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    3 か月前

2010年5月20日木曜日

大人は判ってくれない('59)   フランソワ・トリュフォー


<「見捨てられた子」の負性意識の重量感 ―― 「思春期彷徨」の推進力>




1  「若き映像作家のマキシマムな主張」が存分に掬い取られていて



「大人の全てが悪なのではない。子供の全てが、生来的に聖なる神の使者などではない。

勿論、非行に走る子供の原因の多くは、非行に走らずにいられなかった子供の脆弱なる自我に因っていて、その自我を作るのが、通常、親の教育の責任以外に考えられないから、子供の非行の責任は大人にあるということになる。

その把握は決して間違っていない。

だからと言って、必ずしも、悪い親から悪い子供が生まれてくると言い切れないのもまた事実なのである。

恐らく、子供が非行に侵入していく経路には様々な外的、内的条件が働いていて、それぞれの要素には、 『これ以上越えたら危ない』というシグナルを灯すポイント・オブ・ノーリターンがあるに違いない。

そして、その要素の多くは、子供に対する自我形成に関わる親の微妙なストロークや、関係スタンスというものが濃密に脈絡してくるはずだ」

これは、「秋立ちぬ」の中の、私の「子供論」のエッセンス。

次に、「スタンド・バイ・ミー」という、究極の「お子様映画」に言及した一文。

以下の通り。

スタンド・バイ・ミー」より
「『スタンド・バイ・ミー』の愚かさは、ロマンチックな男たちのその幻想を極端に描写することで、自分の過去の鋭敏な感受性が現在の作家的立場を作り上げた、と暗に誇示するそのドロドロのナルシズムに全く抑制が効いていない点にある。


感受性の豊穣さを露骨にセールスする映像と、自分が感動したものは万人も感動するものと決めてかかってくる映像ほど厭味なものはない。


子供を主役に立て、彼らに無垢(実は無知)なるが故の異議申し立てをさせる狡猾さは、全く技巧の勝利などではないのだ。


本作は、『お子様映画の悲惨と退廃』という把握が際立った作品だったと言うしかないだろう。

「ボクと空と麦畑」より
因みに、『ペレ』(ビレ・アウグスト監督)、『ボクと空と麦畑』(リン・ラムジー監督)、『さよなら子供たち』(ルイ・マル監督)、『秋立ちぬ』(成瀬巳喜男監督)などの作品が優れているのは、思春期以前の子供の内側の揺らぎや緊張が冷静に写し撮られていて、何よりも周囲の大人がそこにしっかり描けているからである。それ以外ではない」 

これは、究極の「お子様映画」を批判する私の視座。

以上の二つの「子供論」を参考に、本作に言及したい。

「大人は判ってくれない」などという、如何にも日本人好みの甘ったれた邦題を最も嫌う私にとって、その 「本家本元」の映像へのイメージは決して悪くない。

そこには、「大人=社会規範の強制者=思春期彷徨の敵対者」という、本来、物事の常識的な道理であるにも拘らず、些か過剰なラベリングが張り付いていたものの、少なくとも、「スタンド・バイ・ミー」的なドロドロのナルシズムとは切れていて、「若き映像作家のマキシマムな主張」が存分に掬い取られていた。

そして、主人公の少年の周囲の大人、とりわけ、彼の両親の感情・行動傾向がしっかりと描かれていたからである。

そして何より、そこはさすがにヌーベルバーグらしく、感傷過多な情感系映像と切れ、抑性の効いた演出が貫流されていたこと。

これが大きかった。



2  「私は発見した」 ―― 顔は火の如き輝き、一陣の風に形相を変え、怒りに手を突き上げて



「僕がいないと父なし子だ」
「その文句は聞き飽きたわ。うんざりだわ」
「子供が嫌なら、孤児院にやるわ。私も静かにしたいわ」

これは、主人公のアントワーヌ少年が、夫婦喧嘩を耳にしたときの会話。

更に以下は、宿題をさぼって、教師に町で見つかって説教されたときの会話。

「それで済むと思っているのか」
「母が死にました」
「済まん・・・知らなかった。病気だったのか?」
「そうです」
「何でも先生に打ち明けて、話すんだ。行ってよろしい」

