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2008年11月25日火曜日

震える舌('80)    野村芳太郎


<叫ぶ娘、走る父、離脱する母――裸形の家族の復元力>



序(1) 重篤な感染症に対する無理解と、映像感性への偏頗性



本稿を書くに当たって、映画サイトを覗いて呆れ果てた。

本作に対する感想の類が捨てられていたが、その一部に本作をホラー・ムービーとして扱った駄文が幾つもあったのだ。そのような感性でしか鑑賞できない現実を目の当たりにして、私は正直、言いようのない憤怒の感情を抑えられなかった。

その一部を、以下に拾ってみた。

「正直言って下手なホラー映画よりずっと怖いです。 エクソシストばりです」(「ヤフー・ジャパン」ブログより)

「中身は何の変哲もない『エクソシスト』であります(略)彼らの演技もホラーそのもの」(「ちみどろあんこくちたい」HPより)

「モダンホラーが見事にホラー映画に昇華した、世界一の一本だと思う。決して決して『ロレンツォのオイル』みたいな『闘病もの』ではない。(略)いつ来るかわからないショックに怯えながら心が壊れていく完璧なホラーです」(ブログ・「別館てびち」より)等々。

―― まだまだサイトに書きなぐられていたが、これ以上列記しても意味がない。    

「エクソシスト」の感覚で本作を観る感性の有りようは充分想像できるが、それだけに憤懣遣る方なかった次第なのだ。これが、私の率直な思い。

大体、当時の映画のキャッチコピー自体に問題があったことは明瞭だが、既に廃盤となったビデオにも、「おいで、おいで・・・幼い娘・・・・・」、「彼女はその朝、悪魔と旅に出た」というようなコピーが張り付いている始末。

だから、ホラー感覚で本作にアプローチしたモチーフは理解できなくもないが、それにも拘らず、観終わった後の感想が上記の例に挙げている内容であることに愕然とするのだ。

そんな訳で、重篤な感染症に対する無理解と、映像感性への偏頗性(へんぱせい)に対する「憤怒」の感情によって、私は恐らく初めて映画評論を書くに至った次第である。

因みに、原作者(三木卓)による文庫本(新潮社)の裏表紙の紹介文には、「不条理な災厄とたたかう人間の崇高な姿を捉えたヒューマン・ドキュメント」と書かれてあった。

「崇高な」という表現が気になるが、私も基本的には、このような認識の下で本作に言及したいと考えている。



序(2)  強直性痙攣という名の破傷風の恐怖



これは「破傷風」の恐怖に囚われた者たちの、あまりに切実な映像なのだ。それについては後述するとして、ストーリーをフォローしていく前に、「破傷風」について簡単に把握しておこう。

「大辞林」から引用する。

「急性伝染病の一。傷口から破傷風菌がはいって起こる。菌の出す毒素が中枢神経、特に脊髄を冒し、開口障害・嚥下(えんげ)困難・筋肉の強直・痙攣(けいれん)など激しい症状が現れる。死亡率が高い。予防接種が有効。届出伝染病」

破傷風菌についても引用してみる。

「破傷風の起因菌。1889年(明治22)北里柴三郎が純培養および動物感染に成功。グラム陽性桿菌(かんきん)。二〇~三〇本の鞭毛を有し嫌気性。土壌中に生存し、創傷を通じて体内に侵入する」

更に、「ウィキペディア」からも取ってみた。

「土壌中に棲息する嫌気性の破傷風菌(Clostridium tetani)が、傷口から体内に侵入することで感染を起こす。破傷風菌は破傷風毒素として、神経毒であるテタノスパスミンと溶血毒であるテタノリジンを産生する。テタノスパスミンは、脳や脊髄の運動抑制ニューロンに作用し、重症の場合は全身の筋肉麻痺や強直性痙攣をひき起こす。一般的には、舌がもつれ会話の支障をきたすことから始まり、歩行障害、全身の痙攣と徐々に重篤な症状が現れる。感染から発症までの潜伏期間は3日~3週間。破傷風菌は、日本中の土壌中に存在している可能性がある。多くは自分で気づかない程度の小さな切り傷から感染している」

破傷風による筋肉の発作で苦しむ人の絵ウィキ) 


この強直性痙攣というのが、破傷風にしばしば現出する極めて厄介な症状なのだが、そこで様々に苛酷な病状の様態について、本篇をフォローしながら書いていく。



1  室内に絶叫が劈いて―― 発症、そして入院



一匹の美しい蝶が舞っている。

「震える舌」という大きなキャプション(字幕)が、ブルーの映像をバックにその蝶を大きく映し出す。その蝶を採るために、一人の少女が虫採り網で追っている。

しかし、なかなか捕えられない。蝶を採り逃した少女は、湿地の沼に手を入れて、そこで何かを捕捉しようとした。それも上手くいかなかった少女の右手の中指に、ほんの小さな血の塊が付着した。

それが、本篇で描かれた残酷なまでに容赦なく、しかし、とても他人事とは思えない、非日常なる苛烈な映像世界の始まりとなったのである。


映像の背景となった地域は、千葉郊外のマンモス団地。その近くに、葦の繁茂する湿地がある。少女はそこで楽しく、一人遊びに興じていたのである。

少女の名は昌子。三好夫妻の一人娘である。

その昌子が、食事中に右手に持ったフォークを落としてしまった。

「どうしたのよ、まあちゃん?」

母の邦江は、娘の珍しい粗相を注意して、フォークで食べさせようとした

「甘えんじゃないの。自分で食べなさい」と父。

フルネームは三好昭。

「あなた、昌子ちょっと風邪気味なのよ」
「だったら、なおさら余計食べなきゃダメじゃないか!」

邦江は昨日病院に娘を連れて行ったことを説明し、何かと厳しい夫に対して、一人娘を庇ったのである。

その後、邦江は髪が半分抜け落ちた人形を夫の前に差し出して、娘への理解を求めた。

「可哀想に、ノイローゼになっているのよ、あの子。やっと幼稚園なのよ。体の大きさだって、あなたの5分の1しかないじゃないの。あの子にしてみたら、お化けみたいなものに怒鳴られているんだから、耐えられないわよ、昌子だって。大人だってできないこと、強いるんだから・・・」

