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2010年9月16日木曜日

源氏物語('51)      吉村公三郎


源氏と若紫
<母性的包容力の内に収斂されていく男の、女性遍歴の軟着点>



1  受難の文学としての「源氏物語」 ―― その解放の雄叫び



日本近代史の中で、「源氏物語」は受難の文学だった。

「庶民感覚から遊離した『有閑階級の文学』」という理由で、プロレタリア文学から批判の矛先を向けられ、「ごく普通の人生を生きる者としての人格性の欠如」という理由で白樺派文学から批判される始末。

そして極め付けは、谷崎潤一郎が全訳した「源氏物語」。

ここに興味深いエピソードがある。

「実は谷崎の絶筆となった随筆『にくまれ口』は、物語の『偉大さ』を認めてはいたものの、光源氏の悪口がつづられていて、世間をびっくりさせた。伊吹さんは、悪口はホンネだと感じた。光源氏のことを『あんなウソつき男』は大嫌いだと、何度も谷崎から聞いていたのだ。(略)その理由のひとつに、旧訳の削除問題がある。軍事色が強くなった時期に刊行された旧訳は、物語の核にあたる光源氏と父帝の后(きさき)である藤壺の禁断の恋がばっさり削られていたのだ(略)世間の反応をおそれた谷崎は、山田よりも広範囲に削除していた。天皇関係以外の個所でも数多く削除していた」(asahi,com 2009年5月30日)

ここで出てきた「山田」とは、校閲した国語学者のことで、「全身国粋主義者」。

この出典は、晩年の谷崎の口述筆記をしたエッセイスト伊吹和子さんへのインタビュー記事からの抜粋だが、この一文を読む限り、表現の自由が著しく限定された時代の暗鬱な状況下にあって、世間の空気に敏感に反応し、自らの表現世界を縮小化せざるを得なかった谷崎の屈折した心理が窺える。

戦中から戦後にかけて、自らのライフワークとも言える、「細雪」と「源氏物語」現代語訳の執筆作業において、当局からの掲載禁止の圧力を受けながらも断続的に書き継いで、完成にこぎつけるに至ったエネルギーを支えたのは、文学者としての意地であったに違いない。

奢侈な場面の多さが理由で、二度に及ぶ掲載禁止の処分を受けた「細雪」がそうであったように、「源氏物語」現代語訳においてもまた、「禁断の恋」など天皇に関わる不穏当な個所が問題視されたのである。

谷崎潤一郎
かくて、さしもの谷崎は、インタビュー記事にあるように、光源氏と藤壺の不義密通と懐妊に関する個所を、自ら広範囲に削除して訳さざるを得なかったのだ。

自らの表現世界を縮小化せざるを得なかった谷崎の屈折した心理が、解放の出口を破壊的に穿つかの如く想像させしめる仕事が、本作の監修を担当した谷崎自身の表現的営為だったのか。

ここで描かれていた「源氏物語」は、短い絡みだったが、光源氏と藤壺の不義密通の場面において、観る者に最もエロティシズムを印象付ける描写になっていたのである。

それは、受難の文学としての「源氏物語」が、遂に時代の壁を突き抜けて、「日本映画界に不滅の金字塔を築く大映の映画化!日本文学史に燦たる光芒を放つ名作『源氏物語』」(キネマ旬報 24号・1951年10月1日)とか、「7大スタアが目も綾に織りなす悲恋絵巻!大映が世界に誇る歴史的壮挙!」(朝日新聞・1951年10月31日)などどという歓迎ぶりを見せたのである。

ともあれ、そんな大袈裟なキャッチコピーとは無縁に、戦後5年足らずの間に製作された本作の印象が、良くも悪くも、「稀代のプレイボーイ」、或いは、「スーパーヒーロー光源氏」などという把握のうちに受容しにくいのは、明らかに、新藤兼人(脚本)と吉村公三郎の共同作業による「源氏物語」であって、且つ、その監修が谷崎潤一郎であることに大いに関係するだろう。

