柳吉を責め立てた。彼女には、病院での筆子の言葉だけが何よりの支えだったのである。

 不安を高めた蝶子は、その場で柳吉の実家に電話をかけた。すると、その電話に出たのは、筆子の夫である婿養子だった。

 その男から、蝶子は言下にあしらわれたのである。
 
 「あのう、うちはあんさんとは、何の関係はございまへんので・・・」
 
 この言葉で、蝶子の感情は遂に爆発してしまった。
 
 「こんなアホな!こんなアホなことがあるやろか!」
 「どんな電話なんや?」とおきん。

 心配して声をかけるが、蝶子の感情は既に沸点に達していた。

 「・・・わてはアホや・・・わてがアホなんや!」
 
 映像で初めて見せる、蝶子の激しい感情のうねり。

 彼女は自分の部屋に戻って、号泣してしまった。

 まもなく、蝶子の部屋からガスの臭いが沸き立って、畳の上で、その顔にタオルをかけて倒れ込んでいた。ガス自殺を図ったのである。それに気づいた柳吉は、蝶子にまだ息があるのを確認して、急いで病院へ連れて行った。

 翌日の新聞には、こう書いてあった。
 
 「“狂乱のマダム 自殺をはかる”日陰の身をはかなんで」 
 
 柳吉を急襲した二つの不幸。父の死と、蝶子の自殺未遂。事態への適切な対応力を持ち得ない男には、もう充分にその脆弱性を露呈するほかにない。



 3  「頼りにしてまっせ、おばはん」―― 確信的依存者の決め台詞



 父の葬儀に出席しても位牌すら持たせてもらえない柳吉は、殆んど四面楚歌の状態だった。蝶子の命が助かったと知っただけで、柳吉はもうそれで安心し、あろうことか、彼女の元から姿を消してしまうのだ。
 
 やがて健康を回復した蝶子は、既に借金して経営していたカフェの仕事に戻るが、なぜか心の空洞感が埋まらない。その空洞感を埋めるために仕事に精を出すが、それでも埋まらない。いつしか彼女の足は、ライスカレーの店に立ち寄っていた。彼女には、未だ柳吉への未練が断ち切れないのである。

 そんな女が、既にその店を売却した「蝶柳」に立ち寄っていた。
 中から小唄のレコードが聞こえてきて、何だかそれが柳吉の声に思われたのである。しかし、店の中には誰もいない。
 
 「アホやな。わては・・・」
 
 嘆息する蝶子の生気のない表情が、そこに映し出された。そのとき突然、後方から聞き覚えのある声が届いた。

 「おばはんか?」

 それは、紛れもなく柳吉の声だった。

 「あんた、どこや?」
 「ここや、ここや。英語で言うたら、W.Cや・・・お帰り。えらい早かったな」
 
 蝶子の表情に生気が戻った。
 しかし今は、それを簡単に表現するわけにはいかなかった。男に対する許し難さが、彼女の中に同居しているのだ。
 
 「無理もないな・・・わい、行方くらましてたのなぁ、あれはお前、作戦やで。作戦や。養子にな、お前と別れたと見せかけて、金取ったろ思うたんや。親父が死んだら、財産の半分、分けてもらわにゃ、損やろう?そない思うたさかいに、お前葬式にな、呼ばなんだんや。なぁ蝶子、悪う思いなや・・・」
 「そうか・・・わてはアホやな」
 「何でやねん?」
 「そうかて、あんたがそない言うたら、ほんまや思うもん」
 「そんなもん、お前、ほんまやないかいな。何言うてんや」
 
 二人はもうそれで、睦み合っていく。いつもの繰り返しだが、睦み合っていく。

 二人は法善寺(注4)境内にある「夫婦善哉」の店に入って、仲良くそれを食べ合った。
 
 「わいはもう、行けへんねん。行かへんのやから・・・」
 「船場へか?」
 
 男はその質問に答えず、自分の体の不調を訴える。当然甘えである。

 「わいは腎臓がな、片っ方しかない男やさかい、大事にしてや」
 
甘えと知りながらも、女は男を包み込んでいく。店を出ると、雪が降っていた。
 
 「頼りにしてまっせ、おばはん」
 
 その一言を放って、男は拒絶されることのない確信を持つ者のようにして、女の心の中に包み込まれていく。

 映像はその後も不必要な描写を重ねていくが、この一言で括られる一篇であったと言っていい。


(注4)大阪市中央区難波にある浄土宗の寺で、「水掛不動さん」が有名である。藤島桓夫が歌って大ヒットした、「月の法善寺横町」でも知られている。 


                        *       *       *       *
       


 4  開き直りの放蕩美学



 これは、本来的に虚栄と切れた男と、それを自ら肩代わりして必死に繋ごうとする女との、極めて時代との均衡を欠いた人間ドラマの一篇である。

 物語の背景となった時代は、大正から昭和にかけての、まさに「男の虚栄」をシステム的に補強した擬似父性社会とも言える、「強靭なる近代」という特殊な歴史のステージの内にあった。