妻にそこまで言われた夫は、それ以上何も言えなかった。

しかし、異変は劇的に家族を襲って来たのである。

翌日、夫の昭は衝撃を受けていた。

「おい、見てみろ」
「まあちゃん、どうした?」と妻。

夫婦がそこで見た風景は、信じ難きものだった。昌子の歩行が困難になっているのである。

「何でもない」と昌子。
「だったら、ちゃんと歩けるでしょ。歩いてみな」と父。
「歩ける。でも歩きたくない」と娘の昌子。

娘に異変を感じた夫婦は、翌日病院に連れて行くことを決めたことで、一応自分たちの不安を抑え込んだのである。

その晩、三好家の室内に絶叫が劈(つんざ)いた。

昌子が突然、発作的な痙攣を起こし、口の中は血だらけになっていたのだ。

夫婦は必死に娘が舌を噛み切らないように、口に指や割り箸を挟んだ。

直ちに救急車を呼んで、夫婦は共に乗り込み、娘を救急病院に搬送して行ったのである。

車内では昌子の口の中にタオルが挟まれていた。

病院に着くや、娘を抱えて運ぶ父の必死の姿と、不安げな表情の妻が弱々しく映し出されていた。

担当医の説明によれば、脳に異常があるかも知れないので、翌日、大病院で正式な検査を受けた方がいいとのこと。

その説明に苛立つ夫。不安感をより募らせる妻。

結局、その病院では引き受けてもらえず、夜の街に放り出されてしまった。

自宅に戻った夫が大学病院に連絡を取り、直ちに娘を連れて行くことになったのである。

「あたし、絶対この子を助けるわよ」

妻の邦江は、僅かの時間で強い母になる意志を刻んでいた。

大学病院で、父親の躾の厳しさによる心因性の発作であるという診断が下され、父親の昭だけが悄然とするばかり。母親の表情には笑顔が戻っていた。

翌日、夫婦は娘を連れて、その大学病院で外来の診察を受けることになった。

小児科である。

小児科医長の長い診察の結果、「心因性のものではない」と判断され、即座に検査入院することになったのである。

「ちょっと、これは大変だよ。お父さん、よっぽど頑張ってもらわんとね・・・」
「そんなに悪いんですか?」
「まだ分らんが、疑いのあるのは、どれも難しい病気でね」
「何の病気ですか?」
「検査をしてみないと、はっきりしないが・・・」

そこで昭が言われた病名は、「脳腫瘍」、「髄膜炎」、「破傷風」という厄介な疾病だったのである。

夫婦は、その場で放射線室に向かうことになった。

大学病院での検査もまた、子供の耐性を遥かに超える厳しいものだった。

裸にされた昌子への様々な検査の結果、判然となった病名は破傷風。

脳障害でないことに少し安堵した表情を見せた昭には、破傷風の怖さを認知できていないようだった。

小児科院長はその昭を呼び寄せて、破傷風という病気の怖さを説いていく。

それは、死亡率の高い厄介な病気で、菌が出す毒素の怖さを切々と訴えるものだった。

昭の表情から一気に血の気が失せていく。

しかし昌子の両親が、破傷風の本当の怖さを実感する時間が開かれるのは、病名を知って間もない頃であった。

「絶対安静にして、抗毒素血清療法をやります」

担当医となった能勢という女医の指示を受け、早速、昌子は小児科病棟に移されることになった。

三好昭は医学辞典で、破傷風についての活字を拾っていく。

「本症の直接死因は、第一に呼吸筋麻痺、または声門痙攣による窒息死、ついで心臓麻痺、肺炎、時には強烈な痙攣発作により、脊椎の骨折を見る場合もある。その死亡率は極めて高く、第二位の日本脳炎の40~50%をはるかに突破、首位を示す。潜伏期間の短いものほど死亡率は高く、発病五日以内では、全例死亡。十日以内で79%、十日以上過ぎるもので、38%である・・・」

ここまで読んだ昭は、明らかにその表情を凍らせている。

彼はすぐに妻の元に行って、最も大事な事実を確認した。

「昌子が発病して、何日目だ?」
「5,6日だったかしら・・・」

破傷風の病気について未だ認知できていない妻のその答えに、夫の昭は密かに、時間との厳しい闘いの覚悟を括っていたようだった。

その夜、昌子が突然絶叫した。

光を遮断した部屋の暗がりの中での叫びの原因は、隣の大部屋からの子供たちの騒音。

昭は主治医と確認を取り、昌子の病室の中に、そこだけは全く違う空間を作り出したのである。

直ちに昭は扉の前に、騒音の禁止を求める子供向けの文書と、「出入りにはノックを禁じます 主治医」という指示書きを貼り出した。

この時点で、昭もまた娘の闘病生活の中に、逸早く同化していたのである。

「今の病状は決して明るいとは申せません。ずっと付き添って上げて頂きたいと思います・・・ちょっとの刺激で痙攣を起こしやすいですから、光と音には気をつけて下さい」

その夜の昌子の痙攣を抑えた主治医の能勢の指示に、夫婦は黙って頷くしかなかった。

それが、入院初日の出来事の全てだった。



2  舌圧子で口を抉じ開けて



入院二日目。

再び痙攣を起こした昌子に、能勢は体を抑え、口の中を器具で抉(こ)じ開けてマウスピースを装着し、腕に注射を打った。尿道筋の痙攣による「お漏らし」をしたので、紙おむつを用意するようにとのこと。

「これからも痙攣はあると思います。付いている方が慌てて、刺激を与えませんように・・・」

その主治医のアドバイスが有効性を持つ間もなく、その晩、昌子は全身性痙攣を繰り返し起こした。

四肢を伸展し、頚部と背部とを反り返させる「弓反り痙攣」という名で呼ばれる「強直性痙攣」が起こり、その様態が重篤な症状を呈していたのである。

「悪くなりました。今のところ、何とも申しかねる病状です・・・このまま何とか収まってくれればいいんですが・・・薬は今夜いっぱい効いていると思います・・・」

医師スタッフの必死の処置で、一応激しい痙攣は治まったが、この能勢の言葉には、昌子の病気が尋常ではないことを物語っていた。

その夜、夫婦は殆ど眠れず、いくらか浅い眠りに入った夫の昭は、娘を病魔から守ろうとする悪夢を見ていた。

その悪夢は、外に電話をかけに行って来た邦江に起こされて、結局、共に満足な睡眠をとることが叶わなかったのである。午前3時のことだった。


三日目。

午後3時。

そこだけは闇の空間になっている病室で、夫婦は無理に食事を摂っている。

パンを一切れずつ食べる邦江の耳を、この日もまた絶叫が劈(つんざ)いた。病室の前を通る配膳車からトレイが落ちて、その機械音に昌子が反応したのである。

慌てて主治医を呼びに、病院の廊下を走る昭。

しかしその時刻は能勢女医が外来に出ているため、代わりのスタッフが暗闇の病室に入って来た。

舌圧子
代わりの医師は、昌子の歯が乳歯であることを確認した後、舌を噛まないための応急処置として、舌圧子(ぜつあつし・注1)で口を抉(こ)じ開け、前歯を器具で抜歯したのである。抜歯の鈍い音が、映像を通して伝わってくる壮絶な描写がそこにあった。娘の血だらけの顔が、室内の奥で見守るだけの夫婦の自我を徐々に削り取っていく。