本作では、物語の核心であり、桐壺帝と桐壺更衣の子で桐壺帝第二皇子である光源氏の女性遍歴(異性愛の爛れ)の重要な因子となった、藤壺中宮(以下、藤壺)との関係が濃密に描かれていたばかりか、優雅な貴婦人ながら、源氏への過剰な情愛に端を発する嫉妬心を持つ、六条御息所(ろくじょうのみやすどころ)による葵の上(光源氏の最初の正妻)に対する呪殺の描写(六条御息所との有名な「車争い」によって怨まれ、呪殺されるエピソード)は全面カットされていた。

更に、葵の上の兄であり、源氏の親友の頭中将(とうのちゅうじょう)が言い放った「加持祈祷で人の命は救えない」という言葉にあるように、明らかに作り手は、この物語を近代的な解釈で咀嚼し、源氏を「時代に抗する反逆児」の如き人物造形として構築していたのである。

そればかりではない。

後に事実上の正妻となり、最も寵愛されたとは言え、藤壺の縁戚に当たるという理由もあって、片田舎の邸で琴を弾く、年若い紫の上(若紫)への乱暴極まる誘拐描写や、左遷された須磨で、右大臣から源氏の命が繰り返し狙われるテロに遭って、怯える男の裸形の人間性のリアルな描写や、更に、「淡路の上と良成を巡る不義事件」(後述)をみても判然とするように、自分が寵愛する淡路の上と男女関係を延長させていた良成を斬り殺そうとする物騒なシーンなど、何かそこだけ特定的に切り取ったかのように、「特権的貴族の奢り」を印象付けるシーンの連射でもあった。

まるでそれらのエピソードは、その表現に関わる者たちの情念の集合による、「受難の文学としての『源氏物語』の解放の雄叫び」とも思える弾け方でもあった。

土佐光起筆『源氏物語画帖』より「若紫」(ウイキ)



2  「既存の権力・権威・体制に対する反逆者」 ―― 色男気取りの「喰えない男」というイメージのうちに



本作の主題性と独自性は、映像後半に集約されると言っていい。

右大臣の娘で源氏嫌いの弘徽殿女御(こきでんにょうご)の妹である、朧月夜(おぼろづきよ)の寝屋(ねや)に忍び込んだ一件が契機となって、朧月夜の父で、藤原氏である父の右大臣と弘徴殿女御の姦計によって、光源氏が「須磨左遷(蟄居)」されていくが、この一件以降の一連のシークエンス。