「母殺し」という普通では考えられない言い訳こそ、少年の自我に刻まれた深い闇の記憶を震源にする事実が、その後の映像展開の中で露呈されるのだが、ここでは少年の心理文脈の伏線が打たれていただけ。

その直後に、事実を知った母親が憤慨して見せるが、再婚した夫に軽くいなされるシーンの寒々とした風景が垣間見え、少年の非行の問題の根源を浮かび上がらせるのである。

ともあれ、この「母殺し」の嘘はすぐにバレて、教室にやって来た義父から平手打ちを食らう少年は、抵抗すべき何ものも持ち得ないのだ。

少年には、「あるべき父性」を表現する「父」を持たないのである。

「両親だけが厳しく処罰できる」という廊下の会話の一部を、教室内で拾った少年は、その直後の映像で、自分の覚悟の一端を友人に話していた。

「両親とは、もう暮らせない。僕は自分の人生を送るよ」

「僕は一人で頑張ります。1人前になったら会って」

これは、両親宛ての手紙の一節。

級友の親戚の工場辺りを彷徨する少年が、翌日、件の教師と会ったとき、「昨日は叱られただろう?」と問われ、首を振って去っていく少年。

そのときの教師の一言。

「親が悪いんだ」

その通りである。それ以外の何ものもないからだ。

その母親は、少年自分の過去の「非行」を語って見せた。

「ママにも小さいときがあったわ。私も両親に隠し事をしたわ。羊飼いの少年と家出したけど、すぐ捕まったわ。二度と会わないと母に約束して、許されたわ。私は随分、泣いたわ。でも、母には逆らえない・・・」

母の話を上の空で聞くアントワーヌ少年の、心の風景の空洞感だけが置き去りにされた。

「退学して、一人で暮らしたい」

手紙の真意を聞かれて、少年はそう答えた。

「バカね。何を言うの!私は大学へ行けなくて泣いたわ。パパは学校を出てないから、出世できないの。学校には無駄な科目もあるわ。役に立たないわ。でも、フランス語は誰もがいつも使うわよ・・・」

聞く耳を持たない子供に向かって、優しさを装って連射される母の言葉の空虚感。

“突如、病人は起き上がり、子供らに稲妻の如き視線を投げかけた。髪は襟首の上で揺れ、皺は震え、顔は火の如き輝き、一陣の風に形相を変え、怒りに手を突き上げ、アルキメデスの名言を叫んだ。「私は発見した」と。”

煙草を吸いながら、自分のベッドで読書に耽る少年がそこにいる。

バルザック
彼にはバルザックの言葉が身に沁みるようだった。

「私は発見した」

これこそ、少年が求めていた心の空洞を埋めるに足る言葉だったのだ。



3  呼吸が荒れることもなく、浜で立ち尽す少年の柔和な視線



まもなく、少年の書いた作文が、例のバルザックの剽窃(ひょうせつ)だったことで、アントワーヌは担任教諭から叱られたが、このとき、「写したところをを見ていない」と言って、彼を擁護した友人のルネが停学になるに至った。

陸軍の養成学校である、「幼年学校」に入れられることを恐れたアントワーヌも、家出して、ルネの家に隠れ住む。

思春期前期の少年の、一時(いっとき)の自由な飛翔の時間。

当然、そんな時間には継続力がない。

経済力がないからだ。

金に困ったアントワーヌとルネは、父の会社のタイプライターを盗む非行にまで突き進む。

しかし、そのタイプライターを換金できない少年らは、結局、父の会社に戻しに行くが、ここで会社の守衛係に捕捉されてしまった。

アントワーヌの未来を決定付ける、この「不良少年」の父親は、彼を所轄の警察へ連れて行く。

「あなたの決心は?」と警察署長。
「家に引き取っても、すぐ家出しますよ。だから、監視をお願いしたい。例えば、田舎で働かせて・・・勉強には向きません」
「では、少年鑑別所がいい。立派な施設です。作業室もあります」と警察署長。
「結構ですな」
「そのためには、父親の矯正願いが必要です。監視教育に責任があるからです。明朝、彼を少年審判所へ送ります」