(注1)口腔や咽頭の検診の際、舌を押し下げるために使用する器具。                      

その凄惨な状況に耐えられず、昭は茫然自失の状態で室外に出た。

陽光の下で児童が運動する窓外の風景を眺める余裕もなく、視線を虚空に捨てている。

そこに友人の山岸が見舞いに来て、励まそうとする間もなく、

昭は言葉も捨てていく。

「駄目らしいよ。死にそうだよ、昌子・・・惨いよ。すごく・・・」

そこに能勢が近寄って来て、残酷な報告を伝えた。

筋肉の痙攣で窒息や肺炎を起こしやすいので、気管切開をしなければならないと言うのだ。

「そんなことまでしなきゃいけないんですか?」
「その方が患者さんは、楽に呼吸ができると思います」
「しなきゃいけないものでしたら、お願いします・・・」

自分の無力感を嫌というほど感じている昭には、そう反応する以外にない。

しかし気管切開は、これ以上の刺激を恐れる教授の進言によって中止になった。

ほどなく昭の家族が見舞いにやって来たが、孫の病状を案じる母に、昭は自分の無力感のみ吐き出した。

「看病ったって、ただ見ているだけだもの・・・」
「とにかく、ここに居させてもらうよ。あなたたちや昌子が辛い思いをしているのに、私が痛くも何ともないなんて、申し訳なくて・・・」

昭の母も無力感を感じていた。

酸素テントと強直性痙攣
まもなく気管切開の代わりに、「酸素テント」(注2)が闇の病室に設置されることになった。呼吸を助ける措置である。


(注2)「呼吸や血液循環が十分に行えない重症患者に酸素を与えるテント状の装置。ビニール製のテントで、患者の上半身をおおい、毎分数リットルの酸素を温度および湿度調節をして吹き込む人工呼吸器にかわる装置です」(ネットサイト「医学用語解説」より引用)


「でも、ちっとも良くなっていないんだから・・・悪くなるばっかり・・・物も言えなくなっちゃったの」

娘の症状が重篤になっていく不安感から、母の邦枝も当初の楽天的な見通しの欠片すらも砕かれていた。

髪を整える余裕すらないその表情には、夫婦が共に娘の闘病の現実に為す術のない無力感を浮き彫りにさせるばかり。

午後9時。

酸素テントの中で、能勢医師による治療が継続されていた。荒療治とも思えるその治療に、邦江は益々不安を募らせていく。

「先生、もう駄目なんでしょう?死んじゃうんでしょ・・・」
「いいえ、そんなことありません」と能勢。
「だって、そんなもの入れられちゃって・・・」
「そんなに弱気になっては駄目ですわ。昌子ちゃんに生き抜いてもらうために、手を尽くして・・・」

その能勢の励ましを途中で、邦江は感情的に遮断した。

「もう、沢山!もう沢山だわ、そんな子供騙し・・・」
「バカ言うんじゃない!」

妻の投げ遣りな態度に対して、夫の昭も感情的に反応する。

「あなただって、私騙してたんじゃない。こんなことになるって、ちっとも話してくれなかったじゃない!産まなきゃ良かった・・・初めからあなたと一緒にならなけりゃ良かったのよ」

邦江はここで、決して言ってはならない言葉を吐き出している。

能勢医師
その思いを理解する女医は、淡々と自分が施した医療処置について説明した。

「呼吸を楽にするために、肺まで管を入れてあります。だから、口が利けないんです。気をつけて上げて頂きたいと思います・・・」

必要なことだけを説明し、能勢はその暗闇の病室を離れて行った。

夫婦と重篤の娘以外にいないその部屋で、夫の昭は妻を励ましていく。

「お前は疲れているんだよ。ろくに寝てないし、食べてないし・・・何か食べ物買って来るよ」

夫の励ましを、妻はこのとき、明らかに拒んでいる。

彼女は夫に、自分だけが施していた看護を求めたのである。

「それよりオムツ替えて」
「え?」と夫。驚いている。
「あなた替えてよ・・・」

その事務的な妻の督促には、挑発的な感情が見え隠れしていた。

夫は、恐る恐る紙オムツを替えよとする。その態度を、妻は見透かしていたのだ。

「気味悪いんでしょ。昌子の病気がうつると思って、怖いんでしょ。だから私にばっかり替えさせて・・・」
「何言うんだ、バカ」

そう言いながら、夫は淡々とオムツを替え、トイレに向かった。

そこで彼はオムツを処理した自分の手を、真剣な表情で消毒し、洗浄したのである。

午後11時。

呼吸を荒げる昌子が、取り付けてある酸素テントの器具を外し、暴れたのだ。それを目の当たりにした母の邦江は、慌てて駆けつけてきた能勢の前で叫んだ。

「もう、何もしないで!もう何もしないで・・・」

邦江は嗚咽しながら、ナイフを手に立ち塞がったのである。

それが精一杯の彼女の、娘に対する防衛的な行動であるかのようだった。

妻の自我が削られていく現場に立ち会った夫は、今その妻を優しく包んであげる以外になかった。

午前2時。

少年時の疾病の記憶が、悪夢の中で甦っていた。息子の昭の叫びを聞いて、彼の実母は心配げに息子に寄り添っていく。

「お前、うなされていたよ」
「母さん、昔子供の頃、室蘭で敗血症(注3)に罹ったときの夢を見てたよ」
「うん、あのときはよく助かったもんだよ・・・」

昭の母は、この晩病院のソファで泊まり込んでいたのである。

彼女の心配の対象は孫の昌子である以上に、見違えるほど窶(やつ)れて見える息子の健康状態の良否にあったことは間違いないだろう。そのとき母子は、同じように感染症である敗血症の恐怖を共有していたのである。


(注3)細菌が間断なく血管に入り込むことで、しばしばショック死を招来するほど、重篤な全身症状を呈する疾患。症状の進行の速さから、ICU(集中治療室)の最大の課題であるとされる。                



3  闇の病室での不気味な戦争を終えられない戦慄感



四日目。

午前8時。

「大丈夫、大丈夫、こんな良い子なんだから。お婆ちゃん、勘で分るの・・・おんなじ苦労の繰り返しだよ。今度はあんたたちの番だ・・・」

昭の母は暗闇で眠る邦江の頭の下に枕を添えて、最後は殆ど嗚咽を堪える感情を乗せながら、息子の昭に励ましにもならない言葉を残した後、帰路に就いた。長男が迎えに来たからである。