 そんな時代で、男は極限的なまでに依存し、女はそれを全人格的に受容する。

 そこには、ダメ男に惚れ抜いた女の弱みが剥き出しにされるが、その弱みに付け込んでも決定的に依存する男の甘さは、そんな男の自我から一切の虚栄を剥ぎ取らない限り、表現しようのない意識と生活の様態だった。
 
 男はなぜ、それほどまでに依存するに至ったのか。
 男の依存性を受容する女がいたからである。

 女はなぜ、それほどまでに依存を受容するに至ったのか。
 女の受容を必要とする男がいたからである。

福岡市フィルムアーカイブより
依存に向う男と、それを受容する女。この二人の感情を継続させたのは、そこに男を求め、女を求める確かな感情が存在したからである。
 
 しかし女にとって、男の存在は絶対的であっても、男にとって女の存在は、女のそれよりも絶対性を持っていなかった。それ故、そこに微妙な落差が生まれ、一方では嫉妬と独占の感情が崩された分だけ、心理的リスクを負った女の献身が、他方では女のそれらの感情に抑制を強いられてもなお、道楽を捨てられない男の我がままが、恰もそれが補完し合う関係の如くクロスした。

 いつの時代でも、関係の内にしか見えない固有の感情の繋がり方が存在し、そこに他者の勝手な評価が侵入できないバリアが、本人たちの意識とは無縁に張り巡らされている。それにも拘らず、本作における男と女の関係の様態は、あまりに個性的であり過ぎた。だからそれは、市井の日常性から拾われた物語の、ごく普通の切り取りの題材のように見えながらも、斜に構えた男のデカダンスの、一種の理念系の極北の様態のようにも見えるのだ。

 それは「開き直りの放蕩美学」とも呼べる何かであった。少なくとも私には、そのような把握以外に辿り着けない物語ラインでもあったということである。

 

 5  男の虚栄、女の虚栄



 本作を観ていて、私の中で常に捉えて放さなかった一つのテーマがあった。


 それを一言で言えば、「男の虚栄、女の虚栄」というテーマである。その問題意識によって、本作と最後まで付き合ってきたような気がする。本作の物語のラインから大幅に外れるが、以前に私がそのテーマについて書いた拙稿があるので、ここで、それを補筆した一文を引用してみたい。

 
 「この国の男たちは自分たちの非決断を簡単に認めない。女に渡したヘゲモニーを奪い返すつもりもない。権威に依拠する覚悟にも欠ける。権威を継続させるには相当のエネルギーがいるからだ。そこまで疲れたくないのである。

 家庭は癒しの場所であった方がいい。我が子を怖がらせて失う愛情よりも、家族の機嫌を取って手に入れる情緒的充足感の方が、遥かに快適である。この国には、『父』は殆んど存在しないのだ。昔から、それはあまり変わらないのである。

 確かに、『父』になろうとした人たちは多くいただろう。

 然るに、『父』になることを強いる時代の要請と、『父』になることで満たされる虚栄の捌け口が一つになって、男たちは背筋を真顔で突き立てていたが、それも『御時世』で流されてしまったら、誰もそこへ戻って来ようとしなかったのだ。誰も本気で、『父』になろうとはしなかったのである。
 
 『父』を貫くには、この国の男たちは優し過ぎるのだ。弟を殺し、親友を殺したチンギス・ハーンのように生きるには、男たちが背負うものは小さ過ぎる。情感的過ぎる。女たちが背負うものと大して変わらないのだ。昨日遊んだ家畜を平気で殺せる民族と、ペットの墓参りを欠かせない民族の差が、そこに厳然とある。
 
 だが、虚栄心だけは充分過ぎるくらいある。

 あらゆるものが近接し、差異に敏感な同質性社会の中で育まれた自我は決して強固なものにはならないが、その自我が拠っている共同体のエリアの中で蔑まれるわけにはいかないのだ。逃げ場を持たない小宇宙で安定した関係枠を設営し、そこで足元を掬われない位置を確保せねばならないのである。
 
