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    4 か月前

2010年2月25日木曜日

ニュー・シネマ・パラダイス(「劇場公開版」、「完全オリジナル版」)('89)   ジュゼッペ・トルナトーレ


<「回想ムービー」としての「ニュー・シネマ・パラダイス」、その「ごった煮」の締りの悪さ>



 1  編集マジックによって蘇生した「劇場公開版」



 「グレートハンティング」(1975年製作)、「ポール・ポジション」(1979年製作)「ウイニングラン」(1983年製作)という、ドキュメンタリー作品を作ったイタリア映画の監督がいる。

 彼の名は、マリオ・モッラ。

 「ニュー・シネマ・パラダイス 劇場公開版」(1989年製作)の編集者でもある。

 詳細は知らないが、恐らく彼の手品によって、155 分もの長尺の映画が、見事なまでに全くジャンルの異なる124分の映画に化けてしまったのである。

 本稿の趣意は、その辺りの事情が作り出した「映画の嘘」についての言及である。

 155分もの長尺の映画の名は、言うまでもなく、「ニュー・シネマ・パラダイス オリジナル版」。


 監督の名は、ジュゼッペ・トルナトーレ(画像)。
 
 当時、30代前半の若き映像作家である。

 この「オリジナル版」がイタリアで公開されたとき、興行成績が不振だったため、海外で公開された際、何と124分の「劇場公開版」に化けることで、世界的に「最も有名な感動作」として巷間に流布されるに至ったという、一流のマジックを駆使したかのような内部事情は知る人ぞ知るというところだ。

 ところが、2002年になって、173分もの長尺の「ニュー・シネマ・パラダイス 完全オリジナル版」が公開されるに及んで、作品を取り巻く評価について侃侃諤諤(かんかんがくがく)の議論が沸騰した経緯はよく知られているだろう。

 それもそのはず、この「完全オリジナル版」の内容が、前述したように、「劇場公開版」のそれとは全くジャンルの異なる作品になっていたからである。

 はっきり書けば、前者は、「大人の恋愛映画」であるのに対して、後者は、「青少年期へのノスタルジー映画」。

 しかし今や、「名匠」と目されるジュゼッペ・トルナトーレが作り上げた「完全オリジナル版」の内容は、あまりに冗長であり、何もかも入れ込み過ぎの説明過剰な凡作であった。

 
シチリア島・メッシーナ(ウィキ)
思うに、「地獄の黙示録 完全版」の場合は、「劇場公開版」の不備をより補強することで、「主題提起力」が明瞭になっただけだったが、ノスタルジアを本質とする「ニュー・シネマ・パラダイス 劇場公開版」と分れて、「完全オリジナル版」は、それこそが本来の主題であるだろう、「思うようにならない人生」のリアリズム、即ち、「青春期の大失恋」という普遍的なテーマに焦点を当てたことで判然とするように、「人生は映画で観るのとは違う。もっと、ずっと苛酷なものだ」(アルフレードの言葉)という人生論的問題を強調した作品だったと言える。

 ところが、ジュゼッペ・トルナトーレは「完全オリジナル版」の中で、故郷のシチリアを去る原因となった「大失愛」の故に、後に映画監督としての社会的成功を収めてもなお、未婚状態を延長させる壮年期の自我に巣食う、巨大な空洞感を埋められない人生を自己完結させるべく、30年ぶりのシチリア帰郷によって、「青春期に喪失した人生の忘れもの」を取りに行く「大人の恋愛映画」を構築したかったようなのだ。

 それにも関わらず、その作り手の主観とは無縁に、「完全オリジナル版」で作り出されたのは、「大人の恋愛映画」を基調音にしつつも、「青少年期へのノスタルジア」という文脈をも感受させる作品を製作してしまったのである。

 だから、155分もの「ニュー・シネマ・パラダイス オリジナル版」を観たイタリアの観客は、あまりに「ごった煮」の映像表現に当惑し、忌避したに違いない。

 当然である。

「大人の恋愛映画」と「青少年期へのノスタルジー映画」を、一本の作品の中で同時に観せられてしまったら、困惑しない道理がないだろう。

 ジュゼッペ・トルナトーレは、とうてい「名匠」とは言えない粗雑(注1)極まる映画監督だったということだ。


(注1)粗雑さの一例を挙げれば、「シネフィル」と化したトト少年が、可燃性フィルムによる火災で意識を失ったアルフレードを、階下まで引き摺り下ろす「スーパーマン」を演じるシーン。筋断裂の危険を超えて、ドーパミン分泌によるマキシマムな能力を発現する「火事場の馬鹿力」が、少年を「スーパーマン」に変貌させたとでも言うのだろうか。