午後1時。

この日、最初の昌子の痙攣発作が起こり、いつものように医療スタッフによって治療が施された。その度に、病院内を走る昭の必死の行動が暗鬱なフィルムに刻まれていく。

午後11時。

この日、2度目の痙攣は激しいものだった。

命に関わる症状の進行に、心臓マッサージを続ける能勢の表情から血の気が失せている。昌子の心臓が一時停止したが、マッサージの効果によって、再び少女の生命が動き出したのである。昭の眼は血走っていて、邦江の表情は殆ど凍りついていた。

午前2時。

夫婦は追い詰められている。

その心の耐性を失いつつある状態が、明らかに身体症状に表れていた。とりわけ、邦江の心身の劣化は、夫の昭にとって看過できない状態のように見えていた。

彼は妻を諭していく。

「邦江、今、しっかり聞くんだ。昌子は死ぬ。そう思う。だからお前、朝になったら家に帰って、家の中を片付けて、それから預金通帳とか、印鑑とか、大切なもの、ちゃんと分るように整理して、それを誰が見ても分るようにして、それから、俺も指をやられているから、もしかしたら発病する。だから、片付けが終わったら、寝ておくんだ。何かあったら、こちらからすぐに電話する。分ったか、邦江」
「うん・・・」
「じゃ、帰れ」

そこには、いつになく素直な妻がいた。

と言うより、既に、自分の内側の感情を正確に表現できない地平にまで追い詰められた自我の極みが、その闇の空間に炙り出されていたようにも見える。

夫の昭が、この覚悟を決めた言葉をどこまで信じて結んだか、それは映像に映し出される男の絶望感によって検証され得るだろうが、しかし、このとき男が、自分より遥かに追い詰められた状況下にある妻を、少しでも休ませる必要があると判断した上での説諭を刻んだことは否定し難いだろう。

昭はテント越しに昌子を凝視しながら、心の中で語りかける。

「もしお前が死んだら・・・お前が何も悪いことをしたわけじゃないのに、こんな苦しい目に遭って死んでしまうのなら、お前だけを愛してやるからね。お前だけを・・・他に子供を作らないで、一生涯お前一人を愛してやる・・・お前を助けてやれなかった俺の、せめてしてやれるのは、それぐらいだから、ね・・・」

一方、自宅に帰った邦江は、自分の髪を切っていた。

自宅からかかってきた妻の電話での様子がおかしいと考えた昭は、友人の山岸の妻に電話して、邦江の様子を見てきてもらうように頼んだのである。

午後5時。

山岸夫妻が邦江を連れて、病院にやって来た。

「かなりまいっている。医者に見てもらった方がいい」

山岸にそう忠告されて、昭は病室の外の廊下の椅子に坐っている妻の元に近寄っていく。

邦江は山岸の妻の隣に呆然と坐っているのだ。

邦江は夫に、預金通帳と証書と印鑑を渡した後、ハンカチに包んだ昌子と自分の髪を手渡したのである。

「あなたがしっかりしてくれなくっちゃ・・・あたしね、うつっちゃたの。兆候があるの。昌子と同じ・・・」
「まさか」

自分が破傷風に罹患したという妻の言葉に、夫は絶句した。

まもなく二人は、共に診察を受けることになった。

順番を待つ待合室での、夫婦の暗鬱なる会話。

「あなたにとうとう何もして上げられなかった・・・あたしは何もできない女だから、せめて子供だけはと思って、やっと産んだんだけど、それも結局駄目だった。このままじゃ申し訳ないみたいだけど、許してね」
「俺だって分らんよ。三人とも駄目かも知れん。妙だよな。人間の暮らしって。儚(はかな)いよ」

この会話の後の映像は、二人とも破傷風に罹患していないという診断が下される場面。

それでもドクターの誤診を疑う昭は、重ねて質問するが、ドクターの反応は変わらない。このとき夫婦は、共に自分の身を案じる不安感に苛まれていたのである。

「君たちまで弱気になってどうするんだ。しっかりしろよ!」

なお疑心暗鬼の昭は、友人の山岸に叱咤される始末。結局、山岸の妻に付き添われて、邦江はそのまま帰宅することになった。

「おい、昌子に会って行かなくていいのか?」

昭にそう言われて、昌子は「会いたい・・・」と一言。

今度は昭に誘導されて、昌子の病室の方に向かって、緩慢な歩を刻んでいく。しかし突然、邦江の足は止まった。

「どうした?」と昭。
「怖い・・・入れない。会いたいけど、歩けない・・・」と邦江。

山岸夫妻に抱えられるようにして、邦江はそのまま病院を後にしたのである。

一人病室に残された昭は、闇の空間で悪魔と戦っていた。

「お前たち、なぜ昌子を苦しめるんだ。お前たちが古い地球を昌子の中に見つけたのなら、なぜ静かに暮らそうとしないんだ。お前たちだって、生きようとしているんだろ。そりゃ、お互いっこじゃないか。なぜ、毒素なんか出すんだ。それがお前の生きている印か。だが、昌子が死んだら、お前たちだって死ぬんだぞ。分ってるのか。死滅するんだぞ!死滅・・・」

昭が闘う悪魔は、勿論、破傷風菌である。

細菌はウイルスと違って、それ自体一つの細胞を持つから、その宿主である生命体の死は、細胞自身の死に繋がるのだ(後述)。

昭はそれが分っていて、悪魔に向かって説諭したのである。その直後、昌子に弓反り痙攣の発作が起こった。それが悪魔の答えであるかのように。

「お前以外の誰に昌子を頼めるんだ!」

病院内の公衆電話から、昭は邦江に怒鳴り散らしていた。

「だって、怖くて、足が竦んじゃって、出られない・・・」
「じゃあ、俺はどうなるんだ。まいっちゃうぞ。それでもいいのか」
「良くない。さっきから努力してるのよ。でもドアが・・・開けられないの・・・体だって、神経だって、あなたよりずっと弱くって、もう、力出し切っちゃったから・・・」
「じゃあ、いいよ。もう、来んな!」

昭は電話を叩きつけるように、切ってしまった。

午前0時。

昌子の激しい呼吸音が、殆ど闇に近い映像に刻まれている。

午前5時。

邦江が足音も立てず、闇の病室の中に入って来た。

人の気配を察した昭が、邦江を特定した後の二人の会話は、お互いの病状の進行についてだった。夫婦の不安は、飽和点に近い辺りにまで届きつつあるようだった。

「入って来るの、怖かったろう?」と夫。
「うん。そこのドア開けるとき、怖かった・・・」と妻。

まもなく、妻と交替して、夫の昭は自宅に戻った。

ウィスキーをあおり、レコードをかけ、普通の日常性に戻ろうと努める男の表情からは、未だ闇の病室での不気味な戦争を終えられない戦慄感を、深々と炙り出して止まなかった。