 この風土が、『勝ち気の精神』を作り出した。

 決して気が強くないが、見透かされ、蔑まれることを極端に恐れる感情傾向がそれである。これが虚栄心である。この虚栄心が、この国の人々を、いつも静かなる競争に駆り立ててきたのだ。この国では、競争の対象は常に身近に存在するのである。

 自分を良く知る者たちの視線だけが、この国ではモラルになり、規範となる。従って、自分を良く知らないエリアには、お上から下された法規だけが生きていて、もうそこにはモラルの強制力が働かない。だからしばしば傍若無人になる。旅の恥も平気で掻き捨てられるのだ。

 この国では、ただ隣とだけ、すぐ傍にいる他者とだけ競争する。

 だから彼らの視線だけが、常に気になるのである。これは男も女も、さして変わらないメンタリティのように見えるのだ。
 
 ところで、この国の男たちが自分たちの非決断を認知しているように見えないのは、本来、内実を持たない『武士道的理想主義』の名残なのか。

福岡市フィルムアーカイブより
女たちに『頼りにしてまっせ』(『夫婦善哉』の世界)という本音を隠すのは、或いは、女たちからの、『そこまでは寄ってくれるな』というメタ・メッセージを哀しくも受容してしまうからなのか。露骨な依存を認めたら、この国の男たちは、自我の最後の砦であるかのような虚栄心すらもかなぐり捨てるかも知れない、と女たちは恐れているのか。

 確かに、一切を裸にした男たちには魅力がないのだろう。
 
 だからと言って、女たちは別にこの国の男たちにとって観音様であり続け、彼らを抱擁し続けるつもりはないように思われる。やはりここぞというときには、男たちに動いて欲しいのであり、その思いを信じたいのである。

 決定的局面ですら決断しない男たちには、張り付く衣裳も何もない。せめて吠えてくれ、と女たちは待望しているのか。どうやら、この国の女たちは前線で体を張るつもりはなさそうなのだ。

 戦後、男たちが悲嘆に暮れていたとき、この国で最も元気だったのは、一貫して女たちだった。
 
 女たちにとって、戦争中の銃後の生活は決して快適なものではなく、身内と死別したり、食糧難等で辛酸を舐め尽くしたりしていたはずである。だからこそと言うべきか、終戦直後の空洞期にあって、重荷を解かれたかのような女たちの馬車馬の如き行動力には、蓋(けだ)し眼を見張らせるものがあった。

 女たちにとって、一体、昨日までの戦争とは何であったのか、と問うにも気が引けるほどの軽快なステップを目の当りにしてしまうと、『今、このときの現実』から自在に発動できるその独特の生活感覚に、殆んど圧倒される思いがする。

 少なくとも、この国の女たちは『正義⇔不正義』とか、『善⇔悪』というような二元論の観念を容易に蹴飛ばせるから、執拗に自我を引っ張っていくこともないのだろう。

 男たちが『転向』ゲームにローリングしたり、デカダンに陥ったり、『戦後派文学』の中で徒に深刻ぶって、それぞれの自我を観念ゲームの中で甚振ったりしている間も、女たちは子供のミルクを求めて、喧騒の街中をひた走っていた。女たちには、もともと転向問題などは存在せず、単に一時(いっとき)、辛い『御時世』に乗り合わせていた不幸を嘆くだけであったのかも知れない。

 重石が取れようと何だろうと、女たちは日々の糧を満たすために奔走せねばならないのである。女たちには、『戦中』とか、『戦後』等の概念は土台無縁なのだ。彼女たちには、『今、このときの現実』という時間感覚だけが決定的なのであろう。
 
『一番美しく』より
黒澤明監督が、その初期作品である『一番美しく』で描写した女たちは、戦後に至っても、その持ち前の活力で、その時々の困難を突き破っていくはずである。『石中先生行状記』(成瀬巳喜男監督)で、人の馬車に眠りこけたあの明るい娘は、現代に蘇れば、繁華街を身体疾駆する女子高生であったとしても全く可笑しくないのだ。
 
 この国では、一貫して女たちは元気であり、男たちは常に一歩引いている。この国の男たちに根強い虚栄心(実は、見透かされることへの恐怖感→『勝ち気の精神』)が、しばしば権力的ポーズを垣間見せるが、多くは長く続かず、家庭にこもったら忽ちの内に足元を掬われて、その本来の甘さを露呈するのである。
 