その直後の映像は、逮捕された売春婦と共に、少年鑑別所へ移送されていく護送車の中で、本作で初めて見せる少年の涙。

認識番号を付けられ、権力的に顔写真を撮られる少年が、紛う方なく、国家機関の監視教育に則った矯正を受ける「不良少年」として公的に認知された瞬間であった。

「彼を引き取るにしても、今のままの彼では困ります。彼に怖い思いをさせて下さい。親の威光もダメです。あの子は映画に夢中です」

これは、判事が少年鑑別所行きを決定したときの、母親の言葉。

結局、実の息子に怖い思いをさせることを求めるだけの母親は、アントワーヌに面会をしなかった。

少年鑑別所での矯正教育が開かれた。

生活の全般に及んだ管理の日々。

口答えしただけで、法務教官によるビンタが飛んでくる現実に、少年は施設での適応を困難にさせていく。

鑑別所の心理技官との対話(後述)の直後の映像は、母親が面会にやって来たシーン。

夫の無関心と、近所の噂など、母親は一方的に喋りまくった。

映像のラストシーン。

アントワーヌは監視の隙を縫って、少年鑑別所を脱走した。

走る。どこまでも走る少年。

走って、走り抜いた先に待っていたのは、初めて見る大海原の風景。

呼吸が荒れることもなく、浜で立ち尽す少年の柔和な視線が観る者に向けられて、抑性の効いた映像が閉じていった。



4  「見捨てられた子」の負性意識の重量感 ―― 「思春期彷徨」の推進力



親が子供の自我を作る、。

と言うより、作る義務がある。

多くの場合、親以外にそれを担う主体が存在しないからだ。

では、どのような自我か。

「快・不快の原理」で生きてきた幼児自我に代わって、「損・得の原理(現実原則)」によって生きていくことが求められる、中枢の機能を有する自我である。

ところが、思春期に差し掛かった辺りの男の子には、テストステロン(主に精巣から分泌される男性ホルモンで、性ホルモンとして作用)の分泌が活発になることによって、親が一方的に強いてくる、そのような自我(現実原則)の立ち上げと一線を隠す、自分が自分であることを確認し(アイデンティファイ)、未だ幼い思いを含む感情を言語に変換させていくことによって、しばしば脈絡なく固有の情感体系を主張するのだ。

そこに、その固有の情感体系を、より強固なものにしていく自我の内的要請が噴き上がってくるので、「損・得の原理(現実原則)」を強要する「大人一般」、或いは、「親」という名の特定的対象人格との関係において、それ以前にない緊張が生まれるだろう。

思春期の少年には、まず自分の生活圏を支配する〈大人=親〉とのリアルな葛藤が胚胎し、それの現象が、しばしばドラスティックに展開するのである。

件の少年は、「親」を一義的な〈仮想敵〉にしていくのだ。

そこに空間的広がりを持つことで、〈仮想敵〉は周囲の大人にまで広がり、当然、規範を強制する教師の存在が、少年の〈仮想敵〉のイメージの内に包含されていく。

思春期彷徨とは、大抵そのような様態を露呈していくものだ。

しかし、本作の少年のケースは、そのような一般的な思春期彷徨の範疇を越えていた。

後に、そのシーンが批判の対象となったが、逮捕された売春婦と共に、少年鑑別所へ移送されていく護送車のシークエンスに象徴されるように、そのような施設の設置が不可欠でありながらも、国家機関の監視教育が少年の自我を捕縛するという事実によって、「不良少年」として世俗的に認知させられるに至る現実の重量感は、いつの時代でも、どこの社会にあっても看過し難い何かであるに違いない。