4  疲労のピークを恐怖で繋いだ人格の身体表現



入院二週間。

その日、昌子の酸素テントが外された。医師スタッフによる、最後の戦争の幕が切って落とされたのである。

昌子の咽喉深くに通されていたエア・ウェイが引き抜かれ、そこに、全ての装置を外された少女の身体が剥き出しにされた。

病室の隅でその処置を見守っていた母が娘の傍らに寄り添って、能勢医師の落ち着いた言葉が繋がったとき、それまで二週間もの間、言葉を失っていた少女の唇から、何かが漏れてきた。

明らかに、少女はその意思を言語に変えようとしていたのである。

「食べたい・・・食べたい・・・チョコパン食べたい・・・チョコパンだよ!」

少女の言葉の最後もまた、一つの叫びに結ばれた。

しかしその叫びは、これまで少女が暴力的に封印されていた本来の感情の形に近い何かだった。

それを見て、両親の表情が一変したのである。

娘の劇的な生還は、娘の両親にとっても、今まで何かに憑かれたような不気味な観念を決定的に砕く一撃だったのだ。

能勢医師の本来の柔和な表情が、映像の中で始めて開かれたとき、何かが終わり、何かが始まったのである。

昌子の求めるチョコパンを食べさせるわけにはいかない女医は、代わりにジュースを飲むことの許可を下した。

それを耳にした父は、この日もまた、病棟内の廊下を走っていく。

走って、走って、辿り着いた自動販売機からジュースの缶を取り出して、今度はそれを抱えて、禁断のラインを走り抜こうとした。

走り抜こうとした男は、禁断のルールに阻まれたかのように、躓いて倒れ込んでしまった。

男が倒れた辺りに作られた小さなオブジェ。

それこそ、感極まった男の激しい戦争の終焉を告げる、疲労のピークを恐怖で繋いだ人格の身体表現だったのだ。

「昌子は始めて声を出したとき、俺はこの子の苦しみを、まるで理解していなかった自分に気づいた。破傷風菌と対決し、その恐怖に耐え、闘い通したのは昌子一人だったのだ。可哀想に昌子はまだ数日、血清の副作用の高熱に苦しまねばならなかった。病状は回復し、能勢先生にも余裕が見えてきた。彼女の昌子に対する親しさは、邦江が見てたら、嫉妬したかも知れない・・・・昌子の音に対する恐怖は、依然根強かった」



5  睦みの時間に入り込んで 



入院一ヶ月。

昌子は、いよいよ大部屋に移ることになった。

夫婦は恐らく、かつてそうであったような振舞いで、家路に就いて行く。

彼らの表情には、つい先日まで、破傷風の恐怖に囚われた者の呪縛意識が全く見られなかった。

その晩、邦江は病院に問い合わせて、娘の容態を確認した。

娘が大部屋で、問題なくぐっすり眠っている事実を知った夫婦は、かつてそうであったような睦みの時間に入り込んでいく余裕を、遂に復元したのである。


*       *       *       *



6  「闘病ドラマ」の最高傑作



本作を「闘病もの」のジャンルで括る映画であるとすれば、本作は、私が見た「闘病ドラマ」の最高傑作であると信じて疑わない。

私の把握によれば、「闘病もの」の映画には、そこで避けてはならない三つのテーマの描写が求められると考える。

それらは、「病気それ自身の正確な内実」であり、「病気と闘う者、或いは、それに甚振られる者の日常的な記録」であり、「その病気に罹患した者への関与者の、その関与の有りよう」である。

それらについて言及していく。



7  病気それ自身の正確な内実



まず、「病気それ自身の正確な内実」について。

顕微鏡で見た破傷風菌(ウイキ) 
これについては、本稿の冒頭で言及した以外の補稿をしていく。敢えてそこに加えるものがあるとすれば、破傷風菌というものの恐るべき破壊力についての生物学的な説明である。

それは、人類が出現する遥か以前から地球上に生息していた細菌であり、一つの微生物であるが故に、それが体内に感染したときの威力は激甚なものであるということだ。勿論、それが細菌であるといっても、同じ微生物とされるウイルスと異なるから、その感染による破壊力への医学的対応が可能であるということである。

ここで、細菌とウイルスについての違いを確認しておこう。

「大辞林」から引用すると、以下の通りである。

まず、「細菌」について。

「単細胞の微生物で、核膜のない原核生物の一群。球状・桿状・螺旋(らせん)状などを呈し、葉緑体・ミトコンドリアなどをもたない。原則として二個に分裂してふえる。動植物に対して病原性をもつものもあるが、広く生態系の中にあって物質循環に重要な役割を果たしている。分裂菌類。バクテリア」

次に、「ウイルス」について。

「最も簡単な微生物の一種。核酸として DNA か RNA のいずれかをもち、タンパク質の外殻で包まれている。動物・植物・細菌を宿主とし、ほとんどのものがその生合成経路を利用して増殖する。濾過性病原体。ウィルス。ビールス。バイラス」

結論的に言えば、細菌より遥かに小さいウイルスは、自ら細胞を構成することなく、従って、他の細胞に侵入することで自分のコピーを増殖し、細胞それ自身を死滅させていく極めて厄介な「微生物」であるということ。ウイルスの怖さは、細胞を死滅させた後、そこから他の細胞に侵入していくことで増殖させていく、言わば、遺伝子情報としての怖さを持ち、それに対する医学的対応の困難さが常に人類を戦慄させていることは周知の事実。ウイルスを攻撃することは、それが寄生する細胞自身の破壊に繋がってしまう恐怖に直結してしまうからだ。

しかし、ウイルスの恐怖の際限のなさと比較すると、細菌に対する科学的対応は、その対処療法が存在する分だけまだ救いがあると言えるだろう。

細菌の場合は自らの細胞を持っているが故に、その細胞を破壊すれば、細胞の宿主としての生命体の恒常性を復元できるからである。近代文明は、抗生物質という名の細菌ハンターを発見したことで、生命体を救う手立てを考え出してしまったのである。

それでも細菌の中には、近代医学の力を持ってしても、なかなか手強い生物が存在する。「破傷風菌」もその一つ。

それについての怖さは、本作の中で、娘の父親が医学辞典で確認する描写によって印象的に映し出されていた。

父親の表情から血の気が引くほどの破壊力を、その細菌が持つということなのだ。

しかし、こんな厄介な細菌にも弱点があった。

空気を極端に嫌うから(嫌気性)、空気感染はあり得ないのである。

そして何より、「抗毒素血清療法」という医学的処方が有効性を持つということだ。本作は基本的に、この処方によって一つのかけがえのない小さな生命を救い出す物語であった。



8  病気と闘う者、或いは、それに甚振られる者の日常的な記録



次に、「病気と闘う者、或いは、それに甚振られる者の日常的な記録」と、「その病気に罹患した者への関与者の、その関与の有りよう」について論じるが、両者は濃密にリンクし合っているので、併せて言及していきたい。