その中で語られていたものは、二点に要約されるだろう。

一つは、前述したように、光源氏が「既存の権力・権威・体制に対する反逆者」であるという点が強調されていること。

藤壺(右)
もう一つは、藤壺に端を発する源氏の女性遍歴が、紫の上の母性的包容力の内に収斂されていくこと。

まず、前者から書いていく。

これが、須磨での「源氏の受難」と、播磨入道の話の中で拾い上げられていた。

光源氏は、度々自分の命を狙う暗殺者に襲われ、その度に危うく難を逃れていた。

それは、光源氏を「既存の権力・権威・体制に対する反逆者」として考える、政敵たちによる差し金であると推測される。

藤原氏である右大臣と弘徴殿女御に代表される既存の権力は、源氏を「須磨左遷」させることで充足していなかったのである。

源氏が刺客によって二度目に襲われたときの怯えた表情は、初めて殺傷目的で刃を使用したことに対する恐怖感をも露呈していた。

本作はどこまでも、彼を「スーパーヒーロー」として描こうとしないのだ。

エゴイスティックで、色男気取りの「喰えない男」 ―― それが、本作における光源氏の人格イメージに近いのである。

そんな「喰えない男」に対して、「須磨左遷」の中で、源氏の後見人である播磨入道が放ったた言葉がある。

「今の政治に満足している者はいないじゃありませんか。あなたこそ、やがては国を背負って立つ方です」

明らかに中央政界への復帰を願う後見人たちの思いが、そこに読み取れるであろう。

そして、この播磨入道の言葉は桐壺帝の崩御と、朱雀帝(桐壺帝第一皇子)の即位により遂行されるに至った。

頭中将と光源氏は、それぞれ右大臣、左大臣に任命されたのである。



3  母性的包容力の内に収斂されていく男の、女性遍歴の最終到達点



次に、二点目について言及する。

左から源氏、藤壺、葵の上
藤壺に端を発する源氏の女性遍歴が、紫の上の母性的包容力の内に収斂されていくという点である。

この源氏の復帰は、彼の人生に、決して小さくない漣(さざなみ)を広げるに至ったのである。

と言うのは、源氏は須磨で、淡路の上(原作の「明石の方」になぞる女性)という女性に恋慕し、例によって都に連れ帰ってしまったのである。

ところが、淡路の上には相思相愛の恋人がいた。

良成という若き武将である。

その由々しき事実を知らずに、源氏は京の邸で淡路の上を厚遇し、深い愛情を注いでいた。

やがて、そんな淡路の上が懐妊したのである。

それを悦ぶ源氏の前に、信じ難き一撃が加えられた。

須磨から連れて来た良成の口から発せられた意を決した一撃 ―― それは、懐妊された淡路の上の子供の本当の父親が良成自身であるという衝撃的告白だった。

完全に常軌を逸した源氏は、怒り狂って良成の不義を咎め、斬り殺そうとしたときだった。

紫の上が、この「愚挙」を体を張って阻止したのである。

「藤壺様と貴方様とのことをお考えなさって下さいませ。藤壺様が、どんな思いでお亡くなりになったか、もうお忘れになったのですか?許して、許してお上げになって」

思いもかけない源氏の「抵抗虚弱点」(最大の弱点)を衝く、見事な振舞いだった。

まさに因果応報という外になかった。

紫の上のこの言葉で、もう源氏は何もできなくなってしまった。

良成と淡路の上を許したばかりか、若い二人の帰郷をも許したのである。

このシークエンスで重要なのは、須磨に住む若い二人の関係を、近代の「恋愛関係」のように描いていることと、高い地位を持つことのない若い彼らの「恋愛関係」と、帝(みかど)の寵愛を一身に受けた藤壺との「禁断の愛」を愉悦した源氏との関係を、紫の上の振舞いを通して同列に描き切っている点である。

このシークエンスの主題性と独自性は、本作を決定付けると言っていい。

結局、刀を鞘に収めた光源氏は、3歳のとき夭逝した母(桐壺更衣)への「母性幻想」を補完すべく、前半生の女性遍歴の彷徨の逢着点として中枢の役割を担った、紫の上への母性愛の海の中に、その身を投げ入れたのである。

「葵は死に、藤壺様は亡くなった。今また淡路が去っていった。私の縋る人は、あなただけだ。私にはあなたがいればいい。あなたに縋って生きていく」

吉村公三郎監督
思えば、藤壺の死の衝撃に打ち震える源氏を慰撫したのも、源氏より遥かに年少の紫の上だった。

「泣いてお上げなさい。思う存分、泣いてお上げなさい」

紫の上の膝枕こそ、生母の本当の愛を知らないばかりに、「母性の大いなる海への回帰」を求め続けた源氏の壮年期の、女性遍歴の最終到達点だったのだ。

勿論、良成と淡路の上のエピソードは原作にはない。

作り手がここで言いたいのは、藤壺への一心不乱の愛の彷徨以来の、源氏の女性遍歴の結果、絶望的な孤独感に陥った魂を、年は若いが、一人の女の母性愛に収斂されていくという、言わば予定調和の軟着点を添えたことである。

反逆児としての源氏と、桐壺更衣に瓜二つであったが故に、藤壺に求めた母性愛のうちに看過し難い異性愛が侵入し、大きく支配してきたことで、彼の自我のルーツを求める旅が、より深い「迷妄の森」に置き去りにされてしまった。

そして、その深い「迷妄の森」から作り出したのが、極め付けの「母性の海」を象徴する紫の上であったという、如何にも日本人的なオチであった。

(2010年9月)