 『破れ太鼓』(木下恵介監督)の頑固親父に至っては、妻子を追い出したらペースが狂い続け、結局、『権威ある者としての父』という、殆ど目晦(めくら)ましでしかない擬似ロゴスの貫徹を中断することになった。追い出された妻の方が却って元気になるが、ヤンチャでチョイ悪な夫を抱擁する能力を悟って、ここでもお決まりの観音帰りとなる。それでも、『強い夫と従順な妻』という体裁さえ崩されなければ、この国では、この手の男たちの虚栄に傷がつかないのである。
 
 『自由学校』(渋谷実監督)という映画にまで進むと、もっと過激になる。昼行灯のような夫を追い出した妻は、束の間のアバンチュールでクロスした男たちの、その裸の自我の情けなさに絶句し、挙句の果てに、自らが追い出した夫を警察まで行って、もらい下げて来るのである。

 呪縛の恐怖から、再び家出を敢行しようとする夫に土下座して、『あなた、行かないで』と泣き崩れるラストシーンは、男たちの虚栄心を中和させるためのトリック描写以外の何ものでもなく、却って、同情を買う男たちの揺れ方が悲哀でさえあった。
 
 女たちの観音帰りによって、全て丸く収まってしまう家庭文化の威力は、この国では、昔から殆んど変わっていないようにも思われる。男の虚栄と女の虚栄が微妙に異なるからこそ、ここでは上手くいくのだ。仕切ったつもりの男の虚栄をくすぐって、世俗的、現実的な女の虚栄を満たせれば、ここでは大体上手くいくだろう。

 そこでは男は、恐らく本人しか分らない『生き方』とか、『軌跡』とか、『体裁』とかに関わる虚栄さえ満たされれば大事にはならないし、女が許す限り、そこで夢を喰って生きることさえ可能なのである。
 
 大体、この国の女は、男たちに本物のマッチョを求めないのだ。

 この国でマッチョを張ってもあまりサマにならないし、それが求められる文化的基盤が脆弱だから、いつまでもマイナーな、オタク的な格闘技の世界にしか通路を見出せない。マッチョは、ここでは金にならないのである。

 私の偏見かも知れないが、この国で成功したマッチョは、ジャイアント馬場に代表されるように、奥さんの内助の功によって支えられているという印象が強い。マッチョを売り物にするしかない男の夢と、そこまで付き合ってくれた奥さんが傍にいたからこそ男の成功が適った、という極めつけの了解ラインがそこにある。マッチョを張った男だからこそ、女に頭が上らないというストーリーが、この国では受容されているのだ。それを知るマッチョは、人前では必ず自分を立ててくれる女房に感謝し、自我の虚栄も確保されているから、夢と存分に遊ぶことができたのである。そんな男が、ここでは成功するのかも知れないのだ。
 
 そんな男たちが、女たちに求めるもの。それは『女性』という性であり、『母性』という遥かな幻想であるに違いない。

 夫婦関係の中で宿命的に出来する時めき感情の消失があっても、男たちはどこかで母性に繋がっていれば、大抵、安堵してしまうのである。

 それでも女の肌と切れない男は、風俗などと適当にクロスして、そこだけは別の生き物であるかのような下半身を処理すればいいと考える。それが男の特権ですらある、と考える男もいる。だが、女房の不倫は困る。男の虚栄が傷つくのだ。そんな我が儘がどこかで許されてきた文化がある、と男は信じて止まないのである。
 
 この文化幻想こそが、男の虚栄の推進力になったのだ」(拙稿・「男の虚栄、女の虚栄」より一部抜粋・補筆修正)

 

 男の我が儘が許されてきた文化幻想。

 それが男の虚栄の推進力になったという把握が、私の中に今もある。

 例えば、この国の男たちは、「特攻隊」や「サイパン玉砕」に見られる、命を惜しまず敵に突進するメンタリティを「勝ち気」の国民性と勘違いする向きが多いが、それは私から言わせれば、「視線の心理学」によって簡単に説明できてしまう何ものかでしかないのである。

織田作之助
自分を良く知る者たちが身近にいれば、この国の男たちは、「勝ち気」を表現せねば済まない弱さを内包するということなのだ。「世間」こそ、皆が恐れるのであって、それがなければ平気で投降し、ペラペラとスパイ紛いの役割を果たしてしまうのである。それが、この国の男たちの虚栄の内実であって、要するに、「自分を良く知る者たちから見透かされることへ恐怖感情」が、この国の男たちの「勝ち気」なる振舞いの推進力になっているということなのだろう。 