その前に、本作の舞台となった「闇の空間」について触れておく。
なぜなら、その論及こそが本作の中枢的テーマとして、映像の内に一貫して伏在しているからである。

毎日沢山の外来患者が押し寄せる、とある大学病院。そこには多くの入院病棟があり、引きも切らぬ見舞い客が押し寄せる大部屋も、其処彼処に存在する。

その一角を占有する小児病棟もまた、多数の入院児童と保護者たちでごった返している。

しかし、そんな一般的な大病院の風景の特定的空間に、そこだけは光が差さない闇の病室があった。

長々とラインを結ぶ廊下にまで眩い陽光が差し込んで止まない、大学病院という名のビッグボックスの只中に潜む、特定的に切り取られたような異様なる排他的宇宙。

光と闇の空間が不気味に共存する、ビッグボックスのその闇の世界の方に少女は隔離されていたのである。

そこに、本作の破傷風患者である幼気(いたいけ)な少女が押し込まれるようにして、その細(ささ)やかな生命の灯をギリギリに保持しているのだ。

季節の彩りはおろか、時間の観念すらも奪われた闇の世界に、一つの核家族が、そこで浅い眠りを辛うじて確保するが、隔離された少女には安眠の時間すらも削り取られてしまっている。それはもう、凄惨としか形容できない世界であった。

これは紛れもなく、「光と闇の世界」、「日常性と非日常」、「銃後と前線」、そして何よりも「文明と非文明」の苛烈な対峙と相克をテーマにした、際立って形而上学的な問題提起を内包した映像である。

それを具体的に検証していくのが、本稿の中枢テーマである。

そのテーマを分りやすく具象化したフレーズで括れば、「叫ぶ娘、走る父、離脱する母―裸形の家族の復元力」というタイトルによって説明できようか。


「叫ぶ娘」は、最後まで叫び続けることはなかったが、映像を通して、恐るべき感染症に罹患した娘は終始呻き、叫び、吼え、凄まじい嗚咽を刻んでいる。細菌が侵入してまもない頃、少女は叫ばなかった。

叫ぶ必要を感じつつあったが、その感情を叫びに繋いでいく適切な言葉を持てず、やがて言語能力すら奪われ始めていた。

「何でもない」、「歩ける。でも歩きたくない」という言葉だけが、辛うじて目前の両親に発進した少女のシグナルだった。

この少女は最後に、「チョコパン、食べたい」と蚊の鳴くような欲望を刻むが、その半月間の時間の中で発した言語は、殆ど音声に近い何ものかでしかなかったのである。実際のところ、それが「病気と闘う者、或いは、それに甚振られる者の日常的な記録」の内実だったのだ。

少女にとって、この切り取られた特定的空間は闇であり、非日常であり、非文明との直接対決を全人格的に余儀なくされた前線だったのである。

その前線で余儀なくされた少女の闘いは、戦争と呼ぶ以外の何ものでもなかった。あまりに惨く、苛烈な戦争のその最前線に、少女の全人格は搦め捕られていたのである。

想像力が欠如した周囲の無頓着な振舞いによる雑音に、少女の鋭敏な自我は過剰に反応し、命を削る大痙攣の発作を起こすに至る。強直性痙攣と呼ばれるものがそれである。
時には、骨折の危険性まである弓反り痙攣をも起こしたのだ。その度に、少女の舌は噛み千切れる恐怖を随伴せざるを得なかったのである。

遂に医師たちは、少女の歯が乳歯であることを確認した上で、未だ充分に機能する少女の乳歯を抜き取った。

そのときの少女の叫びは、殆ど悶絶を極めた者の呻吟と言っていいものだった。

悶絶の日々を重ねることは、少女の生命の保障の確率をより高めていくものではあったが、それもまた、悶絶という、より過酷な悶絶と引き換えなのであった。

しかし、悶絶を代償にした時間は、命の安全保障の確率を高めるものであるが、決してその保障は絶対的なものではないのだ。

そんな重苦しい時間が、映像の中でリアルに記録されていく。

そして少女は、「呼吸を楽にする」という名目で、気管切開の大手術の危機に直面するが、これはあまりにリスキーなため、辛うじて回避される。それに代わって、少女はその小さな身体をビニール袋で囲われることになった。

その体が縛られ、酸素テントと呼ばれる器具が取り付けられることで、少女の占有空間を更に狭めてしまったのである。

エアウェイ
呼吸を楽にするために、口の中にエアウェイ(注4)というパイプが嵌め込まれていたが、少女はその苦しさ故に暴れて、酸素テントの装置を外してしまったのだ。少女にとって、何もかもが未知なる恐怖の連続だったのである。

まさに、恐怖なる闇の空間という戦場の只中で、その前線エリアがもっと限局されるに至ったとき、今度は少女の母が叫びを刻んだ。娘への医学的処置のリアリティに、とうとう耐え切れなくなったのである。小さな少女の大きな戦争は、そのとき既に、家族の戦争の苛烈さを炙り出していたのである。

しかも映像は、そこに一切の感傷を挟まなかったのだ。見事な距離感であった。


(注4)気道確保のため咽頭内に通すプラスティックの管。



9  その病気に罹患した者への関与者の、その関与の有りよう



次に、「その病気に罹患した者への関与者の、その関与の有りよう」への言及にシフトしていく。

繰り返すが、本作の白眉は、「闘病もの」の映画の中に一篇のセンチメンタリズムを導入しなかったことにある。それは、少女の両親の振舞いの、そのあまりにリアルなる描写の中に鏤刻(るこく)されていたのである。

当初、少女の両親は、娘の病気が脳に関わる重篤な疾病でないことに安堵していた。もっとも、その前は心因性の病気であると指摘されて、失笑を買う余裕すら見せていたのである。

それが、突然変化した。

少女の父が、破傷風の現実の凄惨さを知ったからだ。

そればかりか、自分の指が娘の歯によって噛まれて出血した事態に、この病気が既に他人事では済まされないリアリティを持ってしまっていたのである。

そのとき、闇の空間で出来する全ての局面は、ダイレクトに自分に関わる現象の不気味さをも随伴してしまっていたのだ。

その点にこそ、この映像で最も興味深く、且つ、緊要であるテーマ性があると言っていいだろう。

単に、悶絶する娘の病床の傍らに寄り添うという「看護」しか結べない両親が、次第に悪魔(破傷風菌)が支配する闇の特定空間にその自我が呪縛され、確実に切り裂かれ、削られていくという心理プロセスを、容赦のないリアリズムで描き切った映像の秀逸さは、まさにそのテーマ性の具象化の内に検証されたのである。