2010年9月11日土曜日

夜の河('56)      吉村公三郎


<「色彩が彩る純化した映像による実験作」という隠し味>



1  「深紅」に燃えたスポットからブルーの海での心理的距離 ―― 本作の三つのシークエンスの特定的切り取り①



本作は、三つのシークエンスによって説明できる映画である。

―― 一つ目は、男と女が初めて結ばれた旅館でのシークエンスだが、このシークエンスまでの経緯を簡単に説明しておく。

阪大教授竹村が、桜見物で唐招提寺を訪れた際に、京都堀川で京染の店を老父と共に経営するきわと出会って以来、二人の関係は短期間のうちに男女の感情を持つに至った。


妻子があるのを知りつつも、加茂川の宴会で横恋慕する商人に絡まれ、飽和点に達するほどのストレスを抱えるきわは、その足で竹村と落ち合い、そのまま知人の旅館に宿泊し、殆ど自然の成り行きで睦み合ったのである。

そのシークエンスを再現する。

部屋の外に吊るした提灯の赤が、その部屋で見つめ合う男と女の姿形を「深紅」に染めていく。

「深紅」に燃えたスポットを激しく彩る男と女の感情を、一気に解放系に変容させるシンボリックな構図である。

岡山行きの可能性を話す男の暗い表情を、全人格的に吸収するような女の情念が噴き出した。

男もまた、悩みを抱えていたのである。

悩みを抱えた男の言葉を受けて、女は自分の思いを正直に吐露した。

「やどす・・・そんな遠い所に行っておしまいやすなんて。やどす・・・いつでもお会いでける。それが励みどして・・・自分でもこんな気持ちになってるなんて、今まで気が付きまへんどした・・・」

男の手が最近接した女の姿形に自然に伸びて、運命づけられたように二人は結ばれたのである。

「深紅」に燃えたスポットが、やがて薄らいでいった後の映像は、極めて現実的な話題を拾い上げていた。

女は、男との間に宿すかも知れない子供の問題に触れたのだ。

女がこの問題に触れたとき、不安を見せる男の気持ちを見透かして、女はそこだけはきっぱり言い切った。

「大丈夫どすわ。たとえ出来ても、自分だけの子供として育てますわ」

男との間に産まれた子を自分で育てる、と言い切った女の凛とした表現のうちに、既に「自立的で近代的な女性像」が表現されている。

色彩心理については後述するが、ここでは、原色の「深紅」の色彩が求め合い、沸騰しつつある二人の激しい感情を表現するものとして、絵画的構図のうちに効果的に生かされていたことを書き添えておこう。

ここで切り取られた構図の表現力は、それだけで充分に際立っていて、男と女の不必要な会話を封印する絵柄になっていたのである。

―― 二つ目は、脊椎カリエスで入院していた男の妻の死後、初めて会った男と女の、件の旅館でのシークエンス。

崎の湯・奥に見える海岸が白良浜(イメージ画像・ウィキ)
このシークエンスの伏線にあったものは、ブルーの海を背景にした南紀白浜海岸での会話である。

以下の通り。

「あんなに長いこと寝ていられると、人間の気持ちの中には、知らず知らずのうちに諦めが出てくる。もう少しのことだ」

男は、何気なく本音を吐露したのだ。

女は男の一言に、激しく反応した。

「もう少しのこと?なにがどす?」

男を背後にして、蹲(しゃが)んでいた女は、突然振り向いて、怒ったように問いかけていく。

そして、その場から居たたまれないようになったのか、女は男との心理的距離をも広げつつ、離れて行ったのである。

「どうしたの?」

これが、男の唯一の反応だった。

誰一人いない海岸の一画に、成す術もなく置き去りにされた男がいた。

きわが竹村の言葉にネガティブに反応したのは、戦後まもない時代の、この国になお根強い封建的な風土を反映する結婚観・女性観が、直截(ちょくさい)に吐露されていたことに対する強い違和感と、女の自我のうちに形成されていた自己像を傷つけるものであったからだ。

女の自我のうちに形成されていた自己像とは、以下のような文脈で説明できるだろう。

即ち、「自立的に生きる女性」であり、「その生き方に誇りを持つ人格」であることによって、「深い愛情交歓をベースにした不倫関係を延長させながらも、男の妻の不幸を望むような卑しさとは無縁な自尊感情を持つ者」という自己像である。