 

 6  甘やかされた放蕩息子、怠惰なる生活者、呆れるほどの依存者



 ここで、映像に戻ってみよう。
 

 柳吉という男の凄さは、あろうことか、「男の虚栄」を捨て切った世界の中で全面展開していたという点にある。

 このような類の「ダメ男」を描いた映像作品は多いが、しかし成瀬の作品に登場する、多くの「ダメ男」たちの振舞いを想起すれば分るように、彼らのいずれもが姑息であったり、狡猾であったり、一見紳士的であったり、傲慢であったり、或いは、気弱な優男であったりしても、そこになお張り付く虚栄の片鱗が明らかに存在していた。成瀬の「ダメ男」たちには、自分のダメさをどこかで隠そうと努めるちっぽけだが、しかし彼らにとっては、それなりに切実な見栄が垣間見えるのである。それ故にこそ、成瀬作品の男たちは滑稽であり、リアルであり過ぎたのである。

 ところが、柳吉という男に至っては、この国の男たちが時代にサポートされて何とか守り抜いてきた、そんな虚栄の欠片すらも見られないのだ。だから、今この作品を現在の時代感覚によって観賞するとき、この愚かな主人公に対して憤りの感情すら抱いてしまうのである。

 この男の能力の欠如さは極めつけだ。

 ただ単に、大商家の看板にのみ縋って、その財産の分け前だけを目指して止まないのである。しかも男の作戦は悉(ことごと)くしくじって、いつも男をフォローする献身的なる女に救われるという、まさに極北的な放蕩人生のリピーター振りなのだ。

 このような類の「ダメ男」は、よくよく考えてみれば、この国の男たちに共通する、ある種の虚栄のメンタリティとは完全に切れているということである。

 だから私は本作を、後年、「無頼派作家」の一人と称された原作者(織田作之助)の、その戯作派的人生道の理念系の産物以外には見ないのである。因みに、「無頼の美学」というものがあるとすれば、私はそれを、「一切の規範性からの確信的逸脱」という風に把握している。
 
 まさに柳吉なる人物は、規範の逸脱者の典型でもあった。

 しかし確信的ではなかった。この男は単に、甘やかされた放蕩息子であり、怠惰なる生活者であり、そして呆れるほどの依存者であった。その意味で、この男は「無頼の美学」のカテゴリーに包含されないが、しかし、そのような男を描き切る原作者の確信的な視線が、常に背後に漂流していたと言えようか。

 その原作者の理念系の産物のもう一つの典型が、男を支える女の描写にあったと考えるのは、あながち見当外れな把握ではないであろう。女は自分がぞっこん惚れている男について、自分の肉親にこう言い放ったのだ。

「わてわな、何も奥さんの後釜に座るつもりはあらへん。あの人を一人前の男に出世させたら、それで本望や。ホンマやで。ホンマにそない思うて一生懸命稼いでんやで」
 
 更に女は、入院中の男を見舞う男の妹から、男の父が女のことを褒めているという話を聞いて、その感激をこのような表現で返したのである。

 「へぇ。お父さんがそない言うてくれはってるんのやったら、わては身を粉にしてでも、どないしてでも・・・安心してておくれやす」
 
 この女、蝶子はまさに男が本来的に捨て切った虚栄の欠片を自ら拾い上げて、それを何とか、男の人生に繋ごうとまで考えているのである。

 こんな女がこの世に存在しないと言い切れないのが人間社会の面白さだが、それにしても、このような女の造型は、明らかに理念系の結晶であると読む以外にないのだ。なぜならば、それは殆んど「無限抱擁」の世界だからである。

 この国で「無限抱擁」が可能なケースは、「我が子」に向う母の心情ラインに収斂される何かであるに違いない。絶対に治癒しない本来的な放蕩者に対して、異性感情が脱色してしまえば、男は確実に女に捨てられる運命にあるだろう。それだけは、ほぼ確信的に言えることだ。

 その意味で、本作について、その完成度の高さを評価するのに決して吝(やぶさ)かではないが、それはどこまでも、物語の世界であることを忘れてはならないだろう。偶(たま)さかこの世に、こんな男女がいて、こんな物語があった。しかし、その物語の先に展開するだろうリアリズムの恐怖について、私たちが普通の感覚を持つならば、当然の如く、その流れ方を読解できるはずである。

(2006年9月) 

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