殆ど暴力的な闘病生活を強いられた、あまりに幼気な娘に対する両親の「看護」の内実が、娘への全人格的なアプローチの様態を漸次稀薄化させてしまったとき、既にもう娘の両親は、自らの自我の内に観念的闘病の幻想を、過剰なまでに抱え込んでしまったということだ。

その時点で、闇の病室空間は、単に酸素テントによって囲われた、狭いスペースの枠内に閉じ込められることが不可能となったのである。

酸素テントの外側に広がる病室全体が、悪魔によって仕切られる闇の前線に変貌してしまったのだ。

闇の前線が病室全体を覆い尽くしたとき、一人の少女が闘うには過剰なほどの戦場を、そこに現出させてしまったのである。

娘の両親は、暴力的に強いられた娘の闘病を全人格的に引き受けられず、自らの自我を蝕むもう一つの闘病様態を、彼らの観念のフィールドに転写してしまうのだ。

彼らにとって戦場と化したその闇の空間は、彼らの自我が娘のそれよりも理性的判断の余地を残す分だけ、より確実に深刻な様相を呈する何かになっていく。

とうとう男の妻は、前線に近づくことすら叶わなくなり、男が一人、そこに置き去りにされていった。男の表情には、既に、闘う者の熱量が何某か奪われてしまった裸形の感情が、べったりと張り付いてしまっていたのである。

どこの社会でも、前線に立つのは男であり、銃後を守るのは女であるように、この家族もまた、男だけが前線に残された。

男は闇の前線から逃亡したいと願う気持ちを抑えられなくなって、銃後に逃げ込む妻に対して、前線での交替を強く促していく。

二人はもう、へとへとに疲弊し切っているのだ。その疲弊感は、悪魔からの呪縛を解けない焦燥感ゆえに、より重量感を増していった。

「怖い」と漏らす妻はもう、闘病を余儀なくされた母ではなく、単に一人の臆病な女に過ぎない。男もまた、一人の父である以上に、悪魔に取り憑かれた臆病な男に過ぎない。

しかしその臆病さは、そのような状況に置かれた者が普通に感受する外ないであろう臆病さであり、言わば、普通の人間の普通の反応を刻む、ごく普通の人間的様態なのだ。

所詮、人間とは、そのキャパシティを超える圧倒的な状況に搦め捕られたとき、その自我が存分に削り取られただけの裸形の感情を身体化する以外にないのである。

それが人間なのだ。

際立って険阻な状況に対する私たちの自我の支配能力など、たかが知れているということだ。その自我が状況を支配し切れぬ飽和点に達したとき、私たちの表現様態は間違いなく制約され、限定され、矮小化されていく。それだけが、自己を守る唯一の方法論だからである。

従って、映像の夫婦を批判的に観る者は、よほど苦労知らずの理想主義者でなかったら、状況心理というものが全く理解できない小児であるに違いない。

かつて、この国に原爆が落とされたとき、我が子を踏みつけて、自分だけ逃げようとした母親の話を聞いたことがあるが、それをリアリズムの視線で把握できない浅薄な人間理解のレベルに留まる限り、それらの御仁は、その母親を声高に難詰する倣岸居士のナルシストを続けていくしかないであろう。

父性本能などというものが存在しないように、私たちが呼吸を繋ぐこの世界に、そこだけは眩い輝きを放つ、母性本能などというものが存在する訳がないのである。

人間には、自らの生存と社会的適応を図る戦略を、常により強固なものに構築していくための「自我」という、実に頼りない、一種の「人生の羅針盤」以外に保持し得ないということ、これに尽きようか。

ともあれ、映像の夫婦は、その自我のキャパの臨界点を超える辺りから、裸形の感情を剥き出しにしていった。

それを、哀れと思うなかれ。

破傷風菌が人から人に感染をしないという事実を、言葉として理解できていたとしても、誰でもあのような状況下に捕縛されたら、あのような振舞いをするであろうと想像される説得力を、映像は一貫して保持し得たと言える。

そうでなかったら、あの夫婦は天使を守る殉教者として描き出されるしかなかったのだ。

それこそ、映像に於ける「展開と描写のリアリズム」の否定に流れ込む、稀代の駄作に終始したに違いない。

そんな愚かで、薄っぺらな感動譚は、とうてい最低のヒューマニズムのとば口にすら届く訳がないのである。

映像の中で、唯一気高く振舞った、清々しいまでの印象を、観る者に与えた登場人物がいた。能勢女医である。

なぜ、彼女があれほど冷静に、且つ、理性的に振舞えたのか。

簡単である。

三好昌子という不幸極まる一人の少女が、彼女の実の子ではなく、単に一人の、同情すべき患者に過ぎなかったからである。

それが一つ。

もう一つは、彼ら大学病院の医師スタッフが、「破傷風」という名の最も厄介な病気に関する基礎的な知識を共有していたからだ。

つまり、その疾病が決して空気感染するような類の、手に負えない症状を放つ危険性持ち得ないことを、彼らは高度な科学的データの把握の中で、その知的文脈が自らの安全を担保するという絶対的確信の心理的基盤に拠って立っていたからに他ならない。それ以外ではないのだ。

しかし夫婦の場合には、表面的な疾病知識を保持していても(妻の場合は、その知識の武装すら圧倒的に不備であった)、それは経験的に検証されたものではないので、夫が知り得た過去の僅かな最悪の事例の前で怯えるばかりだった。

実際は、一つの病室に過ぎない空間の内に、彼らがそこで感受した非日常の展開のさまにクロスすることで、この夫婦は極めてリスキーな不幸なるイメージを、そこに過剰なまでに嗅ぎ取ってしまった。

この映像は、そんな空間を、絶対的な悪魔が支配すると信じる、最前線の戦場に変えてしまった者たちの物語であったということだ。

その最前線の中枢に、劈(つんざ)くような叫びを刻む娘がいて、その叫びの度に禁断のゾーンを走り抜けていく父がいて、その叫びに自我を削られた挙句、前線から離脱することを余儀なくされた母がいた。

「叫び」と「走り」と「離脱」という、それぞれの表現様態が前線を基点に複雑に縺れ合い、しばしば衝突する濃度を深めることによって、それまで確かに存在していたはずの、「家族」という名の物語の基盤が揺さぶられ、遂に、産むことを悔いる女と、その女の離脱を難詰する男の裸形の情動系を晒すに至ったとき、家族の幻想もまた、破綻寸前の状態を呈してしまったのである。