そして、この自己像が推進力となって、男の欺瞞を撃ち抜いたのは、件の旅館でのシークエンスの内実であった。

以下、そのときの女の、間接的な結婚拒絶の宣言。

「ウチの周りのもんも、皆その気でいてます。・・・ウチも、先生好きどす。前よりも、ずっとずっと好きです。そやけど、あきまへんねん・・・ウチは、先生の奥さんがお亡くなりになればいいなんて、一遍も考えたことがなかったんですよ・・・やっぱり罪を犯したような気がしてます」

女はここで、南紀白浜海岸で、「もう少しのことだ」と吐露した男の、何気ない本音に触れて、「待ってた甲斐があった。さあ、結婚しよう」と、男の心理を汲み取った後、こう言い切ったのである。

「男の人は狡(こす)い。じっと、奥さんの亡くなりはるのを待っておりやした。ウチはそれが遣り切れまへんねん」

ここまで言われた男は、途方に暮れるばかりだった。

それこそが、「後妻となる機会を待つ愛人・妾」という類の精神風土が、未だこの国に色濃く残る時代の中にあって、とりわけ、なお根強い封建的な因習が張り付く古都では、この類の精神風土から解放されていない現実が横臥(おうが)しているのである。

女には、それが辛かったのだ。

自己像の破綻が耐えられなかったのだ。

しかし男には、それが理解し難かった。

何気なく吐露した言葉のうちにこそ、男の本音が露呈されていた事実の重量感が認知できないのだ。

だから、男だけが置き去りにされてしまったのである。

「君の言うことがさっぱり分らない」

男は、そう言うだけだった。

既に、女の中で封印し切れない男の結婚観・女性観・価値観、そして相互の感情関係の齟齬(そご)が、ここで存分に露呈されていたのである。

因みに、このシークエンスがメロドラマのカテゴリーのうちに包摂されるものと認知できていても、些か説明過剰な心理表現だったことが惜しまれる。



2  「色彩が彩る純化した映像による実験作」という隠し味 ―― 本作の三つのシークエンスの特定的切り取り②



そして、三つ目のシークエンス。

これは、ラストシーンでの絵柄だけのシークエンスに収斂されるものである。

ラストシーン。

全労協メーデー(イメージ画像・ウィキ)
それは、メーデーの「赤」と、それを2階から見入る女の背後で揺れる、染物の「赤」にシンボライズされた心象風景である。

ここでのメーデーの「赤」は、「革新」の象徴と言っていい。

そして後者の「赤」は、古い伝統を新しい感覚で繋ぐことで、伝統を重んじながらも、なお根強い封建的な因習が張り付く古都に呼吸する、新しい時代の新しい女性像が提起されているのだ。

それは、「伝統の革新」であると同時に、男の妻の死を期待して手に入れる「妻の座」の如き、「ひたすら待つだけの古い女性像」の否定であり、即ち、「近代的女性像」の提起であると言っていい。


然るに、作り手の主題を鮮明に提示したこのシークエンスは、残念ながら屋上屋を架すだけのものだった。

余分なのである。

吉村公三郎監督
そこに「プロパガンダ性」を指摘するよりも、寧ろ、メロドラマとして殆ど自己完結し得る映像のうちに、余分な何かを強引に張り付ける暑苦しさが目立ってしまったのだ。

ここでの原色の「深紅の色彩」は、伝統と革新の融合を象徴すると思われるが、既にその辺りの描写は映像で充分に表現されてきたものである。

二つ目のシークエンスがそうであったように、メロドラマの範疇とは言え、あまりに説明過剰な描写が目立ち、その諄(くど)いほどの感情と主題表現が気になって、けばけばしい原色の色彩感に充ちた絵柄だけで勝負できない暑苦しさが印象付けられてならなかった。

本稿の最後に、色彩心理学的に本作を考えてみたい。

色彩心理学によると、「赤」はエネルギッシュでポジティブ、且つ、攻撃的な心理状態を表し、「青」は理性的で安寧感、「緑」は穏健さ、「グレー」は不安定な心理状態を表すとされるが、少なくとも本作を観る限り、「赤」以外の色彩のイメージはネガティブな心理状態を表しているように思われる。