少年の思春期彷徨の振れ方は、常に、反社会的な「行為障害」の危うさをも内包させてしまうということだ。

それは、ほんの少し道を誤っていたら、正真正銘の犯罪者になる危うさである。

そこに噴き上がって来る危うい緊張感の内に、少年の身体疾駆のフィールドを、より険悪な臭気で覆ってしまうであろう。

ここに、少年の残した重要な表現がある。

それは、本作を通して最も重要な会話であると言っていい。

以下、鑑別所の心理技官との対話。

「あなたは嘘つきね」
「両親が信じないから、嘘を言う方がいい」
「なぜ、ママが嫌い?」
「僕は初めは、里子でした。親が貧乏して祖母に預けられ、祖母が年を取って僕が重荷になると、両親のもとに戻りました。8歳でした。母は僕に冷淡です。年中、つまらないことで僕を叱ります。だから、僕は・・・家で両親が喧嘩をしたとき、僕は聞いたんです。母のお腹に僕ができたとき、母が・・・未婚だったことを。それに、母は祖母とも口喧嘩したのです。母は僕を堕ろす気だったのです。祖母が僕を救ったのです」

この表現で無視し難い問題は、少年の母が彼を堕ろす気だった事実の有無ではなく、少年自身が、「母は僕を堕ろす気」であると信じ切っていた現実の重さである。

「祖母が僕を救った」とまで確信する少年の、その心の風景の寒々しさ。

これが何より、由々しき事態なのだ。

ここに、フランソワ・トリュフォーに関する著作で有名な映画評論家、山田宏一の著書からの一文がある。

「『大人は判ってくれない』の少年、アントワーヌ・ドワネルは『親にいじめられた子ではなく、単に見捨てられた子だった』のであり、やさしい愛撫もなく、はげましの言葉もなく、人間的接触や言語的環境を奪われた子だったのだという認識が、『ドワネルもの』とよばれることになるトリュフォーの自伝的シリーズの本質的なある部分を『野性の少年』の教育論にみちびきことになる」(「トリュフォー ある映画的人生」山田宏一著 平凡社)

「野性の少年」と表裏一体を成す、本作の心象世界のキーワードを要約すれば、「親にいじめられた子ではなく、単に見捨てられた子だった」という把握の内に説明可能な何かであるだろう。

「母は僕を堕ろす気」であると信じ切っていた現実の重さとは、何よりも、「見捨てられた子」の負性意識の重量感だった。

「見捨てられた子」の負性意識の重量感が、本作を根柢において支え、件の少年の「思春期彷徨」の推進力になったのである。

それ故にこそ、先の少年の表現に向き合う私たちは、それを単に「我が懐かしきノスタルジア」という、ナルシズムの濃度の深いラインでは捕捉できようがないのだ。

映画サイトなどに眼を通してみると、この映画を観た多くの成人は、過剰なまでに少年の内面世界に共感し、その少年にとって〈仮想敵〉だった対象人格を悪し様に非難してみせるが、果たして、そこで結ばれる共感ラインは表面的ではないのか。

浮薄なものでないか。

フランソワ・トリュフォー監督
そのラインを疑うことなしに、安直に語ってみせるアプローチの内に、「我が懐かしきノスタルジア」という余計なナルシズムが張り付いていないのか。

親に捨てられたと発想する怖さが何を意味するか、私たちはよくよく思慮すべきである。

まさに観る者は、その根源を掘り下げる知的過程を開く覚悟があったのか。

本作の少年の危うさは、「我が懐かしきノスタルジア」という甘美な文脈を突き抜ける、反社会的な攻撃的破壊力を内包している現象性に伏在していると言えるのだ。

だから、酔い心地で観れる映画ではないということだ。

トリュフォーの成功は、彼の才能と、彼を保護する有力なサポーターが存在したという偶然性の見事なマッチングが出来したこと。

ゆめゆめ、それを忘れてはならないだろう。

(2010年5月)

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