その復元力が試されて、なお試されている綱渡りの物語の流れが極まりかかったのだ。

しかし、物語の本当の怖さを、映像は、括った者の覚悟によって見せることを、遂に選択しなかった。

最後に用意した救いの映像が、物語のリアリティを決して壊さなかった作り手の妥協の産物でないことは明瞭である。

家族崩壊の危機の要因が、近代文明の其処彼処に存在することを示しただけで充分だったからだ。

それよりも、このような激甚な不幸の侵入が、如何なる平和な家庭の内部に出来するであろうことを提起することが、作り手には重要な問題意識であったに違いない。

やはりこの物語は、「叫ぶ娘、走る父、離脱する母―裸形の家族の復元力」という具象的イメージによる把握の方が、より理解しやすい映像であるということか。

因みに、「走る父」は、禁断の病棟内を、しばしば他人の迷惑を顧みず走り抜けていく。走る目的は、多くの場合、娘の生命の危機に直面したときだ。だからその走りには、映像的リアリティが当然の如く随伴している。走らなければならないから、男は走ったのだ。

しかし、男の最後の走りの描写は、娘の生命の一応の保障が担保された場面での行動だった。

単に、自動販売機にジュースを買いに行くためだけに走る描写は、明らかに映像的リアリティを逸脱するものである。

観る者を説得させ難いその描写の意味を考えるとき、この男の心の様態を、「走り」という形で表現するイメージを被せた何かであったと捉える以外にないのである。



10  非文明と文明との稀有なる不幸なる出会い



―― 最後に、この物語の内奥に潜むメタ・メッセージについて把握しておきたい。

その言及に相応しい、一つの印象的な描写が映像の中に挿入されていた。前線の只中で、父が悪魔を説諭するシーンがそれである。

「お前たち、なぜ昌子を苦しめるんだ。お前たちが古い地球を昌子の中に見つけたのなら、なぜ静かに暮らそうとしないんだ。お前たちだって、生きようとしているんだろ。そりゃ、お互いっこじゃないか。なぜ、毒素なんか出すんだ。それがお前の生きている印か。だが昌子が死んだら、お前たちだって死ぬんだぞ。分ってるのか。死滅するんだぞ!死滅・・・」

男はそう語ったのだ。

それは呼びかけのようでもあり、懇願のようでもあるが、その内実は、明らかに意志を持つ生命体への「説諭」と言って良かった。

まるでそれは、かつて「利己的な遺伝子」(紀伊国屋書店刊)の中で説いたドーキンス理論(注5)を髣髴させる描写であるが、映像の原作がドーキンスの同著の前年に上梓されていることと、ここでの男の語りの対象が「破傷風菌」という、一つの細胞を構成する細菌であることを確認すれば、そこに脈絡性がないのは言わずもがなのこと。



(注5)イギリスの著名な生物学者であるリチャード・ドーキンスが、主にミツバチの研究等によって提起した社会生物学的な仮説。それによれば、全ての生物は遺伝子によって利用される乗り物であるとされ、社会的なセンセーションを巻き起こした。
リチャード・ドーキンス(ウィキ)



ともあれ、この男の語りの中には、かなり深いテーマ性が秘められていることは否定し難いであろう。

それは、非文明と文明との稀有なる不幸なる出会いであった。

「悪魔」からしてみれば、自分がひっそりと、酸素の欠乏する静かな泥濘の世界で棲息していたにも拘らず、その中に文明の生命体が勝手に侵入してきたことによって出来した事態であって、責められるべくは、「悪魔」それ自身ではなく、その静謐なる小宇宙に無断侵入した、「人間」という名の近代文明そのものなのだ。

勝手に侵入してきた異界の生命体に逆侵入したことによって、その生命体の寿命が切断されることは、同時に「悪魔」の生命も殉じるリスクを負うことである。

だから、両者が決してクロスしない「共存」の方途を、継続的に具現できればそれで充分ではないか。

これまでも、その「共存」を辛うじて継続させてきた戦略を、文明の生命体が破壊しさえしなければそれでいいのだ。「破傷風菌」という「悪魔」は、男に対してそう反応したようにも見える描写が、男の語りの後に繋がっていたのである。

男の語りの直後の、少女の強直性痙攣の激甚さは、男が語りかけた対象からの、明瞭な意志を持った反応であったのか。

少なくとも、この描写が挿入されることで、映像は単に、「家族の際どい復元の物語」を超えた形而上学性を持ち得たのである。

或いは、それこそが中枢的テーマであるかのような重量感のある描写であったことは否定し難いだろう。

半月間の苛烈な闘争の後、娘は生還した。

娘の父と母にも普通の笑顔が甦り、彼らの日常性は、かつてそうであったような生活に近い時間を復元させていくだろう。

彼らの日常性の復元は、同時に文明社会への生還であった。

そして、その曲折した回路を経ての生還は、それまでの日常性の形とどこかでほんの少し異なる様態を、生還した者たちの自我に鏤刻(るこく)する何かであるに違いないだろう。

文明社会に生還した彼らの自我が鏤刻した戦場の記憶の隅に、決して消去されることのない「悪魔」の尖った残像が沈殿していて、それがいつか鋭く覚醒してくるような時間を作り出してしまうかも知れないのである。

しかし仮にそうであったとしても、それが伏在することによって、常に学習的効果を持ち得る時間を啓く可能性も否定できないのだ。「破傷風」という「悪魔」は死滅したが、彼らの自我の内奥には、それは、いつまでも生き続ける何かとなって張り付いているということであろう。

「光と闇の世界」、「日常性と非日常」、「銃後と前線」、「文明と非文明」の苛烈な対峙と相克をテーマにしたこの映像は、前者が後者を制圧することによって括られていった。

そういう映画でもあったということだ。

〔本稿執筆にあたって、「震える舌」(三木卓作、新潮文庫)、「年鑑代表シナリオ集 ‘80」(キネマ旬報社)を参考にした〕

(2006年12月)

2 件のコメント:

マルチェロヤンニ さんのコメント...

私の妻はほとんど映画を見ません。結婚前はいろいろと一緒に見てくれたのですが、結婚後は数えられるくらいしか一緒に見た記憶がありません。
「釣った魚にはえさをやらない」と聞きますが、おそらく「釣った映画好きとは一緒に見ない」という感じでしょうか。
そんな中「震える舌」は妻と一緒に鑑賞できた数少ない一本です。
たしか今5歳になる娘がおなかにいる頃の事だったと思います。
妻は看護婦なので、私とはまた違った角度からも鑑賞していたのだろうと思いますが、私にもこの映画は強烈な印象が残っています。
ちょっとエクソシスト風な所があるのですが、参考の写真を見てしまうと、むしろエクソシストが破傷風患者を意識したのではないかと思ってしまいます。
まだ、子育て前の私は、自らの子供を看病する事が出来なくなってしまう親の描写にそれほどまで反応する事は出来ませんでしたが、砂場で遊ばせる事やちょっとした擦り傷でもこんなに怖い事になるんだなーと本当に怖くなった記憶があります。
特定の病気の恐ろしさを伝える無駄のない良い映画だと思います。

Yoshio Sasaki さんのコメント...

コメントをありがとうございました。