例えば、「青」の白浜海岸を背景にした女の苦悶、男との別離を吐露した白昼の旅館の色調も「グレー」から薄い「青」に変色し、更に、男と別れた後の染色になると「青」が余計に際立っていて、おでこに付けた「青」の染料のおまけつきだった。

他にも、「緑」、「グレー」の色彩が、女の不安定な心理状態を表す際に使用されていたことを考えれば、本作における色彩心理学は、どうやらエネルギッシュでポジティブな「赤」にシンボライズされた心象風景と、ネガティブな心理状態を表すそれ以外の色彩との対比によって、ラストシーンでの原色の「深紅」を際立たせる絵柄の効果を狙った、言わば、「色彩が彩る純化した映像による実験作」という隠し味のうちに収斂される何かであったに違いない。

(2010年9月)

2010年9月8日水曜日

偽れる盛装('51)       吉村公三郎


<浮薄な感傷を突き抜けた、「世界を分ける踏切」の構図という主題提起力>



1  「男に踏まれても、それを跳ね返す女の強さ」を身体表現する、京マチ子の圧倒的存在感



邦画界の狭隘な縛りを抜けて、作家的主体性を貫徹するために松竹を退社した新藤兼人が、吉村公三郎らと作った「近代映画協会」の第一回作品である本作は、男の欲望の犠牲になっていく悲哀を描いた、「祇園の姉妹」(1936年製作)の作り手である溝口健二へのオマージュでもあった。

しかし、脚本を書いた新藤兼人の思惑がどうであったにせよ、私には本作の基調音が、成瀬巳喜男の「あにいもうと」(1953年製作)のそれに近いという印象を拭えないのである。

両作の中で重要な役柄を演じた、京マチ子の存在感が際立つからだ。

恐らく、このような役柄を演じさせたら、京マチ子の全人格が放つ圧倒的存在感は、数多の女優の姑息な「演技力」が嵩(かさ)に懸かって来ても、それらを蹴散らす「身体表現力」において一頭地を抜くものがある。

近代的自我を保持する、「おもちゃ」(「如何にも的」なネーミング)という名の芸妓をヒロインに仕立て、封建体制下での日本女性の「被害者性」を強調する溝口よりも、どんな体制下にあっても、バイタリティ溢れる生き方を身体表現する成瀬の映像世界のヒロインたちのイメージと、まさに京マチ子の全身が放射する、「男に踏まれても、それを跳ね返す女の強さ」のイメージが見事なまでに重なるのだ。

爛熟した色気から放射される性フェロモンによって、男を手玉に取る狡猾さを身体表現する「関係支配力」を、その人格の根柢において支え切る「自立的な強靭さ」こそが、″肉体派女優″と揶揄された彼女の本質である、と私は考えている。

その″肉体派女優″が最も輝いたシークエンスがある。

祇園・新橋通(イメージ画像・ウィキ)
京都祇園界隈で、靜乃家という小さな芸者置き屋の唯一の稼ぎ頭である君蝶が、格式の高い置き屋の年増芸者からパトロンを奪ったときの場面だ。

元々、靜乃家は芸者出身の古風な母の置き屋だが、昔のパトロンの恩義から、住まいである置き屋を抵当にして金銭を工面したため、借金の返済で四苦八苦していた。

バイタリティ溢れる君蝶が置かれた立場は、置き屋と家族の双方を守るという二重のプレッシャーに捕捉されていたのである。

その問題は、彼女が男を手玉に取る狡猾さを身体表現せざるを得ない充分な理由に成り得たと言えるだろう。

そんな状況下で出来した、パトロンを眼の前にしての年増芸者との直接対決は、喰うか喰われるかという世界で生きる女たちの壮絶なリアリティに溢れていた。

「取ったり、取られたりがウチらの商売や!」

これは、君蝶を演じる京マチ子の歯切れのいい啖呵だった。

その挙句、年増芸者との激しい取っ組み合いが開かれて、当然、君蝶の圧勝となった。

格式の高い芸者置き屋からパトロンを取ったことに恨みを持たれた際に、「パンすけ」呼ばわりされながらも切ったこの気持ち良い啖呵が、君蝶=京マチ子の真骨頂であったという訳だ。