 だが、奇跡が起こった。

 マリオ・モッラによる編集による、ドキュメンタリー作家の本領発揮の仕事は一流のマジックを彷彿させるものだった。

 長尺のフィルムを切り取り、繋ぎ合わせるプロの技巧は冴え渡っていたのだ。

 それでも、元のフィルムの詰め込み的な映像の構成には、相当の苦労の跡が見られたのである。

 そんな経緯の中で成就した「劇場公開版」の立ち上げは、確かに「完全オリジナル版」に張り付いていた説明過剰な冗長さを削り取った分、スリムな「感動譚」に化けたものの、特段に「優れもの」という評価にはとても値しないだろう。


 単に普通の「コミュニティ万歳」、「映画万歳」、「純粋無垢万歳」、「純愛万歳」、「絆の関係力学万歳」という程度の情感系映画でしかないのだ。

 「劇場公開版」の編集マジックによって、確かに「主題提起」の無秩序な分散を回避し得たが、それでも私には、こんなフラットで「構成力」の貧弱な作品から、多くの人々が絶賛するような深い感銘を受けることは全くなかった。

 「1日たったら忘れる」

 これが、説明過剰な映画の宿命であると言っていい。

 ともあれ、ドキュメンタリー作家の本領発揮の超絶的技巧が媒介されようとも、所詮、遣っ付け仕事の運命的な限界ラインから逃れようがなかったのである。


 まず、その冷厳な事実を認知することだ。(画像はシチリア島)



 2  「回想ムービー」としての「ニュー・シネマ・パラダイス」、その「ごった煮」の締りの悪さ



 私は、本作のような映画を「回想ムービー」と呼んでいる。

 以下、それについて書いていく。

 まず、「回想」には3種類ある、というのが私の仮説。

 その1  

 「単純回想」である。

 これは、簡単に言えば、「過去を懐かしむ」、「何気に過去を振り返る」ということ。

 「単純回想」には、「ノスタルジア」と「非ノスタルジア」がある。

 「ノスタルジア」は、「郷愁」=空間への感傷と、「懐古」=時間への感傷に分けられるだろう。

 
スタンド・バイ・ミー」より
「非ノスタルジア」は、「郷愁」や「懐古」の濃度が稀薄な単なる「回想」と言っていい。

 このカテゴリーに含まれる代表的「回想ムービー」は、ロブ・ライナー監督の「スタンド・バイ・ミー」(1986年製作)。

 私が最も嫌うこの種のラインアップには、「お子様映画」が居並ぶのが特色。

 その2  

 「強迫的回想」である。

 これは、「過去から強迫される」、「封印した過去に突き上げられる」ということ。

 一例を挙げれば、「PTSD」の「フラッシュバック」のように「逆行再現」が起こることなどが、このカテゴリーに含まれるだろう。

普通の人々」より
このカテゴリーに含まれる代表的「回想ムービー」は、ロバート・レッドフォード監督の「普通の人々」。

 私が最も好むこの種のラインアップには、心理描写で勝負するシリアス映画が多い。

 その3  

 「戦略的回想」である。

 これは、「過去に対峙する」ということ。

 現在の自分の状況の不具合を認知する中で、「自己総括」の延長上に、「過去に対峙する」自己を立ち上げていくと場合などが当て嵌まるだろう。

 「認知行動療法」(注2)を介して過去と向き合う「暴露療法」という「戦略的回想」も、このカテゴリーに含まれるだろう。

 要するに、「恐怖突入」(注3)という能動的方法論であり、まさしく「戦略的回想」であると言っていい。

野いちご」より
このカテゴリーに含まれる代表的「回想ムービー」は、イングマール・ベルイマン監督の「野いちご」。

 これは、夢の中での「恐怖突入」を描き切ったベルイマン映像の金字塔だ。

 私が普通に好む、この種のラインアップは多種多様で、作品の基準をクラスター分析しにくいのが特色。

 「戦略的回想」である所以である。


(注2)あるべき認知の獲得を重視する認知療法と、行動を修正することで行動変容を重視する行動療法を統合した療法。

(注3)不安や恐怖の原因子に、覚悟を括って踏み込んでいくこと。


 以上の大雑把な仮説の提示による文脈によって、「回想ムービー」としての「ニュー・シネマ・パラダイス」を分析するとき、既に瞭然とするに違いない。

 「完全オリジナル版」は、アルフレードの死を契機にして、自分の現在の立ち位置を確認した上で、自我に張り付く空洞感を埋めるために、意を決した帰郷を果たす「戦略的回想」の映画であるということだ。


 具体的には、「青春期に喪失した人生の忘れもの」を取りに行く「大人の恋愛映画」であったということ。

 ところが、前述しているように、「完全オリジナル版」は「大人の恋愛映画」を基調にしながらも、そこに「お子様映画」の色濃い「単純回想」としての「ノスタルジア」も包括してしまったため、「映像構成力」において決定的な過誤を露呈した、「何でもあり」の「ごった煮」の、極めて締りの悪い作品になってしまったのである。