2  過激な「営業」への怨嗟が爆発した、遮断機の降りた踏切前の悲劇



しかし君蝶の過激な「営業」は、資金提供力を失ったパトロンからの怨嗟の的となった。

「お前は薄情な女やな」
「こっちゃかって、大事な体を提供してまっせ。女房子供があるのに、芸者買いなどしはるさかいや。これに懲りてじっくり反省しいや」

この怨嗟が、本作のクライマックスシーンに繋がっていく。

君蝶
男の怨嗟は、花柳界の温習会(舞踊などの発表会)のステージの只中で爆発する。

懐に出刃包丁を秘めた件の男が、全く翻意しない女の前で、遂にその刃物を持って切り掛かっていったのだ。

当然の如く、温習会の「都おどり」のステージは混乱の坩堝(るつぼ)と化し、逃げ惑う人群れを押し分けて、男の殺気だけが特定的な対象人格に向かって牙を剥くのだ。

温習会のステージから逃げ伸びた女は、細く長く伸びている祇園の街路を疾走する。

そして女は、遮断機の降りた踏切の前で立ち往生する。

その踏切に男が追いついて、女の背中から出刃包丁の鋭利な一太刀が切りつけられ、女の悲鳴が捨てられた。

〈状況〉に捕捉された女の恐怖の感情を表現するBGMの、如何にも芝居じみた仰々しさが些か耳障りだったが、本作のクライマックスシーンは、禍々(まがまが)しい「事件」が内包する、人間の愛憎劇の醜悪さを極める時間のうちに閉じていった。

しかし、君蝶は生き延びたのである。

生き延びた君蝶は、すっかり芸妓稼業に嫌気をさしていた。

映像は、不安な未来を抱える君蝶の嘆息を拾い上げる一方で、君蝶の実妹である妙子の不安だが、しかし、新しい世界での旅立ちをイメージさせる自立歩行の可能性を印象付けてエンドマークに流れ込んでいった。



3  浮薄な感傷を突き抜けた、「世界を分ける踏切」の構図という主題提起力



この映画の主題は、「世界を分ける踏切」の構図のうちに収斂されていた。

以下、それについて言及する。

「世界を分ける踏切」の構図

「世界を分ける踏切」の構図 ―― これが、この映画の全てであると言っていい。

「世界を分ける踏切」の向こうには、他人のプライバシーに必要以上に踏み込む権利を持たないが故に、「私権の拡大的定着」が少しずつ保証されつつある、東京に象徴される大都市の近代的な世界が眩い輝きを放っている。


一方、「世界を分ける踏切」の此方には、他者と自己との格式の違いを重んじることで、その世界に侵入してくる他者を異端視扱いする、古風で伝統的な文化が保持されているが、しかし極めて封建的な風土の色濃い世界が渦巻いている。

靜乃家の長女である君蝶は前者を代表する人格像であったのに対して、次女の妙子は後者を代表する人格像であったと言える。


逃げていく君蝶
従って、「世界を分ける踏切」の前で降ろされた遮断機によって、踏切の向こうの世界に身を預けられない君蝶は、深く理不尽な怨嗟を抱く中年男が振りかざす、肉切り可能な、幅広で峰が厚い出刃包丁の鋭利な一太刀の犠牲になったのだ。

しかし次女の妙子は、遂に「世界を分ける踏切」の遮断機を開かせるに至った。

今度は、その辺りについて書いてみる。

「格式が違うんですって」

これは、妙子の言葉。

「随分封建的ね。そんなもの、あなたたちの手でぶち壊さなくちゃダメよ」

この些か強面(こわもて)の言葉は、家の格式の違い故、同じ職場に勤める恋人である孝次との結婚を、相手の家族から反対されている妙子に対して、東京在住の親友の雪子が放ったもの。

雪子は、堅気の仕事に就く妙子を東京に誘っているのだ。

その際、恋人の孝次との「駆け落ち」を勧めているのである。

そんな「アジテーター」の雪子が放った言葉は、極めてラジカルな内実を含んでいた。

以下の通り。

祇園・花見小路(イメージ画像・ウィキ)
「京都は幸い戦災を免れたけれど、でも、それが京都にとって幸せだったかどうか分らないわ。古い歴史の跡は保たれたでしょうけど、その代りに封建の匂いも強烈に残したわ。それが、あの奇麗な屋根瓦の下に根強く残っているわ」

そんな「アジテーター」の思惑とは無縁に、養子の立場にある孝次には、どうしても養家との縁を切る決断ができず、東京での自立の自信も持ち得なかった。

一方、物事を一刀両断する度胸も、生活力も備わっている姉の君蝶から見ると、孝次の優柔不断さが我慢ならなかった。

加えて、孝次の母が、身分の違いに拘泥する高慢な態度には許し難い感情を持っていたのである。

その感情が、遂に噴き上げてしまった。

君蝶は孝次の頬を叩いてしまったのだ。

この一件は、「刺傷事件」以前の顛末。

そして、「刺傷事件」によって入院している病院に、トランクを持った孝次が訪ねて来た。

孝次の用件は、養家を説得した彼が、妙子を随伴して、東京行きを決断したことの報告だった。

妙子と孝次
映像のラストシーン。

妙子と孝次が身体を寄せ合うようなパーソナルスペースの中で、生まれ育った祇園の街を捨て、東京に上京するための確かな歩行を刻んでいく。

二人が例の踏切に差し掛かったとき、列車が折良く通過し、遮断機が開いた。

彼らは、踏切の向こうの新しい世界に侵入することに成就したのである。

東京在住の雪子の訪問によって、上京への誘いを受けるシークエンスの会話に端を発した妙子の身の振り方は、恋人と共に踏切の向こうの新しい世界に侵入することによって自己完結を遂げたのである。

若い二人を病院の2階の窓から見守るのは、「世界を分ける踏切」を超えることすら考えていない妙子の母と、「世界を分ける踏切」を超えることが叶わなかった妙子の姉の君蝶であった。

彼らはどこまでも、踏切の向こうの新しい世界に侵入するカップルを「見送る者」でしかないのだ。

「世界を分ける踏切」の構図という主題提起を象徴的に映像化した近代映協の第一回作品は、「溝口健二へのオマージュ」という浮薄な感傷を突き抜けて、如何にも独立プロらしい明瞭な主張を、その骨太の映像のうちに凛として鏤刻(るこく)したのである。



4  成瀬の「男女観」と、「対極の象徴的関係構図」の力動感不足の瑕疵



蛇足的な物言いを二点ばかり。

一点目。


吉村公三郎監督
まさに近代映協の独立心旺盛な壮年の作り手たちは、その骨太の映像のうちに、「封建制を打破する女の戦い」を描いたのだろうが、観る者が受ける印象は、先述した成瀬的映像宇宙でのヒロインたちの振舞いと大いに重なるのである。

成瀬は、彼の構築した主要な映像宇宙のうちに、封建制を敢えて批判するような台詞や象徴的構図の切り取りを提示しなかった稀有な作家である。

成瀬から見れば、封建体制下でもこの国の女は強く、相対的に男は弱いのだ。

およそ相性が合わない嫌いな夫に向かって、三行半を平気で突き出した江戸時代の女たちの強(したたか)さを見る限り、「虚栄で生きる男」と「本音で生きる女の強さ」の関係構図の基本ラインが、近代以降も根柢において殆ど変っていないという把握が、成瀬の「男女観」の認識に深く張り付いているように思えてならないのである。

二点目。

映像を総括して、私がいの一番に感じた点は、靜乃家の二人の姉妹の生き方が対極的に描かれていながらも、残念なことに、次女を演じる藤田泰子の女優としての表現力が圧倒的に脆弱であったため、却って、長女を演じる京マチ子の、抜きん出た「すれっからし性」だけが過剰に浮き上がってしまったこと。

この瑕疵が、映像総体の求心力を著しく劣化させてしまったのではないか。

「対極の象徴的関係構図」の力動感なしに成立しない映像の瑕疵は決して小さくなく、「吉村公三郎の最高傑作」と持て囃される割には、製作側のキャスティングミスと演出力の不足が目立ってしまって、せいぜい「佳作」という評価以上の何ものでもなかったという外にない。

残念ながら、これが私の辛口評価である。

(2010年9月)