 従って、超絶的技巧を見せたと思われるドキュメンタリー作家、マリオ・モッラの編集によって、「完全オリジナル版」の中枢テーマであった、「青春期に喪失した人生の忘れもの」を取りに行く「大人の恋愛映画」という色彩を脱色させた、「劇場公開版」の立ち上げを具現したことで、全く別の映画としての、「世界中を感動させた傑作」が呱呱の声をあげるに至ったという訳だ。

 しかし逆に言えば、このことは、超絶的技巧の編集なしに映像化した件の作品の、その駄作の裸形の様態を認知せざるを得ないということになるのだ。

 思うに、「完全オリジナル版」に張り付く、「ノスタルジア」の過分な描写を必要な限り削り取って、「映画監督として成功した現在」の自我が内側に抱える空洞感の復元という視座から、封印し切れないほどの苦い青春期のトラウマに対峙し、そこに「恐怖突入」を敢行するような明瞭な主題性を持った作品こそ、恐らく、作り手の物語の中枢に据えられていたに違いないので、それならば一層、「大人の恋愛映画」に集約される「戦略的回想」の映像を貫徹すべきだったのではないか。

 そう思われてならないのだ。

 言わずもがなのことだが、一つの映像から二つの全く違う作品を作り出すという戦略も、「ビジネス」としては、当然有りである。


 しかし、既に公開された映画の出来栄えについて言えば、当然の如く、「劇場公開版」を受容せざるを得ないだろう。

 表現作品としての映像の価値は、「映像構築力」、即ち、「主題提起力」と「構成力」にあると考えるからだ。



 3  覚悟を括った「人生の達人」



 本作は教育の映画でもあった。

 言うまでもなく、その教育を担った主体はアルフレード老人である。

 彼は人間の英知の結晶とも言える何かを持っていて、殆ど「人生の達人」と言っていい。

 「人生の達人」は教育の天才だった。


 アルフレード老人は自分を慕い、シネフィルと化したトト少年の熱中と、その意志の継続力に注目し、彼の能力の開花を固く信じて止まなかった。

 だから、老人は以下のような厳しい言葉を、成人したトト少年、即ち、サルヴァトーレ青年に向かって放ったのだ。

 「ここを出ろ。ここは不毛の土地だ。ずっといると、自分が世界の中心にいる気になり、何も変わらないと思い込む。そして、1年か2年離れ、戻ると全てが変わり、拠り所を失う。会いたい人はいなくて、馴染んだものはない。出たら戻るな。何十年もだ。それから戻れば、昔馴染みや懐かしい故郷に再会できる。人生は映画で観るのとは違う。もっと、ずっと苛酷なものだ。ここを出ろ。ローマへ戻れ。お前は若い。前途洋々だ。私は老いた。お前と話すより、お前の噂を聞きたい」

 「お前と話すより、お前の噂を聞きたい」

 何と決定力のある言葉だろうか。

 「人生は映画で観るのとは違う。もっと、ずっと苛酷なものだ」

 映画館の火災によって、盲目となったアルフレードが結ぶからこそ、言葉が力を持つのだ。

 
将来、必ずその才能が花開くであろう青年の能力を見抜き、その人生の方向性を誤らせない教育的サポートを遂行した老人の教育の厳しさは、「劇場公開版」、「完全オリジナル版」の何れからも窺えるものであった。

 アルフレード老人は、自分が信じて止まない人生の方向性を、青年にインスパイアし、青年はその全てを実行した。


 サルヴァトーレ青年が「百年の恋」の渦中で辛酸を舐めていたとき、老人は確信を持って、言い放った。

 「ここを出ろ。出たら戻るな。何十年もだ」

 一時(いっとき)、青年の辛酸が彼の自我を溶かすような危機に遭っても、アルフレード老人は、このシビアな教育を貫徹したのだ。

 「百年の恋も一時に冷める」

 老人は覚悟を括ったのだ。

 将来に亘って、最も愛する青年と再会できない覚悟を。

 それだけの覚悟が、視界を喪った老人の全人格から放たれるとき、その炎が青年に伝播し、大都市ローマへの「進軍」を決意させたのである。

 このエピソードから得られる教訓は明瞭である。

 優秀な能力を開花するには、その能力を開花するに足る契機と、その契機を作る教育の人格主体が必要となるということ。


 アンドレ・バザン(注4)なしにトリフォーの才能が開花しなかったように、サルバトーレ青年の成功には、アルフレード老人の全人格的な強力なバックアップが不可欠だったということだ(画像右がバザン、左がトリフォー)。

 教育映画としての本作は、アルフレード老人なしに存在し得なかったと思えば、この老人の存在それ自身が、「映画の嘘」が作り出した、観る者への最高の贈り物だったと言えるだろう。


(注4)「少年鑑別所を出た10代のフランソワ・トリュフォーを引き取って面倒をみていた。家族に恵まれなかったトリュフォーにとって、バザンは精神的父親であり、庇護者のような存在となってゆく」(「ウィキペディア/アンドレ・バザン」より)

(2010年2月)

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